エピローグ その5
塔まであと少しという場所に来たとき、四人はあるものを見つけた。それは、普段は絶対に見かけない戦車だった。
「自衛隊の……だよな?」
怜央は物陰から覗き込むようにしながら言う。
「だと思うよ? あたしも詳しくないんだよ?」
「こんなのそろえられるのはさすがに自衛隊以外ないだろ」
確かにそうだと怜央は納得し、もう一度覗き込む。
四人はここで足止めされている。それは決してその戦車を警戒して見ているわけではない。自衛隊の戦いを見守っているわけでもない。そもそもそこには誰一人としていなかった。いるのは紫の鎧のみ。それが塔を守るように一列に並んで行く手を阻んでいた。数にして六体だが、倒し方もわからない以上、相手にできるものではなかった。
「駄目だった。やっぱりこの道以外あの塔へは向かえないみたい。壁がぐるっと囲ってるみたいだし」
佐奈は今ある道以外に道はないかと先行してこの道以外にないかを探しに行っていた。無理しない程度にではあるが。
「紫の鎧がいないからそんなことだろうと思ってたけど、案の定なんだよ」
この周囲には目の前で一列に並んでいる紫の鎧しかいない。塔にある一定にまで近づいた辺りからまったく見かけなくなっていたのだ。不審に思いながら進んでいたらこの状況に出くわしていた。
「壁で囲んで出入り口はこの一本道だけ……なんだろうな」
一周確認したわけではないが、あったとしてもこの状況と変わらないのだろうと怜央は考えていた。
「強行突破するとしてもそれも難しいしね」
丈は銃の弾数を確認しながら言った。当たり前だがこの世界に『リロード』などという都合のいい魔法は存在しない。丈が銃を撃てるのは弾数だけなのだ。
「銃ならきっとあそこに落ちてるから大丈夫なんだよ」
それを見た縁寿は前方を指差しながら言った。確かに自衛隊の装備も残っていそうなので、手に入る可能性は高い。
「目下の問題は目の前の紫の鎧だね」
佐奈の言うとおり、紫の鎧をどうにかしなければ塔にはたどり着くことができない。そしてその方法も限られていた。
「囮、やろうか?」
縁寿が早速ひとつの作戦を提示する。
「いや、囮作戦を決行するにしても縁寿は駄目だ」
怜央は囮など使えないという駄々ではなく、現実的に得策ではないためにその意見を却下する。
「そうだな。やるなら僕が適任だ。武器も役立ちそうにないし」
怜央もその意見に頷く。先程から見ている限り、丈の武器はおそらくもうほとんど使えない。
三人は怜央の決断を待つため、こちらを見据える。
怜央は最後に決断するために、何か奇跡が起きないかと紫の鎧を最後に観察した。しかし、相変わらず紫の鎧は微動だにせず、道を遮断するように一列に並んでいた。
「ん……?」
初めは目の錯覚だと思った。視界の上側、そこにきらりと何かが光った様な気がしたのだ。光ったというよりは、光源の光を反射したような、ガラスを見たようなそんな光だった。その光はすぐに見えなくなったが、注意してみれば、その周辺でいくつもの光が確認出来た。その形状は紐状で、とても長い。そして、紐は一体につき三本ずつ確認できた。
怜央はそれにより、紫の鎧の正体を悟った。
『プログラムナンバー1“世界は神の玩具に過ぎぬ”』
しのぶが言っていた魔法は確かに意味があったのだ。
玩具。そう、紫の鎧はまさに玩具だったのだ。
「三人とも、紫の鎧の上に光るもの見えるか?」
怜央は言葉で説明するよりまず、自分の錯覚でないことを確認するために三人に確認を促す。
「……あれ? 何か見えるんだよ」
「確かになにか紐みたいな細いものが……」
「紫の鎧まで繋がってる……のかな?」
やはり三人にも見えるのかと怜央は安堵する。本当に自分の目がおかしくなったのかと少し心配だったのだ。これで安心して自分の答えを披露できると怜央は意気込む。
「マリオネット……でいいのかな?」
しかし、怜央よりも先に縁寿が答えを口にしてしまった。意気込みを若干削がれたが、それでも怜央は自分の考えを言う。
「俺もそう思う。紫の鎧は紐を使って吊っているだけの人形だったんだ」
そう考えれば合点がいく。紫の鎧はただ紐で吊るされ、その紐を動かすことで動きをつけるだけの人形だったとすれば、紫の鎧を銃で撃ち抜いたところで意味はない。本体は鎧ではなく、上空に伸びる紐の先にあるのだから。その紐がどこまで伸びているのかはわかならない。もしかしたら端などないのかもしれない。ただ紫の鎧は世界を人形劇の舞台にしたかのように闊歩しているだけである。
しかし、これだけのことがわかれば十分だった。要は紫の鎧を止める方法がわかればいいのだから。
「それじゃあ、あの紐を切れば、動きを止められる?」
「そうなるだろうな。僕には無理そうだけど」
「銃で切るのは至難の業だろ。弾数もないから、今回は温存しておいてもらう」
「じゃあ、怜央君と縁寿ちゃんがメイン?」
佐奈も一応は剣だが、突くことはできても切り裂く練習はほとんどしていない。相手が紐といえど、簡単に斬れるかどうかは微妙だった。
「そうだな」
この会話で大まかな方針は決定された。これから突撃するのは怜央と縁寿であり、丈と佐奈は待機である。なぜ待機かといえば、もしも今までの推論が間違っている場合、二人はなんの対処もできず、他の人同様に消されるからだ。全滅は可能な限り避けたい。そう考えた結果だった。しかし、確信を得るためには試してみるしかないのだ。
「行くか」
「いつでもオッケーだよ」
縁寿はまだチェーンソーを起動させてはいない。動かせばどうしても音がするのでぎりぎりで動かすつもりなのだ。
怜央は息を整え、一呼吸置く。
「行こう!」
二人は同時に物陰から飛び出す。紫の鎧まで十数メートルの地点まで近づいたとき、紫の鎧の動きに明確な意図が見られた。明らかに二人を囲むように移動している。流石に囲まれれば分が悪い。それが完了する前に二人はそれぞれ別々の目標を定め、突撃する。
「はっ!」
まずは紫の鎧の左腕辺りにあるだろう紐を狙う。じっくり見る時間がない以上、この辺りという大雑把な見積りで斬るしかないのだ。
怜央が確かな感覚を手に感じた瞬間、目の前にいる紫の鎧の腕がだらりと下がった。
「縁寿、当たりだ!」
「了解だよ!」
縁寿がその言葉を待っていたようにチェーンソーを起動させる音が怜央の耳に届く。
怜央はそれに反応することなく続けて目の前の紫の鎧の右腕の紐を狙う。不思議なことに相手は回避行動を取ることなく、簡単に切り裂くことができた。
どうして回避しないのかと疑問に思いながらも、怜央は残りの一本に狙いを定める。やはり回避行動を取ることなく、紫の鎧は力なくその場に崩れ落ちた。
次の鎧に狙いを定めながら、怜央は思考を巡らす。
回避行動をとらないということは、避ける必要がないか、避ける気がないかのどちらかだ。罠という可能性もあるが、全部斬って何も起きないのだからそれはないと考える。
前者の可能性はほとんどない。一度目ならば慢心もあるだろうが、二度目、三度目ともなれば話は別だ。つまり考えられるのは後者。つまり避ける気がないということだ。
避けないということはその考えが浮かんでいないということ。しかし、攻撃されているのにその考えが浮かばないなどということがあり得るだろうか。
そこまで考え怜央はもう一体の紫の鎧を行動不能にする。それと同時に、これはしのぶが起こしている現象だということを思い出した。
怜央の中で情報が繋がり、今起きていることの推論を導き出す。本人は気づいていないが、かなりの成長だった。
「縁寿、こいつら回避行動を取れないんだ」
そう。とらないのではなく、とれない。紫の鎧はあくまでしのぶが操っている人形であり、しかししのぶが常に見張っているわけではない。つまり、ある程度は自立しているが、必要以上の行動を取ることができない。そういうものなのだ。
「でもそれだと、しのぶ君はあたし達に何も対処してなかったことになるんだよ?」
確かにそういうことになる。あの何事も見通すしのぶが確実に邪魔をしに来るだろう自分達に何も対処していなかったのか。それはありえないと怜央も考えるが、しかし同時に怜央は逆に考える。しのぶは自分達に対処していなかったのではなく、本来は対処する必要がなかったのではないのかと。
根拠と呼べるものはほとんどない。ただ、しのぶが対処していなかったと考えるよりは、対処していたが何らかの要因でそれがうまく機能しなかったと考えたほうがしっくりきたのだ。
「その辺りの推測話も後にしよう」
「確かに」
残っているのは気づけば残り二体。むしろ話すほどの余裕が生まれているのだが、それでも油断はできない。
結局何も起きず、六体の紫の鎧を行動不能にすることに成功した。
「罠じゃないかと警戒し続けたんだけど、取り越し苦労なんだよ」
「確かにここまで何もないと逆に不安になるな」
そう答えながらしかし、怜央の中ではなんとなくの答えは出ている。それでもそれは突拍子もない思いつき。この場で伝えることに意味はなかった。
「二人ともさすがだね」
ことが済んだと見たのか、佐奈と丈が既に近くまで移動していた。
「でも、何もないのは逆に不自然だ。罠も何もないなんて……」
丈としても何もないことを不気味に感じているようで、未だに周りを警戒していた。
「ここで考えても仕方がない。今の騒ぎでいつ紫のよろいが集まってきてもおかしくないから、さっさと移動しよう」
怜央の提案に皆はすぐに従い、その場から移動する。しかし、いや、やはりというべきか何の妨害もなく、四人は塔の入り口に辿り着いた。
「本当に不気味だな」
丈は文句を言いながらも、周りを警戒し続けている。しかしそんなことをしているのは丈ぐらいのもので他の三人はほとんど諦めていた。
「こうやって精神を磨耗させていくさせていく作戦なのかもだよ?」
縁寿はどうでもよさそうに投げやりに言う。もうほとんど何もないと結論づけたようだ。
「そんなまどろっこしいことしのぶ君がするかなぁ」
佐奈はありえないといわんばかりに誰に言うわけでもなく言う。
「なぁ、現実逃避はこれくらいにしないか?」
塔に入ってすぐに四人が会話しているのには意味があった。この塔は見かけ通りに高い。しかも石造りでかなり昔からあるような建物には見える。そして、そんな建物にエレベーターなどという便利なものは備え付けてあるわけがない。つまり、
「階段、さっさと上るぞ」
そういうことだ。
怜央の一言に、三人は肩を落とす。
「上が見えないなんて反則だよね……」
これがあったから警備が薄いのではないかと本気で考えてしまうほど終わりが見えない階段。ここまで来ての普通の嫌がらせに四人は心を折られかけていたのだ。
「やられるならもっとちゃんとしたトラップのほうがマシだな」
そちらの方が危険であり、厄介なはずなのだが、安心しているところに当たり前の現実を目の当たりにしたため、思わず丈はそんなことを口にしたのだろう。
「攻撃としては有効なんだよ? でもでも、有効すぎなんだよ……」
有効性を認めながらもしかし、その有効性ゆえに辟易しているように見える縁寿。
「はい、文句言わずに上るぞ」
まるで引率の先生のように手を叩きながら怜央は促す。怜央も出来れば上りたくなどない。だが、上るしかないのだ。
怜央は率先して階段を上り始める。すると三人もそれぞれ心の中にあるだろう不満をもう表には出さず、上り始めた。
「…………―――――――――」




