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ログイン(仮)  作者: 江藤 乱世
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ただ一人の存在を守るために 前編

 怜央はしのぶに言われた通りにログインしなおした。すると確かにいつもの空間ではない場所に出た。怜央がそう判断したのは見慣れた空間であったからではない。そこは何もない空間だったからだ。


 上下前後左右の概念は確かにあった。なぜなら怜央の足元には石畳のようなものが敷き詰められた地面があったからだ。上下が固定されれば前後左右も自動的に固定される。宇宙空間のように上下前後左右も良くわからない空間の戦闘ではなくて良かったと本気で怜央は安堵した。


 しかしそこはただ広かった。何しろ前後左右の三百六十度全ての方向に端がない。全ての方向の床がかすみ、端が確認できない。そもそも端などというものがあるかどうかが怜央は疑問だった。


 そんな風に思考していると、次々に人が周りに現れた。


「これで全員だな」


 怜央は顔ぶれを確認しながら言った。みんなはその言葉に頷く。


 そもそも五人しかいないのだから確認する必要はない。これは儀式のようなものだ。


「それでしのぶ、『ログイン』プログラムはどこだ?」


 見渡したところでこの空間には何もない。どこかの方角に歩いていけば会えるといえば納得だが、出会うまでにどれほど歩くのかを考えるだけでも億劫だった。


「そのうち現れるよ。今の僕たちは不正プログラムだから、その除去に」


 それから五人は背中合わせに立った。どの方角から攻撃がきても対処できるようにするためだ。


 しばらくの静寂。怜央は四人の息遣いだけを感じていた。


「何者?」


 それは不思議な声だった。自然な人の声のようであり、合成された機械の音声のようでもある。


 突然襲われると思っていた怜央はその声の方に剣を向けた。


「マダ私ニ攻撃ノ意思ハアリマセン。皆サンハ此処ニ迷い込ンダノデスカ?」


 そのまともな対応に怜央は混乱した。


 ここに来たのは万里奈を助けるためだ。そして、万里奈を助けるためには万里奈を苦しめている『ログイン』プログラムを倒すしかない。その時、怜央は無意識にこう思っていたのだ。人を苦しめる『ログイン』プログラムは悪い存在だと。倒すに値する存在だと思ってしまったのだ。ゆえにまともな会話になるはずがない。そう考えていた。


 しかし、現実は目の前にあるように、ただ丁寧に対応するまともな存在だったため、怜央は混乱してしまったのだ。


「迷い込んだわけじゃないよ、『ワールド』」


 しのぶは当たり前のように『ログイン』プログラムに話しかけた。そのいつもとは変わらない態度が怜央の混乱に拍車をかけた。ただその中でこの『ログイン』プログラムが『ワールド』という名前なのだという事は理解できた。


「生態識別番号検索…… 登録番号00000。ますたート認識。先程ノ話ヲ続ケマス。デハ、ドノヨウナ御用件デスカ?」


「『ワールド』、これから君を停止させるよ」


 しのぶは捻りもなく、真っすぐに相手に伝える。普通なら困惑する言葉にもかかわらず、『ワールド』は顔色一つどころか表情を全く変える事はない。良く見れば表情はなく、いつものしのぶの様なやる気のない目をしていた。


「私ハみすヲシテイマセンガ?」


 自分が停止させられるといわれているのにもかかわらず、冷静に答える『ワールド』。


 そんな『ワールド』を見て、怜央は冷静さを取り戻した。目の前にいるのは今までにログイン世界で出会ってきた人達とは違い、心がないのだと理解できたからだ。


 怜央は惰性で突きつけていた剣に力を込める。目の前の相手と交渉は出来ない事も悟ったからだった。よくよく考えれば、剣を突き付けているのに何も言わない『ワールド』は異常だと今更ながらに怜央は思った。


「今、攻撃している対象があるでしょ?」


「ハイ。魔法ヲ使ウ素養ヲ発現サセタ生命ぷろぐらむニ対シ、処分ヲ行ッテイマス」


 処分という言葉に怜央の心が怒りに支配される。


「なんで、万里奈を殺そうとするんだ!」


「『マリナ』トイウモノヲ人名ダト判断シ答エマス。私ノ役割ハ世界ノえねるぎーノ総量ヲ管理スルコト。ソノ秩序ヲ乱スモノヲ『わーるど』ハ処分シマス」


「そんなのひどい! 万里奈ちゃんは何も悪くないのに!」


『ワールド』の答えに佐奈も我慢できなかったのか、二本の剣を抜き、構える。


「世界ノ秩序ハ守ラナクテハナラナイ。私ノ役割ハえねるぎーノ総量ヲ守ルコト」


「お前は世界に干渉してもいいのか? 万里奈を苦しめているってことはそういうことだろ?」


 丈も銃を抜き、相手の額に突きつける。


「私ノ役割ハえねるぎーノ総量ヲ守ルコト。干渉ハシテモえねるぎーノ総量ハ変エテハイマセン」


「融通利かなさ過ぎなんだよ。あなたがいなくても世界の秩序は守られるんだよ?」


 縁寿ももう問答する気はないのか、チェーンソーを静かに起動させる。


「私ノ役目ハえねるぎーノ総量ヲ守ルコト。私ハコノ与エラレタ命令ヲ守ルダケ」


「作った本人が言うのもなんだけど、君の一部権限を停止させるよ」


 しのぶは元々話が通じるとは思っていなかったのだろう。そうでなければ自分たちにわざわざ警戒させたりなんかはしない。


 しのぶは一方的に言葉をぶつけると、フォーアームを起動させた。


「“AからZまでのプログラム起動”」


 しのぶの言葉に初めて『ワールド』は反応を見せた。表情が変わったわけではない。ただ五人から距離をとっただけなのだが、『ワールド』が初めて見せた警戒行動だった。


「敵対行動ヲ確認。処理シマス」


 その瞬間に怜央がとった行動はただの勘だった。


 みんなを突き飛ばす様に横に転がった。ただそれだけ。


 しかし、その行動は正解だった。次の瞬間に元いた場所を閃光が貫いた。


「これってしのぶが使う……!?」


「先制ニ失敗。次ノ行動ニ移行シマス」


 しのぶの使う『加速魔法』はあくまで自分の投げたナイフを加速させる事のできる魔法だ。それ故に攻撃する時はしのぶがナイフを投げるので攻撃がばればれという弱点がある。しかし、今使った魔法はそんなものはなく、いきなり空間から放たれていた。


 そんな魔法を質問する暇すらなかった。次の瞬間には『ワールド』は手元に一本の剣を出現させ、こちらに滑る様に突進してきた。いや、滑る様にではない。現に『ワールド』は滑っていた。足が微塵も動いていないのだ。


 怜央はすぐに起き上がり、突進してくる『ワールド』の太刀を受けとめる。二、三太刀を交えると、『ワールド』は距離をとった。


「ますたーノぷろぐらむニヨル効力ヲ確認。危険度ヲ上方修正シマス」


 丈はすかさずニ発の弾を撃ち込む。すると、『ワールド』はなんと弾を回避して見せた。


「しのぶ! あいつの強さおかしくないか!?」


 怜央は思わず叫んだ。丈は続けて弾を撃ち込むが、全て回避されている。しかし、無駄だとは思わないのか、丈は『リロード』を繰り返し、連射し続ける。


「当然。あれはログイン世界を管理する存在。物理法則の書き換えなんて造作もない」


「だけど、自分はエネルギーの管理者だって言ってたけど!?」


 丈も自分の銃撃の音に負けないように叫ぶ。


「ここはログイン世界ではないからね。関係ないよ。そもそも普通なら僕たちの存在を書き換えて強制終了だし」


 しのぶの回答は素っ気ないが、目だけは『ワールド』からそらさない。そもそもここまで一応とはいえ対等に渡り合えていることが奇跡なのだと怜央は改めて理解した。


「銃撃ノ対応方法ヲ確立シマシタ」


 話している時間もない。『ワールド』は丈が放つ弾丸を避けながら近づきつつあった。


「話す時間もなしか!」


 丈の銃撃が止み、佐奈、怜央、縁寿が『ワールド』に向かう。


 定石通りに佐奈が初めに牽制のために剣を突き出す。当然の様に見え見えの攻撃を『ワールド』は回避する。そこをすかさず怜央が横に薙いだ。これを受け止められれば縁寿のチェーンソーが襲いかかり、受け止めなければこれでとどめ。それを無理やりに回避しても丈の弾丸が襲う。即興で考えたにしてはまともな作戦なのだが、それを伝える手立ては怜央にはない。ただ気付いてくれる事を願うのみだ。


 ただ、その作戦はいきなり破たんする。『ワールド』が素手で怜央の剣を掴んだのだ。少し剣が食い込んでいるが、斬り落とすまでには至っていない。


「プログラムノ一部損壊ヲ確認。修正可能れべるト診断。行動ヲ継続シマス」


 まずいと思った時には手遅れだった。既に縁寿が攻撃態勢に入っており、止められるタイミングではない。


 縁寿のチェーンソーを振り抜く。しかしそれは簡単に剣で防がれた。


「逃げろ!」


 思わず怜央は叫ぶ。手遅れだと知りながら尚。


「あまあまだよ?」


 しかし、縁寿はこれを予知していたように行動した。


 縁寿は受け止められて即チェーンソーを動かし、歯を回転させる。その動きに反応できなかったのか、『ワールド』の剣が弾かれる。その剣が弾かれがら空きになった部分を縁寿はそのまま斬りつける。チェーンソーはまるで紙を引き裂く様に簡単に『ワールド』の胴を切り取った。


 それに驚く間もなく、今までの経験から考えることもなく、怜央は『ワールド』から距離をとった。


「やった!」


「まだ」


 佐奈の歓喜をしのぶが遮る。しかし、しのぶの言葉とは裏腹に目の前の『ワールド』は徐々に崩れていた。


「行動ニ支障ヲキタスホドノ深刻ナえらーガ確認サレマシタ。修正ヲ要請シマス」


「まだってどういうことだ? 『ワールド』は確かに崩れていってるじゃないか」


「修正ヲ要請シマス。修正ヲ要請シマス」


 『ワールド』はうわ言の様に同じ言葉を繰り返している。無表情で繰り返しているため、その光景は不気味だった。


「これで終わらないってどういうことなのかな?」


「修正ヲ……要請シマス……」


 しのぶは縁寿の疑問に答えることなく何かに備えている。


 尚も崩れゆく『ワールド』。


 尚も警戒し続けているしのぶ。


 しかし、何も起こることなく要請は空しく響く。さすがにここまで来ると怜央は『ワールド』が哀れでならなかった。


「修……正……ヲ……要請……シマス……」


「要請ヲ受理シマシタ」


 しかし、そんな気持も一瞬で吹き飛ぶ出来事が起こる。もう一つの声が聞こえたと思った瞬間、目の前に一人の『ワールド』にそっくりな何かが現れたのだ。

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