27 目的地に着く
ミスティたち一行の前に、この大陸の東岸に沿って南北に伸びる山脈と、北岸に沿って東西に伸びる山脈とが交叉する地点の谷間を塞ぐように建てられた城壁が現れた。
城壁の中央に大きな城門があり、木製の門扉は開かれているが、数人の衛兵が通行する人や馬車を検問していた。城門の奥には街並が続いているようだ。これがおそらく鬼門城なのだろう。
既にミスティたちの馬車が衛兵たちの目にとまったようだった。今さら飛んで越えるわけにはいかず、ミスティたちは馬車をゆっくりと進めて、城門に入る馬車の列の最後尾に並んだ。
馬車の多くは商人の荷馬車のようで、ミスティたちが乗っているような装甲馬車はほとんどなかった。数少ない有蓋馬車は、御者と衛兵が顔見知りなのか、2、3言交わしただけですんなりと城内に入れてもらっていた。
ミスティたちの馬車が近づくと、数人の衛兵が近寄って来た。
「見ない顔だな。どこから来た?」と聞く衛兵。
「私たちはグェンデュリン領から来た地主の一行です。首都ミドールを一度は拝見したく、従者を連れてここまで来ました」と、御者台に座って待ち構えていたミスティが答えた。
「グェンデュリン領?聞いたことがないな」
「何分田舎の、さらに辺鄙な土地なもので」
「それにしては立派な馬車だな」と、装甲馬車の壁面を叩きながら衛兵が言った。
「か弱い女だけの一行なので、盗賊や獣から身を守るために奮発したものです」としおらしく言うミスティ。
「不審な馬車はこの城を預かるエイビル卿が直々に検問することになっている。行列から離れて横で待て」と衛兵に言われ、ミスティたちは検問待ちの馬車の列の横に装甲馬車を移動させた。
しばらく待たされていると、城門の中からきらびやかな衣装を身にまとった偉そうな男が出て来た。かなり太っている。
「お前らが田舎から出て来た女の一行か?」と近づくなりミスティに聞くエイビル卿。
「その通りです、閣下」
「中を改めるので、乗っている女を外に出せ」とエイビル卿が言い、ミスティは馬車の中にいる従者たちに「外に出ろって」と伝えた。
ぞろぞろと馬車の外に出る従者たち。エイビル卿はざっと見回して、
「女騎士が多いな?何を企んでいる?」とミスティに聞いた。
「女だけなので、自衛のためで、それ以上の意味はありません」
「馬車の中には古着と食糧だけです。武器の類いは、・・・外にいる女騎士が身に着けている剣しかありません」と衛兵が報告した。
エイビル卿は近くにいたピデアが腰に帯びている木剣に目をやった。
「それは剣か?」とピデアに聞くエイビル卿。
「木製の剣です。私にはこれで十分です」と言ってピデアは木剣をエイビル卿に見せた。
「なるほど」エイビル卿は木剣を手に取り、振ってみてからピデアに返した。
「ほかの騎士は刃のついた鉄製の剣を帯びていますが、いずれも細身の剣ばかりです。鎧は貫けません」とミスティが前に出て説明した。
「なるほど。武装集団というわけではなさそうだな」と納得しかけるエイビル卿だったが、
「エイビル卿、砂煙が!」と突然衛兵のひとりが叫んだ。
みんなが衛兵が指さした方を見ると、ミスティたちが通って来た南に延びる街道の上に砂塵が舞い上がっていた。目を凝らしてみると、それは速度を上げて走る数台の馬車が起てたものだった。
「あれは・・・炎凰将軍の馬車か?」エイビル卿はそう言って南の方に歩み出した。
城門に入ろうとしていた馬車の列は少し横に移動させられ、検問は中断した。ミスティたちも衛兵の指示に従って馬車を城門の脇に移動させる。
「炎凰将軍殿!」近づいて来た馬車に声をかけるエイビル卿。
「エイビル卿か?」馬車が停止し、中から炎凰将軍と呼ばれた、真紅の鎧に身を包んだ大柄な女が出て来た。
「わざわざ鬼門城まで、何用かな?」
「蒼龍城で蒼龍将軍が討ち取られた」と話す炎凰将軍。
「蒼龍将軍殿が討ち取られた?一体誰に!?」
「直前に女騎士の一行が蒼龍城を訪れたと聞く。おそらくそいつらが支配者が仰られた光の子だ」
炎凰将軍の言葉にミスティの方を向くエイビル卿。炎凰将軍もミスティたちを蛇のような目で見つめた。
「光の子?いや、まさか!・・・それにあの女騎士たちに蒼龍将軍殿が討ち取られるとは、考えられん!」
「卿が信じる信じないはどうでもよい。私がそいつらを討ち取って終わりだ」
「いや、待たれよ、将軍。ここは私の持ち場だ。私がこいつらを拘束する!」そう言ってエイビル卿は衛兵に指図した。
ミスティたちの周りに寄って来る数人の衛兵。
「閣下、私たちを捕らえてどうするおつもりですか?」とミスティがエイビル卿に聞いた。
「牢に入れて、ひとりずつ尋問するだけだ。抵抗すれば牢に入る前に大けがをすることになるぞ」
「どちらも遠慮します」ミスティがそう言うと、ミスティの後に非戦闘員のエイラ、ココナ、リュウレ、ティア、ヴェラが集まった。そしてミスティの前にホムラ、ピデア、トアラ、フワナ、ミナラが出て剣を抜く。
ちなみに彼女らのうち剣に長けているのはピデア、ホムラ、トアラの3人で、フワナとミナラは異能は使うが、それほど剣を使う戦闘には慣れていない。
「捕まえろ!」とエイビル卿が叫ぶと衛兵がミスティたちを手で押さえ込もうと飛び出して来た。
「加速!」ピデアの姿が消え、迫って来た衛兵たちが全員地面に叩き伏せられる。死んではいないが、強い打撃を受けてうずくまっていた。
「ほう、なかなか早いな」と満足げにつぶやく炎凰将軍。
「衛兵じゃ手に余るか。なら、これならどうだ!」エイビル卿の体から左右に黒いもやが噴き出し、凝集して10体の黒い兵士に変化した。
「風獄飛竜!」フワナが強い風を吹き出し、黒い兵士のひとりを吹き飛ばす。しかしその兵士は元の黒いもやに霧散し、再び地面の上に集まって来て、凝り固まって黒い兵士に戻った。
「あの女は強い風魔法を使うのか」と感心する炎凰将軍。
「加速!」ピデアの姿が再び消え、3人の黒い兵士の体を分断した。しかし分離した黒い兵士の上半身と下半身から黒いもやが伸びて互いに結合し、再びくっついて元の兵士の体に戻った。
その時、数人の黒い兵士がミスティたちに斬りかかるが、エイラが「防御!」と叫んで輝く光の壁でその攻撃を遮った。すぐにトアラとミナラが剣で黒い兵士を斬るが、やはり黒いもやになってから、少し離れたところで元の黒い兵士に戻った。
「あいつは防御魔法か。おもしろい」エイラを見ている炎凰将軍。
「力だけじゃだめだ!炎獄溶弾!」ホムラが炎の塊を3発撃ち出し、別の3人の黒い兵士を炎に包む。
「炎獄剣!」直後にホムラは剣に炎をまとわりつかせ、炎に包まれていない2人の黒い兵士を斬り裂く。
「うううっ!」うめいて跪くエイビル卿。炎で攻撃された黒い兵士から焼け残った黒いもやが分離し、エイビル卿の体に戻る。
「あいつは私と同じ炎魔法を使うのか」舌なめずりをする炎凰将軍。
「フワナ、まとめて倒すぞ!炎獄障壁!」炎の壁を出現させるホムラ。
「風獄火焔流!」フワナが竜巻を発生させ、ホムラの炎を巻き上げて残りの黒い兵士たちにぶつけた。上空に舞い上がりつつ炎に包まれる黒い兵士たち。
「ぐわあっ!」エイビル卿が叫んでその場に倒れ込んだ。後方の衛兵たちがすぐに助け起こすが、その体に直接炎が当たっていないのに、エイビル卿の皮膚は広範囲に赤く爛れていた。
「影人の弱点は炎ね!黒いもやを燃やせば倒せるんだわ!」とミスティが歓喜の声を上げた。
「エイビル卿を引き下がらせよ!」と炎凰将軍が叫んだ。
「次は私が相手だ!」
炎凰将軍は馬車から降りると、部下から長い槍を受け取った。穂先が幅広く、柄も鉄でできている。
「ふんっ!」炎凰将軍が力むと、体から無数の火の粉が噴き出して来て、槍にまとわりついた。すぐに槍全体が炎に包まれる。
「影人なのに炎を使うの!?あれでは黒いもやを燃やして倒すことはできないわ!」とミスティが叫んだ。
「おもしろい。どっちの火力が上か、勝負だな」剣に炎をまとわりつかせて前に出るホムラ。
次の瞬間、炎凰将軍の槍の先端から炎が吹き出て、ホムラだけでなくミスティたちまでも火炎で包み込んだ。
「殿下、陸です!陸が見えます!」とゲンスランが叫んだ。
「何、とうとう見えたか!」寝転がっていたジェランは船底から起き上がった。小舟の進行方向に山脈の影が見える。
「これで生魚だけの食事ともおさらばだな。うまく岸に着けるか、ゲンスラン?」
「いい東風が吹いていますから、大丈夫でしょう」
「そうか。・・・着いたら起こしてくれ」そう言ってジェランは再び横になった。
しばらく経ってジェランたちが乗っている小舟はようやく砂浜に着いた。ゲンスランに起こされ、浅い海の中に入って砂浜まで歩くジェラン。ゲンスランは小舟の中を見回し、唯一まだ使えそうな釣り竿を手に取って小舟を降りた。
「それにしてもここはどこだ?近くに人里はあるのか?」とジェランが言ってあたりを見回した時、少し離れたところに人影が見えた。
「おーい!」ゲンスランが手を振りながらその人影に近づく。
その人影は薄汚れた農夫の服を着ており、ゲンスランたちに気がつくとこわごわと近寄って来た。
「我々は遭難してこの浜に着いたんだ。近くに村か町はあるか?」
ゲンスランの問いかけに対し、その農夫は意味がわからない言葉を発した。
「なんだ?言葉が通じないのか?・・・これからどうするんだ、ゲンスラン?」文句を言うジェラン。
その農夫はきびすを返すと、ゆっくりと木々が生えている方に歩き出した。時々ゲンスランたちを振り返る。
「あの農夫は私たちを恐れていないようです。それどころか、後について来いと言っているようです」
「信用できるのか?追いはぎかなんかじゃないだろうな?」
「さあ、どうでしょうか?・・・少なくとも我々は食糧は持っていませんし、釣り竿以外の道具もありません。長らく漂流していたから服もぼろぼろで、金目の物を持っているようにも見えないでしょう」
「行ってみるしかないか」とジェランが言って、二人は農夫の後を追って歩き始めた。
しばらく行くと緑が多くなり、ゲンスランたちは手入れされた畑のそばを通っていることに気づいた。遥か先には人家らしいものが見える。ここが農夫の住んでいる村なのだろう。
農夫の後について村まで歩いて行くと、農夫が村にいた人影に向かって声をかけた。一言、二言交わすと、相手は村の奥へ早足で去って行った。
武器を持った男たちが出て来るんじゃないかと身構えながら二人は村の方に近づいていたが、まもなく村の方から粗末な服を着たひとりの男が駆け寄って来た。
「あんたたちも潮に流されたのか?」とその男がゲンスランたちに話しかける。
「言葉がわかるのか?」と聞き返すゲンスラン。
「ああ。俺はアギンドラ王国の漁師だったんだが、ついうっかり沖まで出て、潮に流されて帰れなくなったんだ。仲間は次々と死んでいき、俺だけが死にかけながらも岸にたどり着いた。そしてここの村の人たちに助けてもらったんだ」
言葉が通じるのが嬉しいのか、その男は矢継ぎ早にしゃべった。
「すまん、浜にたどり着いたばかりだったな。まず、水をやろう。井戸まで来な」
「水は間に合っている。何か食べるものをもらえないか?」とジェランが聞いた。
「ああ、かまわんよ。俺の家までついて来てくれ」
ジェランたちはその男について行き、石を重ねて作った粗末な家にたどり着いた。中に入ると、すぐに硬いパンと干した果物を渡してくれた。さっそくかぶりつくジェランとゲンスラン。
「アギンドラ王国の漁師と言ったな?名前は?」一通り胃に食べ物を入れてからゲンスランが聞いた。
「俺の名はドルドン。国の様子を教えてくれないか?」とドルドンは言った。




