突然のカミングアウト
次の日、怜央と佐奈はある座標にログインしていた。それはしのぶに指定された座標で、何か見せたいものがあるとのことだった。
その座標は村の入り口だった。座標から考えると訓練所からそれほど離れていないような気もするが、正確な距離を怜央は計算したくはなかった。
最初に現れたのはしのぶ、そして次に佐奈が現れた。下からうすい板を積み上げる様に登場する様子は見ていて不気味だった。
「それで、今日はどうしたんだ?」
案内するように無言で歩くしのぶに従いながら、怜央は問いかけた。
それにしのぶは答える。
「実は僕、この村にギルドの活動拠点を作ったんだ。そのために準備をしていたといった方が正確かな」
「しのぶ君、そんなこともしてたの?」
「まぁね。更に言えば、ギルドのメンバーも増えたよ。いつか拠点にいるだろうからその時はよろしく」
事後承諾だなぁと思うが、別に怜央としては文句はない。メンバーが増えることはいいことだし、しのぶが集めたなら問題ないだろうと考えたのだ。
「誰なんだろう? 楽しみだね」
そんな事を話している間にしのぶは一つの建物の前で立ち止まる。どうやらここが拠点の様だ。
しのぶは無言のまま扉を開けた。
中は簡素な造りだった。あるのは奥の方にキッチン。そして中央には机があり、そこには男一人と女二人が座っていた。
「あれ? 二人ともいたんだ? 丁度良いタイミング」
しのぶはその二人に見覚えがあったのか親しげに近づいていく。しかし佐奈と怜央は状況がわからず、その場で手持無沙汰になった。
相手側も戸惑っているのか、一人の男は呆然とし、一人の女は可愛らしく首を傾げている。もうひとりはニコニコとこちらを見つめている。
「しのぶ、その三人の紹介を頼めないか?」
「それはこっちに座ってからにしたら?」
確かにそのまま立っているわけにもいかず、怜央と佐奈はお互いを見ると、無言のまま空いている席に座った。
「それじゃあ、ギルドのメンバーが全員揃ったところで自己紹介としようか」
この場でみんなを知っているしのぶが音頭をとる。珍しいなと思いながらそれも当たり前かと怜央はなんとなく考えた。
「じゃあ、まずは俺からだな」
一応ギルドのリーダーとして先に名乗る。
「俺は佐藤 怜央。武器は両刃剣だ」
「私は一ノ瀬 佐奈。武器は双剣。よろしくね?」
まずは怜央サイドが名乗る。
「僕は青崎 丈。武器は銃。よろしく」
銃なんて選択肢があったのかと今更ながらに怜央は後悔する。しかし完全に後の祭りである。
「あたしは寺門 縁寿だよ? 二人ともよろしくね?」
縁寿は可愛らしい笑みを浮かべ、言う。計算された動きだなと怜央には思えた。
「では最後に、私はこの世界の人間で、この拠点の管理を任されている平岡 万里奈です。本名ではありませんが、皆さんにはそう呼ばれています」
その言葉が少しの間怜央には理解できなかった。しかしその名前の意味が少しずつ怜央の中に浸透していく。
「ちょっと待て。万里奈は俺たちの世界のことを知っているのか?」
つまりそういうことだ。そうでなければいちいちそんなこちらに合わせた名前を名乗る必要はない。
「はい。ですからここではどんな話をしても大丈夫です」
なるほどと怜央は納得する。だからここは拠点なのだと。しのぶは自分の行動に都合のいい場所を既に作っていたのだ。
「じゃあ、紹介も終わり。ところで二人は何をしていたの? 何かの依頼?」
しのぶは丈と縁寿の持っている紙と筆記用具を見て頭を傾げた。
「僕の勉強を縁寿が見てくれてるんだよ。もうすぐテストだから」
「「あ!」」
怜央はそこで思い出してしまった。いや、本当なら忘れてはいけないことだった。
そう、学生の宿命であるテストの存在を。
「やばい! 何もやってない!」
「私もだよ! 提出物すら手つけてない!」
「じゃあ、一緒にやろうよ」
縁寿は笑顔でそう勧める。隣にいる丈もしきりに頷いた。どうも一人で勉強をするのが苦痛だったらしい。道連れを求めていたともいえるかもしれない。
結局四人で勉強会を開くことになった。しのぶは相変わらずフォーアームをいじっているだけで、参加しようとはしない。
「私、提出物もやってないのに……」
小言を言いながらも佐奈は縁寿の用意した問題を解いていく。縁寿の用意した問題は問題集のようだった。
「むしろありがたいだろ。疑問にすぐ答えてもらえることなんてないんだから」
怜央は正確不正解を問わず、問題を解いていく。
「皆頑張れ~」
縁寿は余裕なのか、万里奈とお菓子を食べながらおしゃべりをしている。
「ところで先ほどの続きですが、『三次元』であるあなたたちの世界から、『四次元』へ行くことはできるのですか?」
怜央は勉強をしながらも縁寿と万里奈の話に聞き耳を立てていた。
「今のところは無理だよ? でも、できるようになるかもとは言われてたことあるみたい」
「そうなのですね。残念です」
「残念ってどうして?」
「だってもし『三次元』から『四次元』にいける方法があるのなら、私もこの世界から皆さんの世界にいけるかもしれないじゃないですか」
その言葉を聞いた瞬間、縁寿が驚愕に目を見開いた。
怜央もその話を自分の中で考えてみる。この世界はゲームの中と割り切ってはいる。しかし、現実世界からゲームの世界に干渉できるなら、逆にゲームの世界から現実世界に干渉することもできるのではないか。そう思ってしまったのも事実だ。
現実に実現できるかどうかはさておき、可能性はゼロではないのがまた厄介だった。
「多分できるよ」
さらに予想もしないことに、その疑問に答えを提示するものが現れた。しのぶだ。
「できるって、ゲームの世界から現実にいけるってことなのかな?」
そのありえない答えに縁寿が不信感もあらわに問いかけた。
「それは無理かもしれない。だけど、このゲームの世界から出ることぐらいはできるはず」
「しのぶ、どういうことだ?」
ここぞとばかりに怜央は会話に参加する。結局のところ、ゲームの世界にきてまで勉強などしたくないのだ。
「この世界はゲーム、つまりコンピュータ内の話だよね? しかも僕たちがログインしている以上、回線は繋がっている。つまり、コンピュータ内なら自由に移動できるはずなんだよ」
確かに、ここはいわばオンラインゲームの中のようなものだ。通常キャラクターは決まった世界の中でしか動けないが、そのデータをゲーム外に持ち出すことはできる。そのことをしのぶは言っているのだろうと怜央は考えた。
「でも、現実にはできないってことは何かあるのかな?」
「そういう事。ファイアーウォールみたいなものがあるよ」
ファイアーウォールは確かセキュリティの一種だったはずだと怜央は思い出していた。外部からの不正アクセスを遮断するためのプログラム。それがファイアーウォールだ。
「……しのぶ君、いくらなんでも詳しすぎないかな?」
それはこの場にいる誰もが思ったことだろう。いくらなんでもしのぶはこの世界に詳しすぎる。いくらゲーマーとはいえ限界があるだろう。
「当たり前だよ。僕、このゲームの製作者の一人なんだから」
その言葉を理解するのに怜央は数秒かかった。他の人も似たり寄ったりで、誰もが身じろぎひとつ出来ず固まっている。唯一意味のわかっていない万里奈だけがしきりに首を傾げていた。
「ちょっと待てしのぶ! お前応募したから二枚当たって俺に一枚くれたんじゃなかったのか!」
「そうだ! 僕にそういって……!」
怜央の後に続いた丈の言葉にお互い顔を見合わせた。
「お前も?」
「そっちもそう?」
そこで二人はやっとお互いが同じ理由で誘われていることを知る。そして同時にそんなことができるのは絶対に関係者だけだと悟ってしまった。
「ちなみに、勧誘した理由は本当だから。僕もモニターに参加して、ギルドでの活動の状況報告をするのが仕事。僕以外にも製作者はまだこの世界にいるよ?」
確かにこれでいろいろなことに合点がいくのも確か。怜央はため息をついて頭を抱えた。
「それでやたらと効率的だったのか」
「悪いけどそれは独学。僕が自分で考えたんだよ。僕の担当は世界構築用のプログラムだから」
「でも、しのぶも楽しむのは変わらないだよね?」
「当然。製作者だからといって特別なことはできないから」
それだったらいいかと怜央も丈も納得する。製作者の特権などがあったらつまらなくなると思ったが、それがないのならただのゲームをよく知るプレイヤーというだけ。そうなれば二人には何も問題もなかった。
「しのぶ君って他にもゲーム作れるの?」
佐奈が尊敬のまなざしを向けて聞く。少しの間そんな風に質問が続いたが、縁寿によって中断され、勉強に戻されるのだった。
テストも何とか無事に終え、テスト中ですら行っていた訓練を相変わらず二人は繰り返していた。
「はっ!」
怜央はもう剣が振れるので標的を切ることを練習の目標にしていた。ただし普通に振り抜くのではなく、徐々に手前に引くようにして振り抜かなければならない。前回は運よく切り裂けたが、今の怜央では三回に一回程度。完全にできるようになるまで動きを体になじませる。怜央の練習はそれだった。
「たぁ!」
佐奈の練習は怜央とは違い、斬ることはもう諦めていた。斬るというのは本来一朝一夕で出来る様になるものではない。怜央は多少の基礎があったためそちらの練習にしたが、佐奈には不可能と判断されたのだ。
では佐奈の目標は何か。それは突くこと。そして引きながら切ることだ。ただ引きながら切るのは、相手を切り裂く怜央のものとは違い、相手に剣を当ててから引き切りで傷つける戦法になる。突きもとどめではなく、相手の機動力を奪おうという考えで身につけていのだ。
つまり、しのぶが後衛。佐奈が牽制。そして怜央が留めを担当するという戦法になっているわけだ。
そんな反復練習を一時間ほどしたころに怜央も佐奈も休憩に入っていた。
「はぁ…… きついな」
怜央はタオルで汗を拭きながら一息つく。
「確かに大変だね。こんなに大変だとは思わなかったよ」
佐奈も汗を拭きつつ、水を口にする。この世界にスポーツ飲料の様に気の利いたものはない。佐奈が怜央から少し離れた位置に座っているのは何を気にしてのことだろうか。
「お疲れ。二人ともなかなか様になってきているね」
リードは休憩中の二人に声をかける。この時間は雑談や注意に割かれることが多い。今日も例にもれず雑談の様だ。
「そうですか? 自分ではあんまり変わらない様な……」
怜央は実感がわかないのか、自信なさげに答える。
「私は実感してるよ。最初のひどかったし」
佐奈は最初の斬りつけた時のことを思い出しているのか、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「それはそうと、一つ聞いてもいいかい?」
「何ですか?」
「君たちはなんでギルドなんて立ち上げたんだい?」
その質問の意味を怜央も佐奈も理解できなかった。このゲームはギルドを立ち上げて遊ぶゲームで、その目的を問われる意味を二人はわからなかったのだ。
「だって君たちの年でなら他にまだ仕事があるだろう? ギルドの仕事は命がけのものもある。そんな無理をする必要が君たちにはあるのかい?」
そこで初めて怜央はリードの質問の意味を理解する。怜央たちにとってはゲームの世界でも、リードにとっては現実なのだ。その当たり前のことを怜央は忘れていた。
この世界には仕事はいくらでもある。むしろ仕事ではなくても自分で畑を作り、暮らしてもかまわないのだ。その中でギルドで働くとすればそれは、腕が立つものか無謀なものだけだろう。
「必要はないのかもしれないけど、色々な世界を知る。それが俺たちの目的です」
その答えに佐奈は首を傾げるが、リードは何か納得した様に頷いた。
これは怜央の間違う事なき本心だった。世界は広い。これを実感する事は現実では難しい。しかしこの世界ならば可能かもしれない。怜央はそう考えていた。
「それは立派だね。それでまずは訓練からって言うわけだね」
「そういうことです」
怜央はなんとなく騙している様な気分になったが、嘘はついていないので別にいいかとすぐに考えるのはやめた。
質問はそれだけだったのか、リードは準備をするためにか部屋を出ていく。
「確かに色々やっていきたいよね?」
佐奈は怜央の言葉に賛同した。
「俺たちはこれからだから、やれることは色々やらないと」
俺たちはまだ何もやっていない。このゲームでやる事は本当にまだ何も。本当にこれからなのだ。やれることは準備を全て終えてからでも遅くない。この準備そのものも楽しもうと、準備運動を始めた。