エピローグ その1
これで物語が終われば文句なしのハッピーエンドだったのだろうと思う。しかし、物語には必ずエピローグがある。何かをきっかけとして始まり、そして締めくくられる。それは全ての物語や出来事に共通する流れだ。
この物語のきっかけは『ログイン』と呼ばれるゲームに参加したこと。もっと言えばしのぶという人物に出会ったことだ。
ではこの物語の締めくくり、エピローグは何なのか。
ゴッドを倒し、ログイン世界に平和をもたらしたこと?
『ワールド』を倒し、万里奈を救ったこと?
いや、物語には必ず後日談がある。それこそが物語のエピローグ。そしてこの物語はエピローグが核心だった。
怜央はもとより皆が考えるべきだったのだ。
万里奈が魔法を使えるという事の意味を。そして、それによって起こるかもしれない事態を。
「………………―――――――――」
『ログイン』プログラムとの戦いから数ヶ月。既に怜央は進級し、高校三年生になっていた。それでも相変わらずログイン世界に行っている。別に受験が嫌で現実逃避しているわけではないし、勉強をおろそかにしているわけではない。むしろ逆。勉強をやるためにログイン世界に行っているのだ。
ログイン世界では縁寿、佐奈、丈、しのぶ、そして万里奈までも参加して勉強会が開かれていて、先生は縁寿。基本的には万里奈につきっきりだが、質問すれば答えてもらえる。これほど整えられた環境は他にはなかった。たまに依頼をこなす必要はあったが、それも簡単なものをこなして息抜き代わりにしていた。
ただ、現実世界で変わったことが一つだけあった。それは佐奈と遊ぶ頻度が増えたこと。別に互いに告白したわけではないが、なんとなく好意を持っていることを怜央は感じていた。
そんな生活を怜央は続けていた。
まさしく充実した毎日。しかしそんな毎日が突然崩壊する。
それは、佐奈と現実世界で遊んでいた時のことだった。
怜央は初めそれを地震だと思った。視界が大きく揺れたからだ。思わずその場に座り込む。隣を見ると佐奈も同様に座り込んでいた。
周りの人たちは座り込んだり騒いだり反応はまちまちだ。怜央はそれを感じられるほどには冷静だった。
それから数秒、怜央は妙なことに気づいた。揺れているのは視界だけであり、地面が全く揺れていなかったのだ。
「佐奈」
「うん!」
怜央はいつものように佐奈を確認すると、腰に手をかけた。そこで怜央は、今は現実世界にいることを思い出した。
これは現実に起きていること。そう思った瞬間、怜央は恐怖に襲われた。
怜央は今までログイン世界で不思議なことが起こってもそれはゲームの中、ログイン世界だから起こりうることだと思っていた。しかし、現在起こっている視界だけが揺れるという現象が現実世界の現状だと知り、怜央は恐怖を感じたのだ。
現実では起こりえないこの現象は更に十数秒続き、突然止まった。周りの人たちはしばらくざわついていたが、特に疑問に思うことはなかったのか、散り散りになっていく。おそらく揺れていたのが視界だけだと気づかなかったのだろうと怜央は推測する。
「今の、何だと思う?」
「わからない。でも、普通視界は揺れないよね?」
何があろうと視界だけが揺れることなどない。それは常識として自分の中にある。三半規管がくるって眩暈がすることなど全くないわけではないが、明らかにこの場にいた全員、いやもしかしたら他の場所にいた人全員が視界を揺らしていた可能性すらあるこの現象を、怜央は説明できなかった。
「おい、何だよあれ……」
雑踏の中から聞こえた声に怜央はふと顔を上げた。そして、視界に飛び込んできたものを見て絶句した。
そこにあったのは大きな塔。円筒状で、石で作られているようなその塔は、周りのビルよりも更に高く、初めからそこに存在していたかのように堂々と存在していた。
「なんだあれ……」
「ここ、ログイン世界じゃ……ないよね?」
怜央も佐奈も呆然とその光景を見つめていた。意識が全くついていけていないのだ。
「……とりあえずログイン世界に行こう」
怜央は少し考えてそう言った。別にログイン世界に逃げようとしているわけではない。ただ怜央には原因がログイン世界にあるような気がしたのだ。ただそれは怜央の勘であり、ある意味現実逃避のようなものなのかもしれないが。
「そうだね。私も、何かあるような気がするし」
佐奈も怜央の意見に賛同し、それぞれ自宅に戻る。
怜央はすぐに部屋に駆け上がり、フォーアームをセットし、ログインする。しかし、次の瞬間広がった風景は見慣れたものではなかった。
「ここは確か……」
しかしそこを怜央は知っていた。むしろ忘れるわけがない。そこは『ワールド』と戦ったフィールドだった。
「やぁ、思ったよりも早い登場だったね」
「しのぶ?」
しのぶは当たり前のようにそこにいた。
「外の異変とここを結びつけるのは縁寿の方が早いと思ったけど、怜央が一番乗りだよ。それとも外の僕には会ったのかな?」
しのぶはいつものようにフォーアームをいじることなく、ただそこに立っている姿を怜央は初めて見た。
「現実世界の異変について、何か知ってるのか!?」
怜央はしのぶに詰め寄った。しかし、怜央はそれに答えることなく、フォーアームに手をかけた。
「悪いけど邪魔はしないでね?」
そう言ってしのぶはフォーアームを起動させた。その瞬間に怜央の意識は途切れ、次の瞬間には意識が現実世界に引き戻されていた。
「なんで……」
なぜ自分は何もしていないのにログイン世界から帰ってきたのか。邪魔をしないでとはどういうことなのか。怜央にはさっぱりわからない。しかし、ひとつだけわかったことがあった。この現象にはしのぶがかかわっているということだ。
どのような手段を使っているかなどわからない。しかし、誰が行っているのかがわかれば対処のしようはあった。
「行くか……」
怜央はログインを再度行うためセットを行う。そして準備が出来次第すぐにログインを開始した。
「……え?」
しかし、何も起こらなかった。代わりにエラー音が鳴り響く。座標を変え、手順を変え、ありとあらゆる知識を総動員して行ったが、どれもエラー音が響くだけ。何も起こらなかった。
「まさかしのぶが?」
しのぶがログインすることを阻害している。そうとしか考えられなかった。
思考が思うように動かない。処理することが多すぎて何を優先に考えればいいのかわからなくなっていた。
どれだけの時間そうしていただろう。まとまらない思考を中断させるように周りに電子音が響き渡った。携帯電話の電話の着信音だと、すぐに怜央は画面を確認せずに電話に出た。
「どちら様?」
「携帯電話は画面を見るべきなんだよ?」
聞きなれた声。それは縁寿からだった。
そういえば縁寿の名前をしのぶがあげていたことを思い出し、すぐに質問する。
「ところで縁寿、しのぶの事なんだけど……」
何かこの状況の説明がほしい。その一心で怜央は縁寿に問いかけようとした。しかし、それよりはやく縁寿が口を開く。
「召集だよ、怜央君。フォーアームを忘れずに」
怜央の混乱はまだまだ続く。しかし、怜央の知らないところで事態は進行していた。
「…………―――――――――」
時は少し遡り、場所は突然出現した塔の天辺。そこは建物の屋上のようにただ何もなく、平らになっているだけの場所。一部長方形の穴が見えるが、それ以外本当に何もなかった。
そこにしのぶは立っていた。眼下に広がる町を見下ろし、相変わらずの無機質な目で見つめる。
「あぁ、やっとここまできたのかって、少し感慨深くなるね」
しのぶは誰に話しているわけではない。ただ、誰も聞いていないからこそ言葉にする。
「でもこれでもまだスタート地点。ここからが本番だ」
しのぶはそう言いながらフォーアームを起動させる。
「万里奈、よろしく頼むよ」
そしてしのぶは始める。それがどれほど危険で身勝手なことと知りながら、己の目標を達成するために、何の迷いもなく。




