始まったばかりのはずなのに
夕刻。集落に到着すると、その光景に二人は目を奪われていた。
「凄い…… 完全にゲームの世界だ」
そこにある家屋は基本的には木で組まれた、ログハウスのような建物ばかりだった。
人々はどこかに畑があるのか、野菜を背負い、歩いている人がちらほら見える。お金という概念があるのかさえ疑問の暮らしだった。
当然のようにアスファルトやセメントなどはなく、地面は土のまま。森の中でひっそりと人々は住んでいる。そんな印象を受けた。
「キャンプみたいで楽しそう。でもここじゃ“ギルド”結成は無理そうね」
佐奈は周りを見渡しながら残念そうに呟く。
「あぁ、やっと来た」
そんな二人に近づく人がいた。しのぶだった。
「遅かったじゃない。座標はこの集落の近くにしたはずだけど?」
「歩いて一時間が近いのかどうかは疑問だ」
怜央は歩いてきた疲労から、思わず嫌味を言ってしまう。
「あれ? そんなに遠かった? ……なるほど、近くに出現ポイントを作らせないためかな」
「どう言うことだ?」
「詳しい話より、まずはその子紹介してくれない?」
しのぶは先程から怜央の隣にいる佐奈が気になっていたのか、指差しながら言った。
「あぁ、紹介がまだだったな。この子は一ノ瀬 佐奈。佐奈、こいつが話した仲間、山本 しのぶだ」
「あ、もしかして“ギルド”でも作るの?」
しのぶは何かを察した様に佐奈と同じことを言う。
「ギルドって一体何なんだ? 佐奈も同じこと言ってたんだけど」
「あれ? 説明書読んでないの?」
しのぶは意外そうにそう言った。そんな佐奈と似た反応に怜央は顔をしかめる。
「読まなくて悪かったな。それで、説明頼む」
「詳しい話は宿でね。立ち話もなんだし」
またも話を先延ばしにされたが、この後聞けるならいいかと、怜央も佐奈もしのぶの後に続いた。
三人は宿の一室で思い思いに座った。怜央は床に、佐奈はベッドの上に、しのぶは椅子に座っている。
「じゃあ、ギルドについて説明するよ」
しのぶはしっかり前置きをして話しだした。
「まずはこの世界についてから。この世界は国と呼ばれるものが複数あるけど、実際には日本の戦国時代と同じで大きな国が小さな国を統治しているって感じ。大きな国は三つ。その国同士もある程度連携はとっている」
しのぶはまず、世界の概要から説明してくれる。怜央は真剣にその話を聞いた。
「その中で作られた制度の一つが“ギルド”。結成最低人数は三人。一応上限はなし。そしてギルドを結成すれば、依頼が受けられるようになるんだよ」
そこでやっと理解が出来てきた。このゲームに魔王や最終目標というものがない。それでどうやって楽しむのかといえば、依頼を受けてそれをこなしていくのだ。
「別にギルドを結成しなくても依頼は受けられるんだけどね。それだと一人で出来る依頼しかできないんだよ。だからギルドを結成してギルド用の依頼受けるためにギルドを作ろうってこと」
ただ聞いているのが暇だったのか、佐奈は説明を引き継いで話しだした。
「それで納得。それで、ギルドの作り方は?」
説明になかった一番重要な事を怜央は聞く。もうギルドを作ることに何の疑問もなかった。
「とりあえず大きな町にいかないと無理かな。この集落にはなさそうだったし」
「この辺りだと西に十キロくらい。先に確認しておいたよ」
しのぶもギルドを作ろうとは考えていたのか、既に調べた後のようだ。
「まぁ、ギルドの事はおおまかにはわかったよ。それで、何か他に知っておかないといけないことってないか?」
この際だから説明書を読まなくていいようにと怜央は聞いた。
「あぁ、そうだね。この際だから“登録”しておこう」
その質問に答えているのかいないのか、しのぶは唐突にそんなことを言った。
「なんだ、それ」
話の腰を折るのは意味がないと、怜央は話の先を促した。
「最初の怜央の質問に戻るんだけど、出現ポイントは近くにできないようになっていると思う。同じポイントに同じタイミングで二人入ってきたら大変でしょう?」
それは怜央でも納得できた。
同じ時間の同じポイントに二人同時に出現した場合、その二人は重なってしまう?
答えは否だ。間違いなくそうならないように作られている。他にも他人が隣や目の前に出現しない措置くらいはしているのだろうことは怜央にも想像できた。
「もしかして、そのせいで俺はしのぶと離れたのか?」
「そうだと思う」
「なるほどなるほど。“登録”なんて何に使うのかと思ってたけど、仲間同士で使うんだね」
佐奈は自分の中の知識で納得したのか、しきりに頷いている。
怜央はその反応で“登録”がいったいどんな機能なのかがわかった。
「わかった。“登録”って言うのはその制限をなくすための機能か」
「その通り。仲間なのにログインするたびに集合に時間がかかったらゲームとして成立しないからね」
しのぶの言うとおり、ログインするたびに集合に時間がかかってはゲームとしては欠陥品だ。仲間でギルドを作る機能があるのなら、集合は必須の機能で、それがなければ楽しむことはできないだろう。
「だけど、一つ疑問がある。入力する座標をそろえるのはわかる。だが、その座標はどうやってわかるんだ?」
「あぁ、そう言えば説明書を読んでなかったんだったね。佐奈ちゃん、君はちゃんと覚えている?」
しのぶに悪気はないのだろうが、怜央としては嫌みを言われているとしか思えず、思わず顔をしかめた。
「任せて」
怜央の反応には気付かず、佐奈は自信満々に答えると、左腕を体の前にもってきて腕輪に触れた。
「これの正式名称は、“フォーアーム”。私は腕輪って呼んでるけど、これの機能には色々あるの」
そう言いながら佐奈はフォーアームのある場所を押す。すると、フォーアームから生えるかのように四角い画面が現れた。
「後はここから操作して座標を検索するの。検索できない場所もあるみたいだけど……」
佐奈も詳しい事はわからなかったようで、後半は自信がなさそうだった。話を聞く限り完全に説明書の受け売りなんだろうと怜央は考えた。
「ん? つまり、行ったことない場所はわからない?」
「その通り。このゲームは移動にかなりの時間を割かれることになるね――――と言いたいところなんだけど……」
しのぶはそう言いながら一枚の紙を広げた。縦六十センチ、横八十センチほどの紙。それは見る限りこの世界の地図だった。
「これ、この世界の地図。おそらく座標は経度緯度の様なものなんじゃないかって思うんだ」
その地図は陸も海も現実世界と同じような形をしているように見える。しかし、似ているだけでやはり全体的な形は違う。もし現実世界と同じ縮尺なら移動は大変だと怜央はげんなりとなった。
「座標の桁数は七桁ずつ。つまりこの世界を十万等分するってこと。そうすると大体数字が“一”増える毎に四十メートルの移動ということになるから、それを実証してみたんだ」
本当に暇だったのか、ゲームのためには苦労を惜しまないのか、しのぶは短時間に色々調べていた。ゲームに慣れ過ぎだろうと怜央は呆れながらもその行動力に驚嘆していた。
「そうしたら当たりだったよ。そこで計算した各街の座標は既にここに書き込んであるよ」
「凄い…… こんなにわかってるのなんて絶対私達だけだよ! これで他の人たちより一歩前進だね」
佐奈は嬉しそうにしのぶを賞賛する。しのぶの表情は変わらなかったがどこか誇らしげだった。
「さすがはゲーマーと褒めるべきか?」
「嫌みとして受け取るよ。さてと、そろそろ夜も遅いし、ログアウトしようか。集合はこの都市で」
しのぶは地図上のある一点を指す。恐らく大きな都市がある位置なのだろうと怜央はそのことには触れなかった。
「夜も遅いってどういうことだ? まだ夕方だろ?」
「あれから結構時間は経っているよ。その辺の感覚は現実世界と一緒だから、今は深夜とは言わないまでも夕ご飯ぐらい食べた方がいいよ」
「それもそうだね。続きはまた明日かな」
怜央は夕ご飯なんていつでもいいんだけどとは思いながらも、完全に終わりの雰囲気なのでそれに従うことにした。