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声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


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29話目

「……もう、終わりだ……」


ミリスクレベンの呟きは、絶望そのものだった。


ぽたぽたと涙が床へ落ちる音が、神殿内に響く。


あの王太子が、涙を流している。


そんな光景が信じられず、ミシェリアはただ立ち尽くしていた。


(どっちを……信じればいいのよ。)


ミリスクレベンの言葉も、ヴィヴィアンの言葉も、それぞれに理があるように思えた。


けれど――。


(でも、私……もう結婚してしまっているし。)


これがもしも婚約の段階だったなら、考える余地もあったのかもしれない。


だが、もう婚姻の儀は終わってしまった。


ヴィヴィアンの妻として、ラヴェルノワ公爵夫人になったのだ。


(このままヴィヴィアンと距離を置いて暮らすわけにもいかない。)


深く、深く、溜息をついた――その時。


「ミーシャ?」


甘く、低い声が耳に響いた。


ミシェリアは、びくっと肩を震わせる。


「……こわい。」


「ん?」


ヴィヴィアンが、ゆるく首を傾げる。


「ヴィヴィアン、全然いつもと違うじゃない!! こわいって言ってるの!」


言葉が溢れるように口をついた。


ヴィヴィアンは、一瞬驚いたように目を見開く。


「……それは……すまない。」


(驚くのはこっちの方よ。)


戸惑いを見せたヴィヴィアンは、ふっと視線を落とし、少し考え込むように口を開いた。


「だが、文字で話していた時は、ああ書くしかなかったんだ。」


「顔も怖いわ!! いつもみたいに優しくニコニコしてないし!!」


「……そんな場合ではないだろう? どう考えても。」


「そんな場合よ!!!」


ミシェリアが強く言い返した、次の瞬間――。


バンッ!!!!


扉が勢いよく開いた。


神殿の静謐(せいひつ)な空気を切り裂き、白いローブの人影が入ってくる。


黒く艶やかな髪、深紅の瞳――。


「……この子……」


ミシェリアの胸が、嫌な感覚で締めつけられた。


忘れようとしていた過去が、脳裏に鮮明に蘇る。


(未来で……私からミリスクレベンを奪った女性……。)


「なぜだ!!!」


突然、ミリスクレベンが叫んだ。


彼の顔には、純粋な恐怖が浮かんでいた。


「教会には圧力をかけた!! なのになぜお前がここにいる!!」


黒髪の聖女――リーサは、ただ静かに彼を見つめ、凛とした声で言い放つ。


「神殿と教会は別物だからです。」


その言葉に、王太子は息を呑む。


「どうやら……あなたは回帰をされているようですね。」


赤い瞳が、鋭く王太子を見つめる。


ミリスクレベンは、その瞳を睨み返しながら、荒い息を吐いた。


「ああ、そうさ!! こんな国、どうだっていい!!!」


彼の声が震え、こみ上げる怒りと焦燥が剥き出しになる。


「どうして俺とミシェリアが犠牲にならなければならないんだ!! おかしい!! 間違ってるだろう!!」


「だから、俺は正しに帰ってきたんだ!!!!」


その言葉に、リーサは微動だにしなかった。


「王宮に納められている禁書は、そのために存在しているわけではありません。」


冷ややかな口調が、神殿の中に響く。


「黙れ!! もう俺はお前なんかと結婚はしない!!!」


ミリスクレベンは声を張り上げ、足を踏み鳴らす。


「国なんて滅びればいい!! 俺は最後までミーシャと一緒にいる!!!」


「……どういう意味?」


ミシェリアの口から、その問いが漏れた。


「ミリスクレベンの代で神の末裔と婚姻し、子を成さなければならなかった。」


隣に立つヴィヴィアンが、淡々と説明する。


ミシェリアの心臓が跳ねる。


「やめろ……言うな!! やめろ!!!!」


ミリスクレベンが叫び、拳を震わせる。


しかし、ヴィヴィアンは冷たく言葉を続けた。


「そうしなければ、この国の地下に眠る巨大なプレートが動き、大災害が起こる。」


「……そんなっ!!?」


ミシェリアの顔が青ざめる。


「王太子、あなたはそれを幼少期から教わっていたはずだ。」


ヴィヴィアンは静かに告げた。


ミリスクレベンは、悔しげに唇を噛む。


「ああ!! 知っていたさ……!! 全部知っていた……!!」


絶望に満ちた瞳で叫ぶ王太子。


「だったら、王族の血を分けたお前らがリーサと結婚すればよかっただろう!!!」


ヴィヴィアンは、その言葉に薄く微笑む。


「いいえ。」


静かに、リーサが前へと進み出る。


「私の伴侶は、王族の直系でなければなりません。」


彼女の赤い瞳が、鋭く王太子を射抜く。


ミリスクレベンの顔が歪んだ。


「息子でもよかっただろう!!!」


「いいえ。」


リーサは、微塵も動じることなく首を振る。


「仕来たりに従って、あなたでなければいけません。」


「待って。」


ミシェリアは、再び言葉を挟む。


「……話が見えないわ。どういうこと?」


混乱の中で、彼女はただ真実を求めた。


しかし、その真実は、あまりにも重く、残酷なものだった。


「リーサ、もう魅了をかけてしまった方が良いでしょう。」


ヴィヴィアンが、静かに言った。


その声音には、わずかに冷たさが滲んでいる。


「そのようですね。」


リーサは静かに歩み寄ると、ミリスクレベンをまっすぐ見つめた。


「や、やめろ!! 近づくな!!!」


ミリスクレベンは身を引こうとしたが、瞬く間に神官たちが動いた。


「ミーシャ!!!」


彼の叫び声が神殿に響く――しかし、次の瞬間。


ピタリ。


「んっ……」


リーサが彼の額に、そっと口づけを落とした。


すると、ミリスクレベンの身体がガクッと力を失い、瞳の焦点がゆっくりと定まらなくなっていく。


彼は放心状態になり、ただ虚ろに宙を見つめるだけになった。


「……これで大人しくなりましたね。」


リーサは淡々と呟く。


ミシェリアは息を呑んだ。


(これは……私が知っているリーサとは違う。)


未来で見た彼女は、儚げで、ただ王太子の傍にいるだけの聖女だった。


しかし、今の彼女は違う。


その瞳には冷静な計算と、使命を果たすという強い意志が宿っていた。


「ミシェリア、落ち着いて聞いてください。」


ヴィヴィアンの静かな声が響く。

今の彼は冷静で、迷いがない。


「彼は、自らの役目を知りながら、あなたに求婚し、その事実をずっと隠していました。」


ミシェリアは、ぎゅっとドレスの裾を握りしめた。


「……ヴィヴィアンは、どうしてそれを知っているの?」


ミシェリアは震える声で問いかける。

ヴィヴィアンは、彼女の目をまっすぐに見つめながら、言葉を紡いだ。


「王位継承権を持つ者は皆、知っています。変われるのであれば、変わろうとリーサに接触したのです。」


リーサが静かに頷く。


「直系でなければ、不安定ですから。」


「こう言われてしまったのです。」


ヴィヴィアンの言葉は、どこか寂しげだった。


(変わろうとした?ヴィヴィアンが……?)


ミシェリアの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。


「……なぜ、ヴィヴィアンが変わろうと?」


彼がこの国の危機を救おうとしたことはわかった。

だが――なぜ彼がそこまで?


ミシェリアの問いに、ヴィヴィアンは一瞬、言葉を飲み込んだようだった。

だが、次の瞬間。


「……わかりませんか?」


静かに問い返される。


「……?」


ミシェリアが首をかしげると、ヴィヴィアンはほんの少し目を伏せ、それから覚悟を決めたように顔を上げた。


そして――。


「あなたを愛していたからですよ。」


そう言って、ヴィヴィアンはわずかに頬を染めた。


一瞬、時が止まったような気がした。


「………はぁ。」


ミシェリアは、驚きと困惑の入り混じった深いため息をつく。


「ミーシャ?」


ヴィヴィアンが不安そうに呼びかける。


「……一瞬、本当にあなたに騙されたのかと思って、ヒヤヒヤしました。」


「え?どこらへんが?」


「顔が怖かったって、さっきも言いましたよね?」


「それは……。」


彼は少し言いよどむ。


「そもそも、回帰前も求婚するつもりでした。しかし、それを聞きつけた王太子が邪魔をして……。」


「………そう、だったの。」


「………はい。」


ヴィヴィアンは、ばつが悪そうに視線を逸らした。


(そんなことが……。)


今まで知らなかった事実が、次々と浮かび上がってくる。

まるで、絡み合った運命の糸が解けていくように。


「……でも、王太子まで、どうして回帰を……?」


ミシェリアがぽつりと呟くと、ヴィヴィアンはふっと冷静な表情に戻った。


「私の死後、魅了が解かれてしまったのでしょう。」


その言葉に、ミシェリアは息を呑む。


(……そうか。)


未来で彼は、聖女リーサの魅了を受けていた。

その呪縛が解かれたとき――彼は、自らが犯した過ちに気付いてしまったのだろう。


「ですが、それさえわかれば、こちらで策を講じますので、ご心配なく。」


ヴィヴィアンは、静かに言った。


その言葉を聞きながら、ミシェリアは、かつての夫のことを思う。


(なんだか……さすがに同情してしまうわ。)


ミリスクレベンは、ただ愛したかっただけなのかもしれない。


だが、その方法を誤った。


彼の愛は、間違えてしまったのだ。


(それでも――)


もう、彼とやり直すことはできない。

それがたとえ、どれほど愛されていたとしても。


「帰りましょうか……ヴィヴィ。」


そう、静かに告げた。

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