表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/72

2話目

朝食の場をめちゃくちゃにしてしまった私は、自室に戻ると同時にドサッとベッドに倒れ込んだ。


「……はぁぁぁぁ……」


顔を埋めて、長いため息をつく。


最悪。


あの後、姉のシェリルアは泣いて部屋にこもってしまった。

当然よね。愛する婚約者の浮気疑惑を、まさか実の妹に食卓のど真ん中で暴露されるなんて。


空気が凍りついた食堂を思い出し、布団の中で足をバタバタさせる。


「考えなしに、散々なことをしてしまったわ……!」


王太子妃として生きたあの時の私なら、もっと慎重に、綿密に動いたはずなのに。

誰にも怪しまれないように、誰にも気取られないように。

あれだけ気を張って生きていたのに……。


「情けない……」


思わず枕を殴る。


でも、今さらどうしようもない。

とにかく、頭を整理しなきゃ。


私がどうなりたいか

私は――また王太子妃になる?


いや、そんなこともう死んでも……いや、実際に死んだから嫌よ!!


愛する息子、シェルク。


あの子ともう会えないのね……。


(……でも、あのまま王太子妃でいたら、どうせまた命を奪われるだけだわ)


未来を思い出す。

毒が喉を焼く痛み、倒れる私に泣き叫ぶ息子、最後に見た夫の冷たい瞳――


「……うん。痛い思いをもう一度させるわけにはいかないわね。」


私は、王太子妃にはならない。


決意するように拳を握る。


王子ミリスクレベンとは、もう絶対に関わらない。

私が彼と初めて出会ったのは、18歳の舞踏会だった。


たまたま人に押されて、気づいたら彼の目の前に立っていて……。

そのままダンスを踊ることになったのが、最初の接触だった。


(なら、それまでに結婚してしまえばいい。)


18歳までに、誰かと結婚しなきゃ

しかも――離婚できない強固な結婚をしなきゃ。


ダーナンドレル王国の王命があれば、普通の貴族の結婚なんていくらでも無効にされてしまう。

だから、王子に見初められる前に、絶対に解消できない結婚をする必要がある。


この国には、3種類の結婚方法がある。


教会で結婚を誓い、王の承認を得る(貴族の主流)

教会に書類を提出(一般市民の結婚)

神殿へ出向き、神に誓う(最も強固な結婚)

神殿での結婚は、神に誓うことで絶対に死ぬまで離婚ができなくなる。

それどころか、神の加護の証として、夫婦には特別な紋章が体のどこかに刻まれる。


王族は、神殿での結婚が仕来り。


だからこそ、私は王太子妃になったとき、死ぬしかなかったのだ。

王太子が他の女と結ばれるためには、私が消えるしかなかった。


「……だったら、私も神殿で結婚すればいいじゃない。」


そうすれば、王子がどれだけ権力を使おうと、もうどうしようもできなくなる。


「私はまだ12歳。絶対、探せるわ!」


未来を変えるために、私の人生を守るために。

私は、新しい結婚相手を見つける――それも、絶対に離婚できない相手を。


私はベッドから飛び起きると、部屋の奥にある机へと向かった。


「よし……まずは候補を洗い出さなきゃ!」


机の引き出しを開け、羊皮紙を取り出す。

インク壺を手元に寄せ、ペンを握ると、まずは思い出せる限りの貴族の名前を書き出していった。


「ええと……ミストリア侯爵家のエイギル……」


確か、あの人は6つ年上。今、私は12歳だから、エイギルは18歳か……。


「……だめだわ。」


ため息をついて名前の上から線を引く。


「年上の人は、もう誰かに取られちゃってる可能性が高いのよね……。確か、エイギルは結婚してたような……。」


しばらく考えてみるけれど、誰がすでに婚約しているのか、どうしても思い出せない!


「……あぁ!もう!!」


頭を抱えた私は、机をバンッと叩いた。


「キャリー!!」


「は、はい!? どうされました、お嬢様?」


突然大声を出したせいで、侍女のキャリーが慌てた様子で駆け寄ってくる。


私は勢いよく振り向き、思い切り指をさして命じた。


「過去の新聞、ぜーんぶ持ってきて!!」


「ぜ、全部……でございますか?」


キャリーは目を瞬かせる。


「そう! ぜーんぶ!!」


「……かしこまりました。」


驚きつつも、彼女は素早く部屋を出て行った。

さすが、幼い頃から仕えてくれているだけある。


数十分後、キャリーと他の侍女たちが山のような新聞を抱えて部屋に運び込んできた。

デスクの上に積み上げられた大量の新聞を前に、私は少しだけげんなりする。


「……思ったより量が多いわね。」


「お嬢様が『全部』と仰いましたので……」


キャリーが申し訳なさそうに微笑む。


「そ、そうね……ありがとう、キャリー。」


とにかく、一つずつ確認していくしかない。

私は新聞の束を手に取り、上から順にめくっていった。


一番最初の新聞には、大きく見出しが書かれていた。


『ラヴェルノワ公爵家の嫡男、突然の失声症に――』


「へぇ、公爵家の跡取りが失声症になったの……?」


興味は湧いたけれど、今の私には関係のない話。

公爵家に嫁ぐなんて、ハードルが高すぎる。


「まぁ、これはスルーでいいわね。」


適当にページをめくり、貴族の婚約関係の欄を探す。


こうして数日をかけて、新聞をすべて読み漁った。


貴族の名前をリストアップし、婚約者がいる家を次々に消していく。


「うーん……公爵家はやっぱり無理よね。」


まず、公爵家は身分が高すぎる。

それに、政略結婚の駒にされる可能性も高いし、王族に干渉されるリスクもある。


「やっぱり同じ伯爵家か、商人か……あとは子爵あたりかしら。」


書き込んだ羊皮紙を眺めながら、最も現実的な選択肢を考える。

貴族の中でも、王の命令で離婚させられないくらい強固な結婚をするには、神殿での結婚しかない。


でも、そんな相手、簡単に見つかるのかしら……?


「……まぁ、まだ12歳だし、絶対探せるわ!」


私は強気に拳を握った。


――――――――――

――――――――


それからの数年間、私は理想の結婚相手を探し続けた。

それも、できる限りの方法を試して……!


「絶対に結婚するんだから……!!」


そう決意した12歳のあの日から、私は本気で行動を始めた。


まず、屋敷に引きこもるなんて論外!


貴族の令嬢らしく大人しくしていたら、相手なんて見つかるわけがない。

だから私は、社交の場にできるだけ顔を出すようにした。


「お嬢様、またお出かけですか?」


「ええ! 婚約者探しの旅にね!」


キャリーがため息をつくのを無視して、私は外へ繰り出す。


● 伯爵家や子爵家の庭園で開かれるお茶会

● 若い貴族が集まる乗馬クラブ

● 商家の人々が訪れる市街地の舞踏会


どこにいい人がいるかわからないので、とにかく出会いの場には片っ端から顔を出した。


しかし、現実は甘くなかった。


「ミシェリア嬢はとても魅力的だが……」

「ローベルク伯爵家は政略結婚の話が少ないと聞くが、本当にご自由に?」

「えっ、神殿で結婚!? ……少し考えさせてほしい」


皆、やんわりと避けていく。


「……なんでよ!!」


何度も自室に戻るたびに、枕を殴って悔しがる日々。


伯爵家や子爵家の跡取りは、すでに婚約しているか、もしくは結婚相手に対する期待値が高すぎる。

商人の家系は財力があるけれど、身分制度のせいで貴族と結婚するには限られた相手しかいない。


しかも、私が求めているのは"神殿での結婚"という超・強固な契約。

普通の貴族は、そこまで強い誓いを望まない。


(やっぱり……重すぎるわよね……)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ