支配を望んだ者の最後
「うっ……!」
怜央は外に出ると不覚にもそこで足を止めてしまった。目の前に広がる光景と、漂ってくる匂いに二の足を踏んだのだ。
そこにあるのは死体。それも上半身がないものや下半身がないもの。頭が転がったものや足や腕だけが転がっているもの。大きいものから小さいものまで様々だったが、全ては生者ではなかった。
「ひどい……」
いつの間にか隣には佐奈がいた。佐奈はこの光景を見てまだひどいと思えるほど精神に余裕があるようだった。
「何しているの? 行くよ」
しのぶは更に強かった。本当にいつもどおりに悠々と歩いていく。走る体力がないからなのだが、その歩みは何故かしのぶの心のゆとりを表しているようだった。
ここからはただ走っていけば狙われる。五人はそれそれの方向を担当しながら城壁の門へ向かう。幸いにも城壁の門まで大ムカデに出会うことがなく到着することが出来た。しかし、その城壁の門は閉まっていた。
「どうするんだ!?」
その怜央の叫びに答えが帰ってくる前に閃光が炸裂した。それがしのぶの放った攻撃だと理解する前に衝撃波が怜央を襲う。今回は前回を教訓にうまく受身を取ることが出来た。
少しして起き上がると、粉塵が舞う中で確かに城壁の門には綺麗な穴がうがたれていた。
「これで通れるよ」
しのぶは相変わらず平然と言ってのけるが、怜央以外の三人も怜央よりも後方に吹き飛ばされていた。
「だから、いきなり使うなよ!」
「それどころじゃないよ」
しのぶの視線がいつものやる気のない死んだ様な目から鋭く変わる。
その視線を追っていくと、そこには二人の鎧を着た人間が立っていた。それは忘れもしない。ゴッドとともにいた二人だった。
「待って」
怜央は迷わず攻撃するつもりだった。しかししのぶから静止がかかり、怜央は足を止める。そして衝撃に備えた。
次の瞬間に閃光が貫いた。容赦なく目の前の二人に突き刺さる。しかし二人は吹き飛ぶことなくその場に静止していた。
「……なるほど。既に対策済みってわけか」
「ゴッドに与えてもらった魔法だ。ある一定以上の速度を持つ物体の速度を奪う」
しのぶの呟きにも似た言葉に律儀にも二人の内どちらかが答えた。
「じゃあ、俺の銃も役に立たないな」
丈は歯噛みした様子で銃を下げる。
「銃は有効なんだよ? しのぶ君のモーションに合わせて魔法使っただけみたいだし」
そういわれて丈は慌てて銃を構えなおす。
それを一瞬で看破する縁寿に驚いたが、それでも銃は有効ではないと怜央は考えた。相手は全身鎧なのだ。はじかれる可能性は十分にあった。しかし、牽制に使えるのは確かだった。
「ゴッドはどこだ!?」
怜央は無駄だと思いながらも剣を構えながら問いかける。
「答えると思うのか?」
その言葉が合図だった。
まるで示し合わせたように怜央と佐奈は向かって右側の者を、縁寿は左側の者にそれぞれ向かう。怜央と佐奈の向かった鎧は背負っていた大剣を下ろして構えた。
「佐奈!」
怜央の声に反応し、佐奈は頷く。そしてその勢いのまま右手の剣を突き出した。
本当ならばその突きに気をとられた相手に怜央が横から腕の鎧のつなぎ目を狙うつもりだった。しかし、現実はそうならなかった。
佐奈の一撃は完全に無視されたのだ。佐奈の一撃は完全に鎧で防がれ、怜央の方に大剣が迫る。
「甘いよ!」
佐奈は一瞬で作戦を切り替え、体をひねって怜央に対処しようとしたために鎧にできた隙間に残っていた左手の剣を突き出す。そこには布しかないのだから貫けるはずだった。
「え!?」
しかし、またしてもありえない現象が起きた。布が剣をはじいたのだ。
その異常な現象に佐奈は硬直することなく距離をとった。怜央は振りぬかれた大剣を軽々と回避し、佐奈の隣に戻る。
「怜央君、今の見た?」
「あぁ、剣が布を貫けなかった。あいつが防御しないのはそういう事だったんだ」
一体どんな原理の魔法なのかは知らないが、貫けないという事実は変わらない。貫けないのなら貫けないなりに戦わなければならない。これが魔法を使えるものど同士の戦いだった。
「大丈夫?」
しのぶはいつでも魔法を使える体勢のまま待っていた。加速魔法が通じない以上、しのぶの魔法は牽制でしか使えない。
「大丈夫だけど、貫けないのは厄介だ。しのぶ、どういう原理なのかわかるか?」
原理がわかれば弱点が見えてくるかもしれない。そんな一縷の望みをかけた問いかけだった。もっとも、怜央には既に攻略法はわかっているので別にどうでもいいかとは思っているのだが。
これはブラフだ。わかっていないことを相手に知らせ、油断させるための。
「これはフォーアームの特性を利用した魔法だ」
答えたのはしのぶではなく、相手の鎧の男だった。まるで自慢するかのようにその鎧の男は語る。
「フォーアームはこの世界では重要なもの。これが壊れることがあってはならない。よってフォーアームには『壊れない』という特別な法則が設定されている。それを魔法で指定範囲を鎧全体まで拡げたのだ」
「なるほど。だったらその鎧は壊せないだけで普通の鎧なわけか」
「その通りだ。ゆえに貴様らに勝ちはない」
絶対に貫けない鎧。それは負けることがないという事を示している。後は長期戦が待っているだけだ。
一見こちらを倒す気がないように見えるが、そうではない。人には体力というものがある。今のことで言えば多方面から攻めた怜央たちと剣を一度しか振っていない鎧の男とでは使う体力が違う。間違いなく先に怜央たちの体力が尽きるだろう。そうなればあちら側の勝利は約束されたようなものだ。
「貫けない鎧か。まさに理想だよな……」
怜央はそう言いながら剣を構えた。
「佐奈、もう一度」
「うん」
今度も二人は全く同じ行動をとった。しかし、鎧の男が狙ったのは怜央ではなく、佐奈だった。斬られないのだからどちらを狙ったところで同じ。そう相手は考えているのだろうと怜央は思った。
鎧の男は剣を振りぬく。しかし、佐奈はそれを後ろに下がることで楽々と回避した。
大剣での大振り。それは隙を作る行動でしかない。怜央はその隙を利用して自身も思いっきり剣を振りかぶった。狙いは、頭。
「無駄だ!」
「はぁ!」
相手の言葉など無視し、怜央は頭を狙って思いっきり剣を振りぬく。しかし、当たる部分は剣の刃の部分ではなく、平らな部分だった。
ここで雑学。
実は西洋の剣はあまり斬ることに重きを置いていない。それは互いに鎧を着て戦っているため、斬れる場所が少ないからだ。出来ることといえば鎧の隙間を突き刺すことくらい。しかしそれは余程の隙がなければ実行不可能だ。
ではどうやって戦っていたか。答えは怜央の行動にある。
「がっ……!」
辺りに金属同士がぶつかり合った音が響き渡る。その瞬間に鎧の男はその場に転がった。
怜央が行ったのはただ剣で鎧の頭を打ち付けた、ただそれだけ。しかしそれが鎧を着るものにもっとも有効な攻撃手段だった。
冑をかぶっている相手の頭部を打ち付けるとはすなわち、耳元で鐘を鳴らすようなものなのだ。それだけで鼓膜を破ってもおかしくはないほどの衝撃が襲う。
「さてと、止めと行くか」
そこからはただのいじめだった。転がる相手を追って動かなくなるまで頭部を打ち付ける。実際は三回くらいで相手は動かなくなった。
「これで良し」
怜央は相手の鎧を脱がし、縄で縛り上げた。その頃になると、丈たちももう一人を捕らえ終えていた。
「そっちも無事か」
「あぁ。というかこいつら弱すぎないか?」
丈は怜央の言葉に答えながらどうしても気になっていたことを口にした。
「多分、自分たちで戦ってきてないんだよ。だから経験がぜんぜん足りないんだよ」
確かにこの二人は『新種』の製造にかかわっているゆえに、直接何かと戦う機会などなかったのだろう。そんな現実世界の人間など、怜央たちの敵ではない。
「ははは…… お前たちは本当に愚かだ」
いつの間に気絶から覚めたのか、一人の男が笑っていた。
「どういうことだ?」
こいつはお喋りなんだなと思いながら、怜央はそのことは指摘せずに聞いた。話してくれるのは願ったり叶ったりだからだ。
「全ては囮だ。もう手遅れだと思うけどな」
こいつは何を言っているんだと思いながら、怜央はそのことについて問いただそうとする。それを実行に移そうとしたまさにその瞬間だった。
辺りに一定の電子音が響き渡る。音源はどこかと探っていくと、その音はしのぶのフォーアームから発せられていた。
「何の音?」
偶然しのぶの一番近くにいた佐奈が一番初めに音源に気づき、問いかけた。
「万里奈が腕の紐を切ったんだ」
そういえばそんなこともあったなと怜央は考えた。そして、今話していた囮という言葉と結びつく。
「まさか万里奈を!?」
「彼女こそギルドを運営する上での重要人物。それに、人質としても優秀だ」
確かに万里奈は本人がいくら否定しようと王族。それを人質にすればさすがに国も手が出しにくいだろう。
「しのぶ。後のことは頼む」
「了解。丈と縁寿は残ってね」
まだ『新種』が暴れまわっているのだ。それを退治するためには飛び道具を使える丈と魔法の使えるしのぶと縁寿が適任だった。
「佐奈、行くよ」
「うん」
怜央はすぐにログアウトし、拠点のある座標にログインしなおした。そしてすぐに拠点に向かう。
「くそ! 本当に万里奈が狙われるなんて!」
怜央は走りながら悪態をつく。こんなことなら誰か一人拠点に残しておくべきだったと。狙われる可能性もあったのだから、そう判断できたはずなのだ。
「ねぇ、あれ見て!」
佐奈は走りながら前方を指差した。そこを見ると、煙が立ち上っているのが見えた。それも白い煙ではない。完全なる黒煙。何かが大量に燃えた証拠だった。
「急ごう!」
怜央は更に脚の回転数を上げる。それでも拠点までは数分はかかる。その時間が怜央には数時間に感じられた。代りに疲れるという感覚はなく、全力で走り抜ける。
怜央は拠点についた時、自分の目を疑った。
まず見えたのは炎をあげる拠点。木で出来た拠点は完全に火に包まれ、まるでキャンプファイヤーのまきの様に煌々と燃えていた。
次に目に入ったのは人影。炎の逆光で人相までは確認できないが、片方は地面に倒れ、もう一人はその人物を見下ろしていた。
間に合わなかったのか。怜央が一瞬そう思った時、その状況をはっきりと見る事が出来た。
「え……?」
怜央はその情景を見て、走るのをやめてしまった。少し遅れていた佐奈も怜央の隣でとまった。
倒れていたのは万里奈ではなく、黒く焦げた何かだった。
呆然とそれを見降ろしていたのは、ゴッドではなく万里奈だった。
何が起こったのか全く理解できなかったが、万里奈が無事であることは理解できた。
怜央はゆっくりと万里奈に近づいていく。あと少しまで近づいた時、万里奈はこちらに気付いたのか、ゆっくりと顔をあげた。
「怜央……様?」
「万里奈、無事だったのか!?」
「怜央様!」
万里奈は怜央に抱きつき、そのまま泣き出してしまった。余程不安だったのか、怜央からなかなか離れない。
「ゴッドが攻めてきて……! 私、怖かったんです……! だから……! だから……!」
万里奈は感極まってしまったのか、ほとんどが言葉にならず、嗚咽にかき消されていく。
「役得だったりする?」
佐奈も安心したのか、既に怜央と万里奈の状態を見ながらにやにやしている。
「そんなの良いからゴッドの確認をしてくれ。もしくは代わってくれ」
さすがに怜央もどうすればいいのかわからず、困っていた。
「落ち着くまで撫でてあげればいいんじゃない? 私が確認するよ」
何故か佐奈が怒っている様な気がして、怜央は何も言い返せずにただ万里奈を撫でた。
その間に佐奈は黒焦げになっている人に近づいた。
完全に炭化している様に見えた人型だったが、良く見れば服が燃えて黒くなっているだけで呼吸はしているようだった。
佐奈は迷わず剣でその人物の腕を刺した。出血はあったが、ピクリとも動かず、佐奈は安心してその人物を縛り、フォーアームを奪った。
「佐奈、お前凄いな。刺したり縛ったり容赦ないんだな」
「可哀想だとは思うけど、自業自得だしね」
そういうものなのかと、怜央は相変わらず泣きやまない万里奈の頭を撫でながら、これで終わったんだと、あまりにもあっけなさ過ぎていまいち実感がわかなかった。
怜央はこの時真剣に考えるべきだったのだ。一体どうやって万里奈がゴッドを撃退したのかを。




