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14 晩餐会

「お時間です、ミスティリア様」と先ほどの侍従がミスティを迎えに来た。


王太子の悪口を言ったことは何も気にかけてないようだ。これもココナの吐露コンフェの力なのだろう。


「行くわよ」とミスティがココナとピデアに言った。二人は晩餐会の間中、会場の壁際で遠くからミスティを見守る役目に就く。


ミスティに身体的な危険が迫る恐れはまずない。だから形式的な付き添いであるが、ミスティたちが食事を摂る間、彼女らはただ立って待つだけだ。屋敷に帰ってから存分に食べさせるから、とミスティは事前に二人に言ってあった。


侍従に従って晩餐会場に入ると、謁見の間に入った時と同様に「グェンデュリン辺境伯令嬢、ミスティリア・グェンデュリン様のご入室です」と侍従が声を上げた。


長いテーブルの奥の端に国王と王妃の席があり、向かって左手の列には宰相などの高位の官職に就く貴族たちが並び、右手の列にはその他の貴族や来賓が並ぶ。


ミスティが案内されたのは王妃の隣、右手の列の最奥だった。


「私がこの席でよろしいのですか?」と既に着席している王妃に聞くミスティ。


「本来は王太子の席なのですが、メラヴィス姫を隣に座らせると言って聞かないので。・・・あなたをメラヴィス姫の下座に座らせるわけにはいかないので、ジェランを言い含めましたの。お気になさらないで」と王妃が申し訳なさそうに答えた。


ミスティが席に着くと、すぐにジェランがメラヴィス姫をつれて近づいて来た。


「本来ならば僕とメラヴィスの席なんだが、ゲストなので譲ってやったぞ」とミスティに恩着せがましく言うジェラン。


「ジェラン!」と叱責する王妃だったが、


「それはどうも」とミスティは軽くいなした。


「そろそろ口上が始まるようですよ」とミスティが王妃に言い、王妃は仕方なく口を閉ざした。


ミスティの向かいにいる宰相(メラヴィスの家とは異なる叩き上げの公爵家当主)が立ち上がった。


「本日はジェラン王太子殿下の婚約者、グェンデュリン辺境伯令嬢ミスティリア様が初めて王宮にお上がりになられました。辺境伯家との結びつきで、王家は、いや、王国はますます栄えることでしょう!」


そこまで期待されても困るが・・・とミスティは思ったが、その言葉に感銘を受けたのか国王が話し始めた。


「よくぞ言った、宰相。ミスティリア嬢は美しいだけでなく、頭も良く、武芸にも秀でているとの噂だ。何年か前には盗賊団を殲滅させたとも聞いている」


殲滅させたのは従者たちだけど、この場で口をはさめそうになかった。ミスティがちらっとジェランの方を見ると、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


さっき侍従から聞いた話のようにみんなが思っているとすれば、ジェランは周囲からほめられたことがあまりなかったのではないだろうか。それで形式だけでもほめられた私を妬んでいるのだろう。


そう考えるとジェランのことを気の毒に思ってしまうが、ふてくされたジェランの顔を見るとそんな考えは霧散してしまった。


「ジェラン様の方が頭も良くて、剣術の腕も優れていて、もっと素敵ですわ」と、ジェランの横に座っているメラヴィス姫がジェランに囁くのがミスティの耳に入った。破顔するジェラン。


このように甘い言葉を囁くから、メラヴィス姫はジェランに気に入られたのだろう。


ジェラン王子をメラヴィス姫に献上したい、とミスティは思った。しかしこのように大々的に婚約が祝われては、自分やジェラン王子の好き嫌いで婚約を解消することは難しいだろう。


ジェラン王子のプライドをくすぐりつつ、態度を矯正していかなくてはならないのだろうか?そう思うとミスティは先が思いやられた。


だが、どっちかと言えば問題は国政の方だろう。侍従の話では、ジェラン王子が王宮の予算をかなり使い込んでいるらしい。王国が傾くほどの支出なのか、詳しいことはまだわからないが、王宮の収入を上げなくてはならないだろう。


この国は封建制を取っているので、王族や貴族の収入は、それぞれの領地での農作物によるところが大きい。主に小麦の栽培だ。しかし天候によって収穫量が減ることはあっても、例年より大幅に増やすことは難しい。作付け面積はなかなか増やせないからだ。


森林を伐採して畑を広げることは口で言うほど生易しいことではない。多大な労力と時間がかかるし、切り開いた畑の分だけ農民を増やさなくてはならない。


産業革命以前の世界では、工業化による増産は夢のまた夢だ。・・・ミスティの脳裏に意味がわからない「産業革命」という言葉が浮かんだが、不思議に思う余裕はなかった。


小麦以外の特産物を作って、他国に売って外貨を稼ぐのも難しい。領内には鉱山もあるが、そこから産み出される金属製品はどの国にもある。果物を干して輸出することも思いついたが、この国独自の、他国から望まれるような珍しい果物などない。


ただ、王都では服飾業界が潤っていると聞く。ジェラン王子の散在によるものだ。しかし新しいデザインのファッションを産み出して、流行の発信地になるのも難しいだろう。情報伝達のネットワークが完備している世界ではないのだ。


ミスティが時代離れした考察をしていると、突然国王が盃を持って立ち上がった。列席している貴族たちも続いて立ち上がる。


ミスティもあわてて立ち上がると、自分の前に置かれている、葡萄酒が入った金属製の盃を手に取った。


「それではこの目出たい婚約を祝って、乾杯!」国王自らの発声で貴族たちも口々に「乾杯!」と叫んだ。そして彼らの盃は、ミスティの方に向けられていた。


にっこりと微笑みながら盃を上げて貴族たちに返礼するミスティ。盃の中の葡萄酒を一口すするが、とても酸っぱく感じた。


着席すると隣の王妃がすぐに話しかけてきた。


「盗賊団を殲滅させたというのは本当なの?」


「実際は騎士団について行って現場を見ただけです、私は。私には専属の女騎士がいますので、少しだけ手伝わせました」とミスティは答えた。


「そりゃそうだろう。盗賊と戦える令嬢なんて聞いたことがない」と反対側から口をはさむジェラン。


「そうよね。箔を付けるためにそんな噂を流しただけよ」とジェランの向こうからメラヴィス姫が言った。


「剣術の腕なら僕の方が上だろう。盗賊のひとりや二人、僕でも倒せるぞ!」ジェランはそう言って、剣を持ち上げるかのように盃を持った手を上げた。その瞬間、盃の中から葡萄酒の雫がいくつも飛び出し、ミスティの方に降りかかって来た。


葡萄酒の雫を凝視するミスティ。しかしその雫は、ミスティに当たる前に突然消えてしまった。


不思議な顔をして手を下ろし、盃を見つめるジェラン。故意か偶然かわからないが、盃から葡萄酒が飛び出たことにジェランも気づいていたのだろう。


ミスティが後ろを見ると、ピデアが赤く染まったハンカチをポケットにしまうところだった。


ミスティの前に大皿から切り分けられた料理が置かれる。鹿肉を焼いたもののようだが、味付けは塩だけだった。


若干生臭味のある肉をほおばりながら、ミスティはティアの料理が食べたいと思った。


「王太子殿下は剣術がお得意なんですね」とミスティはジェランに話しかけた。無視し続けるわけにはいかないと考えたからだ。


「ああ、王宮騎士たちといつも訓練をしている」と誇らしげに答えるジェラン。


「そうよ、ジェランは模擬戦で騎士たちをばったばったとなぎ倒しているのよ」とメラヴィスが口をはさんだ。


「戦でも起こらない限り敵と真剣で打ち合うことはないだろうが、その時には僕の武勲は世界中に鳴り響くことだろう」とさらに調子に乗ったジェランが言った。


「それはすごいですね」と感情を出さずに言うミスティ。自慢できるほどの腕か知らないが、ここは額面通りに受け取っておこう。


「大きな武勲を立てられれば、お好きな方と結婚できるかもしれませんよ」とミスティはジェランに小声で囁いた。


「それもそうだな」と納得するジェラン。婚約解消はミスティも望むところだ。


「しかし他国と気軽に戦をするわけにも行かないし・・・」されたらたまったものじゃない。


「剣術大会を開かれたら?」と囁くメラヴィス。


「なるほど」と考え込むジェラン。「しかし小規模な大会だと、優勝しても大した手柄にはならないな」


「市民からも参加を募られては?そうすれば大勢の人が見に来て、殿下の名声はいやが上にも高まりますわ」


「いい考えだ、メラヴィス。しかし王太子が市民と戦うのもなあ・・・。身分が違い過ぎる」


「なら『市民の部』と『騎士の部』に分けては?」とミスティが口をはさんだ。


「さらに参加料を取って、それを優勝者への賞金とすれば、王宮に負担をかけなくてすみますよ」と、ミスティは王宮の財務官の苦労を思って提案した。


「なるほど、なるほど。参加料は金貨1枚とするか」


「そんなに高いと市民が参加できませんよ」とミスティ。


「そうなのか?」と貨幣価値に疎いジェラン。


「なら、試合を見に来る人から入場料を取りましょうよ。少額の入場料でも、ちりも積もれば山となりますわよ」とメラヴィスが言った。


「頭がいいな、メラヴィス。僕が優勝した曉には、婚約だけでなく、女執事長として雇おうか?・・・婚約を破棄するミスティが気の毒だから、お前をメラヴィスの補佐として雇ってもよいぞ」


「お気に召されるままに」と言ってミスティは頭を下げた。


「何を楽しそうに話しているの?」と王妃がミスティたちに聞いた。ミスティとジェランが仲睦まじく話しているとでも勘違いしたのだろうか?


「母上、今ミスティやメラヴィスと相談しておりました。王宮で剣術大会を開いて、私も参加しようと考えています」とジェランが王妃に言った。


「でも、大会を開くなら優勝商品とか用意しないといけないんじゃない?そんな余裕があるかしら?」と困惑顔の王妃。


「それは心配ありません、母上。参加者と大会を見に来た貴族や市民から金を取るのです。それを優勝賞金とし、優勝者にはさらに金品以外の願いを叶えると告知するのです」


「優勝者がとんでもないことを願ったらどうする気なの?」


「それは王宮が叶えることができる願いに限るのです。間違っても、国王になりたいなんて願いは受け付けませんよ」と鼻息荒いジェラン。


「そうねえ・・・」とまだ思い悩む王妃だったが、ジェランは完全にその気になっていた。


「お前も参加するか?手加減してやるぞ」とミスティに言うジェラン。


「私は剣なんか扱えませんよ」とミスティは言い返した。


そんなこんなでいい気になったジェランは、ミスティにそれ以上絡むことはなく、晩餐会は無事に終わりを迎えた。


国王と王妃にあいさつして晩餐会場を後にするミスティ。


「ピデア、さっきはありがとう。おかげでドレスを葡萄酒で汚さなくてすんだわ」


「いつでもお守りしますので」と頭を下げるピデア。


「それにしても、ことのほか王太子殿下と話が弾んでおられましたね?」と不思議な顔をするココナ。


「王太子殿下は大々的な剣術大会を開いて自分が優勝し、賞金を手に入れるとともに、私との婚約を解消したいみたいよ」とミスティが言うと、ピデアがにやりと笑った。


「私が参加してもいいですか?」


「だめよ。王太子殿下に勝っちゃうじゃない。婚約解消は私の願いでもあるから。ただ・・・」


「どうかされましたか?」とココナが聞いた。


「優勝できるほどの剣術の腕前が、ほんとうに王太子殿下にあるのかしら?」とミスティは懸念していることを言った。


翌日、国王付きの侍従がミスティの部屋に来た。


「ミスティリアお嬢様、陛下がお話を聞きたいと仰っておられます。来ていただけますでしょうか?」


「わかりました。ココナ、エイラ、ついて来て」とミスティは二人に言った。


「わかりました」


侍従について部屋を出るミスティたち。まもなく国王の居室に着き、侍従がドアをノックして開けた。


「ミスティリアお嬢様のお越しです」


「うむ。ミスティリア、入っておいで」と国王がミスティを招いた。


「ココナとエイラは部屋の前で待っていて」とミスティは言い残して国王の部屋に入った。


「何かご用でしょうか?」


「ジェランが剣術大会を開きたいと言ってな、ミスティリアが発案者と聞いたが、どういうことかな?」


「昨日の晩餐会の途中でジェラン王子に提案したのは私でなくメラヴィス姫ですよ。私はどうせするなら、『一般の部』と『騎士の部』に分け、参加料や入場料を取って優勝賞金にしたらどうかと言っただけです」


「そういうことか。・・・ジェランが妙な考えを起こしておらねばいいが」と国王は不安そうな顔をした。


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