45話目
馬車が静かにラヴェルノワ公爵邸の前に止まった。
ミシェリアは フラフラになりながら ヴィヴィアンの腕に寄りかかる。
―― 6曲も踊らされ、体力はほぼ限界。
舞踏会の余韻がまだ身体に残る中、彼女はようやく屋敷の扉をくぐれると 安堵の息を漏らした。
(やっと、休める……。)
しかし―― その瞬間だった。
「ヴィヴィアン!!!」
邸宅の前に 怒りに燃えるヴィヴィアンの両親 が待ち構えていた。
その表情は、まるで雷鳴が轟く直前のような険しさ。
(えっ!? ちょっと、待って……なにこの異様な雰囲気!?)
ミシェリアは、驚いて目を瞬かせた。
ヴィヴィアンの父 ヴィストリア は、鋭い目を光らせながら 彼に向かって一歩踏み出す。
横に立つ母 エミリアもまた、静かだが確実に怒りを滲ませた眼差しを向けている。
「なんのつもりだ!!ダーンストレイヴ公爵の舞踏会で、何をやった!!!」
怒号が夜の空気を震わせた。
ミシェリアは 思わず肩をすくめる。
滅多に怒らないはずの公爵夫妻の、 容赦のない叱責。
(や、やばい……これ、ものすごく本気で怒ってる……。)
「父上、落ち着いてください。」
「落ち着いていられるか!!」
ヴィヴィアンが 冷静な声で宥めようとする が、それをかき消すように 公爵の厳しい声が響く。
「貴様、何を考えている!? 貴族の舞踏会で 6曲も同じ相手と踊る など、前代未聞の愚行!!」
「公爵としての自覚はあるのか!? しかも、主催者の面目を潰すようなことを!!」
ヴィヴィアンの母 エミリアも 腕を組み、呆れたように溜息をついた。
「あなた、本当に昔から同じね……。ミシェリアちゃんに執着するのもほどほどになさい。まるで "この妻しか眼中にないです" と舞踏会で喧伝していたようなものよ。」
「……。」
ヴィヴィアンは 無言でミシェリアを庇うように立つ。
ミシェリアは、そんな彼の横顔を見ながら 内心で頭を抱えた。
(これは完全に、私たちがやらかしたパターンね……。)
公爵家の長としての立場、舞踏会での礼儀作法、そして 社交界における秩序。
それらを すべて無視したような行動 を、ヴィヴィアンは堂々とやってのけた。
(いや……まぁ、ヴィヴィの気持ちは嬉しいんだけど……。)
「ご両親の言う通りね。」
ミシェリアは小さく笑いながら ヴィヴィアンの腕を軽く叩く。
「正直、私も"全曲踊るの!?” って、ずっと思ってたのよ。」
「……ミーシャ。」
彼は、ミシェリアにまでそう言われて 少しショックを受けたような顔 をした。
(ちょっと可哀想だけど。でも、ここは素直に反省すべきところだわ。)
「まぁ、ミシェリアヴゃんも 無理やり踊らされていたようだし ね……。」
エミリアは 半ば呆れたような 口調で言うと、じっとミシェリアを見つめた。
「お疲れでしょう? あなたは部屋で休みなさい。息子には、しっかりと説教をしなければならないわ。」
(ヴィヴィ、これは……絶対に逃げられないわね。)
ミシェリアは 肩をすくめながら、ヴィヴィアンの袖を軽く引いた。
「頑張ってね、ヴィヴィ。……できるだけ、軽めの説教になることを祈ってるわ。」
「……ミーシャ。」
「私も疲れたから、先に部屋へ行くわね。」
彼の腕をそっと解き、夜の帳が広がる邸宅の中へと足を踏み入れる。
(……まぁ、今回ばかりはヴィヴィが悪いわよね。)
ミシェリアは ため息をつきつつも、どこか微笑ましく思いながら 廊下を歩いていくのだった。
一方―― ラヴェルノワ夫妻の叱責は、まだまだ終わりそうになかった。
扉が閉まり、ミシェリアの姿が見えなくなった瞬間。
ヴィストリアの声が、冷たい空気を纏って響いた。
「……さて、ヴィヴィアン。覚悟はいいな?」
「……はい。」
ヴィヴィアンは 背筋を伸ばし、両親の視線を真っ向から受け止める。
言い訳をするつもりはなかった。
彼自身、社交の場で"やりすぎた"という自覚はある。
だが――それでも、後悔はしていない。
「まず聞くが、お前は今回の舞踏会の目的を理解していたのか?」
ヴィストリアの鋭い問いが、鋭い剣のように投げかけられる。
「……ダーンストレイヴ公爵夫妻との友好関係を強固にするための場です。」
「ならば、なぜ主催者の顔を潰すような真似をした!!!」
「……。」
「お前がミシェリア嬢と踊ることに異論はない。」
「だがな、"6曲連続" だぞ!? 他の貴族の社交の場を奪い、主催者より目立つ行為 だ!!」
「"俺は公爵だ! 他の者はどうでもいい!" そう誤解されかねない振る舞いだったことに気づいているのか?」
ヴィヴィアンは 返す言葉がなかった。
(……違う。それが目的ではなかった。ただ、王太子の目からミシェリアを遠ざけたかっただけなのに……。)
「ヴィヴィアン、あなたねぇ……。」
今度はエミリアが、呆れたような、それでいて静かな怒りを込めた声で言った。
「あなたは、今や ラヴェルノワ公爵家の当主 なのよ? その立場の重さを忘れたの?」
「……いいえ。」
「社交界というのはね、"場を整える" ことが何よりも重要なの。貴族たちが互いに交流し、関係を築くための場でもあるのよ?」
「なのに、あなたとミシェリア嬢が目立ちすぎる行動を取ったら……他の者たちはどう思うかしら?」
「"ラヴェルノワ公爵家は、他の貴族の存在を軽視している" と思われても仕方がないわね?」
「……。」
「あなたが当主の責任を軽んじるなら、"公爵家の責務" を改めて思い出してもらうわ。」
その瞬間、ヴィヴィアンの背筋に 嫌な予感 が走った。
「罰として――」
父ヴィストリアが 静かに、しかし重々しく宣言する。
「1ヶ月間、公爵の務めを倍にする。」
「普段の書類業務に加え、領地経営の会議、貴族たちとの交渉の場には すべてお前が出席すること。」
「そして……当然ながら、ミシェリア嬢と過ごす時間など、一切与えん。」
「…………っ!」
ヴィヴィアンの 表情がわずかに強張る。
(……まさか、"罰" がこれとは……。)
「さらに――」
ヴィストリアは 鋭い眼差しのまま、次の言葉を続けた。
「ラヴェルノワ公爵家主催の夜会にて、正式に謝罪すること。」
「"軽率な行動を取ったこと、そして公爵家としての責務を果たすことを誓う" ことを、貴族たちの前で公言しろ。」
「……っ!」
(……それは……屈辱的だ……。)
夜会で公に謝罪するなど、貴族としての威厳を傷つける行為 に等しい。
「以上だ。」
父は 冷然とした表情で言い放った。
「いいな?」
ヴィヴィアンは しばしの沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
「……承知しました。」
「よろしい。」
「だが――」
ヴィストリアは ふっと険しさを和らげ、淡く笑みを浮かべた。
「それでも、お前の妻への執着だけは、見事だったよ。」
「……!!」
「まったく……親子揃って、惚れた女には甘いな。」
「……。」
ヴィヴィアンは 深く息を吐き、微かに口角を上げた。
「その点については、否定しません。」
「まったく……。」
エミリアも 小さく微笑みながら、しかしすぐに表情を引き締める。
「――でも、もう一度言うわよ? 今後は、貴族としての立場をしっかり考えて行動なさい。」
「……はい。」
ようやく説教が終わると、ヴィヴィアンは 深々と一礼し、部屋を後にした。
(……さて、一か月間……。まともに会えないのは……思ったより辛そうだな。)
彼は 軽く額に手を当てながら、苦笑する のだった。




