2 ミスティの旅立ち
「ガランカナン、父に毒を盛った下手人はわかったの?」とミスティは警備隊長のガランカナンに尋ねた。
「1年前から屋敷の料理人として入り込んでいた無口な男が毒殺犯と思われます。事件の後すぐに行方をくらましました。手練れの工作員でしょう。察知できず申し訳ありませんでした」頭を下げる警備隊長。
「何代も住んでいる信頼できる領民の中から選んだ料理人のはずだったのに。・・・悔しいけど相手が一枚上手だったみたいね」
「その刺客はジェラン王子の手の者でしょうか?」と聞く女騎士のホムラ。
「そこまで悪知恵が働くとは思いませんわ、あの王子に」と料理人のティア。
「それにしても、毒を見分ける術は屋敷の料理人たちにも教えていましたのに、どうやって毒を盛ったのでしょう?」
「二種類の薬草の汁をグラスの内側の左右に塗り付けてあったようです」と侍従長のジュビテイルが言った。
「それぞれの薬草は無毒ですが、注いだワインに汁が溶け出すと、混ざって毒に変化するようです。毒味の者はワインや料理はおろか、グラスや食器にも毒が塗られていないことを確認しておりましたが、ワインを注いでまで確認することには気が及びませんでした」
「敵も巧妙ね」
「下手人はお嬢様が以前から警告されている影使いの覇王の手先、影人なのでしょうか?」
「確証はないけどおそらくね。・・・彼らの本来の目標は私だけど、揺さぶりをかけるために父をも狙ったのでしょう」
父のことを思うとミスティの胸が痛んだ。しかし感傷に浸っている暇はない。ミスティは心を鬼にして影使いの覇王への対抗手段を考えなければならないのだ。
「その影使いの覇王について、もう一度お教えください」と警備隊長のガランカナンが聞いた。
「いいわ。・・・私は物心がつく前から夢の中で誰かに『この世界を救え。10の異能を授ける』と言われてきたの。その言葉の意味を悟っても、何から世界を守るのか、最初はまったくわからなかった」従者たちを見回すミスティ。
「10の異能を授けると言われたから、私は特別な力が使えるのではないかと期待したわ。でも、魔法は使えないし、武器を扱う技術も平凡。何の取り柄のない私だったから、夢の中の言葉はただの妄想と思うようになっていたわ。ココナと出会うまではね」
「私が生まれつき持っている異能の吐露は相手に本音を吐かせる能力です」とココナが口を開いた。
「この異能で詐欺商売を暴いたり、友人の本音を聞いたりしましたけど、使わない方が良かったと思うことが何度もありました」
「私たちにも勝手に使うなよ」と女騎士のトアラが口をはさんだ。
「もちろんよ。今はお嬢様の指示がない限り、むやみに使わないわよ」
「ココナと初めて会った時、私はこの子は信頼できる人だとすぐに悟ったわ」とミスティは言った。
「私もです。異能を使うまでもなく、自分が生まれたのはお嬢様に仕えるためだと一目で悟りました」とココナ。
「みんなもそうでしょ?」とのココナの言葉に、9人の従者たちが一斉にうなずいた。
「とにかくココナに会って、私自身には異能はないけれど、優れた異能を持つ仲間が加わることを悟ったわ。それからすぐね、みんなと出会ったのは」
「そうです。私たちもお嬢様と出会った瞬間に身を捧げようと思いました」と女騎士のミナラが言った。
「それで夢の言葉の『10の異能を授ける』が真実だとわかったの。その頃私は屋敷の図書室で一冊の本と出会ったわ。それは古代の民話や神話をまとめた子ども向けの物語集だったのよ」
「子ども向けの本ですか?・・・おとぎ話なのに、お嬢様はその記述に真実があると確信されたのですね?」と侍従長のジュビテイルが聞いた。
「ええ。その本こそ夢の中の語り手が私に示した道標だとすぐにわかったわ」
「その中の記述をもう一度お話しください」と庭師のヴェラが言った。
「いいわ。・・・かつて別の世界で光の神と闇の神が争い、光の神に与えられた異能を使う少女の働きで闇の神はその世界から駆逐されたの。でも、死んだわけではなかった。神とは死を超越した存在だったから」
「その異能持ちの少女と知り合いたかったです」と女騎士のフワナが言った。
「そうね。あなたたちみたいな少女だったのかしら?」
「話の腰を折らないで、フワナ」と女騎士のピデアが小言を言った。
「駆逐された闇の神は力が弱まっていたけど、どういう偶然か私たちのいる世界にたどり着いたの。そして闇の中に潜み、影を操る力を徐々に取り戻して、影人を作り始めたの。今度こそ世界をその手につかむために」
「影人を操るからこの世界では影使いの覇王と呼ばれるようになったんですね?」とエイラ。
「そうよ。そして影使いの覇王をこの世界から追い出すことがこの世界を救うことになると私は気づいたの」
「お嬢様の夢の中で話しかけてきたのは、光の神なのでしょうか?」とリュウレが聞いた。
「そうかもしれないし、別の神、つまりこの世界の守護者なのかもしれない。・・・そこまではわからないわ」
「世界を救うという意味が何となくわかってきました」と警備隊長のガランカナンが口をはさんだ。
「しかしその影使いの覇王はどこにいるのですか?」
「はっきりとはわからない。あの本には影使いの覇王は大洋の彼方の大陸で力を蓄えているとしか書かれてなかったの。だから南西のアギンドラ王国の港町に行って、船に乗って行けるところまで行ってみようと思うの。そこで必ず守護者の道標が示されると思うから」
「リュウレの羽衣で飛んで行けばいいんじゃないですか?」と聞く女騎士のホムラ。
「海を越えるには何日も飛ばないといけないかもよ。その間、飲まず食わずで一睡もせずに飛んで行く気がある?」とリュウレに言われ、ホムラは肩を落とした。
「それにしても何とも先の見えない話ですな」と侍従長のジュビテイルが肩をすくめた。
「お嬢様には、いえ、領主様にはこの地に留まって、領内が安定するのに尽力してほしいと思っておりましたのに・・・」
「内政はあなたに任せれば問題ないわよ、ジュビテイル。辺境伯代理に任命するから、今まで通りその手腕をふるってね。私はダンデリアス王国から婚約破棄を突きつけられたので、他の周辺諸国と友好を結ぶために外交に出たとでも触れ回ってね」とミスティは言った。
「その間、他国、特にダンデリアス王国のジェランが我が領にちょっかいを出してくる可能性があるから、そちらの対処はガランカナンに一任するわ」
「お嬢様に行かれるのは残念ですが、世界が滅べば辺境伯領も灰燼に帰してしまいます。そうならないようお嬢様に期待し、自分は辺境伯領を守ることに専念します」と言ってガランカナンは頭を垂れた。
「それでお嬢様、いつ出立しますか?」と気の早い侍女のエイラが聞いてきた。
「そうねえ。路銀や食糧、着替えの準備があるから、早くて半月先かしら?」
「食べるものは私にお任せください。何でも現地で調達できます」と料理人のティアが言った。
「私も食べられる草木には詳しいです」と庭師のヴェラも言った。
「道中の路銀を稼ぐ必要が出て来たら、私の異能が役に立つかも」と侍女のココナ。詐欺師を逆にだますつもりだろうか?
「楽しみだね」と女騎士のピデアが言った。
「その前に領民へのお披露目の祝賀会やらパレードがあります。喪中ですが、それなりに盛大に催さなければなりません」とミスティたちはジュビテイルに釘を刺された。
<ダンデリアス王国の王宮にて>
「なんてことをしてくれたんじゃ、ジェラン!」と国王サダリオンⅥ世がジェラン王子に詰め寄っていた。
「しかし父上、ミスティは実際にメラヴィスに毒を飲ませようと・・・」
「余はミスティが小さい頃から知っておる!あの聡明で優しいミスティがメラヴィスなんぞ相手にするわけがない!」
「それは言いすぎでしょう!」
「グェンデュリン辺境伯が余の国の南西の守りを固めてくれているから・・・最も他国の軍が侵入しやすい南の国境を守ってくれておるから、余の国民は安心して平和な生活を謳歌できるのじゃ。辺境伯が余らと敵対せずとも、敵軍の侵入を阻んでくれなんだら、それだけで余の国は戦渦に巻き込まれる危険があるのじゃ!」
「それはそうでしょうが、だからと言ってメラヴィスが危険な目にあわされて黙っているわけには!」
「ジェラン・・・」うっとりした目をしてジェランの腕に抱きつくメラヴィス。
「お前はおかしいと思わなんだか!なぜミスティが仲が悪くもない父親を暗殺する必要があるのじゃ!?」
「た、単に辺境伯領を自分の思い通りにしたいだけでは・・・?」
「辺境伯が暗殺されて一番得をするやつは誰じゃ!?余の国の領土を虎視眈々と狙っている他国ではないか!」
「え・・・?」
「他国にとっては辺境伯は目の上のこぶのようなもの。こぶを取り除きたいと考えれば、辺境伯とその跡取りであるミスティを殺したがるはずじゃ!」
「で、でも・・・毒殺されかけたのはミスティではなくこのメラヴィス・・・」
「ミスティがお前の婚約者であることを刺客が知っていたとしたら・・・」
「え?」
「お前といちゃいちゃしているメラヴィスをミスティと勘違いして毒を盛ったのかもしれぬぞ」
「ひいいいっ!」と叫んだのはメラヴィスだった。
「じゃ、じゃあ私がジェランと親しくしていたら、また狙われるの?」
「そうじゃ。それよりメラヴィスよ。お主はよく毒を飲まずにすんだな。辺境伯の死にざまを聞いた限りでは、一口でも含めば死んでいたぞ」
「ひいいいっ!・・・ジェランにじゃれながらグラスを取ったら、ついこぼしてしまったのよ。そしたらテーブルクロスが突然どす黒くなって・・・」
「また狙われるかもしれんぞ。メラヴィスよ、今後は飲み食いするものすべてに気をつけることだ」
「ひいいいっ!」
「大丈夫だよ、メラヴィス。僕が君を守るから・・・」そう言って抱きしめようとするジェランの手をメラヴィスは振り払った。
「メ、メラヴィス・・・?」
「私、ほかの結婚相手を探すことにするわ。王妃になる前に死ぬのは嫌だもの」そう言い残してメラヴィスは逃げるように部屋を出て行った。
「メ、メラヴィス・・・」愕然とするジェラン。
「メラヴィスのことより、すぐにミスティの元へ行かんか!」と怒る国王。
「し、しかし、父上、今さら・・・」
「もう一度ミスティに婚約してもらえ!婚約が無理なら、せめて誠心誠意謝罪して、辺境伯領との友好関係を継続させよ!さもなくば、お前を廃嫡する!!」
「わ、わかりまひた~」と情けない声を出してジェランは部屋から退出して行った。
<再び辺境伯領>
「みんな、準備はいい?」とミスティは2台の装甲馬車の前で10人の従者たちに声をかけた。
「はい、いつでも出立できます!」元気よく答える従者たち。
「後はよろしくね、ジュビテイルにガランカナン」
「かしこまりました、ご主人様」頭を下げる侍従長のジュビテイル。
「この領土の守りはお任せあれ。ダンデリアス王国のやつらが来ても一歩も領内に入れさせません」と警備隊長のガランカナンが言った。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」と屋敷の使用人たちも一斉に頭を下げる。
「早めに帰って来るつもりだから、それまで屋敷をよろしくね」
「はい、お守りしております。お帰りを心待ちにしています」
「ありがとう。じゃあ、またね!」とミスティは言って、従者たちとともに2台の装甲馬車に分かれて乗り込んだ。
見送られながら馬車がゆっくりと南の国境に向かって進み出す。これが後の世で「女辺境伯ミスティと十勇士」と呼ばれるミスティ一行の旅の始まりであった。
ミスティの頭からはジェランのことなどすっかり消え去っていた。