表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/72

42話目

気づけば、もう 一週間 が過ぎていた。


――たった 一週間の滞在。

そう決めていたはずなのに、いつの間にか すっかりここに馴染んでしまっていた。


ラヴェルノワ公爵家の居心地は 恐ろしいほどに快適 だった。

用意された 自分専用の部屋 は、 完璧すぎるほど理想的 で、

お義父様もお義母様も、まるで 本当の娘のように可愛がってくれる。


(……ずるずると、帰るタイミングを逃してしまったわね。)


庭園を歩きながら、ミシェリアは ぼんやりと咲き誇る花々 を眺めた。

目に留まったのは、 美しいオレンジの薔薇。


――従来の 赤とは違う色合い。

華やかさの中に、どこか落ち着きがあって、気品が漂う。


(……なんて素敵な色なのかしら。)


ふと、背後から 穏やかな声 がかけられた。


「その薔薇が好きか?」


振り向くと、そこには ヴィヴィアンの父 である ヴィストリア・ラヴェルノワ元公爵 の姿があった。

彼は 落ち着いた微笑み を浮かべ、ミシェリアの視線の先を見つめている。


「はい。従来の赤とは違って、とても素敵だと思います。」


ミシェリアがそう答えると、ヴィストリアは ほう、と感心したように頷いた。


「ははは。実はな、この薔薇は 私が育てているんだ。 」


「……お義父様が?」


驚いたように見上げると、ヴィストリアは 少し照れくさそうに 肩をすくめた。


「あぁ。息子には "早く領地へ戻れ" と言われているんだがな……。これが 気がかりでな。 」


「ふふっ……。」


ミシェリアは 思わず微笑んだ。

確かに、公爵ともなれば 領地を離れすぎるのは問題 だろう。

それでも、庭園に咲く薔薇の世話をしたいという この穏やかな人柄 に、少し心が和む。


「……もう、わかりました。つまり "少しでも早く私をここに住まわせよう" ということですね?」


「はははっ。」


ヴィストリアは 爽やかに笑い、ほんの少し 少年のような表情 を見せた。


「バレてしまったか。」


(まったく、親子揃って……。)


ヴィヴィアンも いつも同じような策略 を使ってくる。

やはり、この性格は 父親譲り なのだと確信した。


ミシェリアは、ふと オレンジの薔薇をそっと指でなぞりながら、静かに口を開いた。


「ご安心ください。」


その言葉に、ヴィストリアは 興味深そうに 彼女を見つめる。


「遅かれ早かれ、私はもう……。」


優しく薔薇を揺らしながら、 微笑むように言葉を紡いだ。


「――ミシェリア・ラヴェルノワですから。」


「……。」


ヴィストリアは一瞬、目を見開いた。


それから 満足そうに微笑み、静かに頷く。


「……そうか。」


「しっかり、この薔薇の面倒も見させていただきます。」


「それは安心だ。」


優しく薔薇を撫でながら、ヴィストリアは どこか遠くを見るような表情 になった。


少しの沈黙。

そして、ミシェリアは 一つ気になっていたこと を尋ねることにした。


「お義父様……ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」


「なんだね?」


「どうして……ここの皆さんは、私に こんなにも良くしてくださるのでしょうか? 」


ミシェリアは まっすぐに 彼を見つめた。


「……やはり、不自然だろうか?」


「はい、とても。」


誰一人として 冷たくあしらう人がいない。

むしろ、 異様なほど歓迎されすぎている。


公爵家の皆が まるで既に昔から"公爵夫人"であるかのように扱ってくれる のが不思議だった。


ヴィストリアは 静かに微笑む。


「――だがな。」


ゆっくりと庭園を歩きながら、 どこか遠くを見るような眼差し で語り出す。


「あなたほど 相応しい方 は、この国にはいらっしゃらない。」


その言葉に、ミシェリアは 一瞬息を呑んだ。


「……。」


「そうでしょう? 王太子妃様。 」


――王太子妃。


ヴィヴィアンから 聞かされていた ことなのだろう。

ミシェリアは わずかに目を伏せた。


「今の私は、ただの 伯爵令嬢だった小娘 です。」


少し 苦笑するように 言う。


「――そうだな。君はもう、ラヴェルノワ公爵家の者だ。」


ヴィストリアの声は 静かだったが、揺るぎない確信 を帯びていた。


「……。」


「実に 愚かな息子 だ。」


「……!」


ミシェリアは思わず 目を見開く。


「それでも、息子は 正しい選択をした と思う。」


「……。」


「君を選んだこと…… それだけは、称賛に値する。 」


「お義父様……。」


「ミシェリア。」


ヴィストリアは、深い慈愛を込めた眼差しで 微笑む。


「……よく来てくれた。 」


その言葉が、静かに 胸の奥へと染み込んでいく。


◇◆◇◆◇


夕暮れの光が、庭園を美しく染め上げていた。

黄金色と深紅が混ざる空の下、微風に揺れるオレンジ色の薔薇が、まるで燃えるような色合いを放つ。


ヴィヴィアンは、仕事を終えるとすぐに屋敷を出た。

無意識に足が向かう先は、庭園――。


そこに彼女がいると、わかっていたから。


「ミーシャ。」


ガーデンチェアに腰掛け、紅茶を片手にオレンジ色の薔薇を眺めるミシェリアが、ゆっくりと顔を上げた。


「ヴィヴィ……仕事は終わったの?」


「あぁ。」


柔らかい声が、心の奥に染み込む。

たったそれだけの会話なのに、今日一日頑張ってきたことが報われるような気がした。


彼女がここにいる。

ただそれだけで、彼の世界は完結する。


ミシェリアは微笑みながら、じっと彼を見つめる。


「そろそろ眼鏡をかけたらどう?」


ヴィヴィアンは少し目を細める。


「……どうして?」


彼女は立ち上がると、ゆっくりと近づき、

指先でそっとヴィヴィアンの眉間の皺を伸ばした。


「こういうところ、気になるのよ。」


彼の指が軽く動く。

だが、振り払おうとはしない。


むしろ、ミシェリアの手のぬくもりを逃がしたくないかのように、

彼は微動だにせず、その指の感触を感じていた。


「どうしてかけないの?」


「俺には……この顔しか、アイツに勝てないから……。」


その呟きに、ミシェリアは目を瞬いた。


「……え?」


意外な言葉だった。


「アイツ」とは―― ミリスクレベンのことかしら?


「それ、誰に言われたの?」


ヴィヴィアンは、どこか遠い記憶を辿るように、静かに答える。


「回帰前……王室騎士団の奴らに……。」


――その瞬間だった。


「ぷはっ!! あっはははは!!」


突如として響く、ミシェリアの 楽しげな笑い声。


ヴィヴィアンは、一瞬きょとんとした後、眉をひそめる。


「……なぜ笑う?」


ミシェリアは、お腹を押さえながら 肩を震わせて笑っていた。


「だ、だって……! それでずっと眼鏡を我慢してたの!? あははっ……!! もう、何をしてもカッコイイんだから、大丈夫よ!」


彼女の無邪気な笑顔。

それは、ヴィヴィアンの 一番の弱点 だった。


目を細める彼の頬が、少し紅潮する。


「……そうか。」


その声音は、どこか 恥ずかしげ で、しかし 安堵に満ちていた。


ミシェリアは ニコリと微笑み、そっと彼の懐に手を伸ばした。


「眼鏡、持ってるでしょう?」


彼の上着の内側から ジャラリとチェーンのついた眼鏡 を取り出す。


ヴィヴィアンは、一瞬動きを止めた。

まるで それに触れることをためらうように――。


ミシェリアは、何も言わずに そっと彼の顔へと手を伸ばす。


「かけてあげるわ。」


ヴィヴィアンは、僅かに躊躇しながらも、ゆっくりと目を閉じた。

彼女の 指がそっと触れ、優しく眼鏡をかける。


カチリと耳に収まる音が、妙に 心地よく響いた。


ミシェリアは、しばらく彼の顔をじっと見つめた後、微笑む。


「ふふっ。やっぱり、何をしてもカッコイイわよ。ヴィヴィアン。」


その瞬間。


――ヴィヴィアンの 理性が崩れ落ちた。


「……!!」


彼は 思わずミシェリアを抱き寄せた。

腕の力が強い。

まるで、 彼女を二度と離したくないと願うように――。


「ヴィヴィ?」


驚いたように、彼女は顔を上げる。


彼の 瞳が熱を帯びていた。


「あなたはっ!! 可愛すぎる……!!」


その声は、 切なさと溺愛が入り混じった ような、苦しげなもので――。


彼女が どれだけ自分の心を占めているか を、言葉にしなくても伝えてしまうほどに 真剣だった。


ミシェリアは 少し頬を染めながらも、優しく彼の背に手を回す。


「……ふふっ。」


小さく笑いながら、 彼の鼓動を感じた。


「ヴィヴィアン。」


囁くような声で、彼の名を呼ぶ。


「……私は、ちゃんとここにいるわよ?」


その言葉に、ヴィヴィアンの腕が さらに強く彼女を抱きしめる。


「……わかってる。」


「でも、それでも……」


彼は、彼女の髪に そっと顔を埋めた。


「それでも……足りないんだ……。」


ミシェリアは、彼の 不安と愛情の深さを感じ取り、そっと彼の背を撫でた。


(……この人は、どこまで私に溺れていくのかしら。)


オレンジの薔薇が 風に揺れ、二人の影を夕陽が長く伸ばしていく――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ