50話目
ラヴェルノワ公爵家の壮麗な大広間は、きらびやかな光と人々の熱気に包まれていた。
金細工が施された豪華なシャンデリアが天井高く吊るされ、煌めく光を大理石の床へと落とす。
会場には華やかな装いの貴族たちが集まり、優雅にワイングラスを傾けながら談笑していた。
そんな中、最も注目を集めているのは――
ヴィヴィアン・カルノア・ケイオス・ラヴェルノワ公爵と、彼の妻ミシェリア・ラヴェルノワだった。
並び立つ二人の姿は、完璧な美しさと気品を放っていた。
ヴィヴィアンとミシェリアは、お揃いの衣装に身を包んでいる。
ラヴェルノワ公爵家の象徴である淡い水色をベースに、金と銀の巧みな刺繍が施された、気品溢れる仕立て。まるで繊細な光が織り込まれたかのように、生地の表面が上品な輝きを放ち、二人の歩みに合わせてしなやかに揺れる。ランブルリアの熟練職人によって仕立てられたその衣装は、ただの礼装ではなく、まさに"公爵夫妻"としての威厳を体現していた。
ヴィヴィアンは、紫紺の瞳を静かに細め、堂々とした佇まいで周囲の視線を受け止める。
その隣で、ミシェリアもまた、気品を湛えながら慎ましやかに立っていた。
(……やっぱり緊張するわね。)
ミシェリアは、ふと指先に力を込める。
今日の夜会は単なる華やかな社交の場ではない。
これは、ヴィヴィアンが正式に貴族社会へ向けて謝罪をする場――
そして彼が、公爵としての姿勢を改めて示すための場でもあった。
大広間に張り詰める緊張感が、息苦しいほどだった。
彼女の隣でヴィヴィアンが静かに息を整えるのがわかる。
そして、ゆっくりと前へと歩み出た。
彼が口を開くと、重厚な声が会場に響いた。
「この度、私の軽率な行動により、社交界に混乱を招いたことを、心よりお詫び申し上げる。」
途端に、広間の空気が凍りついたように静まる。
貴族たちは一斉にヴィヴィアンを見つめ、その言葉の行方を見守っていた。
「ダーンストレイヴ公爵家の舞踏会において、貴族の慣例を逸脱し、一人の女性と踊り続けたこと――
それは私の個人的な感情を優先した結果であり、礼儀を欠く行為であった。」
彼の言葉は、真摯で揺るぎないものだった。
ミシェリアは、すぐ隣で彼の背筋がピンと伸びるのを感じる。
(本当に……堂々としてる。)
彼は、決して言い訳をしない。
どんなに自分の気持ちがあったとしても、それが貴族のしきたりに反していたならば、誤りは誤りとして認める。
その潔さに、彼の公爵としての誇りが表れていた。
「しかし。」
ヴィヴィアンは、そこで一拍置く。
「私は、ミシェリア・ラヴェルノワ公爵夫人を深く敬愛し、今後も彼女を守り続けることを誓う。」
(……えっ!?)
ミシェリアの目が、思わず大きく見開かれる。
彼の口から、そんなはっきりとした言葉が出るとは思っていなかった。
「その想いゆえに、あの場で冷静さを欠いてしまったこと、誠に申し訳なく思う。」
――静寂。
貴族たちはしばらくの間、誰もが息をのんでいた。
しかし、それを破るように、次第に拍手が広がり始める。
「……公爵閣下の誠意、確かに受け取りました。」
ダーンストレイヴ公爵が、満足そうに微笑みながら頷いた。
「公爵夫人、あなたもお苦労なさったでしょう。」
隣に立つ公爵夫人、クラリス・ダーンストレイヴが、穏やかにミシェリアへと視線を向ける。
「いえ、私は……。」
ミシェリアが答えようとした、その瞬間だった。
ヴィヴィアンの指が、そっとミシェリアの手を包む。
(……えっ?)
彼の指先は、少しだけ震えていた。
彼の手から伝わる感情に、ミシェリアは思わず息をのむ。
それは、謝罪の意志とともに、確かな決意――もう絶対に、彼女を失いたくないという思いが込められていた。
ヴィヴィアンは、もう一度深く一礼し、静かな声で続けた。
「今回の件では、私の軽率な振る舞いが皆様にご迷惑をおかけしました。
二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、深く反省しております。」
彼の言葉に、会場の貴族たちは静かに頷く。
「今後は、公爵としての振る舞いをより意識し、節度を持って社交の場に臨む所存です。」
ミシェリアは、彼の横顔を見つめる。
普段はどこか強引で、奔放な彼が――今は、誰よりも誠実な姿勢で人々の視線を受け止めていた。
(……少しは落ち着いたみたいね。)
一ヶ月前の舞踏会では、自分の気持ちだけを優先して突っ走っていた彼が、今はしっかりと公爵としての役目を果たしている。
その姿に、彼の母エミリアが、静かに微笑んだ。
「その心がけがあれば、きっと今後も公爵家の名に恥じることはないでしょう。」
ヴィヴィアンは、ゆっくりと息を吐きながら深く頷く。
そして、ミシェリアの手をもう一度、少しだけ強く握った。
ヴィヴィアンの正式な謝罪が終わると、張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいった。
貴族たちも次第に夜会の雰囲気を楽しみ始め、シャンデリアの光が煌めく会場には、再び穏やかな笑い声が広がる。
ダーンストレイヴ公爵夫妻も、満足そうに頷きながらワイングラスを傾けていた。
公爵夫人、クラリスが優雅に微笑みながら言う。
「では、ラヴェルノワ公爵家の夜会を存分に楽しませていただきます。」
その言葉を合図に、場の緊張はすっかり解けた。
ミシェリアもほっと息をつき、そっとヴィヴィアンの横顔を見やる。
(やっと……終わったわね。)
すると、彼は少し得意げな表情を浮かべながら、彼女の手を引いた。
「ミーシャ、踊るか?」
「……まさか、また6曲も?」
彼の誘いに、ミシェリアは半ば呆れたように目を細める。
彼の"踊ろう"という言葉ほど、彼女の体力を奪うものはない。
「……2曲にする。」
ヴィヴィアンが、ほんの少しだけ頬を赤らめながら答えた。
彼の真剣な表情に、思わずミシェリアは笑みをこぼす。
そんな二人のやり取りを、周囲の貴族たちも微笑ましく見守っていた。
「ほう、公爵閣下も学習なさったようだな。」
「確かに、公爵夫人が倒れるほど踊らせるのはいただけませんからな。」
そんな冗談めいた声も聞こえてくる。
華やかな夜会は、まさにこれからが本番だった。
ミシェリアも、貴族たちと談笑を交わしながら、改めて"公爵夫人"としての自分の立場を実感する。
ヴィートヒートが会場中央へ進み、貴族たちへ向かって優雅に一礼する。
「では、皆様――ラヴェルノワ公爵家の夜会を、どうぞお楽しみください。」
ラヴェルノワ公爵家の夜会が華やかに進行していく――。
ホールに響き渡る優雅な旋律。
「最初のダンスは、公爵夫妻が踊るべきですわね。」
クラリス公爵夫人が微笑みながら促すと、会場の注目が一斉に二人へと集まる。
これは貴族の夜会における慣例であり、主催者であるラヴェルノワ公爵夫妻が最初にワルツを踊るのが通例だった。
「……仕方ないわね。」
ミシェリアは、少しだけ苦笑しながらヴィヴィアンを見上げる。
彼はすでに準備ができているかのように、静かに手を差し出していた。
「踊ろう、ミーシャ。」
その低く甘やかな囁きに、彼女は微笑みながら手を重ねる。
――そして、二人は舞い始めた。
ヴィヴィアンのエスコートは完璧で、まるで彼女が風に舞う羽のように軽やかに導かれる。
足元は優雅に、旋律に乗せて滑らかに動き、広がるドレスの裾が幻想的に揺れる。
「……ふふ、今日はちゃんとワルツなのね。」
「最初はな。」
意味深な言葉に、ミシェリアは小さく息を飲んだ。
(最初は?…どういう意味?)
そう思ったものの、ヴィヴィアンは何も言わず、ただ微笑むだけだった。
彼の紫紺の瞳は、どこまでも優しく、そして彼女だけを映していた。
――ワルツが終わると、貴族たちの拍手が響き渡る。
そして、二人は自然と社交の場へと戻っていった。




