13 王太子との初面会
夕食のバターシチューを作ってくれたことにミスティが礼を言うと、「どういたしまして」とティアが答えた。
「鳥肉と言っていたけど、何の鳥なの?普通の鳥肉より歯ごたえがあったけど」
「この森に住んでいるコウモリです」とティアが言ってミスティは思わず口を手で覆った。
「空を飛ぶので鳥の仲間のようなものですね。フワナさんがつむじ風を起こして、飛んでいるコウモリを落としてくれました」
「ヴェ、ヴェラはキノコや香草を生やしてくれたの?」
「そうです」
「このこってりしたシチューは何から作ったの?バターとは違うようだけど?」
「木の中にいるカミキリムシの幼虫を煮込んだものです。身は脂が乗って、とてもおいしいので、それを溶かしてみました」とティアが言って、ミスティは再び口を覆った。
「ヴェラがどこに虫がいるか探知してくれて、トアラさんに氷の錐でえぐり出してもらったんです。トアラさんはひとりで氷の塊が作れるようになったんですよ。ミナラさんが水を出さなくても、空気中の水分を固めることができたんですって」
「そ、そう。・・・それは良かったわね」とミスティはやっとの思いでティアをほめた。
シチューはとてもおいしかった。それにティアが処理をすれば、毒もなく、清潔で安全だろう。これからは食材を聞かないことにしよう、とミスティは思った。
一晩ゆっくり寝て、早朝に起きると、騎士団長に断ってミスティたちは森の端に来た。
「じゃあ、作戦通りにするわよ」
「はい!」と答える従者たち。
「水獄霧散!」
まずミナラが森と崖の間の空間に大量の細かい水滴を出現させた。なお水獄霧散とはミナラが技をイメージしやすいよう、適当に付けた技名だ。
「寒獄凍気!」
ミナラが出した水滴をトアラが凍らせて細かい氷の粒にする。周囲は白い雲で覆われた状態になった。
「風獄浮揚!」
フワナが下から風を吹かせ、ゆっくりと即席の雲を上空に押し上げていく。
崖の上部の盗賊たちが籠城している洞窟の周りはまっ白な雲で覆われ、盗賊たちの視界が遮られた。これで上から矢を射ってくることは不可能だろう。
「リュウレ、お願い」とミスティが言うと、リュウレが前に出てその左右にミナラとホムラが並んで手を繋いだ。その後にフワナが立つ。
「羽衣」リュウレがつぶやくと3人の体を光が包み、それぞれの肩から光の翼が生えた。
「飛びますよ。いいですか?」とミナラとホムラに聞くリュウレ。
「いいわよ」「行ってくれ」
「風獄昇竜!」二人の返事を待ってフワナが上昇気流を作り、
3人は飛び上がった。
雲を抜け、一気に崖の洞窟よりも高いところまで上がる。即席の雲はちょうど崖の洞窟の地面の高さまで覆っていて、上空から見ると洞窟の入口がよく見えた。
盗賊たちは突然出現した雲に困惑していたが、自然現象と思っているようだった。上空に飛び上がったリュウレたちには気づいておらず、雲に紛れて騎士たちが登って来るんじゃないかと、登山路ばかりを警戒している。
「ミナラ!」とホムラが言うと、ミナラが「水獄巨塊!」と叫んだ。
巨大な水の塊が空中に出現し、洞窟の入口目がけて飛んで行った。そして衝突し、大量の水が弾け飛んだ。盗賊たちもその勢いで吹き飛ばされる。
「炎獄溶弾!」間髪入れずホムラが高温の塊を射出し、洞窟の入口に広がる大量の水に衝突させた。
水蒸気爆発が起こり、高温の蒸気が洞窟内に流れ込む。空気穴という空気穴から白い蒸気が噴出した。
その状況を見届けたホムラたちはミスティたちが待つ崖下に降り立った。ミナラとホムラは手を離し、今度はピデアとトアラがリュウレと手をつないだ。
「羽衣」「風獄昇竜!」
フワナの上昇気流で3人が飛び上がる。2度の上昇気流で、人工的に作った雲は霧散しつつあった。
上空から蒸気が漏れ出る洞窟の入口に向かって、「寒獄冷気!」と叫びながら冷気の塊を飛ばすトアラは冷気が蒸気を押し出し、洞窟内が冷やされる。
3人は熱気がなくなった洞窟の入口前に降り立った。リュウレから手を離すピデア。「加速」と言ってその姿が消えるが、すぐにピデアは戻って来た。
「中にいた盗賊たちはみんな倒れている。生死は確認してないけど」
その言葉を聞いてリュウレとトアラは洞窟の入口前に降り立った。そして再び3人で手を繋ぎ、羽衣で崖の下まで降下して行った。
「盗賊たちはすべて倒したようです。検分をお願いします」とピデアが報告すると、
「わかった。騎士団は登山路を登って洞窟を調査せよ!」と騎士団長が騎士たちに命じた。
おっかなびっくり登山路を登り始める騎士たち。しかし盗賊たちの攻撃がまったくなかったので、安心して登る速度を速めた。
「まだ息のある盗賊は縛り上げてから担いで降りろ!死んでいるやつは崖の上から放り投げろ!」騎士団長の指示が飛ぶ。
「そ、それでは私たちはこれで失礼します」と、死体が降って来る様子を見たくないミスティが騎士団長に告げた。
「ミスティリア殿、ご協力を感謝します。おかげで早々に解決できました」と礼を言う騎士団長。
「みんな、お疲れさま。さあ、辺境伯邸に帰りましょう」とミスティが従者たちに指示を出した。
さっそく帰りの準備を始める従者たち。その中からエイラがミスティの元に近寄って来た。
「お嬢様、両親たちの仇を取ってくださり、ありがとうございました。・・・これで両親も少しは浮かばれることでしょう」
涙ぐむエイラの肩を抱くミスティ。
「私もあなたに助けられたわ。これからもよろしくね」
このようにして十人の従者を揃えたミスティだが、15歳になった年にダンデリアス王国の王都にある辺境伯邸に移ることになった。
幼少時に婚約者になっていた王太子ジェランに初めて面会するためである。
ミスティはジェランのことを幼い頃から聞かされていたものの、特に幻想を抱くことはなかった。お世辞にも評判がいい王子ではなかったために、父親の辺境伯も周りの使用人もあまり話したがらなかったからだ。
王都までは馬車で半月の道のりだ。ミスティたちが乗る2台の大型馬車は、壁面や車輪に装甲を加え、より強固になっていた。
王都の辺境伯邸に到着すると、その日から半月程は王子との面会の準備に追われた。王都邸の侍女の案内で王都の高級衣料品を扱う店に連れて行かれ、何着か新しいドレスを買った。ミスティはまだ成長過程なので高いドレスを買うのはもったいないと思ったが、それでもこれからは頻繁にジェランに会うことになるので、必需品と割り切ることにした。
家庭教師が来てマナーを一から学び直させられた。その間従者たちは自分たち用に動きやすい服を買ったり、剣術や異能の訓練を続けたりしていた。
そして待ちに待たなかった面会の日、ミスティは王宮に招かれ、侍女としてココナ、護衛としてピデアを連れて行った。
謁見の間に入ると、広い部屋の一番奥に2台の玉座が並べられ、そこにダンデリアス王国国王サダリオンⅥ世と王妃が座っていた。その横にジェラン王太子が立っている。
左右の壁際には大勢の貴族や高級官僚が並んでいた。
「グェンデュリン辺境伯令嬢、ミスティリア・グェンデュリン様のご入室です」と侍従が声を上げた。
ミスティは堂々と衆人の中を歩き、国王の前に出ると礼儀作法に乗っ取ったあいさつを披露した。
「ミスティリア・グェンデュリンです、国王陛下並びに王妃殿下。お久しぶりでございます」
ミスティは幼い頃に国王に会ったことがある・・・らしい。ミスティはほとんど記憶になかったが、初対面のあいさつをするわけにはいかなかった。
「ミスティリアよ。大きくなったな」と好意的な声をかける国王。
「今後は王宮を我が家と思い、頻繁に出入りをしてくれ」
「温かいお言葉、誠にありがとうございます」
「ジェランよ、お前の婚約者だ。お前もあいさつをしたらどうだ?」とジェランに話を振る国王。
ジェラン王子はミスティを一瞥すると、「田舎からよく来てくれた」と一言言っただけで、すぐに王妃に向かって話し始めた。
「ねえ、母上。またレランドの店に行ってメラヴィスのドレスを買ってもいいかな?」
「こんな時に何を言ってるの?ミスティリアにもっと優しい言葉をおかけなさい」と嗜める王妃。
「今言ったよ。いいでしょ、母上?」
「ジェランよ。王宮の経費は王族が散在するためのものではないぞ。今月どれだけ使ってるんだ。財務官が困っておったぞ」と苦言を呈する国王。
「ちっ、告げ口しやがって。・・・わかりました。ならツケにしてもらいます。行くぞ!」とジェランは王子付きの侍従に言って、謁見の間の奥の出入口に向かって去って行った。
「・・・すまんな、ミスティリア。ジェランも今に目が覚めると思うから、気長に待ってやってくれ」
「わかりました、陛下」
「ジェランも出て行ったから、ミスティリアも下がるがよい。本日はご苦労であった」
「それでは失礼いたします」ミスティは一礼すると、王宮の侍従に従って謁見の間を出て行った。その後にココナとピデアが続く。
「なんですか、あの男は!」と、謁見の間から出て控えの間に入ったとたんにココナがミスティに不満をぶちまけた。
「あんなやつ、お嬢様にはふさわしくありません」と、ピデアも言った。
「王宮の侍従がそばにいるから言葉を慎んで」とミスティが注意すると、
「吐露、あの王太子の評判はどうなの?」とココナがその侍従に聞いた。
「見ての通りで王宮の使用人は、いえ、国王陛下その人も、王太子の振る舞いに頭を抱えております。最近は従妹のメラヴィス姫を連れて街中の商店にくり出し、高価な衣装や装飾品を買いあさっておられるとか」
「きちんと教育されているの?」と聞くミスティ。
「公式の場でのマナーは一通り学んでおられるはずです。本日はお嬢様を見下しておられるのか、普段のような態度でしたが」
「私が王太子に注意したら、怒られるかしら?」
「我々は大歓迎です。それで王太子殿下の態度が改まるのでしたら。おそらく陛下も同じように思われるでしょう」
「メラヴィス姫と仲がいいって言ったけど、どのくらい親密なの?」
「べた惚れのようです。メラヴィス姫は王太子殿下を甘やかし、服や宝石類を買ってもらうとおおげさに感激して王太子殿下を誉め称えるので、王太子殿下も調子に乗られて、今や国庫が傾かんほど散在しておられるようです」
この侍従は敬語を使ってはいるが、言っていることは王太子へのあからさまな不満だった。ココナの吐露で無理矢理しゃべらせているからではあるが。
「わかったわ、ありがとう」とミスティが礼を述べると、侍従は頭を下げた。
「今夜、晩餐会がございますので、その時刻になりましたらお迎えに上がります」
「その席にメラヴィス姫も来られるの?」
「おそらく列席されると思います、王太子の隣の席に。どうか国民のために、毅然とした態度で臨まれることを切望いたします」
侍従はそう言って控えの間を出て行った。
「メラヴィス姫ねえ。・・・確か年下だったと思うけど、どういう態度で来るのかしら?」
「私の吐露で腹の内をさらけ出させましょうか?」とココナが言った。
「あなたたちは席に着かず、壁際で待機させられるはずよ。メラヴィス姫には近づけないから、吐露を使うのは難しいんじゃないかしら?」
「下手すれば列席者全員に術がかかって、大曝露大会になりかねないな」とピデアが面白そうに言った。
「さすがにそれは問題ありますね。いずれにせよお嬢様も大変でしょう。どうかご武運を」とココナがミスティに言った。
「おおげさね。戦いに行くわけじゃないのよ」とミスティは微笑んだ。




