妃の座
ところで、ここでひとつ疑問が涌く。
弟たちと違いアリストがいまだ未婚なのはなぜか?
まず思い浮かぶのはアリストが男色の徒ではないかということであるが、これについてはそれを明確に否定する証拠が多数存在する。
だが、それは国外限定の事例ではあるため、その事実を知る者はきわめて少ない。
しかし、それにもかかわらずアリストが男色の者であることをすべての者が瞬時に否定するのは、その代わりになりうる有力な根拠となるべきものがあるからである。
アリストが国内を旅するときに必ず同行する美しい女性の存在。
それがその理由である。
もっとも、その女性であるフィーネとアリストは、愛人関係であるというおおかたの意見とは裏腹に利益で繋がった仲間以上の関係ではない。
そして、それを裏付けるようなアリストの興味深い言葉がある。
「もしフィーネを口説き落とす者がこの世に存在するのなら、彼こそが真の勇者である。残念ながら勇者ではない私はその資格もないし、そもそもそのような勇気もない」
ということで、多くの誤解が根拠となっているものの、アリストが妻を娶らない理由は、大貴族たちに関わりを持たない自由気ままな生活を愛しているのがその理由だと多くの者が主張している。
もちろんそれはたしかにアリストの未婚の理由のひとつではあるのだが、それ以上に彼が結婚しないのには大きな理由があった。
父の強い意向。
それがその理由となる。
アリストの父。
すなわち現在のブリターニャ王カーセル・ブリターニャ。
この王は「賢王」というふたつ名に似合わず近隣諸国と度々戦争をおこない、その多くで勝利し広大な土地を手に入れていたのだが、世界最強を自負する彼の軍は実を言えば取り立てて戦争に強いというわけではなかった。
偶然と、それ以上に数の力で押し切っているだけであり、被害が敗者よりも多いことが多々あることがそれを物語っている。
もちろん王もそれに気づいていた。
そして、悟る。
戦争ではすべてを解決できない。
少なくても、圧倒的な強さがない自国の軍では。
では、どうすればいいのか。
導き出した答えは婚姻。
つまり、近隣諸国から王女を迎える。
実は王や王子が他国から妻を迎えるということはまったくおこなわれていなかったこの世界ではカーセル王のこの発想は画期的なことだった。
だが、王がそれを思いついたとき、成年王子の正妃というカードはほぼすべて使われていた。
もちろん、何人か未婚の王女はまだいたのだが、それではこちらからの攻撃の妨げになるだけで相手を掣肘するには弱い。
結局、偶然空席だった第一王子の正妃の座は王にとっての唯一にして最高のカードとなったのである。
王がアリストに語ったそれを切り札として使う意志が明確に表された言葉がある。
「アリストよ。おまえがどこの誰と恋仲になろうが私はまったく咎めない。だが、正妃についてはおまえの意向に関係なく父でもあり王でもある私が決めることだということだけは忘れるな」