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声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


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15/72

15話目

翌日。


穏やかな昼下がり。

窓から差し込む柔らかな陽光が、心地よく部屋を照らしていた。

レースのカーテンがふわりと揺れ、頬にそよぐ風が涼しい。


私はソファに座り、熱くも冷たくもないちょうどいい温度の紅茶を口に含みながら、ぼんやりと考えを巡らせていた。


(……婚約式を早めるのって、デメリットだらけじゃないのかしら。)


カップをそっと置き、机の上の書類に視線を落とす。

そこには、ラヴェルノワ公爵家から届いた正式な通知があった。


婚約式の日程は、予定より大幅に繰り上げられ、今月中に行われることが決定した。

しかも、三日後には私や家族の衣装が送られ、準備のすべては公爵家が整えるという。


(……急ぎすぎじゃない?)


婚約式は結婚式とは違うけれど、それでも貴族にとっては極めて重要な儀式。

通常は何ヶ月も前から準備を進め、招待状を配り、社交界にきちんと知らせた上で行うものだ。


それをこんなにも急いで行うということは……


「なぜそんなに急ぐのか?」と不審に思われる可能性が高い。


特にラヴェルノワ公爵家のような名門が関わるとなれば、社交界での影響は計り知れない。


(……でも、ヴィヴィアンが失声症だから、当たり前のことだと思われるかもしれないわね。)


公爵家の跡継ぎでありながら、長年声を出せない状況にある。

そのせいで婚約の話が進みにくくなっていたのだとすれば、急な婚約式も「やっと決まったのね」と納得される可能性が高い。


(むしろ、「婚約者が見つかってよかった」と、社交界のほうが安心するかもしれないわね。)


婚約が正式に決まれば、公爵家の後継問題も安定し、不要な噂も立たない。

そう考えると、案外スムーズに受け入れられるかもしれない。


私は小さく息をつき、カップを手に取る。


(まぁ、私は王太子との婚約を遠ざけられるしいいかなって思うけど。)


実際、これでミリスクレベンが私に執着する理由はなくなる。

婚約済みの令嬢に手を出せば、さすがに王族の立場でも問題視されるだろう。


(でも……やっぱり急ぎすぎじゃないかなぁ……。)


紅茶を一口飲みながら、そっとカップを揺らす。

琥珀色の液面がゆらゆらと揺れ、窓から差し込む光を反射してきらめいた。


(……私の結婚が終わったら、お姉ちゃんの結婚相手を探すのを手伝おう……。)


――そんなことを考えていた、その時。


ドンッ!!


勢いよく扉が開かれ、メイドが息を切らしながら駆け込んできた。


「お、お嬢様、大変です!!」


私はびくっと肩を跳ね上げ、思わずカップを握りしめる。


「えっ、な、なに!? 婚約式がさらに早まったとか!?」


「いえ、違います!! 王太子殿下が、視察帰りにローベルク伯爵家へ向かっているとのことです!!」


「…………」


(…………は???)


脳が、一瞬フリーズした。


「王太子……ミリスクレベンが……うちに……?」


「はい!! すでに王都を出発しており、間もなく到着されるとのことです!!」


「……っっっ!!!!?」


カップを持つ手が震え、危うく紅茶をこぼしそうになる。


(ちょっ……まっ……なにそれ!? なんで来るの!?)


視察帰り?

いやいや、それでわざわざうちに寄る理由がわからない!!


「な、なんで急に!?」


「それが……理由はまだ明確に伝えられておりません……!」


(ええええええええ!?!?)


ついさっき、私は「王太子との縁を遠ざけられる」と安心していたばかりなのに――


まさかの本人登場!?!?!?


「お、お嬢様、いかがなさいますか!?」


私は硬直したまま、メイドの必死な顔を見つめる。


(逃げたい!!!! 逃げ出したい!!!!)


だけど、それができる状況じゃないことは分かっていた。


……最悪な予感がする。


私はメイドの報告を受けたまま、どうするべきかと頭を抱えていた。


――その時。


「お嬢様、大変です!!!」


先ほどとは別のメイドが、息を切らしながら部屋に駆け込んできた。


「ええ!? 何が!? もう十分に大変なんだけど!?」


「ラ、ラヴェルノワ公爵様がいらっしゃいました!!」


「…………は?」


(……ちょっと待って???)


私の脳が、またもや一瞬フリーズした。


「え!? ヴィヴィアンって……明後日に来るはずじゃなかったの?」


私は混乱しながら尋ねる。


だけど、メイドの返答を待つまでもなかった。


なぜなら――


すでにヴィヴィアンが、メイドの後ろに立っていたからだ。


「え……」


気づいた瞬間、心臓が跳ね上がる。


彼は、一切の迷いもなく私の元へ歩み寄り、ぐっと私の手を掴んだ。


「ヴィヴィ――!」


呼ぶ間もなく、その手の強さに引っ張られ、立ち上がるしかなかった。

ヴィヴィアンの表情は鋭く、どこか焦りを帯びている。


(な、何なの、この空気!?)


ただ事ではないことは、彼の顔を見れば明らかだった。


私はとっさに抵抗しそうになったが――


「待って! お姉様も一緒に!!」


そう叫んだ。


ヴィヴィアンは一瞬だけ私を見つめると、静かにコクリと頷く。


(よかった、納得してくれた……!)


「姉様の部屋は、右の三部屋目よ!」


そう言うと、メイドがすぐに駆け出してくれる。


私は自分の動揺を抑えながら、屋敷全体の状況を一瞬で判断する。


(王太子が来るのに、ヴィヴィアンがこのタイミングで現れた……これ、絶対何かある!!)


私はメイドたちに向かって、「ラヴェルノワ公爵が来て、娘たちは出かけている」と伝えて!」と指示を出した。


「は、はいっ!」


メイドたちは慌ただしく動き出し、私はヴィヴィアンに手を引かれるまま、姉の部屋へと向かう。


「ミシェリア!? どうしたの、急に……!」


姉の驚いた声が聞こえたが、私は彼女の手を取り、すぐに馬車へと向かった。


ヴィヴィアンの護衛騎士たちが先導し、私たちは急ぎ馬車に乗り込んだ。


扉が閉まると同時に、すぐに馬車は出発する。

蹄の音が石畳を叩く音が、屋敷に響き渡った。


「ちょ、ちょっと、ミシェリア!! 何がどうなってるの!?」


馬車が走り出すと、姉が混乱したまま私を問い詰める。


「お姉様……えっと、あの……」


説明しようとしたその時――。


ヴィヴィアンが静かに手袋を外し、オーラを指先に纏わせる。


そして、宙に淡い光の文字を描いた。


『政治的策略により、ローベルク伯爵家が狙われている可能性がありますので、避難しました。』


「……まぁ!!?」


姉は驚きながら、手を口元に当てた。


「優しそうな王太子様なのに……そんなこと、あるの?」


「姉様……王太子にも色々あるわよ。」


私は苦笑しながら答える。


(というか、姉様は本当に人を疑わないわね……。)


王太子が「優しそう」なのは、表向きの顔。

未来を知っている私からすれば、彼ほど危険な男はいない。


馬車はスムーズに王都の街を走っていく。


……が、なぜか途中で馬車が止まった。


「えっ?」


私は外を覗こうとしたが、その前に扉が開けられる。


「ここは……」


目の前に広がっていたのは、王都でも屈指の高級ドレスショップだった。


「え、どうして?」


私が戸惑っていると、ヴィヴィアンが馬車から降り、姉の手を取った。


「えっ、わ、私?」


驚く姉の前で、彼は懐から紙を取り出し、文字を指差していく。


『これから義姉上になるお方ですから、プレゼントを。』


「まぁ!! 素敵!!」


姉の頬が赤く染まり、嬉しそうに手を合わせる。


(……えぇ……)


私は心の中で、思わず呆れた。


(この状況で、ドレスを買いに寄る!? なんなの、この余裕!!)


だけど、ヴィヴィアンは真剣な表情をしていた。

まるで、この瞬間をずっと前から決めていたかのように、迷いのない動きだった。


私は思わず彼の腕を掴み、問い詰めるように顔を覗き込む。


「ちょっとヴィヴィ、どういうこと?」


ヴィヴィアンは静かにこちらを見つめ、手にした紙を指差した。

そこには、**『少し待ってて。』**と文字が並んでいる。


(少し待っててって……どういうこと?)


私は困惑しつつも、次の言葉を待とうとした――が、次の瞬間。


「……っ!?」


ヴィヴィアンが、私の額にそっと唇を寄せた。


一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


けれど、額に触れたそのぬくもりに、私の心臓は強く跳ねた。


「なっ……!」


顔が一気に熱くなる。


ヴィヴィアンは何事もなかったかのように微笑み、そのまま姉の手を取り、優雅にドレスショップへ入っていった。


私は呆然としながら、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。



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