12 十勇士の初戦
エイラと一緒にミスティが部屋を出た時、騎士団長が屋敷に入って来て、辺境伯の執務室に向かうのを見た。
ミスティはエイラと一緒に食堂に入ると、そこで待っていたココナたちにエイラを紹介した。
「みんな、聞いて。この子が私たちの新しい仲間になったエイラよ」
「よろしくね、エイラ。私はココナ」
「私はホムラだ。お嬢様の護衛騎士だ。よろしくな」と順々に自己紹介していく従者たち。
「エイラです。よろしくお願いします」と弱々しい声であいさつするエイラ。
「エイラは最近ご両親を亡くしたの。気落ちしているから、気を遣ってあげてね」
「じゃあ、元気を出してもらうために、まず私の料理を食べていただきます」とティアが言った。
「今日は何の料理なの?」
「道端の雑草と倉庫にいた小さい獣の肉を使ったクリーム煮とソテーです」
・・・小さい獣というのはネズミのことかな?正直食欲をまったくそそられない食材だが、ティアが調理すると絶品料理になる。
「言い方を変えて、『青野菜とジビエ肉のクリーム煮』に、『草菜とイエウサギ肉のソテー』ぐらいにしておいたら」とミスティは注意した。
「わかりました。すぐに料理を並べますので、エイラさんとみなさんは席に着いて。もちろんお嬢様も」
「私はちょっと用事があるから、先に食べてて」と言い残してミスティは食堂を出た。そのまま執務室に向かう。
ミスティがノックをして父親の執務室に入ると、既に騎士団長はおらず、辺境伯ただひとりだった。
「どうした、ミスティリア?」
「エイラを落ち着かせました。今は食堂に行って、私の従者たちと食事をさせています」
「そうか。助かる」
「それと、今さっき騎士団長がお見えではなかったのですか?」
「目ざといな、ミスティリア。今、あの娘の両親たちを襲った盗賊の根城が判明したとの連絡が入ったのだ」
「どこにいるのですか?」
「領都から北西に1日かかる距離にある岩山だ。崖の上に洞窟があり、そこに潜伏している」
「騎士団が一斉に攻撃すれば、盗賊なんて目じゃないでしょうね?」
「それがことのほか険しい崖で、木の手すりや階段を設置した登山道は狭くてひとりずつしか登れず、上からは丸見えで、登ろうとすればひとりずつ矢や投石で狙い撃ちされる。周りを囲んで、食糧がなくなって投降するまでの持久戦になりそうだ」
「どこか別のところに騎士団が知らない脱出路があって、そこから逃げ出すんじゃないですか?」
「そうかもしれぬが、今のところほかに方法がない」
「たかが盗賊相手にそう長い期間騎士団を派遣しておくわけにはいかないでしょう。私たちがお手伝いに行ってもいいですか?」
「危険すぎる!お前たちはまだ子どもなんだぞ!」
「直接戦うわけじゃありません。騎士団のお手伝いをするだけです。私の従者たちの異能で」
辺境伯はしばし考え込んだ。
「・・・確かにお前の従者たちの特殊な力は、そこらの魔法術師よりも優れているところがある。後方支援だけをして、危険な真似をしないというなら、騎士団の野営地まで行くことは許可しよう」
剛胆さで知られる辺境伯はその気になると娘を戦地に行かせることにも躊躇しない。辺境伯は机の上に置いてあるハンドベルを手に取るとそれを鳴らして執事を呼んだ。
「ご用でしょうか?」とすぐに現れる執事。
「さっき出て行った騎士団長はまだいるか?いたらここに来るよう伝えよ」
「はい、騎士団長殿はお嬢様の料理人が作った食事を食べております。すぐに連れて参ります」執事は一礼すると部屋を出て行った。
ほどなくドアがノックされ、騎士団長が入室して来た。
「ご用でしょうか、辺境伯殿?」
「ミスティリアたちを野営地に連れて行ってくれ。後方支援をさせる」
「お嬢様をですか?」怪訝な表情を浮かべた騎士団長だが、すぐに、
「ひょっとして、食堂におられる娘さんたちでしょうか?」
「そうだが?」
「なら、お嬢様専属の料理人も連れて行かれるのですね?」
「もちろんよ。ティアも連れて行くわ」
「そうですか」破顔する騎士団長。
「あんなうまい料理を作ってくれるなら、騎士たちの士気も上がりましょう。おまかせください」
「それでは私たちも出立の準備をするわ。いつ領都を出るの?」
「明日の朝です」
「わかったわ。それまでに馬車の準備をしておく。・・・騎士団長様、これからティアの作ったデザートを食べますか?」
「是非!」騎士団長は即答した。
「ではまた食堂へどうぞ。お父様にもお運びしますね」
そう言い残してミスティは騎士団長とともに執務室を出た。しばらくして屋敷の侍女が辺境伯にデザートを運んで来た。
「お嬢様がこれをお運びするようにとのことです」
皿の上には色鮮やかなケーキのようなものが載っていた。
「これは?」と聞く辺境伯。
「ナナカマドの実のムースだそうです」
ナナカマドの実?食用ではなかったはずだが、と思いながらも辺境伯はムースの一切れを口に運んでみた。・・・爽やかな甘味と酸味が口の中いっぱいに広がる。普段あまり甘味を食さない辺境伯であったが、機会があればまた食べてみたいと思わせるほどの味であった。
ミスティが食堂に戻ると、従者たちが談笑しながらムースを食べていた。エイラも微笑みながら味わっていて、ミスティが席を外していた間に他の従者たちと話せるようになっていた。
「お嬢様もどうぞ」と言ってミスティと騎士団長にナナカマドの実のムースを出すティア。
騎士団長はすぐに食べ始め、「こんなうまいお菓子は食べたことがありません」と感涙を流していた。
「みんな、聞いて」とミスティは食堂にいる従者たちに言った。
「私たちは明日ここを立って騎士団による盗賊団の討伐を手伝います」
ミスティの言葉を聞いて顔が曇るエイラ。
「エイラ、つらいならこの屋敷で待っていてもいいわよ。あなたの仇は騎士団長さんが必ず取ってくれるから」
エイラはいったんうつむいたが、すぐに顔を上げた。その顔には固い決意が現れている。
「いいえ、私も一緒に行きます!両親の仇を取るために、みんなのお手伝いをします!」
「わかった。なら一緒に行きましょう。・・・騎士団長さん、盗賊団の様子を教えて」
「はい、お嬢様。盗賊団は山岳地帯の崖の上の洞窟に籠城しています。急峻な崖で、狭い登山路以外に登れるところはありません。天然の要塞です」
「包囲すればいずれは盗賊の食糧がなくなって投降せざるを得ないと思うけど、背後に盗賊たちの逃げ道はないのかしら?」
「その洞窟は古い鉱山の坑道跡で、中は複雑に枝分かれし、山壁に空気穴がいくつも開いているようです。人が通れる大きさの空気穴がないこともないようですが、その周囲も険しく、容易に近づけないと近くに住む猟師たちが言っています」
「裏から回って攻め込むのは難しいのね」
「ただ、盗賊たちが盗品を持って空気穴から脱出するのも難しく、彼奴らは我々の包囲が弱まるのを待って逃走することを考えていると思われます」
「そんな隙を見せるわけはないのに、自ら袋のネズミになるなんて、盗賊たちは考えが浅いわね。・・・ひとつ作戦案があるわ」とミスティは言い、従者たちに説明を始めた。
「そんなことができるのですか!?」とミスティの説明を聞いて驚愕する騎士団長。
「どう?できる?この作戦の要はリュウレとフワナだけど?」
「このお屋敷に来る途中、みんなで何回も練習したから、大丈夫だと思います」と力強く答えるリュウレ。
「ただ、みんなはどうかしら?」とホムラたちに聞くフワナ。
「リュウレに命を預けよう。頼むぞ、リュウレ」とホムラが従者たちを代表して言った。
「じゃあ、帰ったばかりだけど、さっそく遠征の準備をするわよ。このお屋敷のみんなの部屋は、次に帰って来る時までに用意してもらうように言っておくわ」
「はい!」と答える従者たちだった。
翌朝、大型馬車2台の準備を整えると、ミスティたちが分かれて同乗した。
「御者は交代でお願いね。馬の操り方を知らない人は、知っている人に教えてもらってね」
「はい!」と答える従者たち。
「今後のために、この馬車に装甲を付けておく必要があるわね」とミスティが馬車を見ながら思った。
盗賊が籠城している崖のそばまで馬車で数日かかった。崖下の森林の中に騎士団が野営していて、そこに騎士団長とミスティたちが合流した。
「団長、お帰りなさい。盗賊どもはまだ籠城を続けて、状況に大きな変化はありません。・・・ところでその娘さんたちは?」と騎士団長に聞く副団長。
「辺境伯令嬢のミスティリア様とその従者たちだ。皆を労るため、今夜はご馳走を振る舞ってくれるそうだ」
「それはありがとうございます。ようこそおいでくださいました。みなも喜びます」とあいさつする副団長。
「すぐに食事の準備を始めますが、その前に盗賊たちが籠城しているという崖を見させてください」とミスティは副団長に頼んだ。
「それは危険です、お嬢様。この森から出ると盗賊どもには丸見えで、矢を射ってきます」
「大丈夫。ちらっと見るだけよ」とミスティは言って、食事の準備を始めるティアとヴェラを置き、ほかの従者たちと一緒に森の端に行った。
森から少し離れたところから、突然急峻な崖が天空目がけてそそり立っている。崖には段状になった狭い出っ張りが何層もあり、段と段の間に木製の梯子のような登山路が設置されていた。ひとりずつしか登れない道で、確かに上から丸見えで、すぐに狙い撃ちされるだろう。
その狭い登山路を登った遥か上方に盗賊の影が見えた。崖の端からこちらを見張っているようだ。
「あの高さだと、ここから矢を射っても届かないわね。リュウレ、フワナ、あの高さならいけそう?」
ミスティの横から崖を仰ぎ見る二人。問題ありません。高嶺白詰草がもっと高いところに生えていることも珍しくありませんから」とリュウレが答えた。
その時、高いところにいる盗賊が矢を射ってきた。その矢は体を少しだけ森から出しているミスティ目がけてまっすぐ飛んで来たが、ミスティのすぐ後ろにいたエイラが前に出て、両手を上げた。
光の壁が出現し、高速で飛んで来た矢を弾き帰す。
「これでは崖のそばにもなかなか近づけないわね。いったん戻りましょう」ミスティが言って、従者たちとともに森の中の野営地に戻った。
ティアが食材を処理して次々と野営地のかまどにかけられている大鍋の中に投入していた。その横でヴェラがせっせと食べられる植物を生やしている。
「いい匂いね。今夜は何の料理なの?」とティアに聞くミスティ。
「森のキノコと鳥肉のバターシチューです。騎士団の糧食の固パンと一緒に食べてもらいます」
大鍋は白く濁ったソースで満たされていた。バターの色とは違うようだが、こってりしているようだ。体を動かす騎士たちには好評だろう。まともそうな食材でミスティは安心した。
あたりが暗くなって夕食が始まると、予想通り騎士たちにティアのシチューは好評だった。ミスティも食べてみたが、こくのあるシチューの中にぷりぷりした旨味のあるキノコと、小ぶりの肉片が入っていた。
「おいしいわね。ティア、ありがとう」と満腹になったミスティは礼を言った。
次回より毎週金曜日午後10時に投稿します。




