エピローグ その3
怜央がたどり着いたのは、怜央には馴染みのある道場だった。ここは混乱とは無縁なのか、紫の鎧は一体も見られない。
困惑する佐奈に声をかけず、怜央は迷わず中に入っていく。そこにはまるで予見していたかのようにこの道場の主、怜央の師匠が待っていた。
「まるでわかってたみたいですね」
「外の騒ぎは既にニュースの速報で流れているよ。『紫の鎧が外を徘徊している』ってね。『人が消えた』って噂も出てきてる。大方その騒ぎをどうにかしようとここに来たのだろう?」
その全てを見透かしているかのような物言いに、怜央は思わず肩をすくめた。
「その通りだ。そこにある刀、貸してくれないか?」
怜央の目的はここに飾ってある一振りの刀と二振りの脇差だった。剣ではないが、元々剣道をしていた怜央にとって都合が良い武器であり、最も簡単に手に入る武器だった。
「お前たちにこれだけのことをどうにかできるのか? この騒動は世界各国で起きているんだぞ?」
「世界で? そんな馬鹿な……」
その事実に怜央は言葉を失った。あくまで騒動は広くても日本国内にとどまると思っていたのだ。それが世界を巻き込む騒動となれば、規模が違う。しかし、いまさらそんな理由で引くことができないのも事実だった。
「それでもやるしかないんだ。信じてもらえないだろうけど、この騒動を起こしているのは俺たちの仲間で、俺たちに関係のあることなんだ」
怜央は真摯に師匠に言葉を伝える。嘘をつけば説得ぐらいはできるのかもしれない。しかし、怜央はただわかっていることだけを伝え、真実のみで説得を試みる。
師匠は何の反応も見せず、目を閉じて黙っている。それから数分、師匠は目を開いた。
「そうだな…… えっと…… とりあえず、その子を紹介してくれるか?」
怜央はそう言われてやっと佐奈の存在を思い出した。ばつが悪く、佐奈と目を合わせないようにしながら紹介する。
「この子は一之瀬 佐奈って言うんだ」
「始めまして」
佐奈は丁寧に頭を下げる。今まで無視されていたことはまったく気にしていないようで、怜央は安心した。
「私はここの道場で剣道を教えている者だ。怜央はここの元門下生でね。怜央の父親ではないから安心してほしい」
「あ、そうなんですか……」
もしかして、佐奈がずっと黙っていたのは俺の父親にあったと思ったからかと、なんとなく今の会話で察する怜央だが、そのことは端に置き、話を元に戻す。
「それで、刀の件だけど……」
「勝手に持っていくといい。おそらくこの混乱はそう簡単には治まらない。その混乱で勝手に持っていかれたことにするさ」
そう言って師匠はその場からいなくなる。怜央はいなくなっていく師匠に向かって深々と頭を下げた。
怜央は二振りの脇差を佐奈に渡す。
「いけそう?」
「う~ん…… ちょっと短いけど、私は刺すスタイルだからたぶん大丈夫」
その言葉を聞いて、怜央も刀を一振り手に取り、鞘から抜き取る。少し重いような気もするが、今まで鍛えてきことはあり、使うことはできそうだった。
「さぁ、戻ろう」
「うん」
今回はしっかりと佐奈に声をかけ、元の喫茶店を目指す。
「…………―――――――――」
道中、紫の鎧に見つからないようにメインの道を避け、裏道を選んで喫茶店に近づいていく。
「怜央君、良くこんな道知ってたね?」
「いや、まぁ……ちょっとね」
前に不良から逃げ延びたとき、その後一応念のために逃げ道を確保していたのだ。怜央もまさかこんなところで役に立つとは思っていなかった。
ゆっくりと慎重に、紫の鎧に見つからないように進んでいく。
「ねぇ、怜央君」
「どうかした?」
何かあったのかと怜央は慌てて佐奈を見る。
「あ、ううん。そんな緊急なことじゃなくて……」
あまりに怜央の反応が切迫していたため、佐奈の言葉が困ったように小さくなった。
「あ、ごめん。それで、本当にどうしたんだ?」
思わず謝りながら怜央は先を促す。
「喫茶店、本当に戻るべきなのかな? これだけ鎧がうろうろしているのに、喫茶店がまともにやってるとは思えないんだけど……」
確かにこの混乱状態の中、喫茶店がまともに営業しているとは思えない。その上、縁寿は武器を手に入れて集合しようとは言っていない。怜央が喫茶店に戻ろうと思ったのは、それ以外の集合場所が思い浮かばなかったからだった。
「それでも、二人だけで動くのは危険だ。やっぱり丈達とは合流しないと」
とはいえそれ以上の良策があるわけでもない。今は本当に何もわからない状態なのだ。どうしても丈達とは合流する必要があった。
「……そうだね」
佐奈も納得したのか、それ以上言葉を続けなかった。代わりに進む意思を示すように腰にある刀をつかむ。
「行こう」
怜央達はゆっくりとではあるが、着実に目的地に近づく。そして、何とか喫茶店が見える位置まで来る事ができた。道中、紫の鎧に一度も見つからなかったのは奇跡といえるだろう。
タイミングを見計らい店の中に飛び込むと、既に丈と縁寿は寛いで待っていた。しかし、二人以外には店員までもおらず、もぬけの殻になっていた。
「どうにか準備はできたって感じかな?」
「なんとか。そっちは?」
「当然だよ」
縁寿はログイン世界で使っていたものとまったく同じようなものを、丈はどこから調達したのか本物なのだろう、拳銃を持っていた。
怜央と佐奈は縁寿と丈と同じ机に囲むように座った。
拳銃の調達場所など聞きたいことが山ほどできたが、とりあえず順序良く質問をすることにする。
「ここにいた他の人たちは?」
怜央が質問するよりも先に佐奈が口を開く。
「みんな避難したよ。避難勧告出たって知らないのか?」
「初耳だ。いつの間に?」
「携帯電話、テレビ、ラジオ、警察車両からも呼びかけてたぞ? 気づかなかったのか?」
テレビや携帯電話を見る時間もなければ、裏道を進んでいたので車に合うこともなかった。
「生憎な。つまり、この街は俺達以外誰もいないのか」
「そういうことになるかな? 残っている物好きはいるかもだけど」
「この現象は世界中で起きてるんだろ? 避難なんて意味があるのか?」
「それが、あの紫の鎧は室内には入ってこないようなんだ。現に今ここは無事だろ?」
確かに今も外では紫の鎧が徘徊している。こちらを覗く者もいる。しかし、ガラスを破ってこちらに来ようとするものは一体もいなかった。
「本当だね。じゃあ、ここにいれば安全なの?」
「そうだね。今のところは、かな?」
縁寿は含みを持たせるようにそう言う。つまり、縁寿はそのうち安全ではなくなると思っているということだ。
「それじゃあ、何のために避難させたんだ?」
室内が安全ならばわざわざ危険を冒して逃げる必要はない。怜央はそう言っているのだ。
「これからあの塔に対して自衛隊による攻撃が開始されるらしい」
「は?」
「自衛隊の攻撃?」
怜央と佐奈はその言葉をうまく飲み込めず、疑問を発した。
そもそもにおいて自衛隊というのは支援や救助をするイメージしか二人にはなかったのだ。
「この国にしては決定が早いよな」
「それだけ被害が無視できないレベルだってことだよ?」
「そ……それより、私たちは避難しなくていいの?」
いつもの調子の二人に反応に困り、佐奈は言葉に詰まりながら言った。
「大丈夫だよ? 自衛隊にどうにかできるとは思えないから。それより、これからの作戦会議だよ」
この状況で自分たちに出来ることがあるのだろうか。
そんな不安をぬぐい去れないまま、怜央たちの作戦会議は始まる。
謎の塔の天辺。しのぶはずっとそこに佇んでいた。
「……自衛隊の出陣みたいだ」
しのぶは独り言を呟き、眼下に広がる光景を見る。
「この国にしては迅速だね。ほかの国に催促を受けたかな? まぁ、それだけ僕の作戦がちゃんと進んでるってことだけど」
眼下には戦車や車が無数に集まっていた。流石に対空砲はないが、必要になれば戦闘機も飛んでくるのだろうとしのぶは考えた。
しのぶは今回の作戦を世界的に展開していた。そうしなければ世界を造り直すことなどできなかったからだ。
「現代兵器は“人形”でも相手になるだろうから、別にいいんだけどね」
しのぶは寄り道などしない。ただ最短で自分の目的に向かう。




