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6 パストール王国内を進む

王宮から出たミスティは装甲馬車に戻った。出迎える従者たち。


「みんな、旅のための買い出しはすんだの?」と聞くミスティ。


「はい。塩、香辛料、パン、着替えなど、必需品はすべて買いそろえました」


その時ミスティは、女騎士のピデアが長い木刀を腰にさしているのに気がついた。


「ピデア、それは何?」


「これは先ほど買った木剣です。この王都の近くにあるトゥーヤ湖では、湖畔の森林で木剣作りに向いた木材が採れるそうで、この木剣はトゥーヤ湖の名産品です」とピデアが答えた。


見ると木剣の柄の部分に「トゥーヤ湖」と彫ってあった。


ピデアの異能タラント加速アクセルは、目にも留まらぬ早さで動けるという力である。ただ早いだけでなく、高速で撃ち出す剣には本来の力の何十倍もの力が加わるそうで、それゆえ岩兵ゴレムの太くて硬い体でも打ち砕くことができる。その分剣にも負担がかかるが、意外にも鉄製の剣よりも木剣の方が折れにくいらしい。


「国王陛下の許可を得たのでアギンドラ王国を目指して出発よ」とミスティが言い、従者たちが「はい!」と口を揃えて答えた。




その日の夜、ジェランは盛装に着替えて指定された饗宴の間に入った。既に多くの列席者が席に着いている。


「ジェラン殿、こっちだ、こっち」と手招きするプリュミネール国王。


招かれるままにジェランは国王の隣の隣の席に座った。国王との間にはもう1席あり、食器やグラスが並べられている。「おそらくここがミスティの席だろう」とジェランは思った。


「ジェラン殿、宴が始まる前に食前酒を一杯やろう」と国王に言われ、給仕の女性がジェランの席のグラスに何かの酒を注いだ。


「飲まれよ、ジェラン殿。それとも毒味が必要か?」と聞く国王。


「いや、大丈夫」と答えてジェランはグラスを取り、一口飲んだ。


とたんに口が焼けるように感じ、ジェランは思わず咳き込んだ。毒ではないが、とても強い蒸留酒だった。


「どんどん飲んで、旅の疲れを癒されよ」と言って自分のグラスを一気に飲み干す国王。


失礼に当たっては、と考えてジェランももう一口すするが、やはりとても強い酒だった。


国王に何度も勧められ、ちびちび飲んでいるうちに、ジェランの目の前がぼやけて来た。その時、ジェランと国王の間の席に女性が座った。


ジェランはすかさずその女性の手を取った。


「おお、我が姫よ。今宵も美しい」ジェランがミスティに一度も発したことがない言葉だった。しかしミスティを連れ戻さなければ、と思っている上に、酔っぱらって理性をなくしていたジェランは、口先だけの甘言を流暢に述べることができた。


「あら、恥ずかしい」と照れる女性。ミスティから聞いたことがない言葉をつぶやかれ、相手もまんざらでないと思ったジェランは舞い上がらんばかりに喜んだ。


「ジェラン殿、ミスティリア殿と婚約を解消されたばかりだと聞くが、この際婚約し直されてはいかがかな」と国王がジェランに言った。


「そうですな」と同意するジェラン。


「ならば後ほど国王に正式な書状を送ろう」と国王が言った。


なぜパストール国王がミスティと自分との婚約を取り持つのか?と疑問に思ったジェランが隣の女性に顔を近づけて、恥ずかしがっている相手の顔をまじまじと見つめると、それはミスティではなかった。知らない女性だった。しかも、ジェランの好みの顔ではない、やや年かさの女性だった。


ジェランは驚いて、言葉を出せないまま椅子からずり落ちそうになった。


「我が姪はこれまで縁がなくてな、我も心配していたが、ジェラン殿がもらってくれるなら安心だ」と喜ぶ国王。


「い、いや・・・」「間違えました」とは言いにくいものの、何とか誤解を解こうとジェランがあせっている時に、饗宴の間のドアが大きく開いた。


何事か、と列席者が注目すると、開いたドアから黒いもやのようなものが流れ込んで来て、みるみるうちに巨大な黒い塊となった。


その黒い塊から長い首と尾、それに四つ足が伸び出てきた。


「ド、ドラゴンだ!」列席者が口々に叫び立ち上がった。ジェランも驚いて椅子からずり落ちた。


「衛兵!衛兵!」国王が叫ぶと、武装した衛兵が十数人現れ、ドラゴンに向かって槍を向けた。


ドラゴンは一声叫ぶと、体を回転させてその長い尾で衛兵たちを一気に薙ぎ払った。


飛ばされた衛兵のひとりはテーブルの上に投げ出され、皿やグラスが音を立てて割れていく。


一回転したドラゴンはその長い首を国王とその隣に座る女性に向けた。・・・次の瞬間、ドラゴンの動きが止まり、少しずつその体が崩れて元の黒いもやに戻り、饗宴の間の入口から出て行った。


脅威が去ったことで騒然とする饗宴の間。混乱する中、隣の見知らぬ女性がジェランに抱きつこうとするが、ジェランはその体を振り払って、よろけながら饗宴の間を出て行った。


自分に与えられた部屋にふらふらしながら戻るジェラン。主人の早い帰りに驚いたゲンスランがあわてて出迎えた。


「どうかされたのですか!?」ジェランに聞くゲンスラン。


「饗宴の間に黒いドラゴンが現れた・・・」


「ええっ!?ご無事ですか?」と聞き返すゲンスラン。


「・・・そんなことはどうでもいい。ミスティがいなかった」


「はあ?」


「ミスティが来るかと思ったら、知らない女が隣に座って危うく婚約させられそうになった」


「何をやってられるのですか、殿下」


ジェランは部屋に置いてあった水差しの中の水をそのままあおるように飲むと、口元を吹いてから、「すぐに王都を出るぞ!」と叫んだ。


「わ、わかりました。すぐに馬車の用意を・・・」とゲンスランは言ってあわてて部屋を出て行った。


小一時間経ってからゲンスランがジェランを迎えに来た。


「殿下、馬車の準備が整いました。侍従に殿下が急用で王宮を辞すと話し、国王陛下に伝えるよう頼んでおきました」


「ご苦労、ゲンスラン。すぐにここを立とう」


ジェランとゲンスランが王宮を出て自分たちの馬車を停めてあったところに行くと、バスティスが待っていた。


「荷物の積み込みをすませておきました」


「助かる、バスティス」


「引き続きご案内いたしましょう。今度はどこへ参られますか?」


「よくわからんが、南の方だろうな」とジェランは言った。


「それでは南方の大河沿いの町、ダンガスに参りましょう。大きい港町ですから、どこに行くにしてもその町に寄るはずです。そこでお探しの女性の馬車の行方を知り合いに尋ねてみます」


「頼んだぞ」とそっけなく言ってジェランは馬車に乗り込んだ。


「バスティス、手間を取らせてすまないが、これからもよろしく頼む」とゲンスランはバスティスに礼を言った。


「なに、こちらも急ぐ用はありませんので、必要としていただけるのであればお二人のご案内を続けさせていただきますよ」とバスティスは言ってにこりと微笑んだ。




数日後、ミスティ一行の装甲馬車は大河の町ダンガスに到着していた。


貴族や金持ちが乗って街中を走る装飾過多の小型の馬車と違って、外壁を鉄板で補強された大型の装甲馬車は街の人の注目を浴びた。


ミスティたちはそれにかまわず、港近くの宿に入ると、さっそく大河を下る運搬船の中で、装甲馬車を運べそうな大型のはしけを探しに侍女のココナとリュウレが出て行った。


その間にミスティは残りの従者たちを集めて今後の作戦会議を開いた。


「とりあえず大河を下ってアギンドラ王国に入り、海岸沿いの港町で海の向こうの大陸に渡る手段を考えましょう」とミスティはみんなに言った。


「川ははしけで馬車を運べますが、海を航行する船には馬車は積めないでしょう」とミナラが言った。


「そうね。どこかに馬車を預けていくしかないでしょうね」


「ところで敵の影人シャドウズはまた私たちを襲って来るでしょうか?」と女騎士のホムラが聞いた。


「その可能性は高いわね。森の中の村で私たちを襲って来たのも、私たちの目的を察知したからに違いないわ。おそらく私たちの進路もおおよそ把握しているはず。影人シャドウズが何人いるかわかならないけど、いつどこで襲って来ても不思議じゃないわね」


「では、引き続きいつでも戦えるよう警備を続けます」


その時部屋のドアをノックする音が聞こえた。木剣に手をやり、「誰?」と誰何するピデア。


「私です。ココナです」


「お入りなさい」とミスティが言うと、ドアを開けてココナとリュウレが入室して来た。


「適当なはしけを見つけてきました。明日の朝出航でよければ、2台の大型馬車を載せてくれるそうです」とココナが言った。


「ココナが船頭に本音を話させたので、ぼったくられずに契約することができました」とリュウレが補足した。


「お疲れさま、ココナ、リュウレ。それでは明日出立する準備を始めましょう」


ミスティがそう言った時、再びドアをノックする音が聞こえた。


「お客さま、面会者が来ております。お部屋に入れてよろしいでしょうか?」と宿のメイドの声が聞こえた。


「面会者?誰でしょう?」とミスティに聞くホムラ。


「この町で私に会いたがる人に心当たりはないわね。敵だったとしたら、出方を見るために会ってみましょう。警戒している素振りは見せないでね」とミスティが囁いてから、ドアに向かって「どうぞ、お入りなさい」とはっきりした声で返答した。


ドアが開き、宿のメイドに続いてきれいな身なりをした若い男性が入って来た。その男性はミスティに頭を下げると、


「私はこの町の町長の秘書です。町長がお嬢様を屋敷へ招待したいと申しております」


「私は町長さんと面識はないのだけど、なぜ私を招待されるのでしょう?そもそも、私が誰かご存知なのかしら?」


「お嬢様はグェンデュリン辺境伯様ではありませんか?この国を訪問されるという先触れが王都だけでなく大きな町の町長や貴族に通知されています。お姿をお見かけしたら厚く接待しろとの国王陛下の下知でございます」とその秘書は説明した。


「この国の国王陛下は手配が早いのね。・・・でも、なぜ私がこの町に来たことがわかったの?」


「辺境伯様の2台の馬車は目立ちますので、すぐにわかりました」と秘書。


「この町の情報網には感心するわね。で、町長様のご招待の内容は?」


「今夜の晩餐にお招きしたいということで、よろしければ夕刻にお迎えの馬車を寄越します」


「私の従者たちを連れて行ってよろしいかしら?」


従者は部屋の中にいる10人の従者を見回した。


「この方たちですね。お付きの侍女以外の方々には、控えの間を用意しておきます」


「ではご招待をお受けします。町長様によろしくお伝えください」とミスティがいうと、秘書は恭しく頭を下げて部屋を出て行った。


「罠では?」とホムラが聞く。


「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにしろ正式に招待されたら断れないわ」


影人シャドウズの罠なら、ひとつずつ叩き潰していきましょう」とトアラが言った。


「よほどのことがないかぎり建物は壊さないように。それから無関係な人を巻き込まないよう注意してね」とミスティが言うと、


「はい!」と従者たちが答えた。


「迎えが来るまでに買い出しをすませておきます。何人か連れて行ってよろしいでしょうか?」と料理人のティアが尋ねた。


「お願いね」


「ココナ、ヴェラ、トアラ、フワナ、つき合っていただけるかしら?」と4人に聞くティア。


「いいわよ。交渉は任せて」「いい野菜や果物を選別するわ」「腐りそうなものは凍らせておこう」「重い荷物は風で浮かせて運ぶよ」と4人が答えて、一緒に部屋を出て行った。


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