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声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


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32/72

32話目

朝の光が、大きな窓から心地よく差し込んでくる。

ローベルク伯爵家の食堂では、白いテーブルクロスの上に並べられた色とりどりの料理が、湯気を立てていた。


銀の食器が触れ合う微かな音と、柔らかな談笑が、穏やかな朝の時間を彩っている。


ミシェリアは、目の前のプレートに乗せられたオムレツにフォークを入れながら、ふと口を開いた。


「今日のランチは外で食べるわ。夜も帰れないかも。」


その言葉に、シェリルアがぱっと顔を輝かせる。


「まぁ! デートね!」


にこりと微笑む姉の言葉に、ミシェリアは一瞬動きを止めたが、すぐに肩をすくめた。


「まぁ……そんなところかしら。」


言葉を濁しながらも、ヴィヴィアンと過ごす一日を想像すると、自然と頬が熱くなるのを感じる。


その様子を見ていた父、シェトランドは、椅子の背に寄りかかりながら低く笑った。


「もう一緒に住んだらどうだ?」


「結婚披露宴が終わってからって決めてるの。」


さらりと答えるミシェリアに、姉は「まあ、羨ましいわね。」と優雅に微笑む。


そんな姉の横で、ヴィーネストが、スプーンを持ったまま小首をかしげた。


「シェリーお姉様も僕とデートしよ?」


「あら、素敵ね。喜んで。」


シェリルアはくすくすと笑いながら、ヴィーネストのふわふわとした銀髪を撫でる。


(……お姉様、本当にヴィーネストのこと、ただの可愛い弟だと思ってるのね。)


ミシェリアは内心でため息をついたが、平和な食卓の雰囲気を壊すのも気が引けるので、黙ってパンを口に運ぶ。


けれど、ふと気づいた。


(……なんだか、料理がどんどん豪華になっていってない?)


普段の朝食も十分に贅沢ではあるが、今日は特に食材が豪華だ。

焼きたてのクロワッサンに、上質なバターとジャム。

ふわふわのオムレツにはトリュフの香りが漂い、ハムやチーズの盛り合わせも、王宮で出されるようなものばかりだ。


思わず、父に視線を向けると、彼は朗らかに笑いながら斜め隣に座るヴィーネストの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「はっはっはっ。うちには稼ぎ頭がいるからな。」


「……。」


ミシェリアは目を細める。


(……ヴィーネストったら、また何かしてるわね。)


朝から平然と贅沢な料理を味わっているヴィーネストは、きょとんとした顔で「ん?」とこちらを見てくる。


(何でもないわよ……。)


ミシェリアは心の中でそう呟きながら、コーヒーカップを口元に運んだ。


すると、侍女のキャリーがすっと彼女の横に近づいてきた。


「お嬢様、そろそろご準備を。」


「……あら、もうそんな時間?」


ゆっくりと椅子から立ち上がると、姉がにっこりと微笑みながら「楽しんできてね。」と囁く。


「えぇ。行ってきます。」


ミシェリアは軽く微笑み返し、朝食を終えると、専属侍女のキャリーとともに自室へ向かった。


◇◆◇◆◇


自室のドレッシングルームに入ると、目の前には繊細な刺繍が施されたドレスが広げられていた。


その美しい生地に目を奪われながら、ミシェリアはそっと指先で触れる。


「キャリー、このドレス……?」


戸惑いながら尋ねると、侍女のキャリーはにこりと微笑んだ。


「今朝、届きましたよ。ちゃんとランブルリアのドレスですから、間違いなくラヴェルノワ公爵様からのプレゼントですよ! 直筆のカードもついておりますし。」


そう言って、彼女はドレスの横に添えられていた封筒を手に取る。


「直筆の……?」


ミシェリアは驚きながら、封を開ける。


美しい筆跡が、柔らかな紙の上に躍る。


『愛する妻へ』


一瞬、息が止まる。


(……愛する、妻へ。)


まだ慣れないその響きに、胸の奥がくすぐったくなるような、落ち着かない気持ちになる。


「お嬢様、素敵ですねぇ。愛情たっぷりですわ!」


キャリーが無邪気に微笑むのを横目に、ミシェリアはそっとカードを閉じた。


「……こんなことで喜ぶなんて、私もまだまだね。」


苦笑しながら、再びドレスに視線を落とす。


鮮やかな青の生地に、所々淡い桃色のレースが巧みにあしらわれ、金糸の刺繍が華やかに輝いている。


ヴィヴィアンらしい――端正で、どこか気品に満ちた贈り物。


(本当に……私のことを、愛してくれているのね。)


自然と胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「お嬢様、さぁ、早くお召しくださいませ!」


キャリーがウキウキとした様子でドレスを手に取る。


「……えぇ。」


ゆっくりと微笑みながら、ミシェリアは袖を通した。


――――――――――

――――――――


ローベルク伯爵家の客室に足を踏み入れたヴィヴィアンは、静かに息を整えた。


彼が身に纏っているのは、鮮やかな青の生地に淡い桃色のリボンがあしらわれ、金糸の刺繍が上品に煌めく衣装。


(……似合っているだろうか。)


普段は機能性を重視した服装が多い彼にとって、こうした華やかな装いは少し落ち着かないものだったが――。


「兄上、いつになく着飾ってるね。」


対面のソファに腰掛けていたヴィーネストが、じっとヴィヴィアンを見ながらにやりと笑った。


「……あぁ。」


淡々と返すヴィヴィアン。


ヴィーネストは小さく首を傾げながら、思い出したように言う。


「兄上ってさ、ランブルリアの衣装、好きだよね? でも、僕はサロエローズの方が好きなんだけど。」


ヴィヴィアンは一瞬、眉をひそめた。


「お前のせいでデザイナーがぶつかり合っていた。もう少し考えてくれ。」


呆れたようにため息をつくが、ヴィーネストはどこ吹く風。


「やだよ。お堅いランブルリアより、華やかで軽やかなサロエローズこそシェリーお姉様にはぴったりだもん。」


彼は得意げに胸を張る。


ヴィヴィアンは何も言わず、スッと手を伸ばすと――。


ぎゅむっ。


ヴィーネストの両頬を、容赦なくつねり上げた。


「~~~っ!! い、痛い、兄上っ!!!」


「少しは考えて発言しろ。」


「やだってば!! ちょっ……ほら、顔が歪んじゃう!!」


「もとに戻るだろう。」


ぐいぐいと引っ張る兄の手を必死に振り払おうとするヴィーネスト。


そんなやりとりの最中――。


「もう、二人とも何してるの?」


呆れたような声が響いた。


二人が同時に振り向くと、そこには、ゆったりと歩いてくるミシェリアの姿があった。


鮮やかな青のドレスに、柔らかな桃色のレース。金の刺繍が繊細に輝くその装いは、彼女の優雅な佇まいをより一層引き立てていた。


一瞬、空気が止まる。


ヴィヴィアンの手が、ぱっとヴィーネストから離れた。


「……綺麗だ。」


彼は低く、けれどはっきりと呟く。


「衣装は気に入っているか? 華やかさが足りないとか、ないか?」


言葉は冷静を装っているが、その瞳はどこか緊張しているようにも見えた。


ミシェリアは微笑みながら、軽くドレスの裾を持ち上げる。


「大丈夫よ。とても素敵で上品で、すごく気に入ったわ。」


その瞬間。


ヴィヴィアンの瞳が満足げに細まり、ゆっくりとヴィーネストの方へ視線を移した。


『ほれみろ』


そんな無言の圧力を込めた、勝ち誇ったような眼差し。


「……ふーん。」


ヴィーネストは口を尖らせながらそっぽを向いたが、ヴィヴィアンはまるで相手にしていないかのように、静かに手を差し出した。


「行こう。」


「えぇ。」


ミシェリアは微笑みながら、その手を取る。


ヴィヴィアンにエスコートされながら外へ出ると、澄み切った青空が広がっていた。


「良い天気ね。」


柔らかな日差しが降り注ぎ、春の香りを含んだ風がそっとドレスの裾を揺らした。


「今日はどこへ行くの?」


「オペラ劇場へ。」


「……オペラ?」


ミシェリアは思わず聞き返す。


オペラ――。

貴族の社交の場としても重要な存在であり、多くの者が熱心に鑑賞する文化のひとつ。


けれど、ミシェリア自身はあまり興味がなかった。


(長いし、退屈なものが多いし……。)


どちらかと言えば、華やかな舞踏会や馬車での散策のほうが楽しい。


だが――。


「演目は『歌姫』だ。」


ヴィヴィアンの言葉に、ミシェリアの歩みがぴたりと止まる。


「『歌姫』……。」


それは、彼女が数少ないオペラの中で唯一、心を震わせた作品だった。


愛と別れ、そして再会を描いた壮大な物語。

歌姫と騎士が運命に翻弄されながらも、互いを求め合う切ない旋律。


(……まさか、それを選んでくるなんて。)


思わずヴィヴィアンを見つめると、彼は穏やかな微笑みを浮かべていた。


「いいのかしら?」


ミシェリアは、からかうように片眉を上げる。


「そんな手札を、ここで切ってしまって?」


彼が私の好みをしっかり理解していることがわかって、少しだけ気恥ずかしくなる。


しかし、ヴィヴィアンは余裕たっぷりに肩をすくめると、品のある笑みを浮かべて言った。


「望むところだ。

君の心を動かせるのなら、何度でも手を尽くそう。」


ミシェリアは驚きと共に、心が微かに揺れるのを感じた。


そして、ふいに彼の腕へとそっと手を添える。


「……だったら、せいぜい頑張って?」


冗談めかした口調の中に、ほんの少しだけ本音が混ざっていた。


ヴィヴィアンの目が、優しく細められる。


「もちろん。」


静かに返されたその言葉に、

ミシェリアの頬が、ほんのりと熱を帯びていくのだった。

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