55話目
馬上試合の当日――。
爽やかな青空の下、円状に設置された広大な競技場は、貴族や平民問わず大勢の観客で賑わっていた。右側には色鮮やかなドレスをまとった貴婦人や紳士たちが座り、左側では活気溢れる平民たちが、興奮した様子で歓声をあげている。
ミシェリアは貴族席の最前列に座り、胸の高鳴りを抑えながら競技場を見つめていた。
正面の特別席には、アーサンドレベン・ダーナンドレル王が悠然と座り、その横にはミリスクレベンが凛とした佇まいで立っている。婚約式前のためか、その隣にはリーサの姿はない。
やがて、競技場中央でラッパが高らかに響き渡った。
「さあ、馬上試合を始めるとしよう!」
王の威厳に満ちた声が響くと、観客席は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
そして、騎士たちが甲冑をまとった堂々たる姿で入場してくる。
ミシェリアの視線は自然と、その中のひとり――ヴィヴィアンに吸い寄せられた。
ヴィヴィアンは騎士らしい重厚な銀の甲冑を身につけ、右腕にはミシェリアが贈った淡い水色のリボンが結ばれ、その上に施された繊細な銀色の刺繍が、陽の光を浴びて美しく輝いている。
(あ……つけてくれてる。)
思わず胸がぎゅっと締めつけられるほど嬉しくなり、ミシェリアの頬がほんのり赤く染まった。
(なんだか……恥ずかしいけど嬉しい。)
その隣で、義弟ヴィルダンが礼儀正しくヴィヴィアンに頭を下げ、さりげなく会場を見渡している。
やがてトランペットが勇ましく鳴り響き、試合の開始を告げた。
最初の試合が始まると、ヴィヴィアンはすぐさま相手騎士と対峙し、猛烈な勢いで駆け出す。槍と槍がぶつかる激しい音が響き渡り、観客が息を呑む中――ヴィヴィアンの槍は見事相手の盾を弾き飛ばした。
「おおおお!!」
歓声が沸き起こる中、ヴィヴィアンは馬上から優雅に降り立つと、ゆっくりとミシェリアへ近づいてきた。観客たちは期待に満ちた瞳で二人を見守っている。
(えっ、これって毎回こうやって渡すの……!?)
初めて贈られる側になったミシェリアは、嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分で顔が熱くなった。
ヴィヴィアンは片膝をつき、丁寧に最初の勝利の象徴である繊細なガラス細工の薔薇をミシェリアに差し出した。
「君に、最初の勝利を捧げる。」
低く甘い声で囁かれ、ミシェリアは頬を赤らめながら、恥ずかしそうに薔薇を受け取る。
「ありがとう……ヴィヴィ。」
観客席では女性たちが興奮したようにざわめき、貴婦人たちが羨望の眼差しを二人に向けている。
「公爵閣下、素敵だわ……!」
「見ているだけで胸がときめきますわね……!」
(うぅ……視線が恥ずかしい。)
ミシェリアが小さく身を縮めると、ヴィヴィアンは優しい笑みを浮かべて立ち上がり、再び試合へと戻っていった。
その後もヴィヴィアンは順調に勝利を重ね、そのたびにミシェリアの元へと薔薇を運んでくる。彼が勝つたびに贈られる薔薇の花は徐々に増え、彼女の膝の上には美しいガラスの薔薇が並んだ。
(もらう側って、こんな気分なのね……!)
誇らしくも気恥ずかしい気持ちを抱えながら、ミシェリアは微笑みを浮かべ、また勝利を重ねるヴィヴィアンを見守った。
貴族席では彼女たちのロマンスに感動する女性たちがうっとりとため息をつき、平民席でも「公爵夫妻の愛の物語」として熱狂的に盛り上がっている。
ヴィヴィアンは試合が進むたびに観客の心を掴み、競技場の熱気はますます高まっていった。
(やっぱり……ヴィヴィはすごいわ。)
そうして彼女は、胸の中に溢れる喜びを噛み締めながら、ヴィヴィアンが勝ち進む姿を心から楽しんでいた。
そうして、試合は三日間続いた。
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最終日の会場は熱気で溢れていた。
円形の競技場の中央では、ヴィヴィアンとヴィルダンが甲冑姿で向き合っている。二人は互いに一歩も譲らず、観衆は固唾を飲んで試合の行方を見守っていた。
ミシェリアは前列の席に座り、胸元で手を強く握りしめながら、その様子をじっと見つめている。
(まさか、この二人が決勝戦だなんて……)
試合が始まった当初は、ヴィヴィアンが余裕で勝つだろうと誰もが予想していた。しかし、意外にもヴィルダンの槍さばきは巧妙で、ヴィヴィアンの鋭い攻撃を鮮やかにかわしていた。
ヴィヴィアンが猛スピードで馬を駆り、銀色の槍を低く構え、ヴィルダンの盾を狙って突撃する。
「……っ!」
ミシェリアの鼓動が一瞬止まる。
しかし、ヴィルダンもまた馬を巧みに操り、ヴィヴィアンの槍をギリギリで避けると、反撃するように槍を振り上げた。激しくぶつかり合う金属音が会場に響く。
会場全体が一瞬静まり返り、直後、割れんばかりの歓声が湧き上がった。
(すごいわ……二人とも。)
ミシェリアの心臓はドキドキと高鳴り、胸元に手を当てたまま息を呑む。まさかヴィヴィアンがこれほど真剣になるとは思わなかったし、普段口数の少ないヴィルダンがここまで堂々と戦う姿にも驚いていた。
何度も突撃が繰り返され、その度に互いの盾や甲冑が傷ついていく。しかし、二人とも一歩も引かず、まるで互いの技量を試すかのように、息の合った攻防を見せていた。
「あの二人、本気だわ……」
周囲の貴婦人たちは胸を押さえながらうっとりと試合を見つめ、騎士の勇壮な姿に頬を赤く染めている。
ミシェリアは、ヴィヴィアンの腕に巻かれた淡い水色のリボンが太陽の光を受けてキラキラと輝いているのを見つめた。
(ヴィヴィ……負けないで。)
彼女の胸にじわりと温かなものが広がる。これまでも何度も試合を見てきたが、自分が贈ったリボンをつけて戦うヴィヴィアンの姿を見るのは初めてで、自然と胸が熱くなっていた。
再び馬を走らせ、ヴィヴィアンとヴィルダンが激しく槍を突き合わせる。
今度の衝撃は凄まじく、二人の槍が大きく撓った。観客席からはどよめきが起こり、その激しい攻防に皆が目を奪われていた。
しかし、すぐにヴィルダンの鋭い攻撃が再開され、ヴィヴィアンを徐々に追い詰め始める。
(まさか……このままだとヴィヴィアンが負ける!?)
ミシェリアは胸元を握り締めたまま、青ざめた顔でヴィヴィアンの動きを追いかける。普段は冷静で落ち着いているヴィヴィアンが、珍しく防戦一方で、ヴィルダンの槍をかわすので精一杯になっているのだ。
「がんばって……ヴィヴィ……!」
小さく祈るように呟くが、ヴィルダンの攻撃はますます鋭さを増し、ヴィヴィアンの馬が僅かによろめきかけた。その瞬間、ミシェリアの胸の奥で、何かが弾けた。
彼女は自分でも抑えきれない衝動に駆られ、立ち上がって思いきり叫んでしまった。
「ヴィヴィーーーーーーーー!!勝ってーーーーーーーー!!」
会場全体が静まり返った。
その叫びは、貴族席にも平民席にも、そして戦っている二人の耳にもはっきりと届いてしまった。あまりに突然で、あまりにはしたない自分の声に、ミシェリアは一気に顔が真っ赤になる。
(や、やっちゃった……!)
周囲の視線が一斉に彼女に集まるのを感じ、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られたが――
その時だった。
追い詰められていたはずのヴィヴィアンが、まるでミシェリアの叫び声に力をもらったかのように、突然動きを変えた。
(……え?)
ヴィヴィアンは姿勢を低くし、槍を鋭く構える。先ほどまでの防戦一方の様子は嘘のように、今度は猛烈なスピードでヴィルダンに向かって突撃した。
ヴィルダンが一瞬動揺して盾を上げるが――
「ガシャァンッ!!」
激しい音と共に、ヴィヴィアンの槍がヴィルダンの盾を直撃し、ヴィルダンは勢いよく馬から地面へ転げ落ちた。
観客席からは、まるで雷鳴のような大歓声が巻き起こった。
「ヴィヴィアン様が勝ったぞ!」
「公爵閣下!素晴らしい!」
観衆が興奮して立ち上がり、歓喜の拍手と声援が競技場全体に響き渡った。
ミシェリアは、まだ赤い顔のまま放心状態で座り込んでいたが、ヴィヴィアンが自分の方を見て軽く手を上げたのを見て、さらに顔が熱くなるのを感じた。
(……もう、本当に恥ずかしい……!)
それでも胸がトクン、と嬉しさで高鳴った。
自分の声が届き、彼に力を与えたのだと思うと、恥ずかしさも吹き飛ぶほど誇らしく、そして嬉しかった。
ヴィヴィアンは満足そうに淡い水色のリボンが巻かれた腕を高々と掲げ、ミシェリアに向かって笑っていた。




