9 十勇士の集結(1)
次に見つけた従者はピデアだった。ミスティがココナとホムラを連れて街の市場に出かけた時のことだ。
道路沿いに露店が建ち並び、いつもは買い物客と店員との掛け合いでにぎわっている市場だが、その日は怒号が飛び交っていた。
「どうしたの?」とミスティは知り合いの果物屋の女性店員に聞いた。
「ああ、お嬢様、実はね、いろいろな店で商品や売り上げのお金が消えてしまうことがたびたび起きているの」
「消える?誰かに盗まれたの?」
「みんなはそう思っているけど、盗まれる瞬間を見た人が誰もいないの。お客さんが代金を店員の手のひらの上に置こうとした瞬間に、そのお金が消えてしまったこともあったんだって。客も店員もそのお金を見ていたのにさ」
「まるで幽霊のようなやつですね」とホムラがミスティに囁いた。
「ほんとに幽霊か、悪戯悪魔かってみんなも言ってるよ」とその女性店員は言って店の奥の方に引っ込んだ。
「どうやら、また異能持ちがいるようね」とミスティは言ってにやりと笑うと、ホムラとココナの耳元に何かを囁いた。
ミスティはホムラだけを連れてココナから離れると、通りの中心部の真ん中に立って叫んだ。
「みなさ〜ん!私は辺境伯令嬢のミスティで〜す!」ミスティの大声に注目する通りにいる人たち。
「今日、お金や商品が盗まれて人が何人もいるようですね!?被害に遭われた方々の損害を私が補償しま〜す!」
そう言うとミスティは懐から金貨を1枚出した。太陽の光を反射してきらめく金貨。
「お金はありますから気兼ねなく申し出てくださ〜い!」そう言ってミスティはお手玉のように手のひらから軽く金貨を宙に放り投げた。
同時に「炎獄」とつぶやくホムラ。ミスティとホムラの周りを炎の薄い壁が円柱状に取り囲んだ。
「あああっ!」その瞬間、炎の壁に大きな穴が開いて、その先の路面に全身に火が着いた少女が転がった。
群衆の中から水の入ったバケツを持って飛び出すココナ。すぐに倒れている少女の全身にバケツの水をふりかけた。水を浴びてぜいぜいと息を切らしている少女。その手にはミスティが放り投げた金貨が握られていた。
「大丈夫、あなた?」ホムラが炎の壁を消すと、ミスティは倒れている少女のそばに駆け寄った。
「大変、やけどをしてるじゃない。すぐにお屋敷に運ばなきゃ」ミスティがそう言うと、ホムラが肩を貸して少女を立たせた。
「みなさ〜ん、盗まれた品物の代金は、後で辺境伯邸に取りに来てくださいね!」ミスティはそう叫んで通りを進んで行った。
「ど、どうなったんだ・・・?」髪の毛がちりちりに焦げている少女があえいだ。しかし体にはあまり大したやけどは負ってなさそうだった。
「これから私の屋敷であなたのやけどの治療をしてあげる。食べる物もあげるわ。だから、もう盗まないでね」
「お、おらは何もしてないだ・・・」と少女は否定した。その時ココナがミスティの目配せを見て「吐露」と囁いた。
「おらの名はピデア。僻地の村にいたんだけど、近くの町へ遊びに行った時に誰かにつかまっただ」とピデアは自分の身の上をぺらぺらと話し出した。
「あれ?おらは何で知らない人にしゃべってんだ?」
「つかまったあなたはどうなったの?」
「そいつらは人さらいのようで、おらをどこかに売るつもりだっただ。おらは縛られていて逃げられなかったけど、この町の古い家の中に入れられて縄をはずされただ。・・・おらは昔からすばしっこかったから、一瞬の隙をついてその家を抜け出しただ」
「それで市場に来て、食べ物やお金を盗んだの?」
ピデアは観念したようで、素直にうなずいた。
「ずっと何も食わせてもらえなかっただ。だからつい・・・」
「あなたはとても素早いのね。誰の目にも留まらないぐらいに。私はすぐに町の騎士団に言って、その人さらいをつかまえてあげる。その家の場所を教えて。それから、望むならお家に帰してあげるわ」
「ほんとだか?」ミスティの顔を見るピデア。
「そうよ。ただ、あなたにはすごい力があるから、できたら私の女騎士になってほしいの。ご家族にも悪いようにはしないわ」
「信じられない話だけど」とピデアはミスティの目を見て言った。
「あんたの顔を見てたらどうしてだか安心できるだ。おら、こんな田舎もんだけど、よろしく頼むだ」
ピデアの異能は加速で、目にも留まらぬ速さで行動することができた。市場の通りでは、あまりに速すぎるためにミスティがホムラに出してもらった炎の壁の罠にうっかり飛び込んでしまったが、一瞬だったので髪の毛が縮れたこと以外はやけどらしいやけどはなかった。
この後いろいろな手続きを経て、ピデアはミスティ専属の女騎士のひとりになった。辺境伯邸で生活するうちに、言葉遣いも矯正され、剣術はホムラに教わり、騎士としての体裁が整っていった。
これでミスティの従者は、ココナ、ホムラ、ピデアの3人になった。しかし10人まであと7人もいる。辺境伯邸がある領都の街中では新たな仲間が見つからなかったので、
「今度は地方の村々を回るわよ」とミスティが3人に言った。
さっそく屋敷の執事に馬車を用意してもらい、御者は馬術の経験があるホムラが務めたが、道中でピデアとココナも手綱の操り方を学んだ。
それは暑い夏真っ盛りの日だった。辺境伯領の中のある村を訪れたミスティたちだったが、その村ではめぼしい人材は見つからなかった。
馬車に乗ってその村を出ようとするミスティたち。
「暑いわねえ」とぼやきながら皮でできた水筒の中の水を飲むミスティ。辺境伯領は広い盆地になっていて、夏は暑く、冬は雪が多い。
「あなたたちも時々水を飲みなさいよ。暑さで気分が悪くなるから」
「飲んでますが、水筒はほぼ空になっています」とホムラ。
「村の井戸で水をもらえばよかったわね」
「でも、この日照りで井戸の水量も減っていて、もらいにくい雰囲気でした」とココナが言った。
「そうね。どこかに水が残っている川でも見つかればいいけど・・・」
その時、ミスティたちの体が冷気に包まれた。どこから漂って来たのかと空を見上げると、白い粉状のものが空一面から舞い降りて来るところだった。
「こ、これは・・雪!?」
「なんで真夏に雪が!?」と驚くホムラ。
「なんとなく、北の森の中の方が降る雪が多い気がします。見て来ます!」と、すっかり言葉遣いが改まったピデアが言い、次の瞬間、ピデアの体が馬車の上から消えた。
馬車を停めるホムラ。しばらく待っていると、ピデアが姿を現した。
この道を少し先に行ったところに森の中に通じる小道があります。その奥に進むと炭焼きの小屋があり、そこで二人の女の子が雪を降らせていました」
「二人の女の子?雪を降らす異能を持っている子たちなのかしら?」と首をかしげるミスティ。
「雪を降らせるだけじゃ大した役には立ちそうにありませんね」とホムラが言った。
「夏は涼しくていいかもしれませんが、冬には使い道がない力です」
「そうかも知れないけど、興味はあるわ。とりあえずその炭焼きの家に行ってみましょう」とミスティが言った。
小さな枝道に入って森の奥に進む馬車。しばらく進むと森の中が開けていて、小屋と大きな炭焼き釜があり、小屋の前の地面の上にみすぼらしい服を着た二人の少女が立っていた。
ひとりの少女が両手を上げると水しぶきが吹き上がり、もうひとりの少女の両手の先から放たれた冷気が空中で水滴を雪に変えていた。
白い雪雲が上空に舞い上がり、風に吹かれてその雲が広がっていた。
二人の少女はミスティの馬車が近づいて来るのに気がついた。
「誰?」とミスティたちに問いかけるひとりの少女。
ミスティは馬車から降りると、「私は辺境伯の娘のミスティよ。こっちの3人は私の従者たちなの」とミスティが自己紹介した。
「あなたたちは水を産み出したり、それを凍らせたりできるの?素敵な力ね」
「そうよ。私たちは二人いれば無敵なのよ」ともうひとりの少女が言った。
「ねえ、私のお屋敷に来て、私に仕えない?お給料をあげるし、毎日おいしい食事もできるのよ」
「食事!?」と片方の少女が食いついた。「肉が食えるの?それも毎日?」
「そうよ」とミスティが答えると二人の少女は目を輝かせた。
「でも、お屋敷での生活はかたくるしくてつまらなそう。お肉ならここでもけっこう食べられるのよ」ともう片方の少女が言った。
「そうね。狼や熊にであったら、二人で狩ってお肉にしちゃう」ともうひとりの少女も言った。
「狼や熊の肉なんて、臭くておいしくないでしょ?」とココナが言うと、二人の少女は首をかしげた。
「狼や熊の肉よりおいしい肉があるの?」
「あるわよ。牛や羊や山鳥の肉は、どれもとってもおいしいわよ」とミスティが言うと、二人の少女は少し乗り気になった。
「お屋敷に言って何をすればいいの?食べるだけ?」
「あなたたちは剣術などの稽古をして、強い騎士になってもらうわ。私を守り、悪い敵と戦うためにね」
「強い騎士?・・・あなたの横にいる人たちはみんな強いの?」と少女がホムラたちを指さして聞いた。
「ええ。ここにいるホムラとピデアはとても強いわよ。あなたたちも私のところで訓練すれば、同じように強くなれるわよ。
「でも、今の私たちも強いわよ。多分そこの二人よりもね」
「ほお?じゃあ戦ってみるか?」と少しかちんときたホムラが前に出て言った。
「いいわよ。私たちは熊より強いんだから、泣きべそをかくわよ」
こういう流れで二人の少女とホムラとピデアが模擬戦をすることになった。ミスティとココナは少し離れたところに置いてある馬車に戻った。
「いつでもいいわよ。かかって来なさい」と挑発するホムラ。
「じゃあ、いくわよ!」とひとりの少女が言って、自分の横に冷気の壁を作った。その冷気の壁は透明だが、その向こう側に立っているもうひとりの少女の姿が明らかに揺らめいていた。
「えいっ!」と言って手を振るもうひとりの少女。手先から水の塊がいくつも飛び出、冷気の壁を突き抜けると氷の塊となってホムラたちの方に飛んで来た。
「炎獄障壁」ホムラが剣を降ると、目の前に炎の壁が出現した。飛んで来た氷の塊は炎の壁に当たって一瞬で蒸発した。
「え!?」「もう一度!」水の塊を撃ち出した少女がもう一度撃ち出そうとする直前にピデアの姿が消え、次の瞬間、その少女の後に出現したピデアが少女の体をつかんで向きを変えた。
撃ち出された水の塊がもうひとりの少女に当たって、びしょ濡れになりながら尻もちをついた。
「み、見えなかった」
「私たちと一緒に戦い方を訓練すれば、あなたたちももっと強くなれるわよ」ホムラが歩み寄って二人に言った。
「私行くわ、トアラ!」と水の塊を撃ち出した少女が片方の少女に言った。
「お屋敷に暮らして、毎日ご馳走を食べて、もっと強くなりたい!」
「あんたがそうするのなら、私も行くわ、ミナラ」とトアラと呼ばれた少女が答えた。
ミスティに同行することを快諾したトアラとミナラだが、もちろん勝手に連れて行くわけにはいかない。私は炭焼き小屋に住んでいる炭焼きの夫婦に二人を辺境伯邸で雇いたいこと、夫婦にもそれ相応の謝礼を渡すことを伝えて交渉した。
同じ炭焼き小屋に住んでいたのでトアラとミナラは姉妹かと思ったが、トアラは炭焼きの男の娘で、ミナラはトアラの従妹だった。ミナラの両親が事故で亡くなったので、兄夫婦に当たる炭焼きの夫婦がミナラを引き取ったのである。
最初は働き手を失うことをしぶった炭焼きの夫婦だったが、謝礼の額を聞くと娘たちの出世に繋がると考え直して二人を連れて行くことを了承した。
馬車を進める一行。別の村に近づいた時、突然前方から悲鳴が聞こえた。
馬車道の50メテル(約50メートル)ほど離れたところで二人の少女が走って近づいている。その後から1匹の狼が二人を追っていた。
「あの子たちを助けて」ミスティの言葉にホムラとピデアが立ち上がったが、
「狼なら私たちに任せて」と言ってミナラとトアラが馬車から飛び降りた。
「距離がまだけっこうあるわよ!」とピデアが二人に叫んだ。