20 魔法合戦とジェランの到着
「バルセドルウダガ・カンバラダウドズ・エグセクドバガド・ロベレヤダレドロ・ボンゴカラメレド・モロパハダライス・ウポレカラマドズ・メゼアクイミダザー!」
長い呪文を一気に詠唱すると、ジャランタ師の杖から輝く高熱の光球が撃ち出され、離れた大岩の中心に炸裂した。一気に大岩が赤熱し、光球が直撃した部位がおわん状に溶けてえぐれてしまった。
「す、すごい・・・」唖然とするミスティ。
「どうだ。火魔法、炎魔法を使える魔法術師はこの世に何人もいるが、ジャランタ師ほどの使い手はいるまい」と皇帝が自慢げに言った。
「次はミスティリア殿の番だが?」
皇帝に言われたので、ミスティは振り返って「ホムラ」と呼んだ。
「はい」前に出て来るホムラ。ホムラは剣を抜くと、頭上に高く掲げた。
「炎獄溶弾!」
剣を前に振り下ろすホムラ。同時に剣の先端から赤い高熱の塊が飛び出し、大岩の中心の、先ほどジャランタ師が光球でおわん状にえぐったところに直撃した。
大岩の赤熱が増し、特におわん状の凹みが白く光ってさらに深く広くえぐれていった。
「おお!」と感嘆する皇帝。「詠唱なしにジャランタ師に匹敵する威力の炎を放つとは!」
皇帝はジャランタ師の方を向いた。
「師よ。このままでは引き分けになるぞ。もっとすごい魔法を見せてみよ」
「は!」とジャランタ師は答え、大きく深呼吸をしてから大岩の方を向いた。
「バルセドルウダガ・カンバラダウドズ・エグセクドバガド・ロベレヤダレドロ・ボンゴカラメレド・モロパハダライス・ウポレカラマドズ・ロベレヤダレドロ・バルセドルウダガ・カンバラダウドズ・エグセクドバガド・ロベレヤダレドロ・ボンゴカラメレド・モロパハダライス・ウポレカラマドズ・メゼアクイミダザー!」
先ほどの倍の長さの呪文を一気に詠唱するジャランタ師。よく息が続くなと感心するミスティだったが、ジャランタ師の杖からは先ほどのものの倍の大きさの光球が出現し、大岩目がけて飛んで行った。
大岩に直撃すると周囲に火の玉が飛び散り、ミスティや観客の近くまで飛んで来た。
「寒獄障壁!」とっさにトアラが前に出て、ミスティたちの前に凍気の壁を作った。
火の玉は寒獄障壁に当たって消滅し、ミスティや皇帝に当たることなく、さらに大岩が放つ熱気を遮断したが、観客たちは逃げ惑っていた。服に火が着いた観客も少なからずいるようだった。
「ちょっと威力が強過ぎたか。しかしよくやった、ジャランタ師」と満足そうな皇帝。
ミスティがジャランタ師の方を見ると、ジャランタ師はその場に両手をついてしゃがみ込み、荒い息をしていた。
「大丈夫ですか?」気遣うミスティ。
「さ、さすがに・・・こ、これだけ長い呪文を・・・い、一気に唱えると、・・・い、息が切れる。・・・と、年は取りたくないもんじゃ」あえぎながら答えるジャランタ師。
「詠唱を省略することはできないのですか?」
「呪文の意味はわからぬのじゃ。ただ正確に音を再現しないと発動しないのが古代魔法の欠点じゃ。途中で息継ぎしたり、噛んだりすると何も起こらぬ。今の呪文の倍の長さの呪文を唱えればこの一体を灼熱地獄にすることも可能だが、長過ぎて誰も唱えられんのだ」
話を聞くと、古代魔法の呪文は16音の組合せから成り、より威力の高い魔法を使うためには32音、64音、128音・・・と倍の長さになっていくそうだ。理論上はいくらでも魔法の威力を上げられそうだが、人の身では限界があるとのことだった。
「しかも意味がわからぬ呪文を記憶して詠み上げなければならぬ。昔、書いた呪文を読み上げてみたこともあるが、それでは何も起こらないのだ」
肺活量と滑舌と、さらに記憶力が必要な魔法なのか。呪文が意味のある文章だったら多少は覚えやすくなるだろうに、とミスティは古代魔法の術師の苦労を思いやった。
「お主の騎士の番だぞ」と、ジャランタ師の苦労を思いやらずミスティを急かす皇帝。
ホムラは寒獄障壁の向こう側で灼熱する大岩を見つめていた。・・・炎の異能を使えるホムラは熱に対する耐性があった。
「ミスティ、観客を熱から遮断してください」ミスティの方を向いて言うホムラ。
「トアラ、お願い」とミスティがトアラに頼むと、
「寒獄障壁!」とトアラが叫んだ。大岩の周りを円筒状に凍気の壁が張り巡らされ、観客を熱気から遮断した。急に涼しくなってほっとする観客たち。
「では行きます。・・・炎獄剣!」ホムラが剣に炎をまとわせた。その炎は今まで見た炎よりも大きく、ホムラの身を焼き尽くしそうに見えた。
しかしホムラは物ともせず、灼熱を放つ大岩に向かって走り出した。
並の人間なら大岩に近づく前に全身が焼け焦げてしまったことだろう。しかしホムラの体に熱は及ばないようで、大岩に十分近づくと剣を振りかぶって飛び上がった。
そのまま大岩に剣を振り下ろし、灼熱する大岩を両断するホムラ。
多数の火の玉が飛び散り、観客やミスティたちの方に飛んで来るが、トアラの寒獄障壁で遮ることができた。
「おお!」感嘆する皇帝。「あの大岩を断ち切るとは・・・」
「さすがだな、貴殿の騎士も」とミスティに皇帝が言った。
「おそれいります」
「だが、貴殿の騎士は魔法というより魔法剣技だな。ジャランタ師があそこまで大岩を熱していたからこそ両断することができたのだ。・・・この勝負は引き分けだな」
「ジャランタ師の優れた古代魔法と同列と認めていただき感謝します」とミスティは頭を下げた。
「あの岩は大変熱くなっていますので、冷ましておきましょうか?」
「ああ、頼む」と皇帝に言われ、ミスティはトアラたちに岩を冷ますよう頼んだ。
「寒獄凍気!」トアラが極低温の凍気を飛ばすと、高温から急速に冷やされた大岩が砕け散った。
「水獄霧散!」ミナラが霧状の水滴を飛ばし、大岩の周囲の地面でくすぶっている下草の消火に努めた。
「ほかの騎士たちも魔法を使えるのか。有能だな」とほめる皇帝。
「お前たち、余に仕える気はないか?厚遇するぞ」とミスティも元に帰ってきたホムラたちに話しかける皇帝。
しかしホムラたちは皇帝に向かって跪き、「せっかくのお言葉ですが、私たちは辺境伯に忠誠を誓っておりますので」と断った。
「さもあろうな。・・・ミスティリア殿とはずっと懇意にしたいものだ。敵に回したくないからな」
そう言って皇帝は何やら考え込んだ。そして何かを思いつき、自分の膝をはたと叩いた。
「そうだ!辺境伯領はダンデリアス王国にある。ジェラン王太子と余の娘が婚姻すれば、ミスティリア殿も余の味方になる!」
皇帝はミスティに向かってにんまりと微笑んだ。「ジェラン王太子の来訪が待ち遠しい」
その日の夜、ミスティは皇帝の晩餐に招かれ、いろいろな話をした。
「して、ミスティリア殿はこれからどうされるのか?お国に戻られるのか?」と皇帝がミスティに聞いた。
「このまま北に行くとジェラン王太子と鉢合わせしそうなので、よそに行きたいと思います。帝国内を旅行する許可をいただけないでしょうか?」
「それはかまわぬが、帝国の南には広大な砂漠が広がり、その先には行けないぞ」
「私は西の半島の先まで行って、『さいはての大陸』を眺めてみたいと考えています」
「ミスティリア殿も物好きだな。しばらくそのあたりで過ごされてからまた帝都に戻られよ。その頃には余の娘とジェラン王太子の婚約が成立しているであろう。盛大にお祝いするつもりなので、参列してくれると嬉しいぞ」
「承知いたしました。私からもお二人にお祝いの言葉を述べたいと思います」そう言ってミスティはにっこりと微笑んだ。
その数日後、ジェランは馬車の周囲を帝国の装甲騎士に守られながら王都に着いた。ジェランたちが皇宮に入ると、すぐに皇帝から顔を合わせたいとの要望が侍従を介して届けられた。
「熱烈に歓迎されておりますな」とジェランに言うゲンスラン。
「皇帝陛下は王太子のことをよほど高く評価しておられるのでしょう」
「そうだろう、そうだろう」と得意になるジェラン。
ジェランはゲンスランに身支度を手伝わせると、侍従に案内されて謁見の間に向かった。自国の王宮より広く立派な謁見の間、そこに集う多くの貴族たちにジェランは一瞬驚いたが、すぐに気を取り直し、皇帝の元にまっすぐ歩み寄って行った。
皇帝はジェランが近づくと立ち上がった。ジェランはすぐに跪き、
「皇帝陛下、ダンデリアス王国より参りましたジェランです。どうぞ、お見知り置きを」とあいさつすると、皇帝はすぐにジェランのそばに歩み寄った。
「ジェラン殿、お待ち申しておった。さ、立ち上がられよ」とジェランの肩を抱いて立つよう要請する皇帝。
促されてジェランが立ち上がると、皇帝の玉座の横に同じような立派な椅子が並べてあるのに気づいた。
「さあ、こちらに座られよ」
「さ、さすがに皇帝陛下と並んで座るわけには・・・」と、ジェランは一応固辞したが、
「貴殿と余の仲ではないか。遠慮せずに座られよ」と皇帝に言われた。
さすがに一介の王子が初対面の皇帝にこれほど歓迎されることにジェランはとまどったが、自分が周辺諸国にそれほど高く買われているのだと思い直して、自分に用意された椅子に腰かけた。
「ダンデリアス王国よりジェラン王太子が来られた。諸君、喝采せよ」と皇帝が叫ぶと、居合わせた大勢の貴族たちが一斉に拍手をした。
「ジェラン殿、我が帝都に来られてどう思われた?」
「我が国の王都よりもはるかに立派な都で、感銘を受けました」と答えるジェラン。
「そうか、そうか」と満悦の笑顔を浮かべる皇帝。
「ジェラン殿、将来この帝国を治める気はないか?」
「は、はあ!?」ポジティブなジェランもさすがにこの言葉には驚いた。
「ど、ど、どういうことでしょうか?」
「ジェラン殿は最近ミスティリア殿との婚約を解消されたと聞いた」
「い、いえ、それはミスティの勘違いで・・・」
「そうなると新たな妃を選ぶ必要があろう」と、ジェランの言葉を無視する皇帝。
「ちょうど余には娘がおってな、結婚相手を捜しているところなのだ。余の娘と結婚すれば、ジェラン殿は将来我が帝国とダンデリアス王国の両方を手に入れることになるぞ」
「え・・・」ジェランは頭の中が一瞬混乱した。
ジェランはダンデリアス王国にとって防御の要である辺境伯になったミスティとの婚約を一方的に破棄した。父親の国王からは叱責され、恋仲だったはずのメラヴィスはジェランの元から去って行った。ミスティと婚約し直さないと、国に帰らせてもらえないことになっていた。
しかしエーベッへ帝国の皇帝の娘と結婚したら、ジェランの株は大いに上がる。小生意気なミスティと婚約し直すよりも、父親も高く評価してくれるだろう。
そしてこの強大な帝国でも顔が利くことになる。うまくやれば将来、皇帝と国王を兼任することも可能だろう。
それに皇帝の娘なら・・・。皇帝なら帝国一の美人を妃にしていることだろう。そしてその娘も、母親似の美人に違いない。
そう考えてジェランは心の中で喝采を上げた。以前にパストール王国で国王の姪との結婚を勧められたことを忘れて。
「そ、それは悪い話ではありませんな」とジェランは答えた。
「そうか、承諾してくれるか!」と皇帝が大声を上げると、謁見の間にいた大勢の貴族たちが喝采の声を上げた。
ジェランは満足して貴族たちを見回した。・・・皇帝の近くにいるのはおそらく位の高い公爵あたりだろう。公爵の横にはジェランとそれほど年の違わない若い貴族が何人かいて、涙を流していた。
彼らも皇帝の娘と結婚できる資格はあったのに、突然やって来た他国の王太子、つまり自分に姫君を奪われて、嘆き悲しんでいるようだ。
悪いな、ぼんぼん貴族たちよ。帝国にふさわしいのは僕の方だ。
ジェランはそう思い込んでいたが、彼らが流していたのは嬉し涙だった。皇帝のあの娘を押しつけられる心配がなくなって喜んでいたのだった。
「それではすぐに貴殿の父君に婚約の許可を得るよう使者を送ろう。盛大な婚約の式典の準備をするので、しばらくこの皇宮に留まってほしい。娘とは今夜の歓迎の宴で紹介しよう」
「喜んで。・・・皇帝陛下、これからよろしくお願いいたします」
ジェランは皇帝に頭を下げようとしたが、喜ぶ皇帝はジェランの肩を抱いて頭を下げさせなかった。異様なほどの喜びようだったが、ジェランは何も疑っていなかった。。




