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42 都を目指す

完全に日が昇ってから麦畑の中から出て行くミスティとジェラン。あまりのんびりしすぎていても、またこの畑の持ち主に怒られそうなので、適当なところであぜ道に出た。


見渡す限り人影は見えない。昨日と同じように北に向かって歩き出す。


「腹減ったな〜」とぼやくジェラン。


ミスティも同感だが、食べるものを調達できそうなところはどこにもなかった。もちろん青い麦の穂なんか食べることはできない。


「また村を通りかかったらパンでも何でも分けてもらうわよ」そう言ってミスティはジェランの方を振り向きもせずに歩き続けた。


しばらく歩いているとあぜ道の横に雑木林があるのに気がついた。幅20メテル(メートル)程度の小さな林だ。畑の間にわざとこういう林を残しているのだろう。ひょっとしたら墓地があるのかもしれなかった。


「あそこまで歩いたら休憩しましょう」とミスティはジェランに言った。


ところが、雑木林に近づくと、林の中から若い男が二人出て来るのに気づいた。早朝、馬で駆け抜けた男たちのようだった。


「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ、嬢ちゃん」2人の男は顔に下卑た笑みを浮かべてミスティに話しかけてきた。


「何か用でしょうか?」臆せず言い返すミスティ。ジェランは言葉の意味がわからないので、ミスティの後でぽかんとしている。


「都へ向かっているのかい、嬢ちゃん?俺たちが送ってやるよ。安くしとくぜ」


男たちの目的は明らかだった。ミスティの有り金だけでなく、非道なことまでしようと考えているのだ。


「いいえ、けっこうです。もうじき迎えの騎士が来ますから」とミスティが強気で言い返すと、男たちはびくっとして後を振り向いた。


誰もいないことを確認すると、男たちの顔に下卑た笑みが戻った。


「誰も来ないじゃないか。驚かしやがって」そう言いながら男のひとりがミスティの左腕を握った。


「おい、何をする!?ミスティを離せ、この下郎ども!」言葉がわからなくてもこの状況に気づいたジェランが前に出て、ミスティの左腕をつかんでいる男の右腕を握った。


「ああん?何だ、この優男は?」もうひとりの男がジェランの肩を引っ張って振り向かせ、ジェランの顔を殴りつけた。


派手にすっ転ぶジェラン。


「少しは期待したのに」と気を失ったジェランを見てミスティは思った。


「おい、俺が両手を抑えているからお前が体を探れ」とミスティの腕を握っている男がミスティの右腕まで握ってきた。


「へっへっへっ。体の隅々まで探ってやるぜ」ともうひとりの男が言って、いやらしい手つきで迫って来る。


ミスティは歯を食いしばりながら、従者の誰かが来て助けてくれたらと願った。


そして男の手がミスティの体に触れそうになった時、ミスティは思わず「ピデア!」と叫んだ。


次の瞬間、ミスティに触ろうとしていた男が吹っ飛んだ。男の体が宙を舞い、ジェランの向こう側に落ちていった。


「え?」「何だ!?」ミスティと、ミスティの腕をつかんでいる男が同時に驚いた時、男の背後に木剣を持ったピデアの姿が現れた。


男の両腕に木剣を振り下ろすピデア。声にならない悲鳴を上げて男がのけぞると、みぞおちに木剣の柄が打ち込まれた。


地面に倒れる男。泡を吹いて気を失っている。


「ピデア、助けてくれてありがとう!・・・あなた、どこにいたの!?」ミスティがピデアに話しかけたが、ピデアの姿はすぐにかき消えてしまった。


周囲には倒れている3人の男しかいなかった。ミスティを襲った二人はぴくぴくけいれんを起こしている。腕やあばらを骨折しているようだが、死ぬほどではなさそうだ。


ミスティは倒れているジェランを引き起こすと、頬を2、3回、思いっきりはたいた。痛さで目を開けるジェラン。


「ジェラン、起きて!先に進むわよ」


「え?え?」最初は何が起こっていたのか思い出せなかったジェランだったが、倒れている二人の男を見て思い出したようだった。


「ミスティ、大丈夫か?・・・こいつらは、ミスティが倒したのか?」


「ま、まあ・・・そうね。こいつらが目を覚まさないうちにここを去りましょう」


ジェランは軽い擦り傷しか負っていなかったようで、すぐに立ち上がると、指先から水を出して殴られたところを洗っていた。その間にミスティは林の中を探して、男たちの馬が木にくくり付けられているのを見つけた。


「ジェラン、こいつらの馬をもらっていきましょう。歩くよりもよっぽど楽よ」


「わ、わかった・・・」


馬の手綱を取り、馬の背にまたがるミスティとジェラン。馬に鞍や鐙はついていなかったが、何とか手綱だけで制御することができた。


ぽくぽくとのどかに馬で進む二人。その間、ミスティはなぜ突然ピデアが現れ、消えてしまったのか考えていた。


もしかしたらピデアが私の体の中に取り込まれており、私が望めば現れてくれるのだろうか?用がすめば再び私の体の中に帰ってしまうのだろうか?そうだとして、ピデアの体はこの世にはないのだろうか?それとも・・・。


もう少し検討してみないとわからない、とミスティは考えた。


男たちに襲われたところから遠く離れ、別の雑木林に到着した。ミスティは馬を降り、馬に草を食ませる。ジェランもミスティの行動を真似て馬を降りた。


ミスティは雑木林の中に入って、目を閉じた。


「ヴェラ、お願い・・・」ミスティがそう念じて目を開けると、目の前にヴェラが立っていた。ヴェラは地面に向かって何かをつぶやいたが、ミスティにはその声は聞こえなかった。


地面からすぐに草が芽生え、みるみるうちに成長し、低い灌木になった。そしてその枝に赤いヤマモモの実がいくつも実った。その時にはもうヴェラの姿はなかった。


ミスティは1個のヤマモモをもぎ取って食べてみた。口いっぱいに酸味と甘味が広がる。昨日パンを食べた後、水以外は何も口にしていなかったので、飲み込むと胃の中に浸み込んでいくような感じがした。


「ミスティ、それは何だ?」ジェランがヤマモモの実に気づいてミスティに聞いた。


「野生の果物よ。食べてみたら」


ミスティがそう答えるとジェランはすぐに実を2、3個もぎ取って口の中に放り込んだ。口をもぐもぐさせながら微妙な表情をしている。ごくんと飲み込むと、


「酸っぱいが食えないことはないな。しかし勝手に食べて誰かに怒られないか?持ち主がいるんじゃないか?」とジェランは言いつつ、次の実をもぎ取っていた。


「今、私の前にヴェラ・・・私の従者のひとりが立っていたのに気づかなかった?」


「お前の従者?・・・いや、誰も見てないが」と答えるジェラン。


「そう・・・」ミスティももう1個のヤマモモを食べながら、従者たちのことを考えた。異能タラントを貸してくれるのはありがたいが、ミスティは彼女らに無性に会いたかった。一緒に話をしながら旅をしたい。そう願ってみたが、従者たちは誰も現れなかった。


それなりにお腹が満たされたので、ミスティとジェランは再び馬に乗って北を目指した。途中で雑木林があると、ミスティが林の中に潜り込んで、ヤマモモや桑やマタタビの実をヴェラに実らせてもらって、ジェランと一緒にそれらを食べた。


ジェランはこの地方の雑木林に必ず果物が実っていることに不思議がっていたが、気にせずにばくばくと食べていた。時々集落でパンを分けてもらったりもした。


馬での旅は続いた。周囲の景色はほとんど代わり映えしなかったが、数日後に東西方向に延びる街道に突き当たった。三叉路になっており、路上に残っている馬の蹄鉄の痕跡を見るとほとんどが東に向きを変えていた。ミスティは、都は東にあるのだろうと推測した。


馬の向きを東に変え、さらに半日進んでいると、ようやく前方に大きな都市が見えてきた。


周囲を高い城壁で囲まれているようで、横幅は数ケテル(キロメートル)以上ある。城壁の向こうにはさらに高い尖塔が頭を出していて、王城のような建物もありそうだ。


都の周囲には畑はなく、地面がむき出しになっていて、無数の蹄鉄や車輪の痕跡が刻まれていた。その痕跡に沿って進んでいると、その先の城壁に大きな城門があるのに気づいた。


少しずつ近づいてみる。城門は多くの人や馬車が自由に出入りしているようだった。衛兵らしき姿もちらほらと見えるが、都への通行を特に規制はしていなかった。


「大きな都ねえ」とミスティは思わず言った。


「大きければいいもんじゃない」と言い返すジェラン。しかし近づくにつれジェランの目が大きく見開かれていった。


「何て大きな都だ!どれだけ人がいるんだ!?」


「さあねえ。・・・ココナやホムラたちがここに来ていて、会えたらいいけど」


夕方近くになってようやく城門にたどり着いたミスティとジェラン。遠くから見ていたように街中へは自由に入れるようだが、初めてのミスティは城門前で馬を降りると、そばに立っている衛兵に話しかけた。


「私たちは初めてこの都に来たのですが、ここは何という都ですか?」


衛兵はそんなことも知らないのか、どれだけ田舎から来たんだ?と言わんばかりの顔をしたが、親切に教えてくれた。


「ここは青瑠璃ラピスラズリの都と呼ばれるザカンドラ皇国の首都だ」


「ザカンドラ?・・・宿はたくさんありますか?」


「中城壁の中にいくつもある。貴族が泊まるような高級店から安宿までピンキリあるぞ。入口を見ればある程度ランクがわかるだろう」


「中城壁とは?」


「この都は3重の城壁に囲まれていて、外側から外城壁、中城壁、内城壁と呼ばれている。それぞれの城壁はただの塀ではなく、中にいろいろな施設が入っている。宿や商業施設はだいたい中城壁にある」


「ありがとうございました。適当な宿を探してみます」ミスティは礼を述べると、馬を引いて城門の中に入って行った。


ジェランも馬を降りてその後に続く。


城門がある城壁は厚さが10メテル以上ありそうだった。これが外城壁なのだろう。


そして外城壁を抜けると幅10メテル余りの街路を挟んで次の城壁がそびえ立っていた。これが中城壁なのだろう。


街路に面した城壁の壁面には入口や窓が多数設けられており、確かにいろいろな施設が城壁内に造られているようだった。城壁自体が巨大な集合家屋なのだ。さらに城壁に沿って多数の露店が並んでおり、通行人もたくさんいる。


ミスティとジェランはあたりをきょろきょろ見回しながら街路に沿って歩いて行った。露店の中には店じまいを始めているところもある。


「早く宿を見つけましょう」ミスティはそう言って馬を引くスピードを速めたが、大勢の通行人のため、あまり急ぐことはできなかった。


中城壁側の看板をいくつも見ているうちに、「宿」と書かれた看板を見つけた。ミスティはこの国で使われている文字が読め、ジェランには読めなかったが、今さら不思議だとは思わなかった。


宿の入口で止まり、馬をジェランに預けてミスティは中に入って行った。すぐ中に受付があり、そこに座っていた中年女性にミスティは声をかけた。


「すみません。ここで宿泊することはできますか?」


ちらりとミスティの顔と体を見る女性。ミスティの服が薄汚れているのに気づいて、あまり上客だとは思わなかったようだ。


「個室は4人まで泊まれる部屋で銀1枚。食事や風呂はついてないから、近くの店に行ってくれ。宿代には入ってないよ」


「厩はありますか?」


「近くにあるからそこに行って。もちろん宿代とは別に金がかかるよ」


「ひとり用のもう少し安い部屋はありませんか?あるいは男女別の相部屋はないでしょうか?」


「あいにく小さな部屋はないねえ。部屋はみんな同じ大きさだよ。相部屋も4人部屋だけど、男女で分けてはいないよ。相部屋ならひとり銅5枚だ」


お金は今持っているだけしかないので、できるだけ節約したい。しかしジェランと同じ部屋に泊まるのも嫌だ。ミスティが悩んでいると、女性が煩わしそうに言った。


「金がないならもっと安い宿を探しな。うちは中級店の中じゃいい方だからね」


これで中の上の宿屋なのか、とミスティが思いながら宿を出ると、街路の先の方から何やら大きな声援が聞こえてきた。


「どうしたの、ジェラン?」と宿屋の前で2頭の馬の手綱を持って待っていたジェランに聞いた。


「よくわからないが、少しずつ何かが近づいているようだ。このあたりの通行人や露店の売り子も嬉しそうな顔をして何やらしゃべっている」


ジェランの話を聞いてミスティは耳を澄ました。いろいろな騒音の中から男女問わず何かを嬉しそうに叫んでいる声が聞こえる。


「皇女・・・さま?」ミスティの耳に徐々に皇女様と叫ぶ人々の声が聞き取れるようになった。


「誰か知らないけど、この都の王族が近づいて来ているようね」


「王族が来たぐらいで国民が声援を上げるのか?僕なんか一度も国民から歓迎されたことはないぞ」とジェランが不満げ気につぶやいた。


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