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声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


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19/72

19話目

翌朝、ローベルク伯爵家の屋敷では、朝から深いため息が響き渡っていた。


「はぁ……」


食堂の椅子に座る父、シェトランドは頭を抱えたまま、手元にある分厚い書状をじっと睨んでいる。


それは――姉、シェリルアに届いた求婚状だった。


「こんなに早く正式な求婚状が届くとは……ヴィーネスト殿は相当本気のようだな……」


そう言いながらも、父の声にはどこか疲れがにじんでいる。


「そりゃあ、お持ち帰りされたんですもの」


私は紅茶を口にしながら、事もなげに言った。


そう、昨夜の晩餐の後、ヴィーネストは何の迷いもなく「シェリルアお姉様と一緒に帰る!」と言い張り、そのままローベルク伯爵家に一緒に戻ってきてしまったのだ。


そして今――。


「おはようございますっ! ローベルク伯爵様、お母様、お姉様!」


まるで小鳥のさえずりのように、元気な挨拶が食堂に響き渡る。


ぱっと顔を上げると、そこにはきらきらとした笑顔を浮かべたヴィーネストがいた。


ローベルク家の食堂にすっかり馴染んだ様子で、今日もまた姉の隣にぴったりとくっついている。


「今日からよろしくお願いします!」


そう言って小さくお辞儀をするヴィーネスト。


まるで愛らしい子猫のような仕草に、母はすっかりメロメロになってしまった。


「まあまあ! なんて可愛いのかしら! シェリルア、可愛いお婿さんができて良かったわねぇ!」


「お、お母様……」


姉は頬を赤らめながらも、膝の上のヴィーネストの髪をそっと撫でている。


「シェリルアお姉様、大好き!」


にっこりと笑いながら、ヴィーネストはぎゅっと姉の腕にしがみついた。


(……うん、もう完全に懐かれてるわね。)


「……はぁ……」


そんな様子を見て、父は再び深いため息をついた。

書類をじっと見つめ、指でそっとなぞりながら、重々しく口を開く。


「シェリー、お前は本当にそれでいいのか。」


その声には、最後の確認をしたいという父の想いが滲んでいた。

シェリルア姉様は、そんな父に微笑みを向ける。


「はい、お父さま。もともと6歳も年の離れたダーリルが婚約者でした。それが3歳差になったのですもの。むしろ、喜ばしいことではなくて?」


父は少し驚いたようにまばたきをし、なるほど……と頷いた。


「うむ、まぁ。確かに。」


父の目が少し和らいだのが分かる。

そんな父の様子を見ていたヴィーネストは、ふと顔を輝かせ、勢いよく手を挙げた。


「シェリー? 僕もシェリーって呼んでいい?」


その大きなエメラルドグリーンの瞳が、キラキラと期待に満ちて輝いている。

姉はくすっと微笑みながら、優しく頷いた。


「えぇ、良いわよ。ヴィニー。」


「わぁーい!」


ぱぁっと顔を輝かせて、姉の腕にぎゅっと抱きつくヴィーネスト。

本当に子犬のような愛らしさで、母はすっかり目を細めてしまっている。


しかし、次の瞬間。


「結婚式はいつにするー?」


無邪気な言葉に、場が一瞬静まりかけた。

私は紅茶を吹きそうになりながら、慌てて口元を押さえる。

父も一瞬ぴたりと動きを止め、シェリルア姉様は優雅に微笑んだまま、ゆっくりと答えた。


「結婚はヴィニーが18になってからですよ。」


「えー、そんなに待つの!?」


ヴィーネストはぷくっと頬を膨らませたが、姉は穏やかに彼の頬を優しくつついた。


「ヴィニーはまだ14歳だから、しっかりいろんなことを見て、学んで、それからちゃんと決めてほしいの。私との婚約が、本当にヴィニーにとって最善なのかをね。」


その言葉は、まるで年下の彼を気遣うような、愛のある教えだった。

姉の落ち着いた声音に、ヴィーネストは一瞬ポカンとしたが、すぐにコクリと頷く。


「うん! じゃあ、僕、しっかりお勉強する!」


「ふふっ、それがいいわ。」


そんなやり取りを見ながら、父は再び深いため息をついた。

だが、それは先ほどまでの諦めの溜息ではなく、どこか納得し、安心したかのような溜息だった。


「まったく……お前たちのこととなると、心労が絶えないな……」


そう言いながらも、父は手元の書類をゆっくりと開く。

そこには、昨日の晩餐の際にヴィーネストから送られてきた正式な求婚状と、婚約のための書類が添えられていた。


父は一度、書類に視線を落とし、じっと見つめる。

そして、静かにペンを取った。


――さらさらとペンが走る音が、静かな部屋に響く。


―――――――――

―――――――


夕食の時間。


食堂へ向かい、扉を開けた瞬間、私は目の前の光景に言葉を失った。


(……え?)


なんと、父の膝の上にちょこんとヴィーネストが座っているではないか。

しかも、父はそれを当然のように受け入れ、ヴィーネストの頭をぽんぽんと撫でている。


(な、何が起きたの!?)


私は驚きのあまり足を止め、姉を見つめた。


「お姉様……いったい何が?」


姉は微笑みながら、優雅にスープを口に運ぶ。


「それがね、お父さまが領地のことで頭を悩ませていたみたいなの。それをヴィニーがあっさり解決しちゃったのよ。」


「えっ……?」


私は思わず目を瞬かせる。


「領地の問題って……かなり難しいことだったんじゃ?」


「そうね。税収の管理と、商業ギルドとの交渉がうまくいかなくて、お父さまが頭を抱えていたのだけれど……」


姉はちらりと父とヴィーネストを見やる。


「ヴィニーが、『こうすればいいんじゃない?』って提案したの。それが、まさに的確で……お父さまも思わず感嘆してしまったみたい。」


(……そんなことが!?)


私は再びヴィーネストの方を見る。

すると、彼は無邪気に父の胸に寄りかかりながら、にっこりと微笑んでいた。


「ねーねー、お義父さま~。僕、偉い?」


「おお、偉いとも、ヴィニー!」


「えへへ~!」


嬉しそうに笑うヴィーネストを、父はまるで孫をあやすかのように頭を撫でている。

まるで可愛い子猫でも拾ってきたかのような扱いだ。


(な、なんなのこの光景……?)


本当に、もうすっかりローベルク家の一員ではないか。


(……ほんとに、うちでいいの?)


――――――――――

――――――――


風呂上がりの温もりが残る体で、私はふわふわのガウンを羽織りながら廊下を歩いていた。


(……なんか、ラヴェルノワ公爵家って、おかしいのよね。)


ぽつりと脳裏に浮かんだ疑問を、私は考え込むように胸の内で反芻する。


だって、公爵家と伯爵家って、もともとそんなに対等な関係じゃない。

それなのに、どうしてこんなにもローベルク伯爵家に手厚いの?

普通、公爵家ってもっと格式ばっていて、お堅いものじゃない?


(いや、もちろんヴィヴィアンと婚約したからっていうのはあるけれど、それにしても……。)


不思議な違和感を抱えたまま歩いていると、ふと目の前の執務室の扉が、わずかに開いているのに気づいた。


(あれ……?)


いつもならきっちり閉じられているはずの扉。

けれど、今日は少しだけ隙間があり、中から小さく声が漏れている。


それは、いつも無邪気に可愛らしく振る舞っているヴィーネストの声だった。


――いや。


それは、これまで聞いたことのない、冷静で落ち着いた、まるで別人のような声だった。


「お義父上、王太子ミリスクレベンの動きが怪しく、このローベルク伯爵家に何か仕掛けてくる可能性があるのが現状です。」


「……まさか、娘たちがそんなことに巻き込まれるとは……。」


父の重いため息が聞こえた。


「ですが、どうかご安心ください。この命にかえても、ローベルク伯爵家を守ると誓います。」


その言葉に、私は息を飲んだ。


(えっ……?)


まるで騎士のように誓うヴィーネスト。

あの甘えん坊の末っ子らしさが微塵も感じられない、まるで別人のような気配。


すると、再び父の声が響く。


「申し訳ない……ラヴェルノワ公爵家には、もともと身分差があるというのに……頭が上がらない。」


(――!!)


聞いてはいけないものを聞いてしまった気がした。


私はそっと、足音を立てないように後ずさりし、その場を離れた。

静かに階段を駆け上がり、鼓動を必死に押さえながら、自分の部屋へと駆け込む。


ドアを閉めた瞬間、私は息を詰めたまま壁に背を預けた。


(何? 今の会話……。)


頭の中が混乱していた。


王太子ミリスクレベンが、ローベルク伯爵家に何かを仕掛ける?

でも、彼とはまだまともに顔を合わせてもいないはず……それなのに、どうして?


(ラヴェルノワ公爵家は……何を知ってるの?)


ヴィヴィアンに聞きたい。

でも、もしこれが未来に関わることだったら、彼をまた吐血させてしまうかもしれない。


私は、何もしなくていいの?


(ヴィヴィ……。)


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