41話目
翌朝――。
静かな寝室に、微かな息遣いが響いていた。
窓から差し込む柔らかな朝日が、カーテン越しに部屋を優しく照らしている。
「……っ!」
突然、 ガバッ とヴィヴィアンが目を覚ました。
荒い呼吸を整えながら、反射的に周囲を見回す。
(……また、やってしまった……。)
彼の紫の瞳が、自分の 右手にそっと重なる温もり を捉えた。
――そこには、椅子に腰掛けたまま ヴィヴィアンの手を握りしめて 眠るミシェリアの姿があった。
肩を小さく上下させ、穏やかな寝息を立てている。
「ミシェリア……。」
ヴィヴィアンは、そっと彼女の髪に触れた。
いつもなら整えられた金髪は、寝癖でわずかに乱れている。
(ずっと……そばにいてくれたのか……。)
胸の奥がじんと熱くなる。
昨夜、自分が意識を失った後、彼女はずっとこうして寄り添っていたのだろう。
「……ミーシャ。」
かすれた声で名を呼んだ瞬間――。
「……ん……。」
ミシェリアが小さく身じろぎし、ゆっくりと目を開けた。
「……ヴィヴィ……っ!!」
瞳を大きく見開き、勢いよく顔を上げる。
安堵が一瞬で表情に浮かび、涙がにじみそうなほどホッとした顔をしていた。
「意識が戻ったのね……。良かった……。」
彼の手を握る力が少し強まる。
その温もりが、まるで命がそこにあることを確かめるかのようだった。
「すまない……。」
弱々しくそう呟くヴィヴィアンに、ミシェリアはすぐさま首を振る。
「いいの……。喋らないで……。もう何もしないわ。」
優しく言い聞かせるようにそう告げると、ヴィヴィアンは唐突に 肩をつかんだ。
「違う!!……し……く……れ……。」
「え?」
「してくれ!!!」
クワッ とした勢いで叫ぶ。
「え……。」
唐突な言葉に、ミシェリアは ぽかん とする。
一瞬の静寂。
「……あ。」
そこで、 自分が何を言ったのか ようやく理解したのか、ヴィヴィアンの顔が 一気に真っ赤 に染まる。
「ぷふっ……!!」
ミシェリアは 吹き出した。
なんだかよくわからないけれど、彼が真っ赤になって慌てている姿が 可愛くて仕方ない。
「……な、何が可笑しい……。」
「ふふっ……なんでもないわ。」
「……。」
拗ねたような顔をするヴィヴィアン。
だが、その表情は どこかしょんぼりしている 。
「お医者様がね、これ以上の出血はダメだから、今月はダメだって。」
「……っ。」
シュン――。
瞬時に肩を落とすヴィヴィアン。
その落胆ぶりがわかりやす過ぎて、ミシェリアは さらに笑いを堪えられなかった。
「……一緒に寝るのもダメか?」
「ダメじゃないけど……我慢できるの?」
「……する。」
とても小さな声で、しかし真剣に頷くヴィヴィアン。
(大男がシュンとするなんて……。)
その ギャップが愛おしく て、ミシェリアはついに クスクスと声を漏らして笑った。
「全くもう。どれだけ好きなのよ。」
そう言うと、ヴィヴィアンは ミシェリアの手をとり、そっと 手の平にキスを落とす。
そして、真っ直ぐにミシェリアを見つめた。
「……わかったわ。一緒に寝る。」
「本当か……?」
次の瞬間―― パァッ と顔を輝かせるヴィヴィアン。
(なんなの、この可愛さ……。)
ミシェリアは思わず 微笑んでしまった。
だが、心の奥では 何かひっかかるもの がある。
(……困ったわね。)
何がいけなかったのかしら……。
今までのヴィヴィアンの様子を思い返す。
呪いの影響で、最初は 自分から私に声をかけることを禁じられていた。
次は 自分からキスもできなかった 。
「…………。」
思考が止まる。
(……ん? てことは、まさか……。)
次の瞬間、 全身に衝撃が走る。
(房事も、私から……!?)
ガバッ!!
ミシェリアは、頭を抱えた。
(ちょっと待って!! それってまるで…… 痴女 みたいじゃない!?)
顔面が一気に赤くなる。
「……ミシェリア?」
そんな彼女を見て、 ヴィヴィアンは無邪気に首を傾げていた。
(この人、知らないわね……! 自分の呪いの仕組みを……!! )
ミシェリアは、心の中で 誰かに助けを求めたくなった。
(……まさか、ヴィヴィアンの呪いのせいで 私から積極的にならなければならない なんて……。)
脳内が混乱する中、彼女は 小さくため息 をついた。
その時――。
「ミーシャ、今日は時間はあるか?」
ふと、ヴィヴィアンが 穏やかな声 で尋ねた。
「あるわよ。どうしたの?」
顔を上げると、彼は 柔らかく微笑んで いた。
「ダーンストレイヴ公爵家の舞踏会に着ていく衣装を選ばないか?」
「……そうね。もうすぐだものね。」
彼女がそう答えると、 ふわりと優しい笑み を浮かべるヴィヴィアン。
(この顔……ずるい。)
つい じっと見つめてしまう。
彼の笑顔には、不思議と心を落ち着かせる 優しい温もり があった。
「ねぇ、また連続で踊る気?」
ふと、思い出して ジト目 で尋ねると、 ヴィヴィアンの肩がピクリと揺れた。
「い、いや……あれは……。」
言葉を濁しながら 目を逸らす 。
(……これは何かあるわね。)
「……あれは?」
ミシェリアが じーっと追及 すると、ヴィヴィアンは 少しバツが悪そうに視線を彷徨わせた。
「……ミーシャに記憶があるのかを、試していただけだ。」
「……えっ?」
一瞬、言葉の意味が理解できず、 ミシェリアは瞬きをした。
「試すなら 2曲 で良かったじゃない!」
(どうして 5曲 も踊ったのよ!?)
思わず 詰め寄る と、ヴィヴィアンは 顔をほんのり赤くして 言葉を濁した。
「……つい、嬉しくなって……。」
「……!!」
(ずるい!! そういうの、ずるい!!!)
心臓が どくんっ と跳ねる。
(この人、本当に……!!)
「……あの後、筋肉痛で大変だったのよ!?」
ぶわっと 過去の苦しみ が蘇り、 少し恨めしげに 訴える。
すると――。
「……っははっ。」
ヴィヴィアンは、 楽しそうに笑った。
「そうか……。それはすまなかった。」
口元に 小さな笑み を浮かべながら、 どこか嬉しそう に目を細める。
(もう……!!)
ミシェリアは ぷくっと頬を膨らませ 、けれど、どこか 温かい気持ち になっていた。
優しい空気が、二人の間に流れる。
こうして和やかに話していると、 まるで未来の不安なんてないかのように 思えてしまう。
(……だけど、本当は…… 色々と考えなきゃいけないことがあるのに……。 )
そう思いながらも、彼女は 彼の笑顔を見つめ続けた。
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――――――――
ヴィヴィアンの 広々とした衣装ルーム に入ると、壮麗な装飾が施された衣装が 整然と並べられていた。
貴族らしい重厚なデザインのものから、洗練されたシンプルなものまで、さまざまな種類が揃っている。
そのどれもが、 特注の仕立て に違いない。
「さて、どれにしようかしら?」
ミシェリアは、目を輝かせながらクローゼットの中を覗き込む。
それを見て、ヴィヴィアンが 怪訝そうな表情 を浮かべた。
「……何故、俺のを選ぶんだ?」
「たまにはいいじゃない。」
ミシェリアは くすっと微笑み 、さりげなく衣装を物色し続ける。
「ヴィヴィアンに似合うものを着せてから、私のを決めても遅くないでしょ?」
「……まぁ……そうだが。」
ヴィヴィアンは 少しバツが悪そうに 目を逸らした。
「どうせ、どれも 私とお揃いになるように セットで作ってるんでしょ?」
「…………。」
図星だったらしい。
ヴィヴィアンは 少し言い淀んだ 後、仕方なさそうに頷いた。
「……まぁ、そうだ。」
(やっぱり。)
ミシェリアは 満足げに笑い 、適当に衣装を選ぶフリをしながら、 わざと 一番着にくそうな服を手に取る。
それは 淡い水色の生地に、シルバーの繊細な刺繍 が施された、格式高い礼服だった。
美しいデザインではあるが、 複雑な装飾と多層構造 のため、着るのに相当手間がかかるものだ。
「次、これ着て?」
「……全く、あなたという人は……。」
ヴィヴィアンは 呆れたように小さく息をついた 。
「ふふっ。もしかして、今になって 私と一緒になったことを後悔してる? 」
ミシェリアが わざと挑発するように 微笑むと、ヴィヴィアンは すぐさま真剣な顔 で首を横に振った。
「まさか……そんなことはない。」
そして 彼女の手から衣装を受け取り 、着替えのために カーテンを引いた。
「少し待っていてくれ。」
ミシェリアは頷き、ヴィヴィアンの 姿が隠れるカーテンの向こう側 を眺めた。
すると、すぐに 執事が静かに中へと入る。
(まぁ、あの衣装は一人で着るのは無理よね。)
カーテンの下から見える ヴィヴィアンの足元 を見ながら、ふと考えた。
(……それにしても……ヴィヴィアンって 相当なイケメン なのよね。)
今更ながら、その事実を再認識する。
回帰前の自分はどうして 目移りすらしなかったのか、不思議でならない。
(こんなに素敵なのに……。)
ヴィヴィアンの 長い脚と、均整の取れた体格。
それに、 落ち着いた紫の瞳 は、まるで夜空を閉じ込めたかのように美しい。
――だけど。
(今も、ヴィヴィアンほど深い愛があるわけではない……。ミリスクレベンとは、確かに 深く、情熱的な愛があった。)
そんなことを考えながら、カーテンの向こうで もたつく気配 にクスリと笑う。
ヴィヴィアンは 複雑な衣装と格闘 しているのだろう。
(結婚式までに……。)
ミシェリアは、そっと指先を絡めながら考えた。
(……ヴィヴィアンと、あの時のような 情熱 を……。)
――その時、カーテンが ふわりと開かれた。
「着たぞ。」
彼は、優雅な仕草で ゆっくりと姿を現した。
淡い水色の衣装が 彼の銀髪と絶妙に調和 し、繊細な刺繍が上品な輝きを放つ。
その姿は、まるで夜明けの光を纏った貴公子のようだった。
ミシェリアは、 一瞬、息をのむ 。
「……どうだ?」
ヴィヴィアンが 少し不安そうな顔 で尋ねる。
彼女は じっと彼を見つめ 、わざと 挑発的な微笑み を浮かべた。
「もっと頑張らないと……。」
「……?」
「私に 愛されないわよ? 」
「……っ。」
一瞬 動揺するヴィヴィアン。
「に……似合わないか?」
ミシェリアは、 くすっと笑い、 軽く息をついた。
「――似合う。」
まるで 魔法のように、その言葉だけで ヴィヴィアンの表情が安堵に包まれる。
(……もう、こういうところが 可愛いんだから。)
ミシェリアは そっと彼の袖を引き、 満足げに微笑んだ。




