54 辺境伯領
もうすぐ故郷の大陸に到着しそうなので、ミスティはホムラを呼んだ。
「朝になったら、侍従長のジュビテイルと警備隊長のガランカナンに、今日中に辺境伯邸に着きそうだということと、食料保管庫にある小麦粉の袋を全部もらって行くと伝えておいて。理由はもちろん被災地への支援物資として使うのよ」
「お二人に伝えておきますが、そうすると辺境伯邸と辺境伯軍の食料がなくなりますよ」
「ヴェラに庭や荒れ地に小麦をできるだけ多く生やしてもらうから、それを刈り取って補充してもらうわ」
「わかりました。伝えておきます」とホムラ。
「小麦は収穫して脱穀し、粉にしないと食べられないからね。ゆくゆくはさいはての大陸でもしてもらうけど、今は緊急時だから辺境伯領の領民に苦労を分かち合ってもらいたいの」
「そうですね。できるだけのことをしたいです。・・・ダンデリアス王国の王宮からも提供してもらいますか?」
「あっちにも頼りたいけど、私の権限でどうにかなることじゃないから保留しておくわ。・・・ジェランにそこまでしてもらえるか、わからないし」
「とりあえずは魔法術師をお借りするだけでもよしとしますか」
徐々に大陸が近づいてきて、東から西に流れる大河まで見えてきた。
「あの大河は、アギンドラ王国に流れ込んでいた川みたいね」とミスティが指摘した。
「河口を渡る時に大鯨竜が襲って来たところですね。・・・リュウレ、フワナ!」とホムラが二人を呼んだ。
「なんでしょうか?」と駆け寄って来た二人。
「あの川が見えるわね?あの河口付近に町があると思うから、二人で降りて行ってその地がアギンドラ王国なのか確認して来て。・・・この舟で降りると騒動になりそうだから、こっそりとね」
「わかりました」と二人は答えた。
ミスティはリュウレとフワナを連れて、ターニャ姫とミュリのところに行った
「この大陸が私たちの故郷がある大陸か確かめたいので、あの川の河口の上空で停まってもらえますか?」とミスティは尋ねた。
「地面に降りましょうか?」と聞くミュリ。
「いいえ。この舟を人々が見たら大騒ぎになりそうだから、リュウレとフワナにこっそり探って来てもらおうと思うの」とミスティは答えた。
「わかったわ」とターニャ姫。「ミュリ、この舟を地上からは見えにくい高度で停めて」
「わかりました」と答えるミュリ。
「けっこう高いですけど、降りるのはともかく、この高さまで戻って来れますか?」とミュリが確認してきた。
「どう、リュウレ、フワナ?」
「この舟の上にいるとわかりませんが、周囲に強い風が吹いていたら流されてしまうかもしれません」とリュウレが心配を口にした。
「なら、マリアナを連れて行くといいわ」とターニャ姫が行った。
「マリアナは両手、両足から炎を噴き出して高速で空を飛ぶことができるから、マリアナにつかまれば多少風が強くてもここまで戻れるわよ」
ターニャ姫はマリアナを呼んで、リュルエたちについて行くよう言った。
「降りる時はリュウレの羽で目立たないようゆっくり降りるのよ。帰りはあなたの力、火焔噴流で二人を連れ帰ってね」
「わかりました。お任せください!」と、頼まれたマリアナは嬉しそうに答えた。
大河の河口の真上で舟を停止させるミュリ。舟から河口を見下ろすと、河口の周囲に町らしき建物の集まりがあるのをかろうじて見てとることができた。河口の沖には点のようにしか見えないものがいくつも浮いている。おそらく漁船だろう。
「じゃあ、行ってきます。・・・羽衣!」とリュウレが言い、リュウレ自身とフワナとマリアナの体を光が包んだ。
光る羽が背中から伸び、3人は舟の端から飛び降りた。降下中は目立たないようフワナが風を吹かせて位置を調節する。しかし上から見た限りでは、現時点ではそれほど強い風が吹いている様子がなく、3人はまっすぐ降下していた。
3人が見えなくなってもしばらくの間ミスティは下を見ていたが、すぐには戻って来そうになかったので、ターニャ姫のいるところへ戻った。
「しばらく帰ってきそうにないわね。お茶でも飲んで待ってましょう」
ターニャ姫にお茶に誘われ、茶碗に淹れてもらったお茶を受け取る。そして舟の甲板上に腰を下ろし、ぼーと空を眺めていた。
突然2条の細い雲が舟の横を真上に伸びていった。驚いて上を見ると、リュウレとフワナと手と繋いでいるマリアナが高速で上昇しているのが見えた。細い雲がマリアナの両足から真下に向かって伸びている。
マリアナは上空で旋回すると、少しずつ高度を下げて来た。舟の上に降り立つ3人。
「この羽のせいか、上昇速度が速すぎて行き過ぎちゃった」とマリアナ。
マリアナの手にぶら下がっていたリュウレとフワナは、
「こんなに速く飛んだのは初めて」と言って息を切らしていた。
「で、地上はどうだったの?」
「予想通りアギンドラ王国でした。・・・ティア、おみやげの塩だよ。市場で買ってきた」
「ありがとう、リュウレ」と言って布に包んだ塩の塊を受け取るティア。
「下はアギンドラ王国だったのか」と、ジェランがやって来てほっとしたような顔を見せた。
「この舟に乗って行けば、ダンデリアス王国にすぐ着くな」
「先に辺境伯邸に寄るわよ。私の領地からも小麦粉をたくさん持って行こうと思うの」
「それは助かるわ」とターニャ姫。
「その後で王宮に行くから、着くのは明日以降になるわよ」とミスティが言うと、ジェランはがっかりした。
「・・・しかたないか」とやけに物わかりのいいジェラン。やっぱり苦労して人間が成長したのかな?とミスティは思った。
「マリアナはお茶でも飲んで休んでて。あなたたちは・・・」とターニャ姫がリュウレとフワナを見た。
「ここではお茶が飲めないわね。そっちでゆっくり休んでね。・・・舟を進めるから、誰か誘導して」
「私が誘導するわ」とミスティが言い、ミュリと一緒に舟の舳先に向かった。
前進し速度を速める舟。ミスティはこの大陸を空から見下ろしたことはなかったが、眼下に見える大河や山々を目安にして、辺境伯領の方に舟を進めてもらった。
お昼が過ぎ、昼食を食べ終えたところで盆地の辺境伯領を囲む円形の山脈が判別できるようになった。
「あの盆地の真ん中あたりに町があるから、そこへ向かって」とミスティはミュリに頼んだ。
ミスティに誘導されるままに舟を進めるミュリ。同時に少しずつ高度を下げていき、辺境伯領の領都の町並みが識別できるようになってきた。
「前方に見えるお屋敷の前に舟を降ろせるかしら?あそこが私の家なの」
「ゆっくりと着岸します」と答えるミュリ。
辺境伯邸に徐々に近づいて行く。その玄関から従者たちとジュビテイルやガランカナンが出て来て、こちらを見上げているのが見えた。
「あ、ホムラがいる!」ミスティが舟に乗っているホムラの方を振り向くと、光を帯びていたその体が徐々に透明になっていくのに気づいた。
「ホムラ、あなたの体?」
ミスティが周囲を見回すと、トアラやミナラやヴェラたちの姿も薄れていた。
「自分の本体に近づくと、こちらの体は消えてしまうようですね。それではミスティ、下で待っています」
その言葉とともに舟の上にいた従者たちの姿が消えた。
「あ、ゲンスランがいる!・・・お〜い、ゲンスラ〜ン!」とジェランが下を見て叫んだ。
「ゲンスラン?」
「ああ、僕の従者だ。ずっと一緒に旅をしていたんだ!」
舟が地面に降りると真っ先にゲンスランがジェランに駆け寄ってきた。
「ジェラン王子、ご無事で何よりです!」泣かんばかりのゲンスラン。
「ゲンスランも元気そうだな。会いたかったよ」
「私もです、王子」と二人が涙の再会をしている間にミスティはジュビテイルとガランカナンのところに行った。
「二人とも、留守をありがとう。ちなみにこちらの方はザカンドラ皇国という国の皇女のターニャ姫よ」とミスティは二人にターニャ姫を紹介した。
「皇女様、ようこそグェンデュリン辺境伯領にお越し下さいました」恭しく敬礼するジュビテイルとガランカナン。
「こちらがコルシニア王国のナレーシャ侯爵」
「侯爵様、歓迎いたします」
「この方が女神兵を率いるメイムさん。お国は今はジナン帝国と呼ばれているわね?」
「ようこそ、メイム様。・・・ところで女神兵とは?」
「様々な異能を使って悪の神やその信者と戦う女性兵士のことよ。そしてその女神兵のメンバーがここにいるコナさん、ミュリさん、リュミさん、マリアナさん、そしてスズさんよ。スズさんがザカンドラ皇国、ほかの方たちはジナン帝国の出身だったわね?」
「みなさん、ようこそ」敬礼するジュビテイルたち。「知らない国ばかりですが、ホムラからおおよそのことは聞いております。メイドたちに歓迎の準備をさせていますので、とりあえず中でおくつろぎください」
ミスティがジュビテイルの言葉を訳すと、「お世話になります」とターニャ姫が代表であいさつした。そしてメイドに導かれて辺境伯邸の中に入って行った。
「ところでホムラから聞いたと思うけど、災害支援用に小麦粉の袋を持って行くわよ」
「既に集めさせていますので、いつでも積み込むことができます。・・・この板?舟、ですか?」
「ええ、明日にでも出発するから、よろしくね。ただ、今夜は久しぶりにベッドで寝させてもらうわ」
「準備してあります」
「それからジェラン王子と同行するはめになったけど、彼も一応歓待してね」
「はい。辺境伯に無礼を働いた輩ですが、ダンデリアス国王からは丁重な謝罪を受けておりますので、それなりに歓待しておきます」
その言葉を聞いてミスティは笑い、ターニャ姫たちがいる辺境伯邸の中に入って行った。
大広間には様々なお菓子が並べられており、ターニャ姫を初めとする女神兵たちもソファに座って、メイドが入れたお茶を飲んでいた。
「みなさん、ようこそ我が家へ」とターニャ姫たちにあいさつするミスティ。
「そしてこちらにいるのが私の従者たちの生身の姿です」と言って、改めてホムラたちを紹介した。
「ずっと一緒にいてお世話になっていたから今さらだけど、これからもよろしくね」とターニャ姫が言い、ホムラたちが頭を下げた。
「これから支援物資の小麦袋を舟に積み込むので、魔法術師がいるダンデリアス王国へは明日の朝向かおうと思います。今夜は晩餐の後、この屋敷で休んでください」
「ありがとう。雑魚寝にも慣れてきたけど、正直お屋敷で休めるのは助かるわ」
「狭いけどごゆっくり」
ミスティは大広間を後にすると、久しぶりに自室に入った。留守の間、部屋はきれいに掃除されている。
その時ミスティは自分の執務机の上にたくさんの書類が重ねられているのに気づいた。辺境伯領の管理と運営はジュビテイルたちに任せていたが、最終的な承認(事後承認)の署名が必要なようだ。
ミスティはうんざりしながら書類の一枚一枚に署名をしていった。
その夜の晩餐会では、辺境伯領の料理をみんなに振る舞い、喜んでもらえたようで何よりだった。
翌朝、朝食を終えるとミスティたちは辺境伯邸の前に出た。ずっと出しっぱなしにしていた飛天龍舟の上にたくさんの小麦袋が積み込まれている。
「ジュビテイル、ガランカナン、ありがとう」とミスティは二人にお礼を言った。
「またしばらくここを留守にするけど、よろしくね」
「先方の被災者の生活が立ち直って、戻って来られる日を心待ちにしております」とジュビテイル。
「これからはちょくちょく連れて帰れるから、心配いらないわよ」とターニャ姫がジュビテイルの発言内容を察して言い、ミスティがその言葉の意味を説明した。




