ギルド結成
次の日は、怜央は全く授業に身が入らなかった。日頃から入っていないと言われればそれまでだが。早く終わって放課後になれと願わずにはいられない。
放課後になり一直線に家に帰る。そして着替えもせずにすぐにログインをした。
「あれ?」
昨日指定された座標にログインしたが、そこには誰もいなかった。
遅れているのか先にいて既に行動しているのか。怜央には判断できなかったが、集合する以上動くべきではないと、その場で待つことにした。
そう言えば、服装は昨日のままだと怜央は気付いた。これがセーブの効果なのかと怜央は納得する。それからゆっくりと周りを見渡した。
そこはまだ街の入り口だった。入口には門番がいて、街は壁に覆われ全貌はわからないが、人のざわめきは沢山聞こえてくる。そして遠くには明らかに西洋風なお城が見えた。
ゲームだなぁと改めて怜央は呆れていいのか感心すればいいのかわからなかった。
「あ! 怜央君!」
そんな風に暇をつぶしていると、自分を呼ぶ声がしたので怜央はそっちを見た。
「あ、佐奈、やっと来た」
「待たせちゃった?」
「いや、実はそんなに待ってない」
そんな当たり障りのない会話から始まり、二人の会話はやはり目の前にある街に移る。
「ところでこの街、どう思う?」
「どう思うっていうか、凄いの一言だな。ゲームもそれなりにやってるけど、それがリアルになるとこんなことになるとは思ってもみなかった」
「本当にだよね。お城なんて完全に現実味がないって言うか……」
「さすがはゲームって感じだ」
まだ二度目ともなれば話の内容は尽きる事がない。全てが初体験なら全てが初めて感じるものばかり。二人は楽しくてしかたがないのだ。
「いやぁ、盛り上がっているね」
そこでやっとしのぶが合流する。しのぶは昨日とは少し違い、鞄を背負っていた。
「しのぶ、やっと来たのか」
「ごめんごめん。少し準備に手間取ってね」
準備って何だとは思ったが、鞄に何かあるのだろうと怜央は考えた。
「じゃあ、揃ったことだしいこうか」
遅れてきたのにしっかりとその場を仕切るしのぶ。しかしこの世界に一番詳しいのはしのぶなので、仕切ることに怜央に文句はなかった。
三人は怜央を真ん中にして歩きだす。ある意味二人とも怜央を中心に集まっているので、この配置は仕方がないのかもしれない。
「そう言えば、結局しのぶは何をしてたんだ?」
「ん? あぁ、そうだったね。実はこれから先、いることになる道具を先に揃えていたんだ」
「必要な道具?」
怜央は理解できずそのまま聞き返した。
「ゲームの基本でしょう? 道具を持ち歩くのって」
「……あぁ」
そこでやっと理解できた。
ゲームには色々な道具が必要になる。ゲームでは運んでいる雰囲気はないが、実際には運んでいる。つまり、このゲームでは実際には手に入れた道具は全部自分たちで運ばなければならないのだ。
「それってかなり大変じゃないか?」
「だから、僕が荷物持ちになろうと思って先に大きめの鞄を用意しておいたんだ」
初めてのゲームにこれだけ順応しているしのぶに感心していた。これだけの順能力はむしろゲームへの思い込みのが大きいとないものだった。
「でもでも、それだとモンスターとかの戦闘でとっさに動けないでしょ? エンカウント演出なんて親切設定ないよね?」
確かにそれも一理ある。しかし怜央はしのぶはあまり動けないだろうと勝手に思っていたのでそんな事はあまり気にしていなかった。
「ないだろうね。でもそもそも、僕前衛で戦えるほど運動神経ないから、前衛はやらないよ?」
「そう言えば、お前の武器って何なんだ?」
自分は両刃剣。佐奈は双剣と分かっているが、しのぶの武器については触れていない。今更気になったのでこのタイミングで聞くことにした。しのぶの言う前衛をやらないという言葉が気になったという理由もある。
「僕が初めに選んだ武器はこれだよ」
その武器を見て怜央も佐奈も絶句した。しのぶが取り出した武器はなんとナイフだったのだ。それも軍用ナイフとかバタフライナイフとかではない、攻撃力のないただの食事をするときに使うナイフだった。
「良く……そんなの選択肢にあったね?」
佐奈は呆れているのか驚いているのか微妙な表情になった。
「本当に戦闘する気がないんだな」
怜央は別にどちらでも良かったのでそこに驚きはない。しのぶには情報がもらえればいい。そして自分が動く。そんなギブアンドテイクでいいと思っていたのだ。しかし、さすがにその武器選択には驚いてしまった。
「戦闘はするよ。後衛担当ってこと」
「後衛?」
「あ、ここがギルド結成が出来るところだね」
このゲームに後方支援できる事があるのだろうかと聞こうとしたがそれより早く目的地に到着した。
「ここ? なんでわかるんだ?」
「なんでって書いてあるから」
しのぶの指示した方に思わず目線を向ける。そこには見た事のない文字が書いてあった。
しかし、
「“ギルド管理局”……」
その字は何故か怜央には読めた。いや、読めてしまった。
怜央は確かにその文字を見た事がないと知っている。しかし同時に読めてしまったのだ。元々自分の中にその文字の意味があったように。
「なんで…… 読めるの……」
佐奈も看板を見たのか読めたことに恐怖を感じたのか震えている。
「何を疑問に感じているの? 読めて当たり前。僕たちはまずこのゲームにログインしている。つまり、ゲームの情報を脳に直接入力しているってこと。それだったら必要最低限の言語についてもついでに入力しないとゲームにならないよ」
しのぶはなんて事のない様に言っているが、そんなに簡単に割り切れるものではない。まるで自分の体に異物を埋め込まれたような違和感。自分にないものがある現実。それに恐怖を感じずにはいられなかった。
「これ…… ちょっと慣れないかも……」
「先に言っておくけど、会話も書く文字もこっちの言語だから覚悟しておいてね?」
そのこれから先に起こるであろうことを言われ、この先にもこんな気分の悪いことが続くのかと思うと、気落ちせずにはいられなかった。
ギルド管理局の中は人がごった返していた。いくら大きな建物とはいえ、これだけ人がいると移動が大変だった。
三人は人の間を縫いながら、何とか登録所の前に到達する事が出来た。
「すみません、ギルドを結成したいんだけど」
話しかけたのはしのぶだった。しのぶの口から出るのは聞いたこともない言語。しかし同時にやはり理解出来てしまう。
(俺もあの言葉、きっと話せるんだろうな……)
まだやっていないけどそれが出来るとわかる。まるで、昔からなじんできた言葉であるかのように。
「ギルドですか? それでは、こちらの書類にギルド名と三人以上のメンバーの名前をご記入ください」
受付の男性は慣れた様子でよどみなく言った。それを受け取ったしのぶは書きだそうとして、止まった。
「ギルド名、どうする?」
「そう言えば決めてなかったな」
今更名前を決めていなかったことに気付き三人は迷う。
「はいはい! 双剣騎士団が良いと思う!」
「完全に自分のギルドにするつもりでしょ。そもそもここのリーダー誰にする?」
しのぶと佐奈は言葉を交わしながら目線を怜央に向ける。
「え? まさか俺?」
「まぁ、僕は君についていくつもりだし」
「私も怜央君についてきたんだから、やっぱり中心は怜央君だよ」
確かにこの集まりは怜央の知り合いで集まっている。中心になるとしたら怜央しかないだろう。
「分かった。ギルド名は『ザ・ワールド』。このギルドを誰よりも先に世界にとどろくギルドにするぞって意味だ」
怜央は自信満々に宣言する。これから何が起こるのか胸躍らせながら。
「いや、リーダーにはしたけどギルド名は別だよ?」
そこに思いっきりしのぶから横やりが入る。その瞬間に怜央のテンションは一気に下がった。
「そうだよ。勝手に決めないで」
とどめとばかりに佐奈も口を出す。リーダーとはいえ、あまり発言権はないようだった。
「……じゃあ、どうするんだ?」
「それは僕に決めさせて。名前は『ディメンジョン』ってどう?」
「え~! 双剣騎士団にしようよ」
佐奈は諦めきれないのかもう一度同じ名前を口にする。ギルドを作ると決めた時から決めていた名前なんだろうなぁとなんとなく察した。
「……俺はしのぶに賛成だ」
怜央はしのぶに賛同する。このままでは完全に泥沼化すると思ったのだ。
「……じゃあ、しょうがないかな」
二対一になったためか佐奈も簡単に折れる。この瞬間にギルド名は『ディメンジョン』に決定した。
名前が決まれば後は順調で、怜央、しのぶ、佐奈の順に名前を書いていく。そのとき怜央は知らない文字を勝手に書く自分に顔をしかめ、佐奈は震える手で文字を書いていった。
「これで申請は終了です。承認されるまでに一日かかりますので、それまでお待ちください」
受付の男性の声を受けて、佐奈と怜央は顔を見合わせる。そんなところまでリアルにしなくても……と考えてしまったのだ。
「それじゃあ、今日は解散だね」
やることもないのでその日はしのぶの言葉のままに解散し、ログアウトした。余談だが、街の中ではログアウト出来なかったので外まで移動しなければならなかった。
今日は土曜日。学校も休みなので怜央は朝からログインしていた。
しのぶも佐奈も前日に打ち合わせをしてギルドを登録した街に集まることになっていた。
ログインすると、既に佐奈もしのぶも待っていた。
しかしどうも雰囲気がおかしかった。どう見ても佐奈がしのぶに詰め寄っているように見えるのだ。
「あ、怜央君、ちょっと聞いてよ」
佐奈はすぐに怜央に気付き、やはり憤慨した様子で詰め寄ってきた。
「な……なに?」
「しのぶ君酷いんだよ。もう依頼受けちゃったの」
ギルド一つにつき依頼一つという制度は実はない。おそらく佐奈が言っているのは三人でやる依頼をしのぶが受けたということなのだろう。怜央はそう考えた。
「しのぶ、何の依頼受けたんだ?」
内容によっては佐奈も文句を言わないだろうと聞いてみる。
「ある邸宅の庭の掃除。意外と報酬はいいんだよ」
が、明らかに火に油を注ぐ答えだった。しかし佐奈の反応を見る限りそれは承知の上だったらしい。どうもそれも込みで怒っていたようだ。
「しのぶ、これにも何か考えがあったりするのか?」
しのぶはゲーマーだ。少なくとも怜央はそう思っている。そのしのぶがこんな楽しそうではない依頼をわざわざ受けるには何か理由があると思ったのだ。
「まぁそれなりに。実はこの依頼で貰った報酬の使い道ももう決まっているんだよね」
そう言ってしのぶは一枚の紙を怜央に差し出してきた。それを受け取らずにそのまま読むと、そこには『現役兵士が訓練します』の見出しがあった。
「もしかして、俺達を鍛えるつもりか?」
「そういうこと」
「でも私はそんなことしなくてもちゃんと大ムカデ倒せたよ?」
「それでも、だよ。やっておくべきだよ。その話は依頼の現場に向かいながらにしようか」
依頼は一度受けると拒否はできない。出来ない事ではないが、拒否をすると依頼失敗になりギルドの評判が落ちる。そうすると、次から依頼を受けにくくなる。そうやって信頼を勝ち取っていかなければ大きな依頼は受けられない。
小さなものとはいえ拒否できないのは佐奈も分かっているのだろう。渋々ながらしっかりとついてきた。
「まずこのゲームは現実の体と寸分たがわない容姿と力を発揮できるようになっている。そこまではいいよね?」
「問題ないよ」
佐奈は不機嫌さを前面に出しながら答える。どうも馬鹿にされている気分になるらしい。
「でも、どうしてそうするのか知っている? むしろゲームとしては強くしておいた方が面白いと思わない?」
言われて初めて気付く。確かにゲームとしてはもっと派手にもっと色々な動きを出来た方が楽しいに決まっている。それでも製作者がそうしなかったのは必ず何か理由があるはずなのだ。
「実はそれは現実との差を広げないためなんだよ」
「現実との差?」
「もしもの話をしよう。もし君が今ジャンプして五メートル飛びあがれるようになったら、着地できる自信ある?」
「あー……」
無理だろうと怜央は思った。いや、出来るかもしれないが、他のことで色々問題がある。
移動速度、筋力、はては身長体重まで、他にもいろいろ強化できるものはある。しかし、それは現実との差を広げるばかりだ。もしこちらの世界に慣れれば、今度は現実世界での生活に支障が出る。自分ではない体を使うとは考えただけでもそれほど難しいことなのだ。
「つまりそういうこと。ちなみに、こっちの世界でだけ鍛えても仕方がないから。それをやるとやっぱり現実との肉体の差で混乱が生じるよ。やるなら現実世界でも頑張らないとね」
「このゲームって意外に面倒なんだね。そこまで気にしなきゃいけないなんて」
佐奈も納得したのか、もう不機嫌ではなくなっていた。むしろ今はばつが悪そうだ。
「そのためのモニターが僕たちだよ。他にもいろいろ問題点があるから気をつけてね」
その問題点は口にする気はないらしい。確かに一度に説明されても覚えきれない可能性もあるので、それで充分だった。
「まぁとりあえず今は、下準備に精を出そうか」
そう宣言した怜央が邸宅に到着したとき、そのあまりの庭の広さに心が折れそうになったのは、ご愛敬である。