13話目
王都の街を歩くのは、久しぶりだった。
市場の活気、通りを行き交う人々の賑やかな声、美しく整えられた石畳。
商人たちは軒を連ね、色とりどりの布地や香辛料を売り、パン屋からは甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
(不思議……。)
この王都の街並みは、何度も見慣れたはずだった。
ミリスクレベンとお忍びで何度かデートしたこともある。
彼の案内で、さまざまな場所を巡り、手を繋いで歩いたこともあった。
けれど、今、私の隣にいるのは違う人。
護衛騎士だったヴィヴィエン――今はラヴェルノワ公爵。
(やっぱり……若いわね。)
未来の彼はもっと落ち着いていて、いつも静かに私を見守るだけだった。
それに比べて、今のヴィヴィエンは、興味深そうに周囲を眺めたり、たまに私の方を見て微笑んだりと、どこか無邪気さが残っている。
そんな彼の様子に微笑ましさを感じつつ、ふと気づいた。
(……あれ? なんか、やたらと私のドレスや宝石が増えてない?)
目を向けると、護衛騎士たちの腕には、明らかに増え続ける荷物の数々。
(えっ、いつの間に!?)
私は立ち止まり、思わずヴィヴィエンの方を振り返った。
「も、もう! 買いすぎです! だめです!!」
いくら公爵家が財力に溢れているとはいえ、これはやりすぎでしょう!?
ドレスに靴、髪飾りにブローチ、そして宝石まで――買われたものを思い返せば、もうすでに十分すぎるほどの贈り物を受け取っていた。
けれど、そんな私の言葉に、ヴィヴィエンは少し悲しそうな表情を浮かべた。
(えっ、ちょっと待って、なんでそんな顔するの!?)
まるで叱られた子犬のように、肩を落として静かに俯く。
(……嘘でしょ!?)
あの未来の厳格なヴィヴィエンが、こんなにも素直に落ち込むなんて。
私は動揺しながらも、慌てて言葉を継いだ。
「……わかりました。じゃあ、最後にネックレス1つだけ。」
ヴィヴィエンの顔がぱっと明るくなった。
そして、次の瞬間――
手を取られた。
「えっ!?」
驚く間もなく、彼は嬉しそうに私の手を引き、迷いなくジュエリーショップへと足を踏み入れた。
(ちょっ……そんなに嬉しそうにしなくてもいいじゃないの!!)
まるで「プレゼントできる!」とテンションが上がった子供のようなヴィヴィエンに、私は心の中で困惑しながらも、一緒に店内へ入るしかなかった。
◇◆◇◆◇
店内はしっとりとした雰囲気で、煌びやかなジュエリーが整然と並べられていた。
ショーケースの中には、美しく輝く宝石が収められ、それぞれの光が柔らかなシャンデリアの明かりを受けてきらめいている。
「こちらはいかがでしょうか?」
店員が差し出したのは、紫色の宝石があしらわれたネックレス。
透明度が高く、深みのある紫の光が、シルバーのチェーンに溶け込むように輝いている。
気品がありながらも、どこか温かみを感じさせる美しさだった。
「……綺麗……」
思わず呟くと、ヴィヴィエンは微笑みながら、それを手に取る。
そのまま、静かに私の首元へと手を伸ばした。
「……!」
またしても、距離が近い。
彼の指先がそっと触れると、冷たい金属が首筋を滑るようにかけられた。
カチリと小さな音を立て、留め具が閉じられる。
「……これ……えっと……?」
ヴィヴィエンは微笑み、私の手の平に文字を浮かべる。
『よく似合ってる』
「……ありがとう。」
思わず頬が熱くなる。
そして、ふと気づいた。
(……なんか、やたらと紫の宝石をもらってない?)
よく思い返してみれば、今日買ってもらったアクセサリーのほとんどが、紫色の宝石。
指輪も、イヤリングも、ブローチも――全部、紫。
まるで、「これは自分のものだ」と主張するかのように。
(……いや、まさかね?)
それでも、妙に引っかかるものを感じながら、私はヴィヴィエンの顔をそっと盗み見る。
彼は変わらず、穏やかに微笑んでいた。
――だけど、その紫の瞳が、どこか満足げに光っているような気がした。
―――――――――
―――――――
すっかり外は暗くなりつつあった。
石畳の街路には灯りがともり、ほのかな光が道を照らしている。王都の中心部ほどの喧騒はなく、静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。
ヴィヴィエンが私の手のひらに、そっと指で文字を書く。
『そろそろ夕食にしない?』
その柔らかな誘いに、私は小さく頷いた。
こうして、ヴィヴィエンに導かれるままに、街はずれにある静かなレストランへ向かうことになった。
店の前に立つと、格式の高い高級レストランであることは一目でわかった。
しかし、王都の中心にある煌びやかな貴族向けのレストランとは異なり、ここはどこか隠れ家的な雰囲気を漂わせている。
(どうしてここなのかしら……?)
彼がこういう店を選ぶのは少し意外だった。
けれど、店に入ると、そんな疑問もすぐに吹き飛んだ。
――ヴィヴィエンが中に入ると同時に、すぐに店員が気付き、流れるような動きで紙とペンを用意したのだ。
(……もしかして、常連!?)
少し驚きながら、席へと案内される。
ほどよく仕切られた個室のような空間で、落ち着いた灯りが灯る静かな場所だった。
ヴィヴィエンは席につくと、すぐにペンをとり、さらさらと文字を書く。
『まかせてもらっていい?』
「はい。お願いします。」
(ヴィヴィエンなら、私の好みもある程度知ってるでしょうし……。)
なんとなくそんな気がして、素直に頷いた。
(というか、そもそも私の好みって知ってるのよね? だって、今日一日、驚くほど私が好きなものばっかり選んでたし……。)
そう考えながら彼の様子をちらりと見ると、すでに迷うことなく注文を書き終え、店員に紙を渡していた。
(……やっぱり、知ってるんだ。)
不思議な既視感を覚えながら、料理が届くまでの間、筆談を続ける。
『疲れていませんか?』
ヴィヴィエンがそう書いた紙を見て、私はふっと微笑んだ。
「いいえ、むしろ楽しかったわ。以前まで婚活のことばかり考えて行動していたので、全く遊んだりとかしなくて。」
そう言って、ハッとする。
(しまった、ポロッと本音を言っちゃった!!)
別に隠すようなことじゃないけれど、こうして口にすると、なんだか妙に恥ずかしい。
けれど、ヴィヴィエンはそんな私をじっと見つめると、筆を走らせた。
『もっと早く会いたかった』
(……え?)
その言葉を目にした瞬間、心臓がどくんと跳ねた。
(な、なにそれ……ずるい……!!)
ふと彼を見ると、真剣な瞳で私を見つめていた。
まるで、それが本心だと言わんばかりに。
顔が一気に熱くなる。
「ほ、本当に、こんな私で後悔しません?」
あまりに動揺して、つい聞いてしまう。
けれど、ヴィヴィエンは静かに微笑み、コクリと頷いた。
(……え、なにこの人……本気で言ってる……?)
気まずさと照れ臭さに耐えきれず、話を逸らすように質問する。
「何か、私に望むものはありますか?」
ヴィヴィエンは少し考えた後、ペンを取り、ゆっくりと筆を走らせた。
書き終えた瞬間、彼はほんのわずかに顔を背け、指で口元を隠す。
まるで、照れ隠しをするかのように。
そして、紙には――
『できれば、僕を愛してください』
(!!!!????)
心臓が、バクバクとうるさい。
「……っ」
どうしようもなく動揺しながらも、何か言葉を返そうとしたその時。
――カチャッ
料理が運ばれてきた。
「……!」
思わずホッとしつつも、目の前に並べられた料理を見た瞬間、再び驚く。
(え……これ……。)
テーブルに並べられた料理の数々は、どれも私の好物ばかりだった。
前菜として運ばれてきたのは、ハーブで風味づけされた白身魚のマリネ。
ほどよく締まった魚に、爽やかな柑橘の香りがほんのりと漂い、見た目にも美しい。
その隣には、香ばしく焼かれたチーズとハーブ入りのパイ。
薄くパリッとした生地の中から、濃厚なチーズがとろりと溢れ出し、食欲をそそる香りが広がっている。
(なにこれ……私が好きなものばっかり……!?)




