17話目
私はシェリルア・ローベルク。
ローベルク伯爵家の長女として生まれ、13歳の時にはすでに婚約者が決まっていた。
相手はダーリル。
彼は私よりも6歳年上で、ローベルク伯爵家の婿養子になる予定だった。
幼い頃から、私は彼に憧れていた。
ダーリルはもともと使用人の家の出身だったけれど、ずっと私と一緒に遊んでくれて、優しい言葉をくれた。
「お嬢様はとても綺麗ですね。」
「お嬢様のためなら、何でもします。」
そんな彼の言葉に、いつしか私は恋をしていた。
父は寛大な人だった。
使用人の出身であろうと、私が選んだ人ならば――と、婚約を許してくれた。
けれど、それは……すべて偽りだったのだ。
私が彼を純粋に愛していたのに対し、彼が見ていたのは私ではなく、ローベルク伯爵家の財産だった。
それを暴いたのは、1歳年下の妹――ミシェリアだった。
彼の女癖の悪さを、何の前触れもなく食事の場で暴露し、家族の前でダーリルは言い逃れができなくなった。
婚約はすぐさま破棄され、ダーリルはローベルク伯爵家からも、領地からも追放された。
あれから、どれだけ時間が経っただろう。
新しい婚約者を見つけようと、何度もお見合いをしたけれど……結局、私は決めることができなかった。
どんなに相手が良い家柄で、どんなに礼儀正しい男性であっても、心の中にまだ彼の影がちらついてしまう。
信じていた人に裏切られた経験は、思っている以上に私の心を蝕んでいた。
――そんな中、妹の婚約があれよあれよと決まってしまった。
ミシェリアとラヴェルノワ公爵、ヴィヴィアンの婚約はあまりにも急だった。
けれど、彼女は驚くほどすんなりとそれを受け入れ、むしろ積極的に話を進めていた。
(私も頑張らなきゃ……)
そう思えば思うほど、何も進まない。
だったら……妹の婚約式が終わるまでは、もう少しだけ、ゆっくりしてもいいんじゃないか。
そんな風に考えていた矢先――
私は突然、ドレスアップさせられ、ラヴェルノワ公爵家へと招待されたのだ。
最初は、ただの妹の付き添いだと思っていた。
ミシェリアが婚約者の家へ行くのに、姉として同行するのは当然のこと。
だからこそ、屋敷へと到着した時も、あくまで彼女が主役だと考えていた。
しかし――
待っていたのは、ミシェリアではなく、私だった。
ラヴェルノワ公爵家の重厚な扉が開かれた瞬間、視線の先にいたのは――
4人の見目麗しい殿方たち。
一瞬、思考が追いつかなかった。
(え……? なんでこんなに、男性ばかり……?)
優雅な佇まいの青年たちが、まるで待ち構えていたかのように私を見つめている。
息を呑むような整った顔立ち、気品あふれる仕草。
それぞれが違った雰囲気を持ち、しかし共通しているのは――
ラヴェルノワ公爵家の血を引く、美しき兄弟たちであるということ。
その場の空気が、まるで異世界のように感じる。
貴族の世界には慣れているはずなのに、彼らが放つ華やかな雰囲気に、思わず息をのんでしまった。
そんな私の前に、一人の青年が静かに歩み寄る。
「シェリルア嬢、はじめまして。」
柔らかな声色。優雅な微笑み。
「ラヴェルノワ公爵家次男、ヴィジェストです。17歳です。」
彼は、まるで貴族の礼儀作法を完璧に体現したような美しい所作で、私の手をとった。
そして、スッと顔を寄せると――
ふわりと、手の甲にキスを落とした。
「っ……!」
驚きに目を瞬かせる。
彼の銀色の長髪が、ふわりと揺れる。
エメラルドグリーンの瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
(綺麗……)
無意識に、そんな言葉が浮かんでしまう。
「よろしくお願いいたします。」
優雅な仕草で微笑むヴィジェストに、私は小さく頷いた。
しかし、驚く暇もなく、別の影が私の前に立つ。
「僕は三男、ヴィートヒートです。16歳になります。」
先ほどのヴィジェストとは異なり、どこか無邪気さを感じさせる笑顔を浮かべた少年だった。
それでも、銀髪に紫色の瞳は、長兄であるヴィヴィアンによく似ている。
「シェリルア嬢、お会いできて光栄です。」
彼もまた、私の手をとり、軽く口づけを落とした。
「……っ」
次男に続き、三男まで。
私は、慣れない感触に戸惑いながら、どうにか平静を保とうとする。
しかし――
次に現れたのは、まるで彫刻のような鍛え上げられた体を持つ青年だった。
「四男、ヴィルダン…です。15歳です。貴女を迎えられて光栄…です。」
(……え?どうして皆さん、年齢を言っていくのかしら…。それにヴィルダン様は15歳には見えないわ。)
銀髪にエメラルドグリーンの瞳はヴィジェストと同じもの。
だが、その体つきがまるで違う。
貴族の青年というより、騎士か闘士のような筋骨隆々の体躯。
制服の上からでもわかる、強靭な筋肉。
(逞しすぎるわ……!?)
しっかりとした動きで私の手をとると、ヴィルダンは何の迷いもなく、手の甲にキスをした。
唇が離れると、彼は真っ直ぐに私を見つめる。
「よろしくお願いします。」
その姿に、私は思わずゴクリと息をのむ。
(……まるで姫に忠誠を誓う騎士みたいだわ!?)
私の頭が混乱し始める中、最後に現れたのは――
「僕は、五男のヴィーネストです! 14歳です!」
ぱぁっと明るい声が響く。
そこに立っていたのは、これまでの兄たちとはまるで違う、可愛らしい少年だった。
銀髪は柔らかくふわふわで、エメラルドグリーンの瞳がくるくると輝いている。
その愛らしい笑顔は、どこか小動物のような無邪気さを感じさせた。
「シェリルア嬢、とっても綺麗ですね!」
(えっ、可愛い……!?)
一瞬、異性としてどうこうというより、純粋に「可愛いものを見た」と脳が認識する。
「ぼくも!」
ヴィーネストはニコニコと微笑みながら、ぐっと背伸びをした。
「えっ?」
と思った瞬間――
ちゅっ。
「――!?!?!?」
なんと、彼は手の甲ではなく、私の頬にキスをしたのだ。
「……っ!!??」
その場の空気が、一瞬止まった。
「えへへ! シェリルアお姉様、とってもいい香りがします!」
(だめだわ……可愛すぎて……なんかもう……ずるいわ!!)
まさかの展開に、私は目を丸くする。
兄弟たちも一瞬驚いたように彼を見つめたが、すぐにヴィートヒートが肩をすくめて笑った。
「ヴィーネスト、相変わらず大胆だね。」
「だって! シェリルアお姉様、すごく素敵だったから!」
ヴィーネストは無邪気に微笑んでいる。
(な、なにこの可愛い生き物……!!!)
兄弟たちの中で、異質なまでの可愛さ。
あまりの衝撃に、私の心は一瞬で撃ち抜かれた。
(い…いけないわ…いけない扉が開いてしまいそうだわ!!!)
ドキドキが止まらない。
思わず頬を手で覆うが、さっきのキスの感触がまだ残っている気がして、どうしようもなく恥ずかしくなる。
そんな私の様子を見て、ヴィジェストが優しく微笑んだ。
「ヴィーネストは弟ですが、見た目に似合わず気が強いので、どうぞよろしくお願いしますね。」
「うんっ! ぼく、シェリルアお姉様とたくさんお話したい!」
「え、ええ……こちらこそ……」
兄弟たちは、それぞれに微笑みを浮かべながら、さりげなく私の周囲を囲むように立った。
「シェルリア嬢」
ヴィジェストが静かに口を開く。
「あなたのような方がこの屋敷に足を運んでくださるとは、まさに幸運。私たち兄弟にとっても、大変喜ばしいことです。」
彼の言葉は礼儀正しいけれど、どこか含みのある響きだった。
「え、えっと……恐縮です」
少し戸惑っていると、ヴィートヒートが優雅に微笑んで、私の手を取る。
「こうしてお話できる機会をいただいたのも、何かの縁かもしれませんね。シェルリア嬢、我々兄弟の中に、運命を感じる者はいませんか?」
「えっ?」
私が驚いている間に、ヴィルダンが低い声で言葉を継ぐ。
「貴族というものは、血筋だけでなく、相性も大事にするもの。ご安心ください、あなたが最も居心地の良いと思う相手を選んでくださればいい。」
(選ぶ……? なにを……?)
そんなことを考えていると、ヴィーネストがぱたぱたと駆け寄ってきた。
「でもねっ、お姉様!」
愛らしく顔を上げ、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせる。
「ぼくが一番、シェリルアお姉様と仲良くなれると思うの! だから、お姉様がぼくを選んでくれたら、すっごくすっごく嬉しいなぁ!」
(選ぶって、なに!?)
あまりに自然な流れで会話が進んでいるけれど、これってつまり――
「え、えっと、皆さん、まさか――」
「ええ、まさかです」
ヴィジェストが微笑む。
「けれど、選択を委ねるのは紳士の務めですから」
「そうですよ、お姫様」
ヴィートヒートが楽しげに続く。
「僕たちの中から、運命の相手を、ぜひお選びください」
(ちょっと待って!! これ、婚約を迫られてるの…かしら。)
私は、兄弟たちの優雅な笑みを前に、呆然とするしかなかった。




