エピローグ その6
塔の頂上には思いの外早く到達できた。いや、できてしまった。
そもそも、この塔は見た目だけでもどのビルよりも高い。それなのに登ってきたのはせいぜい十階程度の階段でしかない。それもしのぶの仕業だと言われればそれまでだが、紫の鎧のことといい、今回の塔の件といい、しのぶにしては雑な警備だとしか思えなかった。
しかし、今はそんなことを考えている暇は怜央にはない。なぜなら眼前には既にしのぶが立っているからだ。
「君たちはどうやって…… いや、それよりもどうやら話し合いが必要なようだね」
しのぶは驚いたように何かを言いかけたが、すぐにいつもの様子に戻った。
「そうだな。話し合いが必要だ」
怜央は視界に入っている万里奈の事は無理矢理に意識から外し、話し合いに応じた。
「じゃあ、場所を用意しようか」
そう言ってしのぶはフォーアームをいじると、まるで蜃気楼が現れるように徐々に椅子と机が現れ、遂にははっきりと見ることができるようになった。
「どうぞ。座りなよ」
怜央達はお互いに顔を見合わせ、頷き合うと、それぞれ椅子に座る。
「しのぶ、やめる気はないのか?」
怜央はいきなり核心的な質問をぶつける。これで終わるわけがないと思いながらも、聞かずにはいられなかったのだ。
「途中で投げ出すほどの覚悟なら、こんなことを始めたりはしなかったよ」
それはなんとなく怜央もわかっていたこと。その思った通りの答えにしかし、怜央は憤りを感じずにはいられなかった。
「それよりこんなことをした動機についての質問はないの?」
次の質問がなかなかなかったからか、しのぶの方から促される。
確かにそれは大きな疑問だった。しのぶにそんな大きな野心があるようには見えなかったというのが怜央の正直な感想であり、自分の願うことはどうにかしてしまうだろうというのが怜央の評価だった。
だから、初めは本当に何のためにやっているのか怜央には理解できなかった。しかし今は、これほどのことをする理由を怜央はわかっているつもりだった。
「『お姉ちゃん』のため、だろう?」
その答えを教えてくれたのは創だった。佐奈と丈は意味がわからずに首を傾げているが、縁寿はなんとなく覚えがあったのか、納得顏をしている。そしてしのぶは静かに目を閉じた。
「俺たちが遊んでいた『ログイン』の世界。あれを作り出したのは確かお前の言うお姉ちゃんだったよな?」
「……そうだね。その昔話したかな?」
しのぶはゆっくりと目を開き、質問に答える。その眼はいつもの何を見ているのかわからない遠い目ではなく、はっきりと意志を示す力が宿っていた。
肯定をうけて、怜央はさらに答え合わせをしていく。
「だけど、何故かネット上では『ログイン』世界を作り出したのはしのぶ、お前ということになっていた。その意味が俺にはすぐにわかった」
しのぶがそんな嘘をつくはずがない。そして、その『お姉ちゃん』という存在を語る時のしのぶの尊敬の念は演技とは思えない。
「その人は、もう亡くなっているんだな?」
そしてそれが導き出す答え。それが怜央の辿り着いたものだった。
「正解だよ、怜央君。この答えに辿り着くのは縁寿が先かと思っていたけど、君の方が先だったね。本当に君は会った頃とは違って成長したね」
しのぶは本当に感心したように言う。
「もしかして、しのぶ君がやろうとしているのは、死者の蘇生なのかな?」
縁寿は驚いたようにそう言った。
死者の蘇生。おそらく大切な者を失ったことがあるものならば、誰もが一度は願うだろうこと。しかしそれは同時に人類の禁忌とされているもの。成し遂げたものもいないのに禁忌。人は本能的にその成果を避けているのかもしれない。
「そうだね。概ねはそうだよ」
しのぶは相変わらずの軽い雰囲気のまま肯定する。
「でも、本当に死者を蘇生させるわけじゃない。それじゃあ、コピーを作るのと変わらないからね」
その感覚は怜央にはなんとなくだが理解できた。
例えばの話をしよう。
自分の遺伝子から自分の体を作り出し、そこに自分の記憶を移し変えたとしよう。では、そのとき出来た方は本物か否か。理論的には自分の記憶を移し変えているのだから自分だと言える。しかし一方で自分という個体ではなく、別の個体が存在している地点で自分ではないとも言える。
つまりはそういうこと。しのぶは自分で『お姉ちゃん』という存在を造りだしたとしても、いくら同じだといっても納得できない。そう言っているのだ。
これは些細な違和感かもしれない。しかし、しのぶはその些細な違和感すらも嫌ったのだ。
「だから僕は時間を巻き戻すことにしたんだ。お姉ちゃんが死んだ事故の前まで」
造って違和感があるのならば、全てをなかったことにしてしまえばいい。乱暴ではあるが、理に適っている。しかしだからといって納得できるものではない。
「そんなことが出来るのか!?」
「現在検証中だけど、たぶん出来るよ。だからこその初期化宣言だったんだから」
確かにしのぶは世界を一度初期化するといった。しかしそれでも過去の世界を造りだすことになるのではないかと怜央には思えた。
「過去の世界は僕が創造するわけじゃない。文字通り巻き戻すんだ。コピーではなく、このオリジナルの世界を」
怜央の心の内を読んだようにしのぶは言葉を続けた。
「だから、皆には害はないんだよ。わかったら邪魔しないでくれる?」
確かに時が戻ったところで怜央には何の損もない。納得は出来ないが、別に怜央としては知らない内に時が戻されたところでどうでも良かった。いや、わかっていたところで戻れば記憶も一緒に消えてしまう。経験を失うのは少しもったいないような気もするが、それ以上に怜央にも譲れないものがあった。しのぶにも譲れないものがあったように。
「害がないのは嘘なんだよ。この計画には既に犠牲者がいるんだよ?」
怜央が黙ったからだろうか、今度は縁寿が口を開く。
「どうせ元に戻るんだからいいじゃないか」
「それでも犠牲者には変わりないんだよ?」
二人が何を話しているのか怜央には理解できない。しかし怜央には縁寿が許せなかったのはこのことではないか。そう思えた。
そう、この場にいる人は何か許せないことがあるからここにいるのだ。そうでなければ大人しくしていたに違いない。
しのぶは沈黙し、何も言わない。このまま話が終わるのかと怜央は危惧したが、縁寿が親切にも説明してくれる。
「しのぶ君は今回のことをおそらく最初から計画していたんだよね。ログイン世界は造ったしのぶ君はずっと世界を観察していたはず。その中で、見つけたんだよ。魔法という存在を。それからこの計画は始まったんだよ」
もしかしたら、この説明はしのぶへのあてつけもあったのかも知れない。事実、言葉の端々に険があった。
「それからは全部計画通りなんでしょ? 『ワールド』を作ってログイン世界の住人はもちろん、他の製作者に魔法の存在を気取られないようにして、魔法の素養があると思われる万里奈ちゃんを仲間にして。自分の計画が露見しないように別の大きな事件をログイン世界に起こした。何か間違いはあるのかな?」
「ちょっと待って。しのぶ君がゴッドと関係あったってこと?」
佐奈は話についていけなくなりそうだったのか、口を挟んだ。
怜央も佐奈の意見に同感だった。そもそもゴッドがあの世界で文字通りの神なろうとしたのは本人の意思であり、操る術などしのぶには存在しないはずなのだ。
しのぶは何も答えない。ただ四人の答え合わせを静かに聞いている。
「今までの話からの推測でしかないけど、たぶんあたしは間違ってないんだよ? それに、ゴッドを操るのはそんなに難しくないんだよ。元々野心家なら力を与えてあげればいいんだから」
縁寿のいう力とはおそらく魔法のことだろう。しかし、少なくともゴッドは自分で魔法を作っていた。決してしのぶが渡していたわけではない。
「違うんだよ」
誰も気づいていないと判断したのか、縁寿はなおも語る。
「魔法を与えたわけじゃない。しのぶ君はゴッドに魔法の知識を与えたんだよ。その方法は最初からあったんだよ」
「あ……!」
そこまで言われて怜央は気づいた。ログイン世界に入ったときに最初に感じた違和感。それを使えばゴッドに知らない知識を植え込むことも可能ではないかと。
そう、『ログイン』のゲームは初めからやっていたのだ。未知の知識をその人の中に入れるということを。それを使えばゴッドに魔法を作る技術を伝授することが確かに出来る。
「……縁寿を仲間に引き入れたこと、本当にたまに後悔するよ」
しのぶは観念したように口を開いた。
「そうだよ。全部縁寿のいう通り。全部が全部計画通り。ゴッドがログイン世界の住人になったことと、縁寿が仲間になること以外は」
「あれ? 私は?」
佐奈は思わずといった感じで声を出した。そして不思議そうに首をかしげる。
「君は初めから仲間にするつもりだったよ。その為に怜央の近くにログインさせたんだし」
しのぶは悪びれた様子もなく打ち明ける。そもそもそのあたりのことで悪いことをしたと思っていることはないのかもしれない。怜央もそれを責める気にはなれなかった。そもそもそれがあったから佐奈と接点が見つかったのだから。
「それよりもわからないことがあるんだよ。しのぶ君が何でゴッドを使ったのかってことが。あの人は完全に力不足。下手すると騒動が起きずに終わる可能性だってあったんだよ? そんな不確定要素にしのぶ君はどうして賭けたのかな?」
それだけはどうしても理解できないのだろう。しのぶにしては非効率だと考えているのかもしれない。
「あぁ、そのことね」
その瞬間、しのぶの目が確かに変わった。それに伴って表情も変化していく。
それはまさしく狂気。しのぶが見せる初めてといっていい強烈な感情。
その表情に怜央は思わず刀に手をかけた。
「あいつらは生きる価値なんてない。あの三人がお姉ちゃんをひき殺したんだ。それだけでは飽き足らず、飛び出してきたのはお姉ちゃん? ふざけるな! 僕は見ていたんだ! なのに誰も信じない! こんな世界……!」
そこまで口にして、しのぶは我に返ったように言葉をとめる。そしていつもの表情に戻った。しかし、目には変わらず狂気が宿っている。
「あの三人は時を巻き戻してもこの世界にはいないよ。彼らがいたらまたお姉ちゃんが死んじゃうから」
確かにこの世界を過去に戻すというのなら、まったく同じまま戻せばまったく同じように時が流れてしまう。そうならないために処置をするのは当然といえば当然だ。
「……やっぱり、説得は無理か」
それに納得できるかどうかは別問題だが。
「何を言っているの? ここには答え合わせにきただけでしょ?」
しのぶは当たり前のことだといわんばかりにそう指摘する。
「それより、君たちはどうやってこの塔に――――」
珍しいしのぶの質問は、最後まで言葉にはならず轟音が遮った。
怜央はその音に驚き思わず身をかがめる。音が近かったせいか、耳鳴りがしてうまく聴覚が機能していない。しかしすぐに音源を確認した。
音の正体は丈の銃声だった。それも全弾打ち尽くすつもりで撃ったのか、未だに引き金を引いている。
「交渉の余地がないなら、終わらせるしかないだろ?」
丈は全弾撃ちつくしたと判断したのか、銃をしまう。慌てて正面のしのぶの状態を確認する。しのぶは後ろに倒れ、その場で動かなくなっていた。傷までは見えないが、確かに赤いものがしのぶを中心に広がり始めていた。
「丈! 何でこんなことを!」
怜央は振り返り、丈をにらみつけながら怒鳴るように言った。そうしなければ会話が成り立たないほど聴覚が麻痺しているということでもある。
「今更殺しはだめだとか法律を持ち出したりはしないよな?」
丈は大きな声でただ冷静に答える。
「…………―――――――――」
確かに今更そんなことを論じるつもりは怜央にもない。しかし、怜央にはその覚悟が足りなかったのだ。そのことを今さら自覚し、反論することはできなかった。
「それでも…… 少し乱暴じゃない?」
「本当だよね」
佐奈の弱い反論に当たり前のように続いた声に怜央は思わず声の方に振り返った。他の人も同じほうを向き、言葉を失った。
「判断は的確だけど、乱暴でしょ」
そこではしのぶが起き上がっていた。




