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ログイン(仮)  作者: 江藤 乱世
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訓練は本当に基礎から

 次の日曜日は怜央はある場所で立っていた。


 今日は創との約束通りデートの日だ。創とは前もって時間も場所も決めている。怜央はその場所に三十分前に既にいた。


「で、約束の二人はまだか?」


 怜央は何度口にしたのかわからない言葉を口にする。


「見当たらないからまだなんじゃないか?」


 創は聞き飽きたのか、おざなりの返事をしてきた。


 実は約束の時間を過ぎて既に二十分を経過していた。怜央としては既にここに一時間近く経っていることになる。


「なぁ、本当に約束したんだよな? 早とちりの勘違いという可能性は?」


「それはない。一人の電話番号は知ってるからな。連絡はいつでも取れるんだ」


「今日はしたのか?」


「あぁ」


「それで?」


「……繋がらなかった」


「最悪だ……」


 怜央は呟かずにはいられなかった。完全に状況はボイコットされたとしか思えない。


 怜央は思わず空を仰ぎ見た。そこには沈みゆく月が見えた。下弦の月だろうか。その月には横にラインが入っているように見える。それは月に設置されたソーラーパネルだった。風情がないよなと現実逃避を試みるが、何かが変わるわけではない。


「これからどうする?」


 怜央は既にあきらめ、別の予定を考える。


 しかし、その時だった。


「ごめん、遅れちゃった」


 そんな少女の声が聞こえたのは。


「ごめんね、この子がなかなか集合場所に来な……くって……」


 少女は徐々に言葉が遅くなり、そして驚愕の表情のまま固まった。それは怜央も同じで、なかなか言葉を話せない。


「怜央君!?」


 復活は少女、佐奈の方が早かった。佐奈が話したことで怜央も話せるようになる。


「なんで佐奈がここにいるんだ!?」


 思わず怜央は佐奈を指差す。その瞬間、佐奈は指を掴んでその向きを無理やり曲げた。


「痛!」


「人を指差すのは失礼じゃない?」


 それだったら先に言葉で伝えてほしい。そう思いながら怜央は指を引っ込めた。


「何だ怜央、知り合いなのか?」


 創はにやにやしながらそう問いかける。完全に邪推しているのが見え見えだ。


「佐奈、知り合いなの?」


 相手側のもう一人の少女も創と似たようなことを考えたのか、こちらは少し嬉しそうに問いかけている。


「知り合い……だな」


「そうだね、知り合い……だよね?」


 お互いに示し合わせたようにそう答える。改めて考えると、知り合いというほども相手のことを知らないと思ったのだ。


「じゃあ、これで組み合わせは決まったんじゃない?」


 そう言って名も知らぬ少女は佐奈の背中を押す。その勢いに押されるように佐奈は怜央の前に立った。


「別行動でも良いわよね?」


 少女は佐奈の横で何かを呟くと創の手をとって怜央たちから離れていく。創は何か言いたげにこちらを見たが、振りほどくことはせず、そのままいなくなった。


「どうしようか?」


 怜央は改めて佐奈に問いかける。心なしか先程より顔が赤くなっているような気がするが、気のせいだろうか。


「そ……そうだね。どうしよっか?」


 お互いに問いかけて、まずは先のことを考えないといけないと思い、近くの喫茶店に入った。


 注文も済ませ、自分で飲み物を準備する頃には佐奈も怜央も平静を取り戻していた。


「それにしても驚いたよ。まさか無理矢理頼まれたデートの相手が怜央君なんて」


 やっぱり無理矢理だったのかと、創のしたことを考える。余程頭を下げたんだろうな。


「こっちも驚きだよ。世の中狭いっていうけど、これほど実感した事はないよ」


 いくらなんでも狭すぎるんじゃないかとも思ったが、きっとこういう偶然の連続でこういう言葉って生まれたんだろうなと怜央は何となく納得する。


「じゃあ、改めて自己紹介。私は一ノ瀬 佐奈、よろしくね」


「俺は佐藤 怜央だ。よろしく」


 改めて自己紹介をし、怜央も佐奈もどちらともなく笑い出した。今日が初対面であるはずなのに初対面ではない。そんな矛盾が面白かったのかもしれない。少なくとも怜央は意味もなく面白かった。


 しかし二人に共通の話題というのは少ない。いや、分かっているのは二人とも“ログイン”をやっていることぐらいだ。必然的に話題はそれになった。


「昨日の庭掃除、大変だったね?」


「確かにあれは大変だった…… 俺、あの後自分の部屋の掃除もついでにやっちゃったよ」


 あそこまで大量にやると部屋の掃除など簡単に見えてしまって、そうなるとついでとばかりにやってしまったのだ。


「あ、私もやったよ? なんか気持ちが掃除になっちゃってて」


「あれの報酬、一体どれくらいだったんだろう?」


「あっちの価値はわからないもんね」


 今度調べてみようと怜央はなんとなくの予定を立てる。


「それにしても、しのぶ君って何者なの?」


 確かにそれはかなりの謎だ。今更ながら考えさせられる。怜央自身も詳しいわけではないだけにあまり詳しくは言えないが。


「とりあえず、ゲーマーかな」


 それ以上の情報は怜央の中にはなかった。予想以上の知らなさに怜央はげんなりする。


「それにしても色々知り過ぎじゃない? 初めてのゲームなのに対処も完璧なんて……」


「あぁ、それについては問題じゃなかったよ。実はあれ、説明書に書いてあったんだ」


 怜央はあれから説明書を読みあさっていた。その説明書の最後に、ある注意書きがあったのだ。それがしのぶの説明した事と一致していた。


「他にもいろいろ注意書きがあったよ。でも、気にしなきゃいけないのは食事とトイレだね」


「何を気をつけるの?」


 これは知らないと大変な事になるので、怜央はしっかりと伝える。


「まず、食事はそんなに過度に摂らないこと。本当は食べていないからいくらでも食べられる。だけど、実際は蓄積するわけだから、気をつけないとゲームの世界の自分は際限なく太るんだって」


「うわぁ……」


 佐奈は思わずと言った様子で言葉を漏らす。確かにこの問題は男の怜央より女の佐奈の方が深刻かもしれない。いくら現実に影響はないとはいえ、太った自分は見たくないだろう。


「もう一つはトイレについて。トイレに行きたくなったら絶対にログアウトすること。そもそもゲームの世界ではトイレに行く必要はないんだって。だから、あのゲームにはトイレ用にその場でログアウトできる仕様があるらしい。それを使うと同じ場所にしかログインできなくなるんだって」


 こちらの問題の方が怜央としては深刻だった。これを知らなかったらどうなっていたことか、考えるだけで恐ろしい。


「そんな注意書きがあったんだね、気付かなかった……」


 佐奈は一応説明書は読んだようだが、さすがにそこまでは読んでいなかったらしい。


 確かに怜央も改めて読んだら気付いただけで、適当に読んでいたら気付かなかったと思う。


 そこで怜央も佐奈も飲み物に口をつける。話はそこで現実のものに切り替わった。


「それで、これからどうするの?」


「そうだなぁ…… ゲーセンにでも行く?」


 あまりに考えてなさ過ぎて思わず創と良く行く場所をいってしまう。


「そうだね。私たちゲーム繋がりだし」


 それでも佐奈は嬉しそうに答えた。その様子を見て、怜央は胸をなでおろした。


 その後、二人はあるリズムゲームで最高点をはじき出すのだが、それはまた別の話。




 その日の夕方近く。怜央も佐奈もログインし、しのぶと合流。当初の予定通り訓練を受ける運びとなった。


 場所はある村の一つの建物。現実世界で言えば道場の様な所だろうか。そこには藁の様な植物で編まれた円柱状の物体が何個も転がっていた。


「私の名前はリード。今日から君達を鍛える元国の騎士だ。よろしく」


 おそらく教官なのだろう人物が怜央と佐奈を交互に見ながら言った。


「あ、俺は怜央です」


「私は佐奈です」


 二人が返事をすると、リードは満足そうに頷く。


「訓練するのは君たちだね?」


「あれ? しのぶはやらないのか?」


 明らかに自分と佐奈だけで始まりそうな雰囲気に怜央は声をかけた。


「やらない。僕は後衛だって言ったでしょ」


 しのぶは壁に寄りかかり、フォーアームをいじりながら答えた。まぁ確かにナイフ(食事用)じゃ訓練もないかと怜央は納得した。


「話はついたようだし、早速始めようか」


そう言ってリードは置いてあった藁で出来たような円柱状の物体を立たせた。しかし、なかなか床に空いた穴にはまらないのか、何度も試している。


「手伝いましょうか?」


 見かねて怜央は声をかけた。


「……お願いできるかな?」


 さすがにこのままではまずいと思ったのか、了承する。そして二人がかりで二つの藁のようなもので出来た円柱状のものを立てた。


「こほん……」


さすがに手伝ってもらってばつが悪かったのか、リードは咳払いをする。仕切り直しという意味なのだろうと怜央は考えた。


「君たちは剣を握るのが初めてだと聞いている。そこで今回は君たちに剣の使い方を伝授することにした」


「使い方?」


 剣は斬るものだ。それ以上でもそれ以下でもない。そんなものに他の使い道でもがあるのかと怜央は首をひねる。


「時に怜央君、君の剣は少し大きくないか?」


 怜央の声は聞こえているはずなのだが、リードはそれには答えず別の質問をしてきた。


「確かに少し重いですけど……」


 怜央としては、長さは問題ないが、少し重い。振り回すには確かに不便だった。


「やっぱりそうか。じゃあ、この剣を進呈しよう」


 リードは今思いついたことなのか、すぐそばに立てかけてあった剣をとり怜央に差し出してきた。怜央は思わずその剣を受け取る。


「あれ? 軽い」


 その剣は見た目には怜央の持っている剣と変わらなかったが、何故か軽かった。


「それはあげるから、君はそれを使うといい」


「どうしてこんなことまで?」


 怜央たちがするのはあくまで訓練だったはずだ。それなのにここまでしてくれるリードに怜央は聞かずにはいられなかった。


「それは元々私の剣なんだよ。でも、私は大きな怪我をして騎士としてやっていけなくなった。だからこんな指南所を開いているわけだが……」


 リードは笑いながら、しかし顔は困ったように語りだした。


「まぁ、君たちはお客様第一号だから、ちょっと調子に乗ってるってこともあるんだけどね。それと、剣は使わなければ意味がない」


「じゃあ、本当にいただいても?」


「あぁ、かまわないよ」


 怜央は早速鞘から剣を抜く。やはりたいした差はなかったが、この重さなら振り回せると怜央にはわかった。


「じゃあ、まずは君たちの使い方を見ていこう。佐奈君、目の前の標的を斬ってみて」


「は……はい」


 佐奈は少し緊張した様子で前へ進み、双剣を抜く。どうも指導されるというこの空気に慣れていないようだ。


「いつでもいいよ」


 佐奈はその声を聞いて、いきなり目の前の標的を右手の剣で斬りつけた。


 しかし、


「いったぁ!」


 標的に一センチ刺さったところで剣は止まり、その反動で佐奈は自分の手首を痛めたのか、持っていた剣を投げ出し、押さえてうずくまった。


「な……なるほどね」


 あまりに思いっきりがよかったためか、リードは少面を食らったようだ。


「大丈夫?」


 あまりにも痛がるので、怜央は心配になって声をかけた。


「大丈夫……」


 絶対に大丈夫ではない声だったが、怜央はそのことに言及はしない。


「でも、何で斬れなかったの?」


 佐奈は不思議そうに自分の振った剣を見る。確かに刺さってはいるが、あまり斬れてはいない。


「それは刃の部分を当てていないからだ」


 リードは佐奈の疑問に答える。


「いいかい? 剣も包丁も刃のついたものは全て運動する方向に対して平行に刃を向けなければ斬れないんだ。包丁もちゃんと縦に斬るときは刃を下にするだろう? それにちゃんと自分のほうに引きながらでないと斬れないからね?」


 それは、刃を武器にするうえでの基本だった。それができなければ、物を斬るなどもってのほかだ。


「つまり、私のやり方じゃ無理ってこと?」


 佐奈はただ剣を横に振っただけ。自分のほうに引くことも刃の方向を気にしてもいない。それじゃあ斬れないのも当たり前だよなぁと怜央は思う。


「そうだね。まず最初はその練習からだね」


 佐奈は結論を受け、怜央に場所を譲るために剣を抜き、とぼとぼとその場から離れる。心なしか悲しそうだ。


「次は怜央君」


 そう言われて怜央は両手で剣を持ち、自分の前で構えた。


「はっ!」


 そして一息に目の前の標的を袈裟斬りにする。剣は止まることなく、たやすく標的を斬り裂いた。


「ふぅ……」


 一息つき、怜央は剣をしまう。その一連の動作が終わるまで、誰も物音ひとつ立てなかった。


「すごいよ怜央君! 私だと斬れなかったのに!」


 佐奈が尊敬のまなざしを向けてくる。怜央としては嬉しくもあり照れくさくもあった。


「怜央君、君は何か剣術をやっていたのかい?」


「昔剣道を少し」


 未だに体を鍛えているのはそのときの名残だ。健全な精神は健全な肉体に宿るとか何とか。怜央はそのことに納得はしていなかったが、太っているよりはもてるだろうと安直に考えていた。


「ケンドウ? 聞かない剣術だが、君ならしばらく練習すれば戦えるようになるね」


 意外なところで経験は役に立つものなんだなぁと、怜央は今だけ剣道やっておいてよかったと親に感謝した。

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