15 剣術大会
剣術大会は、国庫に負担をかけないという条件で承認されたようで、1月ほど経つと街中や王宮の中に貼り紙が貼られた。
その内容は「剣士集え!薔薇月1日に剣術大会を開催する。貴族の部、騎士の部と一般の部に分け、剣の腕に自信のある国民なら誰でも参加可。武器は貸与される木剣のみ。自前の武器や魔法は使用不可。相手を地面に倒すか、相手の剣を叩き落とせば勝ちとする。貴族と平民の試合はないので、身分を気にする必要なし。それぞれの部の優勝者と準優勝者には豪華賞金が、また、優勝者は国王陛下に自分の願いを申し述べることができる(実現可能な願いは叶えられる)。開催場所:王宮前広場、剣術大会参加費:貴族銀貨1枚、平民銅貨2枚、参加者以外の観覧料銅貨1枚。屋台の出店希望者は王宮財務官に申し出ること」となっていた。
こんな大会を見に人が来るだろうかとミスティは気がかりだったが、途中で聞いた話では、娯楽の少ない国なので、国中からたくさんの参加希望と観覧希望が集まっているということだった。
ミスティの最初の案では騎士の部と一般の部の二つに分けることになっていたが、王太子が出場すると聞いた騎士たちは全力で試合できないとクレームを出し、結局王太子よいしょの貴族の部を分けることになった。
これで気兼ねなく試合できると、辺境伯邸からもピデア、ホムラ、トアラ、フワナとミナラの5人が参加することになった。もちろん異能は使ってはいけない。
試合に出場しない従者たちのために、ミスティは貴族用の観覧スペースを金貨5枚で購入した。
当日になると国中から観覧者が訪れ、会場の周りは騒然としていた。貴族席は比較的整然としていて、ミスティたちは自分たちの席を見つけると、そこに置かれている椅子に全員で腰を下ろした。
ミスティたちの席のすぐそばに一団高くなった台上の王族席がある。そこに国王陛下、王妃殿下、ジェランやメラヴィスたちが着席した。
開始時刻になると王宮騎士団長が開始の宣言を大声で叫んだ。
「これよりダンデリアス王国国営の剣術大会を開催する。勝負は1対1で、相手を地面に倒すか、相手の剣を叩き落とすことで勝ちとする。無用な殺生は取り締まりの対象となるので注意せられよ。まずは一般の部から。番号札の1番と2番の対戦者から勝負を開始する!」
観客席から大声援が飛び、さっそく平民の腕自慢が試合場である広間の中央に歩み出た。審判は王宮騎士が交代で務めるようだ。
「試合開始!」審判の合図とともに歩み寄る最初の対戦者たち。にらみ合ったまましばらく相手の様子を伺っていたが、観客の囃し立てる声に押されて、一方の対戦者が木剣を振りかぶって突進した。
もう一方の対戦者はその突進を躱し、相手の足に木剣の一撃を入れて転倒させた。
「勝負あり!勝者は2番!」と審判の声が響いた。
平民の観客席から大声が飛び交う。どうやら掛けをしているようだ。
王族席をぎらりと見るとジェランが悔しそうな顔をしていた。自分たちで賭けを主催すれば、もっと儲かったのに!とでも思っているだろう。
最初の対戦者二人が退場すると、次の二人(番号札3番と4番)が中央に出て来た。声援が一段と高くなる。4番の対戦者は身長が2メテル(約2メートル)を越える大男で、全身の筋肉が盛り上がり、持っている木剣が短剣のように見えた。
「あいつ、すごくでかいですね!」とピデアが興奮して言った。
「図体だけかも。力、スピードと技術の三者が伴うかどうかが問題よ」とホムラが冷静に言った。
「試合開始!」審判の合図とともに歩み寄る対戦者は、いきなり大男の木剣の一振りで体が宙に舞い、地面に落下した。
「勝負あり!勝者は4番!」と審判の声が響いた。
「すごい!」驚いて思わず立ち上がる女騎士たち。
審判の判定を聞いて、4番の大男は国王たちの観覧席を向いて頭を下げた。次の瞬間、大男は飛び出し、国王の観覧席目がけてダッシュで突進して来た。
突然の出来事に反応が遅れる騎士たち。ようやく2、3人の騎士が観覧席の前に出て剣を抜いた時には大男は目前に迫っていた。
木剣を左右に振る大男。木剣を体に受けた騎士たちは左右に吹っ飛んだ。
ひとりの騎士はミスティの頭上に落ちて来た。すかさずエイラが球形の盾を張り、その騎士は盾に当たって跳ね返り、地面に崩れ落ちた。
姿が掻き消えるピデア。次の瞬間、国王たちに向かって木剣を振り下ろそうとした大男の足がすくわれ、観覧席の前の地面にひっくり返った。
そこへホムラが飛び出し、炎をまとった木剣(試合用に携帯していた)を振り下ろした。
自らの木剣でホムラの木剣を受け止めようとする大男。しかし炎をまとったホムラの木剣は大男の木剣を両断し、大男の額に直撃した。
前髪を焦がして昏倒する大男。すぐに騎士たちが何人も出て来て、気絶した大男を縛り上げた。
「こいつはお嬢様が言われた世界を救うことに立ちはだかる敵なのでしょうか?」と、縛り上げられた大男を見ながらミスティに聞くホムラ。
「まだ私にも何から世界を救うのか、敵の正体がまだよくわかってないの。辺境伯領の屋敷で見つけた絵本がヒントだと思うけど・・・」とミスティは答えた。敵もまだ本格的には動いていない、とミスティは考えていた。
この騒動で国王たちは試合会場を去り、当然のことながら剣術大会は中止と宣言された。しかし参加料を払った参加者たちや、観覧料を払った観覧者や、出店料を払った屋台の持ち主たちは、金を返せと大騒ぎになった。
しぶしぶ代金を払い戻す王宮財務官。貴族や騎士たちは立場上払い戻しを求めなかったが、なぜか集金した額よりも多く払い戻し、赤字になったということである。
大男が襲撃した理由は、数年前の干害で小麦が不作となった国王直轄地の村の出身で、餓死者が出るほどの被害であったのにかかわらず、国王からは余裕がないとのことで十分な食糧支援が行われなかったことにあるらしい。
ジェランの浪費が始まった時期と重なっていたので、支援ができなかった一因だったのかもしれない。
生き延びた大男は復讐心を抱き続けていたが、国王や王太子に近づく機械は皆無だった。ところが今回の剣術大会で国王たちが観覧すると聞き、恨みを晴らす機会と考えて参加したそうだ。
なぎ倒された騎士たちはいずれも軽傷で、国王一家の被害はなかったので、処刑は免れ、終身の苦役刑となった。
大男を倒したピデアとホムラの主人であるミスティは国王から感謝の言葉が述べられた。
この騒動で面目を失ったのはジェランである。自分を含めた国王一家を危険にさらし、王宮の予算を浪費させた。剣術大会が再び開かれる可能性を失い、剣術大会を毎年開いて国庫を潤そうとしたもくろみははずれた。
また、ジェランの浪費が今回の騒動の一因だったという噂が流れ、ジェランはメラヴィスのために金を使いにくくなった。
そしてジェランの逆恨みは当然のようにミスティに向けられた。剣術大会はミスティが提案したものなのに(これは嘘。提案したのはメラヴィス)、同じくミスティが提案したように参加料や観覧料を徴集した結果(これは事実)、払い戻しでかえって損失が大きくなった。後者は財務官が領収書などを渡さなかった弊害だろう。もっともこの国では代金と引き換えに領収書を渡すという習慣はなかった。
この剣術大会以降、ジェランが功績を上げて結婚相手をミスティからメラヴィスに替える機会は失われた。そのせいもあってか、ミスティがジェランに対して注意や助言をしても、反発されるだけになった。
ミスティは大河を下る艀の上で、馬車から降ろされて組み立てられた椅子に座りながら今までのことを考えていた。
大河の流れは極めてゆっくりで、水面は穏やかだった。
その時ミナラが大河の水を竜巻のように上空に吹き上げさせた。その水の中から大きな魚が何匹も飛び出て、フワナが風を操ってその魚を艀の上に落とした。
さっそくティアが調理にかかる。その魚の肉を薄切りにすると、数枚の大皿の上に並べて葡萄酢と橄欖油を振りかけた。
「ミスティ、どうぞ、お食べください」とミスティを呼ぶティア。
ミスティと従者たちが大皿の周りに集まって来て車座になった。
「これ、食べられるの?ほとんど生じゃない?」と眉をひそめるトアラ。
「寄生虫は私の異能で除去したし、酢でしめているから大丈夫よ」と答えるティア。
魚を生で食べる習慣がないのでみんなが躊躇していたが、ミスティはフォークで魚肉の一切れを刺すと、口に入れて噛んでみた。
「軟らかくてもちもちしていて、おいしいわ。酢と油がいい塩梅よ。・・・今まで食べたことがない不思議な食感?でも、なんか懐かしいような」とミスティが感想を述べると、他の従者たちもこわごわと口に運び始めた。
「うん、鱒の薫製よりうまいな」とホムラ。ほかの従者たちにもおおむね好評だった。
「酢でしめるなら自分でも作れそう」とエイラ。
「私がいない時は酢に漬ける時間を長めにしてね」とティアが注意するのを忘れなかった。
<前夜のジェラン一行>
ジェランの従者のゲンスランはバスティスの道案内に従って馬車を飛ばし、暗くなる頃にようやく大河の港町ダンガスに着いた。
適当な宿の前に止めると、ゲンスランが宿泊の交渉をする間、バスティスはミスティの行方を調べに街中に入って行った。
バスティスはなかなか帰って来なかったので、ジェランとゲンスランは宿の食堂で夕食を食べ始めた。大河の港町だけあってほとんどが魚料理だった。ゲンスランはおいしくいただいていたが、魚が好きではないジェランは文句を言い続けた。
しばらくするとバスティスが疲れた顔をして帰って来た。
ゲンスランはバスティスをねぎらい、グラスに白葡萄酒を注いで渡した。
「で、ミスティはいたのか?」とさっそく聞くジェラン。
「はい。こことは別の宿に泊まり、今夜は町長の屋敷に招かれたようです。明日にはこの町を発って大河を下るということでした」
「追いついたな」と嬉しそうなジェラン。ゲンスランはバスティスのために料理を注文した。
「魚しかないが十分に食ってくれ」とバスティスに言うジェラン。
「明日の朝、ミスティの泊まっている宿を訪れてミスティに王都に戻るよう説得しよう」上機嫌になったジェランは白葡萄酒をぐびぐびと飲み始めた。
グラスが空になると自分で白葡萄酒を瓶から注いで、また飲み始める。
「そんなに飲まれると朝起きれませんぞ」と注意するゲンスラン。
「胃にあまり食べ物を入れてませんから、なおさらです」
「大丈夫、このくらい何ともない」とジェランは聞かず、魚肉料理をフォークで突つきながら(しかし食べずに)、またグラスをあおった。
「朝起きたらすぐに馬車の用意をしておきましょう」とバスティス。
「助かる。よろしく頼む」とゲンスランはバスティスに感謝したが、ジェランは知らんぷりだった。
バスティスは翌朝早くから馬車の準備を整えたが、ジェランはなかなか起きて来なかった。
「すまんな、バスティス。もう少し待ってくれ」と謝るゲンスラン。
「なあに、すぐに追いつけるでしょう」とバスティスは気楽に答えた。
結局ジェランが起きたのは日がかなり上がってからだった。青い顔をしながら胃のあたりをさするジェラン。
「それではミスティ様一行がお泊まりの宿に行きましょう」とゲンスランが言って馬車に乗り込んだ。
「ゆっくり、ゆっくりだぞ。ゆっくり走らせてくれ」とジェランが頼むので、バスティスは揺れないようゆっくりと馬車を進めた。
ミスティたちが泊まった宿に着いてゲンスランが宿の女将に尋ねると、当然のことながら出立した後だった。
「艀に馬車ごと乗せて、下流へ行くという話でしたよ」と答える女将。
「どうする?我らも艀を雇うか?」とバスティスと相談するゲンスラン。
「川の流れは遅いので、追いつきたいのなら道を馬車で飛ばす方がいいでしょう。次の港町に先回りできるかもしれません」と答えるバスティス。
「あまり速く馬車を走らせないでくれ〜」とジェランがまだ言っていたので、結局揺れがほとんどない艀で下ることになった。
ゲンスランとバスティスが港へ艀の手配をしに行っている間、ジェランは馬車の中でぐったりしていた。
昼過ぎになってようやく艀を手配できたので、馬車ごと艀の上に乗せると、艀はゆっくりと川を下って行った。
「これではミスティ様一行に追いつけないな」とゲンスラン。
「あのお方が元気になられたら艀を降りて、陸路を飛ばしましょう」とバスティスが答えた。
「すまんな、手間をかけて」と改めてバスティスに感謝するゲンスラン。
「この旅が終わったら必ず礼をする。それまで頼む」
「それはかまいません。ここまで来たら、ご迷惑でない限り、最後までお供しますよ」とバスティスが答え、それを聞いたゲンスランは思わずバスティスと握手を交わした。
「肉が食いたいなあ。肉が」と胃をさすりながら、馬車の中でジェランはつぶやいた。




