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声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


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37話目

禁書庫の空気は、まるで氷のように張り詰めていた。


ヴィヴィアンの鋭い視線が、闇の奥底から何かを見透かそうとするようにこちらを射抜いている。

その瞳には疑念と怒りが混ざり合い、どこか寂しささえ滲んでいた。


ミシェリアは喉を鳴らし、ゆっくりと息を吸い込む。


(まずいわ……このままだと、制約の話にまで及んでしまう。)


ヴィヴィアンに知られれば、彼の負担になる可能性が高い。

そして、また吐血することになるかもしれない。

そうなれば、彼の体がもたない。


ミシェリアは、できるだけ穏やかな声を作り、そっと彼の腕に手を添えた。


「落ち着いて、ヴィヴィアン。」


その瞳をじっと見つめる。


「何も考えずに、ここを出ましょう。」


ヴィヴィアンの眉がぴくりと動く。

彼の指先に微かな力がこもるのを感じた。

けれど、そのまま沈黙したままの彼に、ミシェリアはさらに言葉を続ける。


「ね? ここで何かあっても、いいことなんて何一つないわ。」


彼の手を握る力を強める。


「お願い……。」


その小さな声に、ヴィヴィアンはぐっと唇を噛みしめる。


一方、後ろからミリスクレベンの静かな声が響いた。


「おい、俺は何もしていない。」


ヴィヴィアンはぴくりと肩を揺らすが、何も言わない。


「公爵夫人、次からはアポを取れ。」


低く、冷静な声音だった。

彼の表情には、もはや執着も狂気もない。ただ、貴族らしい穏やかな態度を崩さないままに、淡々とした命令を下した。


ミシェリアは、静かに一礼する。


「……わかりました、殿下。」


そして、迷いなくヴィヴィアンの腕を引いた。


「行くわよ、ヴィヴィアン。」


「……っ。」


抵抗するように動こうとしたヴィヴィアンだったが、ミシェリアの真剣な瞳を見て、息を詰まらせた。

彼女は、低く囁く。


「ここで血だらけにならないために、何も考えないで。」


その言葉に、ヴィヴィアンは苦しげに目を伏せた。



禁書庫を出る直前――。


リーサとすれ違った。


彼女は静かにミシェリアとヴィヴィアンを見つめていた。

その表情は何も語らなかったが、彼女がここまでヴィヴィアンを導いたのだという事実が、ミシェリアにははっきりと分かった。


(……やっぱり、あなたがヴィヴィアンを。)


ミシェリアは視線をそらし、そのままヴィヴィアンの手を引いて、王城の外へと向かった。


◇◆◇◆◇


「ここは?」


ヴィヴィアンは、連れてこられた場所を見渡しながら、不思議そうに眉をひそめた。


王城の裏口。


王族しか知らない秘密の出入り口であり、長年使われてこなかったため、石畳には蔦が絡まり、静けさが支配していた。


周囲には人の気配がまるでない。

ただ、冷たい風が二人の間をすり抜けるだけだった。


「内緒。」


ミシェリアはくすりと笑いながら、王城の外れに繋いでおいた馬の手綱を取る。


「馬を返さないといけないの。」


その言葉に、ヴィヴィアンの紫の瞳が細まる。


「使いの者に届けさせる。」


彼は冷静にそう言いながらも、彼女の手から手綱を奪い取った。


(……ヴィヴィアン?)


その動作は、どこか強引だった。

普段の彼なら、こんな風に乱暴にすることはないのに。


「だが……今は。」


低く囁かれた声が、どこか危うさを孕んでいた。


次の瞬間――。


ぐいっ――!


「――っ!」


ミシェリアの腕が強く引かれ、身体がぐらりと傾ぐ。

気づいた時には、ヴィヴィアンの胸に押しつけられるように抱き込まれていた。


「ミーシャ。」


彼の声が震えていた。


「……ヴィヴィアン?」


ミシェリアが戸惑うよりも早く、彼の腕がさらに強く彼女の腰を抱き寄せる。


――視線が合った。


そこにあったのは、まるで底なしの闇。


紫の瞳が、痛々しいほどの激情に濡れている。


「……俺以外の男と、何を話していた?」


彼の声は冷たいのに、滲み出る嫉妬の熱がひしひしと伝わってくる。


「ヴィヴィアン、それは――」


「"それは"じゃない。」


遮るように低く言い放ち、彼はさらに強く抱きしめた。


「お前が、ミリスクレベンと共にいることがどれだけ不快だったか……。」


ミシェリアの背筋がぞくりと震えた。


「お前が、あいつと二人きりでいたことを知った時の俺の気持ちが、わかるか?」


冷え冷えとした声が、肌に絡みつく。


「やっぱり、ミリスクレベンへの情がわいてしまったか?」


(違う! そんなこと……!)


喉の奥から声を絞り出そうとするが、何も言えなかった。


――その時だった。


ヴィヴィアンの顔が、すぐ目の前に迫る。


彼の唇が、ミシェリアのものを奪った。


「んっ……!? ちょっ……。」


驚きで目を見開いた。


(……な、何!?)


ヴィヴィアンの唇は、今までの優しく触れるようなキスとは違った。


まるで、何かを確かめるように、深く、強く――。


(激しい……っ。)


息をする間もないほどに、彼は彼女の存在を求めるように口づけてくる。


腕の力は決して強引ではないのに、逃れられない。


喉の奥まで絡め取るような、執拗なキス。

熱を持った舌が彼女の口内を蹂躙し、すべてを独占するかのように味わう。


「……んっ、……は……っ……!」


息が、足りない。


ミシェリアの指がヴィヴィアンの肩を押すが、彼は離してくれない。


まるで、必死にしがみつくように――。


(……ヴィヴィアン、こんなに……。)


抱きしめる腕の力。

触れる手の震え。


そのすべてが、痛いほどの嫉妬と執着に塗り固められていた。


――ようやく唇が離れる。


「は……っ、ぁ……。」


ミシェリアは乱れた息を整えようとしながら、震える唇を指でなぞった。


(……熱い……。)


肌が、まだ彼の熱を覚えている。


「……ヴィヴィアン。」


彼の肩に手を置き、問いかけようとしたその瞬間――。


「違う。」


ヴィヴィアンは、低く、まるで怒りを押し殺すように囁いた。


けれど、そこに滲むのは、ただの苛立ちではなかった。

彼の瞳に宿るのは、焦燥と、執着と――懇願するような狂気。


「そうじゃない…。」


唇を噛みしめる彼の声が、かすかに震える。


「俺のことを、"愛してる"って言って…欲しい。」


彼は、求めている。

必死に、縋るように。


「……ミーシャ、お前の言葉で、俺を救ってくれ。」


紫の瞳が、強く彼女を見つめる。


「"愛してる"って……頼む。」


その声は、低く、甘く、そして何より――切実だった。


まるで、それを聞かなければ、今すぐ壊れてしまいそうなほどに。


「……俺がどれだけお前を求めているか、知らないくせに。」


彼の指がそっとミシェリアの頬をなぞる。


優しく、けれど震えていた。


ミシェリアの胸が、痛む。


(この人は、こんなにも……。)


言わなければいけない。

言葉にして、彼を救わなければ。


だから、ミシェリアは震える唇を開いた。


「……愛してるわ、ヴィヴィアン。」


瞬間、ヴィヴィアンの腕が再び強く彼女を抱きしめた。


「……もっと。」


その囁きは、懇願するように震えていた。


「もっと言ってくれ……俺だけを、愛してるって。」


縋るように、何度も。

彼女の愛を確かめるように、狂おしく求めてくる。


彼の心がどれほど不安定なのかが伝わって、ミシェリアの瞳がうるんだ。


(こんなにも、愛されているのに。)


それでも、彼の不安は消えないのだろうか。


この愛は、幸せなのか。

それとも、どこかで歪み始めているのか――。


そんな疑問を抱きながらも、ミシェリアはヴィヴィアンの背にそっと手を添えた。


「……ヴィヴィアン、大丈夫よ。」


小さく囁く。


「私は、ずっとあなたのものよ。」


ミシェリアは、ふっと視線を落とす。

彼の喉元――そこには、淡く光る婚姻の刻印があった。


三日月の上に星が瞬く、神殿の誓いの証。

この刻印がある限り、彼らは夫婦として結ばれている。


ミシェリアは、そっと指先でその刻印に触れた。


指が触れた瞬間、ヴィヴィアンの身体がピクリと震える。


「……っ。」


彼の喉が小さく鳴った。


ミシェリアの指が、ゆっくりと刻印をなぞる。

滑らかな肌の上に、確かに刻まれた愛の証。


「この印が、証拠でしょう?」


その言葉に、ヴィヴィアンの瞳がかすかに揺れた。


「……俺は、お前に触れられると、駄目になる。」


低く甘く、けれどどこか苦しげな声。


それでも、彼は再び深く口づける。


――まるで、この愛を永遠に確かめようとするかのように。

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