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声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


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36話目

うす暗い通路の中、手探りで進むミシェリア。


石造りの冷たい壁が指先にかすかに触れ、足音がわずかに響く。

ここは王族しか知らない秘密の通路。誰にも見つからずに王宮の奥へと進むには、この道を通るしかない。


光がないため、慎重に歩みを進めていたその時――。


「ん?……父上ですか?」


突然、闇の中から男の声がした。


ミシェリアの全身が硬直し、瞬時に息を詰まらせる。


(誰かいる……!)


暗がりの先で、微かにランプの灯りが揺れた。

ぼんやりとした光がゆらめき、その主を浮かび上がらせる。


碧い瞳。

見覚えのある金色の髪――。


「……ミーシャ!?」


鋭く響いた声に、ミシェリアは目を見開く。


ミリスクレベン――王太子が、そこにいた。


彼は驚きに瞳を見開いたまま、まっすぐミシェリアを見つめている。

暗闇の中でも、その表情ははっきりと読み取れた。


「どうしてここに?」


沈黙を破るように、低く落ち着いた声が響く。


ミシェリアは心臓の鼓動を抑えながら、できるだけ冷静を装って答えた。


「……レヴィ、ごめんなさい。どうしても、調べたいことがあって……。」


ミリスクレベンの碧眼が細まり、一瞬だけ考えるように沈黙する。


「まさか、禁書庫へ?」


彼は深くため息をつき、呆れたように肩をすくめた。


「お転婆癖は、相変わらず治っていないな。」


「……。」


ミシェリアは言葉を返せなかった。

彼の言うとおりだったからだ。


幼い頃から好奇心が旺盛で、一度決めたら意地でも突き進む性格だった。

それを誰よりもよく知っているのが、この男――ミリスクレベンだった。


「何をしている。行くんだろう?」


ふと、彼のランプがわずかに揺れる。

彼は無造作にそれを掲げながら、先へと進み出した。


ミシェリアは驚きに目を見張る。


「……いいの?」


「一度読ませたんだ。別に構わない。」


淡々とした口調だったが、許可が出るとは思っていなかったミシェリアは、内心少し驚いていた。


(王太子なのに……こういうところ、昔から変わらないのね。)


彼女は小さく息をつき、彼の後に続く。

二人の足音が、冷たい石の廊下に静かに響いた。


◇◆◇◆◇


「レヴィは何してたの?」


ミシェリアは闇の中で囁くように問いかける。


前を歩くミリスクレベンは、わずかに肩をすくめた。


「リーサが朝からうるさくてな……。"公務に出ろ"と小言を言われた。」


その言葉に、ミシェリアは思わず吹き出しそうになる。


「クスッ……レヴィったら、またさぼってるの?」


「言っただろう。俺は王太子に向いていないと。」


ミリスクレベンは苦笑しながら言う。

その背中は、どこか疲れたようにも見えたが、以前よりは穏やかな雰囲気を纏っていた。


(……本当に、昔とは違うのね。)


王太子としての責務を負いながらも、常に何かに追われているような焦燥感があった彼。

だけど今は――まるで、肩の荷が少し軽くなったかのようだった。


「そうね。いつも息苦しそうだったわ。」


ミシェリアは、過去を思い返しながら静かに呟く。


すると、ミリスクレベンは小さく笑った。


「お前も、そうだったんじゃないか?」


「え?」


「王太子妃として、窮屈な生活を送っていたんだろう。」


「……。」


ミシェリアは驚いた。

彼がそんなふうに考えていたことに。


確かに、回帰前の彼女は、王太子妃としての役割を求められ続け、息苦しさを感じていた。

けれど、それをミリスクレベンが気にしていたとは思わなかった。


「気づいてたのね……。」


「そりゃあな。お前が本当は何を望んでいたのかも、今ならわかる。」


「……遅いわよ。」


ミシェリアの声は、かすかに震えていた。


だが、それ以上の言葉は飲み込む。


(……今さら、何を言っても仕方ないもの。)


過去には戻れない。

彼も、彼女も、それを知っている。


だからこそ、静かに並んで歩く。


暗い通路を進みながら、二人の間に流れる空気は、どこか懐かしく、それでいて切ないものだった。


◇◆◇◆◇


そして――ついに、二人は禁書庫の前に辿り着いた。


巨大な扉が、まるで時間に取り残されたかのように静かに佇んでいる。

分厚い鉄の装飾が施され、重厚な存在感を放っていた。


――長年、閉ざされていた場所。


ミシェリアは無意識に喉を鳴らし、唾を飲み込む。


ミリスクレベンは無言のまま、ゆっくりと扉に手を伸ばす。

指先が冷たい金属に触れた瞬間、かすかに張り詰めた空気が動いた。


ギ……ギギィ……


重々しい音を立てながら、扉がゆっくりと開かれていく。


その先に広がっていたのは――。


天井まで積み上げられた、数えきれないほどの古びた書物。


埃をまとった本棚がずらりと並び、微かな燭台の明かりに照らされている。

その静寂が、まるで膨大な知識の眠りを妨げまいとしているかのようだった。


ミシェリアは一歩足を踏み入れ、懐かしさと同時に、胸がざわつくのを感じた。

かつて王太子妃だった頃、この場所に何度か訪れたことがある。

けれど――今日ほど、この場所に恐怖を感じたことはなかった。


「何を調べる気だ?」


ミリスクレベンの低い声が、静寂を破る。


ミシェリアは決意を込めた眼差しで彼を見上げた。


「ヴィヴィアンの制約についてよ。」


瞬間、ミリスクレベンの表情が凍りつく。


「……まさか、回帰の呪いか?」


その問いに、ミシェリアはゆっくりと頷いた。


「えぇ。でも、まだ完全に解けていないみたいなの。解呪方法を探したくて。」


ミリスクレベンは腕を組み、眉をひそめる。


「ラヴェルノワ公爵が……? ……そういえば妙だな。」


「何が?」


ミシェリアは訝しむ。


ミリスクレベンは視線を禁書庫の奥へ向けながら、重く口を開いた。


「禁書庫にある回帰の儀式は、王族の直系血族にしか使用できないんだ。」


「え?」


言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


「さらに付け加えて言うと、"指輪"が必要になる。」


「指輪……? 王族の?」


「――あぁ、これだ。」


ミリスクレベンは静かに右手を持ち上げる。


そこには、深紅のルビーがはめられた指輪が輝いていた。


「シェルクにも持たせていただろう?」


ミシェリアの脳裏に、ある記憶が蘇った。


――回帰する前の、ミシェリアとミリスクレベンの息子。

彼が生まれて9歳の誕生日を迎えたとき、王族としての証として、同じ指輪を与えた。


「……えぇ、誕生祝いに……。」


その言葉を口にした瞬間、ミリスクレベンの瞳が鋭く光る。


「そうか。……あいつは"シェルクを使って"回帰したのか?」


ミシェリアの体がピクリと硬直する。


「え?」


「アイツが死んだ時、シェルクも一緒に死んだんだ。」


「……そうなの!?」


心臓が一気に跳ね上がる。


回帰する前、ヴィヴィアンが駆けつけたときには、すでにミシェリアは命を奪われていた。

だから、彼が回帰の力を使ったことは知っていた。


だが――。


(……シェルクまで、一緒に?)


彼女は知っていた。

回帰のためには、命を贄としなければならないことを。


(ヴィヴィアンは……シェルクの命を代償にして、回帰した……?)


頭の中が混乱する。


――そんなはずはない。

ヴィヴィアンがそんなことをするはずがない。


でも、もしそうだとしたら――?


ミシェリアはふらつく足を必死に支えながら、ミリスクレベンを見つめた。


「ミーシャ。」


次の瞬間、ミリスクレベンの手ががっしりと彼女の肩を掴んだ。


「回帰した後、シェルクの夢を見たりしなかったか?」


ミシェリアの呼吸が止まる。


「……えぇ……一度だけ……。」


――あの夢。


「母上、幸せになって……。」


夢の中で、小さなシェルクが優しく抱きしめてくれた。


あの柔らかな温もり。

小さな手が、まるで本物のように彼女の頬を撫でた感触。

現実ではあり得ないとわかっていても――確かにそこにいた。


それなのに。


「でも、それはただの都合のいい夢だと思ってた。」


ミシェリアは、小さく呟くように言葉を紡ぐ。


ミリスクレベンが、一瞬息を詰まらせたのがわかった。


「都合のいい? 詳しく……っ!」


彼の手がミシェリアの肩を掴み、問い詰めようとしたその瞬間――。


「――ここで、何を?」


ゾクリとするほど冷たい声が、突如として背後から響いた。


空気が、一気に凍りつく。


ミシェリアとミリスクレベンは、ハッと息を呑んだ。

その場の温度が、急激に下がったように感じる。


とんでもなく恐ろしい顔をしたヴィヴィアンが、二人の背後に立っていた。

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