22 海峡を渡る
リュウレが興奮してみんなを呼び集めた。
「私とフワナが二人で飛んだ時、最初は片手を繋ぎました。その時はいつもの力しか出ないように感じましたが、ここへ帰る途中でバランスを崩して、フワナと両手を取り合いました。その時、力が倍増したんです!さっき5人で輪を作るように手を繋いだ時も同じように力が強くなったように感じました!」
「気のせいじゃないの?」と疑問を呈するミナラ。
「いえ、私も同じように感じました」とフワナも言った。
「この半島に帰ろうとする時、思っていたのより東風が強くてバランスを崩しました。でも、私の右手とリュウレの左手、私の左手とリュウレの右手を握り合った時、円を描くように力が循環した気がして、同時に私が吹かせる風も強くなりました」
「ということは、どういうこと?」とミスティが聞いた。
「二人以上で手を繋いで、全員で円を描くように繋がれば、みんなの力が循環してより強くなるんじゃないかと思うんです!」とリュウレが主張した。
「さっき5人で飛んだ時は私も手を繋いでいたわよ。私には異能はないんだけど、それでも問題なかったの?」とミスティ。
「異能の源泉は魔力のようなものだと思います。魔法が使えないミスティでも、多分体の中には魔力を持っていると思うんです」
「論より証拠だな。みんなで手を繋ぎ合ってみよう」とホムラが言ったので、ミスティを含む11人が手を繋ぎ合って、全員で大きな輪を作った。
「た、確かに力を感じる!」と叫ぶトアラ。ほかのみんなも片腕から入ってもう片腕に抜ける力を感じているようだった。
「私でも感じるわ。これが魔力なの?」とミスティも驚いていた。
「この状態でみんなも異能を使ってみて!」とリュウレが叫んだ。
「よし、炎獄溶弾!」とホムラが叫ぶと、全員の頭上に大きな炎の塊が出現し、上空に向かって移動して行った。
「水獄巨塊!」ミナラが大きな水球を出現させ、ホムラが出した炎の塊に向けて飛ばした。上空で衝突する炎の塊と水球。とたんに大爆発が起こり、周囲に高温の水蒸気が広がって行く。
「防御!」エイラが光の壁でみんなを包み、降り落ちてくる蒸気を遮った。さらに爆発に巻き込まれたらしい海鳥の死体が何羽も光の壁の上に落ちて来た。
「エイラ、防御を消して」と頼むティア。
エイラが光の壁を消すと、熱さを感じない程度に冷えた蒸気とともに5、6羽の海鳥が落ちて来た。
「清浄!」ティアが唱えると、半焼けの海鳥の羽毛と内臓と血が消え、すぐに調理可能な状態の鳥肉が草むらの上に落ちて来た。
「今夜は鳥肉のシチューね」とティアが言ってヴェラを見る。
「豊穣!」ヴェラが唱えると、たちまちミスティたちの周りの草原が葉野菜と根菜が育った広い畑に変貌した。
「こんなに広く、しかもすぐに野菜が生えるなんて・・・」とヴェラ自身が困惑するほどの変化だった。
「上空から強い気が!」当然ココナが叫んだ。ミスティたちが全員手を繋いでいる状態を無防備と思って、ココナは周囲に気を張り巡らせていたようだ。ココナの異能の吐露は、人間に本音を吐かせるだけでなく、人や動物の気配を察知する能力もあるようだ。
ミスティたちが上を見上げると、上空から巨大な海鷲が鳥肉目がけて急降下して来るのが見えた。翼を広げた長さが5メテル(5メートル)もある大型の猛禽で、高空から鳥肉に気がついたようだ。
猛スピードで接近する海鷲。すかさずトアラが「寒獄凍気!」と叫んだ。その瞬間海鷲は真っ白い霜で覆われ、ミスティたち目がけて落下して来た。
「加速!」ピデアの言葉とともに手を繋いでいた11人がそのまま横へ瞬間移動する。海鷲は鳥肉のそばに落下し、前傾したまま凍っていた。
ようやくお互いの手を離す11人。
「確かに力が何倍にも増加するようだが、敵と戦う時には手を繋いではいられないな」とホムラが感想を述べた。
「そうそう」と相づちを打つピデア。「手を繋いでいる状態では思うように動けなかった」
「それはともかく、食事にしましょう!」とティアが言い、翼を広げた前傾姿勢のまま凍っている海鷲の近くへ鳥肉を取りに行った。
ヴェラも葉野菜や芋を次々と抜いて行く。「お芋が多めに取れたから、馬車の中に保存しておきましょう」
ティアが馬車から大鍋を出し、鳥肉と野菜を切って小麦粉、水、塩とともに煮込み始める。海鷲はそのままの状態で放っておいたが、シチューができあがる頃に突然ブルッと震えて体についた霜を落とし、首を挙げて何度か周囲を見回してから、再び大空へ飛び立って行った。
「あの海鷲は死んでなかったの?」と驚くミスティたち。
「倍増された異能で瞬間冷凍すると死なないようです。動物の冬眠のようなものでしょうか?」とトアラが言った。
「無闇に殺生せずに動きを止められるなんて、使い道がありそうね」とミスティが感心し、その後しばらく考え込んでいた。
翌朝、ミスティは起きてきた従者たちを集めると、さいはての大陸への渡航方法を説明した。
「まず、2台の装甲馬車を並べ、1台の馬車に私たちが全員乗り込むのよ」
「全員ですか?ちょっと窮屈そうです」とココナがつぶやいた。
「御者台にはリュウレとフワナが座り、馬車の後壁を倒したデッキのそばにはホムラとミナラとトアラが座って」
「わかりました」とリュウレたちが即答した。
「その位置関係で私を含めた全員が近くの人と手を握り合って、全員で大きな輪を作るの」
ミスティの説明に誰もが窮屈な上に変な体勢を取らされそうだと思ったが、誰も何も言わなかった。
「力を循環させた状態でまずトアラが馬4頭を凍らせる。向こうの大陸に着いたら生き返るようにね」
「はい」とトアラが答えた。
「そしてリュウレが2台の馬車を馬ごと空に飛ばすの。リュウレ、できそう?」とミスティがリュウレに聞いた。
「昨日試した感じだと、馬車ごと飛ばすのは問題なさそうです」と答えるリュウレ。
「そしてフワナが強い風を馬車の後方から吹かせて、一気の海峡を飛び越えるのよ」
ミスティの説明に全員がうなずいたが、ココナが、
「向こうに着くまでどのくらい時間がかかるのでしょうか?」と尋ねた。
「フワナ、どう思う?」とミスティが聞いた。
「目測ですが、半日から1日はかかるかと」
「その間、私たちは両手を塞がれたまま、身動きできないのでしょうか?」とエイラが聞いた。
「みんな密着しているから、多少は動けると思うの。飲み食いは隣の人と手を繋いだまま、両手を使って順番に口に運ぶことになるわね」
「あまり動かなくてもいいように、食べ物と飲み物の入ったコップを各自の前に置いておきます」とティアが言った。
時間がないのでさっそく準備を始める従者たち。ピデアはヴェラに、
「お尻をかきたくなったら、隣の人の手を使うんだろうか?」と囁き、
「自分の手でかくようにしなさいよ!」と嗜められていた。
準備が整うとさっそく1台の馬車に11人全員が乗り込んだ。普段は5、6人で乗っているので明らかに手狭だが、その分手を動かせる範囲に余裕がありそうだ。
「私たちは手綱を使えないね」とフワナに言うリュウレ。二人は手綱を自分たちの前の側壁に括り付け、片手を握り合い、二人のもう片手は後方に伸ばして、馬車の中にいる従者と握り合った。まずトアラが馬たちを一瞬で凍らせる。
「出立するわよ!狭いけど、協力し合って、我慢してね」とミスティが言い、リュウレが、「羽衣!」と叫んだ。たちまち光りに包まれる2台の馬車。そして馬車の屋根の両側から翼が生えて、2台の馬車は同時に飛び上がった。
「風獄昇竜!」フワナの声で馬車の上昇速度が上がる。馬車の中の従者たちは肩越しに馬車の窓から離れて行く半島の地面を見下ろした。
「高度はこのくらいで十分ね。いい東風が吹いているけど、速度を上げるわよ。・・・風獄飛竜!」
フワナの言葉とともに馬車の後方から吹く風が強くなり、馬車が西に向かって速度を上げた。
「海峡の上に出たぞ」デッキから下を見ているホムラが言った。
「海鳥も海鷲も驚いて、馬車から逃げているわ。襲われる心配はなさそう」とトアラ。
ミスティと従者たち全員が体を流れる魔力を感じながら、手を離さないよう気をつけて体勢を維持した。
そのままの状態で(時々動かせる範囲で姿勢を変えつつ)お昼過ぎまで我慢する。自由に行動できないので、予想よりはるかに苦行を強いられた。
「リュウレ、あとどのくらい?」とピデアが聞いた。
「今は海峡のまっただ中。つまりだいたい半分は飛んだわね」と答えるリュウレ。
「夕方までには向こう岸に着きそう」とフワナも言った。
「二人とも疲れない?」気遣うミスティ。
「まだ大丈夫です。でも、のどが渇きました」とリュウレが答えた。
馬車の中の従者たちは手を繋ぎながらも両手を使うことはできるが、リュウレとフワナと、そして二人と手を繋いでいる馬車の馬鹿のティアとヴェラは、片手を伸ばしているので飲食できなかった。
「みんな、立ち上がって前の方に寄って。リュウレたちに食事をさせたいの」
ミスティの言葉に従って立ち上がる従者たち。その時エイラが足を滑らせて、床に尻もちをついてしまった。その衝撃で何人かの従者が思わず手を離す。とたんに馬車を覆う光が弱まり、馬車はゆっくりと下降し始めた。
「みんな、手を繋ぎ直して!」ミスティがあわてて指示するが、
「いえ、海面に到達するのにまだ時間があります。今のうちにみんなで飲み食いしておきましょう!」とリュウレが言った。
冷や冷やしながら自分の前に置かれているコップの中のお茶をあおる従者たち。次にパンをあわてて食べ、残ったお茶で流し込む。
フワナとリュウレにもエイラがパンとコップを渡し、近づきつつある海面を見ながら二人も急いで飲み込んでいた。
その間に手足をストレッチする従者たち。あまり動けないので体がかなり痛くなっている。
「食べました!また手を繋いでください!」フワナが叫び、あわてて元の体勢に戻る従者たち。
再び力が循環し、馬車を覆う光が強くなった。海面まで10メテル(約10メートル)のところで馬車の降下が止まった。
「ではまた上昇します」とフワナが言った時、海面が盛り上がった。
海面を割って飛び出す巨大なウミヘビ、大海竜の頭。口を大きく開き、馬車ごと飲み込もうとしている。
「炎獄溶弾!」手を繋いだままデッキから身を乗り出したホムラが馬車の前に大きな炎の塊を出現させ、大海竜の口に撃ち込んだ。炎に包まれる大海竜の頭。
「寒獄氷鏃!」同じくデッキの反対側から身を乗り出して巨大なつららを出現させ、大海竜の体に撃ち込むトアラ。
「いたたたっ!」ホムラとトアラの間で手を繋いでいたミナラは、両手を左右に引っ張られて悲鳴を上げていた。
攻撃を受けた大海竜は身をよじりながら海面に落下するが、その際に大海竜の背びれが馬車の底をかすった。とたんに馬車がバランスを崩して、海面目がけて落下し始めた。
「お、落ちます!」リュウレが叫んだ。
「ミナラ!トアラ!」ホムラが叫んだ。
「水獄巨塊!」ミナラが海面のすぐ上にお盆状の真水の塊を出す。
「寒獄凍気!」トアラが真水の塊を一瞬で凍らせる。その氷の塊は海面に落ち、周りから海水が溢れるように氷の表面を覆った。
「風獄浮揚!」フワナが弱めの上昇気流を起こして、氷の上に2台の馬車を着地させた。その衝撃で氷の塊が揺れ、さらに海水が押し寄せる。
「この氷、沈みそう!」と誰かが叫んだ。
「海上の氷は大部分が水面下に沈むのよ!」と叫び返すトアラ。「海水に暖められて、氷が溶けて行くわ!」
その時ヴェラが「豊穣!」と唱えた。
「海上で植物を生やしてどうするの!?」とティアが言ったが、氷の周りに流れ藻が急激に繁殖し、氷を覆い尽くした。流れ藻には気泡と呼ばれる小さな浮き袋がたくさん付いており、その浮力で全体が少し浮かび上がり、安定してきた。
「よくやったわ、ヴェラ。ありがとう」とミスティがほめ、照れるヴェラだった。




