29 内陸部での戦闘
広いが薄暗い部屋の奥に、黄金の鎧に身を包んだ身の丈が4メテル(4メートル)もありそうな巨人がさらに巨大な椅子に腰かけていた。その前に跪く5人の男たち。
「レイモン卿、事態を報告せよ」と巨人の声が響いた。
「は、支配者様。かしこまりました」と答えるひとりの男。
「光の子は鬼門城を突破し、内陸部に侵入しました。そしてこれまでに、蒼龍将軍殿、炎凰将軍殿、エイビル卿が光の子に倒されました。・・・東の大陸に赴いたバスティス卿からの連絡は途絶え、光の子がこの地に来たことから、バスティス卿もおそらく亡き者となったのではと考えられます」
「4人も倒されたのか!?光の子はなぜそんなに強いのだ!?」と黒鉄の鎧に身を包んだ別の男が叫んだ。
「主な敗因は炎です、闇冑将軍殿。我々の力の源である影素が焼き尽くされると力を失います」とレイモン卿が答えた。
「それは難儀だな。私とモルガン卿は影素を操ることができるだけだ」
「ペグラム卿の言う通りだ」
「だが、炎凰将軍は炎の使い手。影素の弱点である高熱に耐性があると思うが」と別の白銀の鎧に身を包んだ男が疑問を呈した。
「炎凰将軍殿は雷をその身に受けて倒されたと聞きます、雪狼将軍殿。あなたの氷雪の力でも、雷をを遮ることはできないでしょう」とレイモン卿。
「雷?炎?そんなもの、我が岩鎧で簡単に防げるわ!」と闇冑将軍が叫んだ。
「だが、光の子の従者は水、氷、風、木の力を使えるようだ。正面からぶつかるだけだと、足下をすくわれるかもしれぬぞ」とレイモン卿が忠告した。
「それならば私が闇冑将軍殿と共闘しては?闇冑将軍殿のお力を借りて私の分身が光の子の従者を翻弄し、その隙に闇冑将軍殿が光の子を倒せば良いかと」とペグラム卿が提案した。
闇冑将軍は自分ひとりで戦えないのに不満そうだったが、
「闇冑将軍よ。その通りにせよ」と支配者が言ったので、頭を下げて「仰せのままに」と答えた。
鬼門城を抜けたミスティ一行は、首都ミドールを目指して街道を進んでいた。
街道自体は整備されているが、点在する町以外のところでは街道の左右に荒野や湖沼地帯や深い森が広がっていたりして、当初の予想より未開な状態である。
街道を行き交う人はそれほど多くなく、たまに荷馬車で進む行商人とすれ違う程度だった。
鬼門城を抜けたことで追っ手が来たり、あるいは敵兵が待ち構えていることを予想していたが、何日も進んでも、途中の町に立ち寄っても、特に行く手を阻まれることはなかった。
ミスティたちが持っていたお金はこの大陸で流通しているものとは違う。しかし途中の町で両替屋を見つけ、自分たちの貨幣を見せて交渉したら、同じ重さの流通貨幣と交換してくれた。これでこの大陸での買い物に手間がかからなくなった。
こうして順調に旅を続けていたが、10日近く進み、街道の周囲が石だらけの荒れ地になっているところにさしかかると、前方の街道の真ん中に二人の男が立っているのが見えた。
「みんな、敵かも!気をつけて!」と御者をしていたリュウレが叫んだ。
二人の男の少し手前で馬車を停め、ミスティと従者たちが馬車から降りて来ると、一方の男、黒鉄の鎧に身を包んだ男、闇冑将軍が右腕を真横に上げ指さした。
「どういう意味でしょうか?」とミスティに聞くココナ。
「おそらく、街道上ではなく、横の荒地で戦おうという意味なんじゃない?」と答えるミスティ。
「誘いに乗ると、私たちに不利なんじゃないですか?」とトアラが囁いた。
「そうかもしれないけど、この整備された街道を荒らすのは気が引けるわね。普通の人も利用してるんだから」とミスティ。
馬車を街道に残し、石だらけの荒地に移動するミスティたち。二人の男も同様に移動し、しばらく進んでから約20メテル(20メートル)の間隔をあけてお互いに向かい合った。
戦闘態勢を取るホムラたち。同時に二人の男のうち、鎧を着ていない男、ペグラム卿が少し前に出た。とたんに体を黒いもやが覆い、そのもやが左右に広がって凝集し、10体の黒い兵士に変化する。
「私の炎で焼き尽くしてやる!」そう言ってホムラが一歩前に出て、剣に炎をまとわりつかせた。
「岩鎧!」その時後ろにいた闇冑将軍が叫んだ。たちまち荒地に転がっている無数の石が浮かび上がって、闇冑将軍とペグラム卿と10体の黒い兵士の体に貼り付いていった。
瞬時に岩の鎧に覆われる兵士たち。彼らは左手に岩の盾を持っているが、右手に剣などの武器は持っていなかった。しかし腰を落とすと、表面がごつごつした岩の盾を構えて一斉にミスティたちに向かって走り出した。
「岩で炎から身を守ろうというのか!?だが、隙間だらけだぞ!」
ホムラが言うように、岩鎧を装着した敵兵の首、腹、肩、肘、股関節、膝などの関節部分は体を自由に動かせるように岩や石で覆われていなかった。
「炎獄溶弾!」剣の先から炎の塊を撃ち出すホムラ。
しかし炎の塊が当たる直前に狙われた兵士はしゃがみ込んだ。関節部分が完全に岩の鎧で隠れる。炎が全身を包むが、しばらく耐えた後、すぐに走り出して炎の中から出て行った。
その兵士の関節部分から細い煙がたなびくが、深刻なダメージを受けてはいないようだ。
その間に炎で攻撃されていない兵士たちがミスティたちに体当たりしてきた。
「防御!」エイラの防御壁で弾き返すが、いったん引いてから再びぶつかって来る。何度も衝撃を受けるエイラの防御。
「きりがないわ!」と叫ぶトアラ。「ミスティ、また雷を落としてください!」
「わかったわ!」防御の中で手を繋ぎ合う従者たち。その体に力が循環し、倍増してくるのがわかる。
「炎獄溶弾!炎獄溶弾!」」ホムラが兵士たちに炎の塊を連射する。荒野の周囲一面が炎で包まれる。
「寒獄障壁!」
「水獄巨塊!水獄巨塊!」
トアラがミスティたちの周囲をさらに凍気の壁で覆い、同時にミナラが水の塊を連射する。炎の熱で水は瞬時に蒸発し、あたりが白いもや(雲)で包まれる。その雲は高熱で生じた上昇気流で上空へと上がって行く。
「風獄昇竜!」さらにフワナが上向きの強風で雲を上空に押し上げた。
「寒獄凍気!」トアラが上空の雲に凍気の塊を撃ち出すと、雲が徐々に黒くなり、内部で光り始めた。
「豊穣!」ヴェラが叫ぶと先端が尖った細長い木が兵士たちのそばに何本も生え、高く成長していく。
「いくわよ、雷神の鉄槌!」ミスティが叫ぶと何条もの稲妻が上空から同時に木々に向かって落ちて来た。
閃光に包まれる周囲。目が眩むミスティたちだったが、しばらくすると目が慣れてきたのであたりを見渡す。
ヴェラが生やした木々が煙をたてているが、敵はひとりも立っていない・・・ように見えた。ところが荒地に転がっている岩が動き出し、むくりと立ち上がった。岩鎧で防御していた敵の兵士たちだった。
「木に落ちた雷が地面に吸い込まれたために、ダメージを与えられなかったんだわ!」とミスティが叫んだ。
「はっはっはっ、我の岩鎧に雷は効かぬ!」と笑い声を上げる闇冑将軍。
「雷が効かないなんて!」と叫ぶココナ。「どうすればいいの!?」
「鎧の隙間から少しでもダメージを与えるんだ!攻撃を続けて!」とホムラが叫んだ。
「炎獄溶弾!炎獄溶弾!」炎の塊を撃ち続けるホムラ。敵兵は炎が当たるたびに身を屈めて防御した。
「わかったわ、寒獄氷鏃!寒獄氷鏃!」氷の槍を撃ち続けるトアラ。しかし敵兵の鎧や盾で弾かれる。
「水流で吹き飛ばす、水獄飛鳥!」
「強風で吹き飛ばす、風獄飛竜!」
ミナラが水の鳥を飛ばしてぶつけ、フワナが強風を当てるが、岩鎧に包まれた敵兵にはまったく通じなかった。ホムラの炎で熱せられた大地にミナラの水獄飛鳥が落ち、さらに白雲が舞い上がる。
従者たちの攻撃の合間に岩鎧に覆われた敵兵が寒獄障壁を突き抜け、防御に何度もぶち当たってきた。この状態が続けば、いずれエイラの集中力が落ちて、防御を突き破られるかもしれなかった。
「まだ雷は落とせますか!?」と突然聞くヴェラ。
「雷雲が上空にあるからできるけど・・・?」
「なら、雷を落としてください!豊穣!」
ヴェラが何をしようとしているのかミスティにはわからなかったが、
「トアラ、また凍気を上空の雷雲に叩き込んで!」と指示を出した。
「はいっ、寒獄凍気!」上空に凍気の塊を撃ち出すトアラ。
再び雷雲が活発化してくる。
「いけるわ!雷神の鉄槌!」ミスティが叫ぶ。
「雷など効かぬというのに」とほくそ笑む闇冑将軍。しかしその時、闇冑将軍の顔色が変わった。
「な、何だ!?」
上空の雷雲から地上に向かって一筋の稲妻が走る。その稲妻は新たに生やされた一本の気に向かって真っ直ぐ落ちて来た。・・・そしてその木からは何本もの枝か根のようなものが横に伸び、闇冑将軍の体にまとわりついていた。
うずくまり岩鎧を密着させようとする闇冑将軍だったが、木の枝や根が邪魔になって密着させることができなかった。
「うわあああ!」絶望の叫び声を上げる闇冑将軍。
木に落ちた雷撃が枝や根を伝って闇冑将軍の体に直撃する。
「ぐわあぁぁ・・・」闇冑将軍の叫び声が徐々に弱まっていく。
全身が黒焦げになって地面に倒れる闇冑将軍。その体から石が剥がれ落ちていく。
同時に、11人の敵兵(ペグラム卿と黒いもやの分身)の体からも石が剥がれ落ち、まったくの無防備に戻った。
「敵の鎧がなくなった。黒いもやを焼き尽くす!炎獄溶弾!炎獄溶弾!」
ホムラが炎の塊を次々と撃ち出した。黒い兵士たちは炎に包まれ、わずかなちりを残して消失していく。
そして直接炎を受けていないペグラム卿もその場に頽れた。
その頃、ジェランたちの一行も内陸部の街道を進んでいた。ジェランだけが馬に乗り、ゲンスランとドルドンは歩いているのでどうしても速くは進めない。
しかしジェランは無事に鬼門城を抜けたので、直に追いつけるだろうと気を抜いていた。
ゲンスランとドルドンの一番の心配事は東の大陸に帰れるかどうかである。正直言ってミスティとジェランの婚約のやり直しについては期待を持っていなかった。
早くミスティたちと合流して、東の大陸に戻る時に同行させてもらいたい。しかし早く会い過ぎると、復縁を求めるジェランをミスティが拒絶して、我々の同行を許してもらえず、この大陸に置き去りにされるかもしれない。それだけはどうしても避けたかった。
ミスティたちが帰るぎりぎりのところで合流し、話は国に帰ってからとジェランを言い含め、ミスティに泣きついてでも同行させてもらおうとゲンスランは考え、こっそりとドルドンにも伝えていた。
だから急ぎ過ぎず、かといってのんびりし過ぎることもできず、適当な距離を取ってミスティたちの後を追っていたのである。
馬がもう一頭あれば自分だけ先に進み、ミスティに懇願しておくという手が取れただろう。しかし馬を余分に買うお金はなかった。
先の不安をぬぐえず、悶々としながら歩くゲンスラン。一方のジェランは相変わらずのんきだった。
「おい、見ろよ。また前方の空に黒い雲が見えるぞ。また雷雨になるのかな?」
「こちらではこれまで雷に遭うことはほとんどなかったのですが」とドルドンが言った。
「ミスティが行くところに雷が落ちやすいのかな?相変わらずとんでもない女だ」とジェランが冗談を言って、ゲンスランとドルドンは乾いた愛想笑いを浮かべた。
それがある意味事実であることを、ジェランもゲンスランも想像できなかった。




