エピローグ その7
明らかに弾丸はしのぶを貫いていた。しかし目の前のしのぶには傷一つなく、椅子から落ちていたり、少し後ろにしのぶが移動していたりしなければ、今の出来事は気のせいだったと考えてしまいそうだった。
「確かに残りの全弾は命中したはず……!」
「確かに。それは事実だよ。いや、事実だったというべきかな」
しのぶは腕を伸ばし、手のひらを上に向け、見せつけるように手のひらから銃弾を落とした。
「事実だった? もしかしてしのぶ君、現実を書き換えた? でも、どうやってやったんだよ?」
『遅延? 損傷による自動感知?』と縁寿は問いかけながらも自問するように言葉を続けている。
「理解できないかい? そんなことはない。既にヒントはあるはずだけど」
しのぶはフォーアームをいじり、既に臨戦大勢だが、会話はいつもと変わらぬ口調で続けられている。
「……まさか、怜央君がログインした時に出会ったのは……」
縁寿はその答えに至り、言葉を失う。そして、怜央も遅れてその言葉の意味を理解した。
「『ログイン』世界のしのぶも本物ってことか? ゴッドのようにコピーを作ったのか!?」
つまりは『ワールド』と同じ原理だ。違うのは同じ場所に二人がいるのではない。しのぶは一人が現実世界。もう一人がログイン世界に配置し、お互いに補助しあっているのだ。
「そういうことだね。それでどうする? やりあう?」
しのぶは既に準備を終えたのか、フォーアームに手をかけている。
怜央は周りを観察する。
今上ってきた出入り口まではおよそ十メートル。そこ以外にこの場から逃げる手立てはない。しかし、出入り口まで逃げるにはしのぶに背を向けることになる。しのぶの攻撃をしのぎながらの撤退は現実的ではない。
では応戦するのか。それこそ無意味だと怜央は考える。
そもそもしのぶを運よく倒せたとしても、先ほどのようにすぐに回復するのは目に見えている。戦うのは無意味だ。
ここまで半ば勢いで来てしまっている。それゆえにしのぶへの対策をしっかりとはしていない。しのぶの手の内が未知数である以上、対策も何もないのだが。
「ま、とりあえずそっちがどう動くにしても、先手必勝だよね。プログラムナンバー2“神の槍は万物を貫く”」
何の対策も思い浮かばぬまま、しのぶは行動を起こす。
「プログラム認証。発動します」
しのぶの言葉に呼応するように今まで全く動きのなかった万里奈が言葉を発した。その声は平坦で、何の抑揚もない。
「やばい!」
その言葉の意味を怜央は瞬時に理解し、佐奈を抱えて横に跳ぶ。その視界の端に空間から現れるナイフが映った。
視界に映る映像が徐々にゆっくりと流れていく。
間に合わない。怜央はそう理解しながらも体はこれ以上早く動かない。これが走馬灯なのだろうかと、あまりに長すぎてどうでもいいことを考えてしまう。
「…………―――――――――」
「え?」
怜央はその時何かを聞いた気がした。しかし、それが何なのかを考える前に、攻撃範囲から外れる前に、ナイフは放たれた。
轟音と突風。そしてその後の静寂。怜央は本当に死ぬのだと思った。しかし、抱えている佐奈のぬくもりを感じ、自分は生きているのだと理解した。
「よくかわしたね」
かわした? その言葉に怜央は疑問を感じてしまう。
確かに怜央は攻撃範囲から逃げることは出来なかった。それが間違っているとは怜央には思えなかったのだ。わざと外したか、外れてしまったのか。そのどちらかだと怜央は考えた。
「かわしたなんて大げさなんだよ? 初めから殺すつもりなんてなかったくせに」
今は熟考する暇などない。考えるのはあとでいい。怜央は疑問をすべて頭の隅に追いやった。
「どうしてそう思う?」
「簡単な理屈だよ? あたしたちを最初に消さなかった。それが答えなんだよ?」
怜央は佐奈を立たせながら縁寿としのぶのやり取りを聞く。なんと丈と縁寿はその場から動いていなかった。
「さすが縁寿だね。やっぱり気づくか」
「僕も最初は何を言ってるのか理解できなかった。だけど、確かに縁寿の言うとおりだった」
「紫の鎧で消された人たち。あれはランダムに見えて実は順番が決まってたんだよね? 因果を保つために」
縁寿は答え合わせの続きなのか、一人で説明を続ける。
「因果って言っちゃうと大仰かな。要は原因と結果って言ったほうがいいかな? つまり、万里奈ちゃんの魔法が開花したのは私たちがいたから。別にいなくてもよかったかもだけど、結果として私たちがいたから万里奈ちゃんの魔法が開花した。だから、私たちを消すと矛盾が生じてしまうんでしょ?」
縁寿が言っていることは怜央にはなんとなく理解できた。
今しのぶが魔法を使えるのは万里奈のおかげである。そして万里奈が魔法の才能を開花させるきっかけは良くも悪くも怜央たち、そしてゴッドたちである。しのぶがやっている『人を消す』という現象は何もその人を消すだけではなかったのだ。その人を居なかったことにする。それが正解なのだろう。そしてその人がやったことを別の人に置き換えていく。それが今しのぶのしている作業なのだ。
師匠に会った時にも確かに言っていた。騒動は『人が消えている』からではなく『紫の鎧が外を徘徊している』からだと。つまり、人が消えていると認識されたのは目撃者が増えた結果であり、いなくなった人のことはだれもかれも忘れていたのだ。
「その通りだよ。僕がしているのは一人ずつ人を消し、万里奈の魔法が消えないように因果のつじつま合わせをすること。そのためには外堀からやっていくしかない。君たちを今すぐ消すのは確かに不可能だよ。出来るんだったら速攻で君たちから紫の鎧けしかけるからね」
確かにその方が効果的だと怜央は妙な納得をしてしまう。
「ちなみに万里奈みたいに操ることも不可能だよ。どうも生き物は複雑すぎて僕には無理みたいだ」
その言葉に怜央の眼が鋭くなる。それに気づきながらもしのぶは続ける。
「それでも、殺せないわけじゃない。今のは確かに殺すつもりはなかった。怪我を負わせるつもりだった。警告ってやつだね。無傷なのは予想外だけど。それで、これからどうする?」
しのぶはこのまま攻撃を続けようとはせず、あえて問いかけているようだった。しのぶも出来れば殺したくないと思っているのか。それともこのまま下がってくれるなら手間がかからないと思っているのか。どちらかはわからないが後退するチャンスだった。
「ここは素直に退かせてもらうよ」
怜央は即決で誰にも相談することなく判断する。
「英断だよ。怜央」
「確かにここは退くべきなんだよ」
四人はしのぶに背を向け、その場を後にする。必ず助けに来る。そう心の中で万里奈に誓いながら。




