31 ダイヤモンド・ダスト
氷雪の巨人を倒したミスティたちだったが、その後周囲は静寂に包まれた。襲ってくるような敵の動きはない。大地は半ば凍った雪で覆われているが、今は雪は降っておらず、太陽が雪面に反射して眩しかった。
「敵の動きがないですね」とトアラが言った。
「そうね。巨人だけで攻撃をやめるとも思えないけど」
「あの、雪が盛り上がったところを攻撃してみましょうか?」と提案するホムラ。
ミスティがうなずくと、ホムラはリュウレとフワナと手を繋いで3人で上空に飛び上がった。
点のように小さくなったホムラが大きめの炎の塊を放つ。その炎の塊はヴェラが生やした木の根元あたりに炸裂した。雪煙が舞い上がる・・・。
しばらくしてホムラたち3人が降りて来た。
「どうだった?」と聞くトアラ。
「雪が盛り上がったところを粉砕したけど、誰も何も出て来なかったわ」とホムラ。
「しばらく見ていたけど、何の反応もなし」とリュウレ。
「敵が隠れていたわけではなさそうなの」とフワナも言った。
「氷雪の巨人は遠くから操っていて、敵は近くにいないのかしら?」とミスティ。
「これだけ広範囲に雪を降らすことができる相手なら、遠くからでも攻撃できそうですね」とトアラが言った。トアラは目視できる距離でしか異能による攻撃ができない。
「それにしても寒いですね。・・・さっきよりも寒さが増したような気がします」とティアが両腕を胸の前で交叉させて言った。
「そうね。・・・それに周囲のキラキラが増している気がする・・・」とミスティも言った。
雪ではない細かな氷の結晶が空中に無数に浮き、太陽の光を反射させていたが、その煌めきが増してきたようにミスティたちには思えた。最初はきれいだったが、段々目への刺激が強くなっている。
「目が・・・目が・・・」とうなるココナ。
「みんな、気をつけて!これは目くらましだわ!いつ敵が襲ってくるかわからないわよ!!」ホムラが警告する。
その時、煌めきの中から黒い兵士が2体飛び出して来た。剣を掲げ、まっすぐミスティに斬りかかってくる。
「加速!」ピデアが瞬時に2体の黒い兵士の前に出て自分の木剣で相手の剣を振り払った。
すぐに煌めきの中に逃げ出す黒い兵士たち。
「炎獄溶弾!」ホムラが撃ち出す炎の塊が黒い兵士たちを追撃するが、煌めき、つまり細かい雪の結晶に当たって徐々に減衰し、黒い兵士たちに当たることなく消えてしまった。
「周囲はかなり寒いわね。その中をあの兵士たちは平気に襲って来るわ」
「なら・・・水獄飛鳥!」ミナラが鳥形の水の塊を飛ばす。その鳥は煌めきの中を貫いて氷の鳥となり、かすかに見えた黒い兵士を貫通したが、黒い兵士はまったくダメージを受けていないようだった。
「炎の攻撃も氷の攻撃も効かない・・・」とミスティがつぶやいた時、煌めきの中から3体の黒い兵士が現れてミスティを襲った。
「わあっ!」避ける間がなく悲鳴を上げるミスティ。しかし3体の黒い兵士は光の壁に弾き返された。
「・・・おちおち寝ていられないわね」と馬車の中から目をこすりながらエイラが出てきた。エイラの防御で黒い兵士の攻撃を防いだのだった。
「エイラ、ありがとう」感謝するミスティ。
「それにしても何なの、この周囲は?キラキラまぶしくて、目覚めたばかりの目を刺すようだわ」
「敵が吹雪でなく、細かい氷の結晶を周囲にばらまいてるのだ」と状況を説明するホムラ。「確かに目が痛くなってきた・・・」
「なら、遮光防御!」エイラが叫ぶと周囲の煌めきが弱まった。
「まばゆい光をある程度反射できるみたいなの」と新たに覚えたらしい自分の異能を説明するエイラ。
周囲が完全に見えなくなったわけではなく、時たま黒い兵士が遮光防御に衝突するが、その攻撃をすべてはね除けていた。
「寒さもしのげるし、これで少しは時間稼ぎができるわね。どうやって相手を倒そうかしら?」とみんなに問いかけるミスティ。
「黒い兵士たちを操る影人と寒気を操る影人がいるはず。・・・ただ、その位置はわからない」
「なら、上空から見ましょう」とリュウレが言った。
「また飛ぶの?さっきも飛んだけど、よくわからなかったじゃない」とフワナが言う。
「今度はみんなで、馬車ごと飛ぶのよ」とリュウレが答えた。
「このままじゃ打つ手がないから、それもいいかもね」とミスティが言い、全員で馬車に乗り込んだ。遮光防御は張ったままだ。
全員で手を繋ぎ、リュウレが2台の馬車ごと光に包む。そしてフワナが上昇気流を吹かせ、遮光防御を張ったまま真上に飛び上がった。
高空から地面を見下ろすと、雪原が広がり、さっきまでミスティたちがいたところは煌めく白いもやで覆われていた。遥か遠くまで見渡すと、10ケテル(10キロメートル)先では雪がなくなり、地肌が見えている。
「このまま飛んで逃げることはできるけど、いずれ追いつかれるでしょうね。できればここで倒しておきたいところだけど・・・」とミスティが言うと、
「みんなで手を繋いでいれば、いつもより大きな炎の塊を撃ち出せます」とホムラが言ったので、まかせてみることにした。
「炎獄溶弾!」ホムラが叫ぶと馬車の真下に巨大な炎の塊が広がっていった。
その炎の塊を真下に落とす。細かい氷の結晶でできた煌めくもやに直撃すると、たちまちもうもうと湯気が吹き上がってきた。
「馬車をずらして」ミスティの指示でフワナが風を吹かせて馬車を移動させる。その横を水蒸気の塊が立ち上っていった。
真下の雪面を見下ろす。煌めくもやは消失していたが、地上の雪までは解かすことができなかった。
「あれだけの炎でも完全には溶かし切れないのね」とココナの声が響く。
「あ、あれを見て!」その時ティアが少し離れた雪面を指さした。そこは雪で覆われている、平に見える地面だったが、その地面から新たに白いもやのようなものが煙のように吹き上がり始めていた。
「あそこに誰かが隠れているんだわ!」
「よし、もう一度炎の塊を落とすか」とホムラが言った時、
「待って!今度は私たちにまかせて」とトアラが言い出した。
「何をする気だ?」
「まあ、見てて。・・・ミナラ、馬車の横に大きな水の塊を作って!」
「わかった。・・・水獄巨塊!」馬車の横にみるみるうちに巨大な水の塊が出現する。
「寒獄凍気!」その水の塊にトアラが凍気を飛ばすと、瞬時に巨大な氷の塊になった。
「敵は雪や氷は平気だろう?」と疑問を呈するホムラ。
「いいえ!えいっ!」トアラが叫ぶと巨大な氷の塊が、白いもやを噴き出しているところに向かってまっすぐ落ちて行った。
「冷気で倒すんじゃなく、巨大な質量で押しつぶすのよ!」
巨大な氷の塊が雪面に直撃し、大きな音と衝撃波が襲いかかり、馬車が大きく揺れる。
揺れがおさまると馬車の体勢を立て直し、下界を見下ろした。大きな氷の塊が砕けずに雪面にめり込んでいる。
「氷の下敷きになったかな?」とホムラ。
「降りてみましょう。慎重にね」とミスティが言って、リュウレとフワナが馬車をゆっくりと降下させて行った。
着地した馬車から降り、雪面から盛り上がる氷の塊に近づくミスティたち。氷の塊の高さは雪面からでも10メテル(10メートル)はある。おそらく同じくらい深く地面にめり込んでいるはずだ。
この氷の塊の下敷きになっていれば、普通の人間なら絶命してるはず。そう思われたが、突然氷の塊に縦にひびが入った。
中心部が砕け散る氷の塊。その下から氷でできた巨大なドリルが突き上がっていた。
「危ないところだった」とつぶやきながら砕けた氷の下から這い出る男。白銀の鎧に身を包んでいる。
「直前に気づいてより硬い氷のドームを作って身を守ったが、ほとんど潰れかけていた」
「あなたは誰!?」誰何するミスティ。
「我は西の護国将軍、雪狼将軍・・・」
「炎獄溶弾!」雪狼将軍が名乗り終わる前に炎の塊を撃ち出すホムラ。
しかし雪狼将軍は瞬時に氷の盾を出現させると、ホムラの攻撃を防いだ。・・・氷の盾はみじんも溶けていなかった。
「落ち着きのないやつだ。氷晶霧!」雪狼将軍が再び煌めく細かい氷の結晶をその体から噴き出し始めた。寒気がミスティたちの肌を苛む。
「助かりましたぞ、雪狼将軍殿」別の男が雪狼将軍と同じように氷の下から這い出て来て言った。
「なら、さっさと光の子を倒せ、モルガン卿」と雪狼将軍が言うと、モルガン卿と呼ばれたその男の体から左右に黒いもやが広がり、10体以上の黒い兵士に凝集した。
黒い剣を掲げてミスティ目がけて襲い来る黒い兵士たち。ホムラたちが剣を抜いて構えるが、人数的に不利だった。
「遮光防御!」再びエイラが叫んで雪狼将軍や黒い兵士たちの前に遮光性のある光の壁を出現させた。
「またこの壁か」嫌そうに言うモルガン卿。「手が出せん!」
「なら、このまま閉じ込めてやる」と雪狼将軍の声がした。
「何をする気?」と遮光防御の中からミスティが問いただしたが、当然のことながら雪狼将軍は何も言わなかった。
「吐露」とつぶやくココナ。その異能が遮光防御の外にいる雪狼将軍にも届いたようで、
「この光の壁の周囲、特に上に厚い氷を載せる。この光の壁を消したとたん、お前らは下敷きだ」と雪狼将軍の声が聞こえた。
「そうはさせないわ!豊穣!」と叫ぶヴェラ。すると遮光防御の内側に何本もの筍が生えてきた。
それらの筍はすくすくと伸びて太い竹になる。そして遮光防御の内側に沿って彎曲し、頭の上で複雑に絡み合った。
「豊穣!」再び叫ぶヴェラ。すると今度は遮光防御で囲まれた雪面の中心から榕樹が生えてきて、たくさんの枝を伸ばして絡み合った竹を下から支えた。同時に太い根が幹から生えて地面に突き刺さる。
「エイラ、この木の根を防御に貫通させることができる?」
「調整してみる」とエイラが答えた。
しばらくしてからヴェラが榕樹の1本の根に手で触れると、その根だけが縮んで幹の中に戻って行った。その跡に地下トンネルができている。
「この穴から逃げましょう!」と提案するヴェラ。
「穴の先はどうなってる?」と聞くホムラ。
「防御を突き抜けて、少し先まで行ったところの地面のすぐ下で終わってるはず。・・・誰か、上に載っている土と雪を吹き飛ばして」
「じゃあ、先に行く」とフワナが言って穴の中に潜り込んだ。直径は30セテル(30センチ)強の穴で、ひとりずつなんとか潜り込める広さだった。
敵に気づかれたときのために、フワナの後からピデア、ホムラと続く。戦闘員の後から非戦闘員のミスティたちが入り、殿はトアラが務めた。
穴の先端まで達したフワナが「風獄昇竜」と唱え、強い風で上に積もった土と雪を吹き飛ばす。そうして生じた出口からフワナとピデアとホムラが飛び出し、あたりを伺うが、遮光防御があったところを振り返る。しかし雪狼将軍の氷晶霧で生じた氷の結晶からなるキラキラ輝く白いもやで包まれており、敵はフワナたちが抜け出たことに気づいてないようだった。
なお、その白いもやの上に細長い氷の塊が塔のように上空に向かって伸びている。
「あいつらはあの大きな氷で私たちが押しつぶされるのを待っているのね」とミスティが言った。
「私たちは脱出できたけど、これからどうやって戦うの?」
「同じ手を使って接近しましょう。水獄霧散!」ミナラが自分たちと氷の塔の間に霧状の水滴を出現させた。
「寒獄冷気!」トアラが冷気を飛ばし、ミナラが出した霧を雪状にする。
「私たちが走り出したら防御を消して」とエイラに言うホムラ。
局所的に出現させた宙に舞う雪の壁に隠れて、ホムラとフワナが走り出す。その後にピデア、トアラ、ミナラたちが続いて行った。




