30 氷雪の巨人
街道を進むミスティたちの視界が突然吹雪で遮られた。あたり一面まっ白で、どこが道なのかも判別できなくなる。
「まだ冬じゃないのに、突然の吹雪です!」と御者をしていたピデアが馬車の中に伝えた。
「これはひどい。・・・この状態じゃ進めないわね」とミスティ。
「はい。すぐに野営をした方がいいと思います」
ピデアは道端に馬車を停め、後続の馬車に伝達に走った。
もう一台の馬車もまもなくミスティたちが乗る馬車の横に停まる。
「エイラ、お願い」とミスティは頼んだ。
「はい、防御」エイラがつぶやくと、2台の馬車の周囲が光の壁で覆われ、雪も風も完全に遮断することができた。
「静かになったわ。エイラ、ありがとう」と感謝するココナ。
もう一台の馬車に乗っていた従者たちもミスティたちがいる馬車に集まってきた。
「とりあえずここで野営をしましょう」とミスティ。
「それにしてもこの季節外れの猛吹雪。敵将の能力でしょうか?」とホムラが聞いた。
「そうかもしれないわね。この前は炎を操る将軍と戦ったから、トアラみたいに凍気を操る敵将がいたとしても不思議ではないわね」
「となると、いつ襲ってくるかわかりませんね。今度は私が相手をします」と寒さに強いトアラが言った。
「この吹雪だと、炎も水も風も相手に届かないね」とミナラ。
「炎よりも厄介かもしれません」とフワナも言った。
「エイラの防御のおかげで、猛吹雪の中で襲われても防げそうね」とティア。
「とりあえず温かい食事の準備をするわ」
ティアが料理をしている間に外が暗くなってきた。日が落ちてきたのだろう。
エイラの防御で守られているとはいえ、やはり普段よりは寒い。夕食を食べてお腹がいっぱいになると、全員に眠気が襲って来た。
「ゆっくり眠りたいけど、エイラが眠ると防御が消えてしまうわね」
「がんばって徹夜します」とエイラ。
「夜中は交代でエイラが眠らないように話しかける夜番を務めることにしましょう。明るくなればエイラが眠っても対処できるかもしれないから」
「わかりました」と答える従者たち。ティアはヴェラにお茶の木を生やしてもらい、その葉を清浄の力で乾燥させ、馬車の外の焚き火でお湯をわかし、煎じて眠気覚ましのお茶を作った。
「に、にが〜」お茶を飲んで顔をしかめるエイラ。相当苦いお茶だったようだ。
主人であるミスティは朝までぐっすりと眠らせてもらった。ようやく周囲が明るくなった頃、ミスティが馬車の外に出ると、眠くて目をしばたいていたエイラとピデアが焚き火の周りに座っていた。
周囲を見回すミスティ。エイラの防御の外側の吹雪はやんでおり、一面の銀世界が広がっていた。吹雪がおさまってもどこが道なのか判別できない。
そして空中にはきらめく白い粉のようなものが舞っていた。きれいだが、とても寒そうだ。
ティアが起きてきて、焚き火でさっそく朝食の準備を始める。その匂いに誘われて、眠っていた他の従者たちも次々と馬車の中から出て来た。
「防御を解除したらすぐに敵が襲ってくるかもしれないから、エイラはもう少し寝るのを我慢してね」と苦いお茶を差し出しながらエイラに話しかけるティア。
「が、がんばる。・・・にが〜」と顔をしかめながらお茶をすするエイラ。
ようやく朝食を食べ終わるとホムラが、
「エイラ、防御を解除して馬車の中に入っていいぞ。みんなは急に寒くなるのに備えて!」と言った。
「じゃあ、お休み〜」ふらふらしながら馬車の中に戻るエイラ。そして馬車の戸が閉まるととたんに防御が消失し、凍えそうな冷たい空気がミスティたちに襲いかかった。
「さ、さむ〜!」予期していたとはいえあまりの寒さに叫んでしまう従者たち。
「炎獄燎柱!」ホムラが叫ぶと馬車の周囲の4か所に炎の柱が上がった。周囲をすべて覆っていないので視界が確保できるが、炎の柱の熱で多少は寒さが緩和された。
「加速!」ピデアの姿が消え、一瞬の後に焚き火から100メテル(100メートル)ほど離れた場所に姿を現した。すぐにまた姿が消え、ミスティのそばに現れる。
「地面に積もった雪に足をすくわれるかと思いましたが、雪はかちかちに凍っています。表面がざらざらしているので、足が滑ることもありませんでした」とペディアが報告した。
「ありがとう、ペディア。敵の気配はなかった?」
「一瞬だったので十分に索敵はしていませんが、明らかな気配は感じませんでした」
「なら、上空から偵察してみます」とリュウレが言ってフワナと両手を組んだ。
「羽衣!」「風獄昇竜!」光に包まれた二人が一陣の風を残して上空に飛び上がった。
ミスティたちが上を見上げると、二人の姿はもう点のように小さくなっている。
「早いわねえ」と感心するミスティ。二人はしばらく滞空していたが、まもなく落下してきた。
「あたり一面まっ白で地面の起伏も街道も区別がつきませんが、1ケテル(1キロメートル)ほど離れたところに直径10メテル程度の雪の盛り上がりがありました。ほぼ半球形で、高さは5メテルくらいでしょうか?」とリュウレ。
「不自然な盛り上がりでしたね。あの下に敵兵が隠れているのかも」とフワナも言った。
「方向は?」とミスティが聞き、二人はおおよその方向を指差した。
「見てきましょうか?」とピデア。
「また吹雪を起こされたら帰れなくなるわよ」とミスティが制止する。
「ヴェラ、ここからその盛り上がりのそばに高い木を生やせるかしら?」
「生やすことはできますが、盛り上がりの場所がわかりません」と答えるヴェラ。
「じゃあ、上空から見ましょうよ」とリュウレが提案して、今度はリュウレとフワナとヴェラが手を組んで輪になった。
「羽衣!」「風獄昇竜!」光の翼を生やして飛び立つ三人。さっきと同じように点のように見える高度で止まる。
「あ、あれ!」とココナが突然一方向を指差した。みんながそっちの方を見ると、離れたところに、さっきまでなかった針葉樹の黒い影が生えていた。
「あれがヴェラが生やしてくれた木ね。あの根元に敵が隠れているかもしれない雪の盛り上がりがあるようね」とミスティ。
「あそこに雷を落としてみますか?」と聞くトアラ。
「あそこまで距離があり過ぎるし、うまく雷神の鉄槌を落とせても、雪面に散って効果がないんじゃないかしら?」とミスティが否定した。
ミスティのそばに降りてくる3人。
「お疲れさま」とミスティが3人をねぎらった。
「敵の動きはなかったの?」と聞くホムラ。
「動くものはなんにも見えなかったわ」とフワナ。
「敵は攻撃して来る気はないのかしら?それともこの雪はただの自然現象?」とミナラが疑問を呈した時、突然ミスティたちの馬車から20メテルしか離れていないところの雪面が盛り上がった。
一瞬のうちに高さ10メテルもの氷雪の巨人が現れ、ミスティたちに迫って来る。
「エイラが眠っている馬車を壊されるわけにはいかないわ!押し返して!!」とミスティが叫ぶ。
「寒獄氷鏃!」トアラが太い氷柱を出現させ、巨人目がけて撃ち出した。炎獄燎柱の間を飛ぶ寒獄氷鏃は巨人の体に突き刺さり、その衝撃で巨人の歩みが止まるが、巨人は何事もなかったかのようにすぐに動き出した。
「溶かしてやる!炎獄溶弾!」
炎の塊を撃ち出すホムラ。氷雪の巨人の体に当たって周囲にもうもうと白い湯気が噴き出すが、巨人の体が溶けてなくなる気配はなかった。徐々に弱まっていく炎獄溶弾。
「ホムラの炎獄と巨人の凍気が拮抗している!」と叫ぶココナ。
「なら、逆に凍りつかせてやる!水獄巨塊!」とミナラが水の塊を撃ち出した。
氷雪の巨人の当たって弾けた大量の水が巨人の体を覆い、その冷たさですぐに凍りつき、巨人の体が氷の塊で覆われる。この攻撃で巨人の動きが一瞬止まるが、徐々に氷の塊が巨人の体に吸収されていく。
「加速!」姿を消したピデアが氷雪の巨人の足を木剣で強打する。足首の半分ほどが砕け散るが、すぐに内部から氷が析出してきて、ピデアが作った傷を修復させた。
「わ!わ!」ピデアのあわてた声が響く。見ると、ピデアの木剣に大きな氷が貼り付いていた。
「加速!」あわてて馬車のそばに戻って来て、まだ燃えている炎獄燎柱で木剣を炙るピデア。
「あの巨人に下手に接触すると、私たちの体まで凍りつくかもね!」とミスティが注意を促した。
「なら、私が!豊穣!」とヴェラが叫んだ。
その言葉とともに氷雪の巨人の足下から雪面を突き破って太い蔓が生えてきた。次々と葉を開きながら巨人の足にからみつつ伸びて行く。巨人の体に触れたとたんに蔓は凍りつくが、それでも先端はどんどんと伸びて巨人の体まで絡めていく。
「凍っているのに成長しているわ、あの蔓は」驚くミスティ。
「草木は氷点下でも中まで凍らないようにできているんです!」と答えるヴェラ。確かに冬場は氷雪で覆われる樹木も春には普通に芽生えてくる。
そう考えているうちに太い蔓は氷雪の巨人の足、体、そして腕に絡みつき、巨人は身動きができなくなっていた。
「でも、内部まで完全に凍るとさすがに粉砕してしまいます!早く対処を!」と叫ぶヴェラ。
と言われても、炎、水、凍気、打撃、どれを使ってもダメージを与えることができない氷雪の巨人を、どうやって倒せばいいのか?
「そうだ!ミナラ、巨人に大量の水をかけて!」とミスティが叫んだ。
「でも、巨人に吸収されるだけですよ!?」とミナラが聞き返した。
「いいから!」
「わ、わかりました!水獄巨塊!水獄巨塊!」
ミナラが巨大な水の塊をいくつも飛ばし、巨人の体にぶつけた。たちまち巨人を覆うように凍りつく水。
「今よ、トアラ!あの氷が吸収される前に大きな氷柱を撃ち出して!そしてフワナは強風で氷柱のスピードを速めて!」
「寒獄氷鏃!」「風獄飛竜!」
トアラが巨大な氷柱を撃ち出し、その尖った氷の塊はミナラの強風でそのスピードを増した。
ミナラの水が凍って生じた盛り上がっている巨人の体に氷柱が高速で突き刺さり、その勢いを弱めることなく巨人の体を貫通した。
「ホムラ!」
「はいっ、炎獄溶弾!」巨人の体に空いた大穴に炎の塊が直撃し、体内に入って爆発する。
それでも氷雪の巨人の体は砕けなかった。しかしもうミスティの指示は不要だった。
「寒獄氷鏃!寒獄氷鏃!」
「風獄螺旋流!」
「炎獄溶弾!炎獄溶弾!」
何本もの氷柱が撃ち出され、らせん状の強風で回転しながら巨人の体に突き刺さる。巨人の手や足や脇腹が砕け散り、そこに炎の塊が次々と撃ち込まれた。
砕け落ちる氷雪の巨人。その頭部が雪面上に落ちた時、「炎獄剣!」とホムラが叫んだ。
炎に包まれるホムラの剣。同時にホムラは走り出し、そのホムラの剣で巨人の頭部を横から斬りつけた。
「加速!」ピデアが瞬間移動して木剣を真上から巨人の頭部に振り下ろす。
上下、左右から斬りつけられ、粉々に砕け散る巨人の頭。これで巨人は完全に沈黙した。
「なぜ、私に水をかけさせたのですか、ミスティ?」とミナラが疑問に思ったことを聞いた。
「凍ったばかりの氷はもろいからね、そこを一気に砕けば貼り付いている体にまで衝撃が及ぶと思ったからよ」とミスティがほっとした顔でミナラに答えていた。




