57 首都ミドール
ミスティたちを乗せた舟が街道に沿って南西に進んでいると、まもなく前方に高い大木のようなものが見えてきた。
近づいて行くと、高い大木が輪状に何重にも並んでいて、そのすべての大木が炭化しているのが見てとれた。
「これは!」とホムラが言った。「以前戦った跡ですね」
「この焦げた大木が?どんな戦いだったのですか?」とナレーシャが聞いてきた。
「氷雪を操る将軍に追いつめられたので、ヴェラに大木を生やしてもらい、私が火を着けて撃退したのです」とホムラは答えた。
「すごいわね」と感心するターニャ姫。
「私たちも、メイムの力をもらえば火の玉を放ったり、炎をまとわせた武器で攻撃できるけど、こんな大木を生やして火を着けるなんて大技は試したことはなかったわ」
「木がかわいそうですけどね、あの時は必死でした」とヴェラが補足した。
「でもこれで私たちが首都に向かっていることが確認できたわ」とミスティ。
「もう少し飛べばこの大陸の首都ミドールに到着するはず」
ミスティの言葉通り、半日も経たないうちに地上には街が広がってきた。
「この都は全体を城壁に覆われていないのね?」と聞くターニャ姫。
「そうです。都の中心に大きな城がありますが、城壁で囲まれてはいないので、市街はいくらでも郊外に広げられるようです」とホムラが言った。
「戦のない平和な時代の都のあるべき姿かも知れません」とナレーシャも言った。
「私たちの帝都も周囲に拡張して、もっと人口を増やせば、より発展しそう」とターニャ姫。
地上の市街を見ていると家屋の密度がどんどん濃くなっていった。舟はかなり上空を飛んでいるので地上の人々は誰も気がついていないようだった。
そして前方に高く幅広い塔のような王城が見えてきた。
「立派なお城ね!」と声を上げるメイム。メイムの国では天帝の住居は面積が広いが、高い塔はないらしい。
「あのお城の周りを旋回して。崩れたところがあるのか確認したいから」とミュリたちにミスティが頼んだ。
王城の周囲を大きく旋回する舟。外壁はほとんど壊れていないかに見えたが、北側の一角だけ壁石の色が白っぽく、また、木組みの足場が一部残されていた。
その位置から北東に向かって市街の中に幅広い道ができていた。よく見るとその道の中には大小のがれきが残っている。
「あの斜めに伸びる広い道は、本来の道ではなく、崩れた家屋の残骸を撤去した跡みたいね」とミスティが言った。
「あの道を北東方向にずっと延長させると、地震の被害を受けた町や村の北側の山に突き当たるわね」
「ということはこの道に沿って地盤が崩れ、北側の山脈に当たったところで大きな被害が出たってこと?その途中には大きな地震の跡はなかったけど、どうしてかしら?」とターニャ姫が疑問を呈した。
「それを知るためには地面の下がどうなっているか知りたいところだけど、さすがに地中には潜れません」とナレーシャが言った。土魔法を操る魔法術師でも不可能だろう。
「もし私たちが影使いの覇王に暗闇の世界に堕とされたことが関係しているのなら、黄金の鎧が置かれていた広い部屋がどうなっているのか調べてみたいけど、全員で潜入するのは難しそうね」とミスティ。
「その部屋への経路がわかっていますから、力押しで侵入することはできなくありませんが、その方法は望まれませんよね?」とホムラが聞いた。
「この王城に勤める人たちは普通の生活をしている人たちなの。影人でも暗黒教徒でもないから、余計な争いは避けたいの」とミスティは答えた。
「前はどうやって侵入したの?」とターニャ姫が聞いた。
「王城の前で見ていたら、女官が来て中に招待されたのよ。ジェランが先につかまっていて、私たちが近くに来たことを知っていたみたいね」
その時メイムが、「私ひとりだけをその部屋に案内してもらったら、瞬間移動で戻ってから、全員を連れてその部屋に瞬間移動できますよ」と言った。
「なるほど、その手があったわね!」と手を打つターニャ姫。
「でも、その部屋にたどり着く途中で衛兵に見つかったら面倒だけど」
「私が同行します!」とピデアが言って前に出た。
「私は目に止まらない速さで走れますので、城の中で人に会ったらメイムさんを抱えて走り抜けます」
「演芸場でミスティが瞬間移動したように見えたのはピデアのお力でしたね」とナレーシャが思い出して言った。
「ではメイムとピデアにお願いしましょう!」とターニャ姫が決めた。
「ただ、メイムが行っちゃうとこの舟が消えるかもしれないから、どこかに着陸しないと」
「さすがに町中に降りていったら大騒ぎになりますね。いったん郊外に戻りましょう」とナレーシャが言って、ミュリたちに舟の向きを変えてもらった。
けっこうな距離を戻り、ようやく家屋のない都の郊外に着陸したミスティたち。
「そろそろ日が暮れてきたからここで野営しましょうか」とターニャ姫が言った。
「メイムたちは明日の朝出立して」
「いいえ、ターニャさん。夜陰に紛れて王城の近くまで行ってきます。そうすれば翌朝すぐに王城に忍び込めますから」とメイムが言った。
「ピデア、私たちだけの瞬間移動の感覚を知ってもらうために一緒に来てくれる?」
「もちろん」
夕食を終えて辺りがすっかり暗くなると、メイムが「それではそろそろ行ってきます」と言った。
ピデアも立ち上がる。
「気をつけてね」と気遣うミスティ。
「はい。・・・王蓮舟!」メイムが唱えると大きな丸い蓮の葉が出現した。
「これで飛んで行きます。ピデア、乗ってね」とメイムが言った。
直径2メテル(2メートル)ほどの蓮の葉に乗るメイムとピデア。すると葉がふわりと浮き上がり、家屋の屋根の高さになると目にも留まらぬ速さで飛んで行った。
「まだ時間がかかるから、私たちは明日に備えて休んでおきましょう」と言ってターニャ姫は馬車に入っていった。
夜の番はまずナレーシャとホムラが務め、ほかの人たちも馬車に入って寝ることにした。
深夜になって焚き火のそばにメイムとピデアが現れた。
「おかえり」と当番を代わっていたトアラとフワナが言った。
「瞬間移動はいきなり周囲の景色が変わるから、驚いて一瞬動きを止めてしまうわ。慣れなくては」とピデア。
「舟に乗って瞬間移動するのとは感覚がけっこう違うよ」
「ピデアなら対応が早いから大丈夫よ。さあ、私たちも休みましょう」とメイムが言って、二人で馬車の中に入って行った。
翌朝、みんなが起きてくると、さっそくメイムとピデアが出かけることになった。
「瞬間移動して行くの?都の人に見つからない?」と心配するココナ。
「すぐに私がメイムを抱えて移動するから問題ないよ」とピデアが答えた。
「城内の経路は覚えてる?」とミスティがピデアに聞いた。
「大丈夫です!道を覚えるのは得意なので」と答えるピデア。
「速く走る異能の都合上、道を覚えられないと変なところに行ってしまうので、一度通った道は忘れないよう努力しました」
「さすがね。じゃあ、メイムをよろしくね」
「はい!」
「じゃあ行きます。彩虹橋梁!」メイムがそう唱えるとピデアとメイムの姿がかすみ、虹のような七色の光とともに二人の姿が消えた。
ミスティたちがお茶を飲む暇もなく、メイムとピデアの姿が再び現れた。
「たどり着けたの、ピデア?」と聞くミスティ。
「ええ、問題なく。ただ・・・」
「ただ、どうしたの?」
「あの大広間の中はがれきだらけで、壁も天井も半分崩れ落ちているような状態でした」
「だから大広間の中に直接瞬間移動するのは危険なの。その前の廊下に転移した方がいいわ」とメイム。
「廊下には誰もいなかった?」
「崩壊の危険があるので立ち入り禁止になっているようです。まだ修繕を始めていないようでした」とピデア。
「危険そうだけど、行ってみないわけにはいかないわね」とターニャ姫。
「まず天翔軍降臨をかけるわ」とメイムが言って、女神兵たちがメイムの周りに集まった。
「天翔軍降臨!」金色の粉のようなものが舞い降り、女神兵たちの体がかすかに光を帯びた。
ミスティたちは天翔軍降臨を受ける必要はないが、それでも体に降りかかり、同じように体が光を帯びる。
「瞬間移動するので、廊下の形に並んで互いに体に触れ合って」
廊下の向きや大きさがわからなかったので、ピデアが私たちの立ち位置を指示してくれた。メイムに一番近い女神兵がメイムの肩に手を置き、その後に並ぶミスティたちも前にいる人の肩に手を置いた。このように体が触れ合ってないと一緒に瞬間移動できないということだった。
「みんな、用意はいい?必ずほかの人の体のどこかに触っていてね。・・・じゃあ、行きます。彩虹橋梁!」
ミスティたちは虹の光に包まれたように感じた。しかしそれも一瞬のことで、ミスティは自分たちが幅広い廊下の中に立っているのに気づいた。
廊下には絨毯が敷かれているが、壁や天井には無数のひびが入っている。
唖然としているミスティたちに「こっちです!」とピデアが扉が外れた広間への入口を指さした。ぞろぞろと入口に向かうミスティたち。
部屋の中を見てミスティたちは絶句した。広間の北側の天井と壁がすべて崩れ落ち、広間の中程までがれきで埋まっていた。南側の壁と天井はかろうじて残っているが、大きなひび割れが無数に入り、いつ崩れてもおかしくない状態だった。
おそるおそる広間の南側に入るミスティたち。
「これじゃあ、がれきの下がどうなっているかわからないわね」とミスティがつぶやいた。
「ここであなたたちは暗黒神と戦ったの?」と聞くターニャ姫。
「崩れている北側に大きな玉座があって、その上に大きな黄金の鎧が座っていたの。最初はその鎧が影使いの覇王と思ったんだけど、実際は側近のレイモン卿が操っていただけだったわ」とミスティが説明した。
「私たちは何とかその鎧を倒しました。その後空中に黒い球体が出現して、私たちが飲み込まれたのです」とホムラが後を続けた。
「鎧、あるいは黒い球体のあった場所を中心にこの部屋が崩れたのね。おそらくここから城の北側の崩落場所や市街が破壊された跡まで繋がっているのでしょうね」とターニャ姫。
「ここまで来れば何か手がかりを得られんじゃないかと思っていたけど、何もわからなそう」とミスティは気落ちした。
「がれきを破壊することはできるけど、そんなことをしたらこの部屋が完全に崩れそうです」とトアラが言った。
「そう言えば、マグダラならこのがれきの中の様子を探れるわね!」とターニャ姫が思いついた。
「マグダラ?・・・ああ、演芸場にいたレノのお母さんですね?」
「そう。彼女も女神兵の一員なのよ。メイム、マグダラを連れて来て」とメイムに言うターニャ姫。
「ターニャさんも一緒に来てください」とメイムが頼み、二人で瞬間移動することになった。
「女神兵の力は私がいなくなると消えてしまうから気をつけてね」とナレーシャたちに言うメイム。
「何かあったら私たちが守ります」とホムラが言った。
「じゃあ、行って来るわね」とターニャ姫が言い、メイムと二人で瞬間移動してその姿が消えた。
「マグダラさんがこのがれきの下を調べられるって言ってましたけど、地面の中に潜れる人なんですか?」とティアがミュリに聞いた。
「マグダラさんの力はたくさんの鳥を飛ばせることよ」とミュリが答えたので、ティアはますます混乱したようだった。
「見ればわかるわよ」とコナも言い、ミスティたちはターニャ姫たちの帰還を待った。




