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ログイン(仮)  作者: 江藤 乱世
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悩みへの突然の理解

 今日は土曜日。明日は休日という事で珍しくログイン世界で一日過ごそうという事になっていた。もうすぐ冬季休暇に入るのだが、現実で生物の調査が思うようにはかどらず、気晴らしにと計画が前倒しになったのだ。


「さすがにこの世界でも寒くなってきたね」


 佐奈は机に突っ伏しながら言った。


「現実世界に比べればだいぶマシだろ」


 怜央は珍しくフォーアームをいじりながら言った。何か変わった機能がないか探しているのだ。


「ここの気候は年中温暖なので、この時期にこれだけ気温が下がることは珍しいんですけどね」


 万里奈は佐奈の向かい側に座っている。目の前には紅茶の様な温かい飲み物があった。


「それでも誤差範囲なんだよ? この世界の経度と緯度が現実世界と同じだと仮定しちゃうとの話だけど」


 縁寿は壁際まで椅子を移動させ、そこに座って何かをくるくると回していた。どうもあれが武器であるチェーンソーの充電方法らしい。


「水平線とか見えるから、この世界も丸いんじゃないのか?」


 丈は特に何をするわけでもなく、椅子を揺らしながら言った。


「それでも地軸の傾きは大事なんだよ? それはさすがに実際に計測しないとわからないことなんだよ」


「一応この世界は現実世界と寸分の違いもないはずだよ? まぁ、誤差はあるだろうけど」


 しのぶは相変わらずフォーアームをいじっている。


「なぁ、しのぶはいつもフォーアームで何してるんだ?」


 同じようにフォーアームをいじっていた怜央はなんとなく気になったことを聞いた。


「基本は報告書とかの作成だけど、一応役に立ちそうな魔法も作っているよ」


 そういえば、しのぶは製作者側の人間だったと今更ながらに思い出した。しかし今はそれよりも怜央の興味を引くものがあった。


「フォーアームで魔法が作れるのか?」


「作れるよ? 前に一度作ったでしょ?」


 そういわれればそうだったかもしれないが、怜央の記憶には残っていない。ただフォーアームで魔法が作れるという事実が怜央の好奇心をかきたてる。


「じゃあ、俺にも出来るのか?」


 もしも自分で魔法を作れるのならそれほど便利なことはない。出来ることが今までの比でなくなるだろう。


「出来るか出来ないかはこの画面を見て考えたら?」


 しのぶは手招きで怜央を呼ぶ。招かれるままに怜央はしのぶのフォーアームの画面を覗いた。


「……は?」


 それは全く理解できない文字の羅列ではなかった。しかし、一部が理解できようと何が表示されているのかわからなかった。使われている記号は数学で見かけることがある記号たちだ。よってこれは数式なのだろう。


 しかし、それを理解どころか計算することさえも出来ない。そもそも、数字が数式に代入されていないのだ。かろうじて理解できることは、これがプログラムという事だけだった。


「理解できる? これが出来たら魔法を作れるよ?」


 無理などという次元ではない。こんなものは張り合うことさえも馬鹿らしかった。一体どれほどの努力をすればこれが理解できるのかもわからない。


「む……無理だろ……」


「ま、そうだろうね。僕は作った本人だから幾分か理解しやすい立場にあるし」


 そういう問題の難易度ではないのだが、しのぶは怜央に見せていたフォーアームを自分のほうに向け、また何かいじり始めた。


 怜央は何も言わず、とぼとぼと元の位置に戻る。


「それより驚異的なのは縁寿だね。よく自力で作れたね」


「ものすっごく大変だったんだよ? だけど、やれば何とかなるものなんだよ」


 そういう次元の話ではないと思うが、怜央はそれは口に出さなかった。


「ちなみに、それってどんなプログラム?」


「ぷろぐらむ?」


 万里奈がその聞きなれない言葉に反応するが、誰も説明しようとは思わなかった。そもそもどう説明すれば万里奈に伝わるのか怜央にはわからなかったのだ。他の人たちもみんな似たり寄ったりだろうと怜央は考えた。


「丈君、フォーアーム起動」


「了解」


 丈はフォーアームを起動し、縁寿に渡す。すると縁寿はすぐに目的のものを表示させたのか、掲げるようにみんなに見せた。


「…………」


 今度は一言も怜央は言えなかった。その画面に表示されていたものは理解できる。しかし、理解できたからといって何の役にも立たなかった。


 そこに表示されていたのは数字とアルファベットの羅列。それが何であるのか怜央には説明すら出来なかった。


「まさか機械語で? 確かにできないことはないけど、無茶をするね。一体何日かかったの?」


 怜央は知る由もないが、機械語とは中央演算装置(CPU)、つまりはコンピュータが直接理解できる言語のことである。一般的にプログラミングといえば通常、高級言語と呼ばれるもので作られ、機械語に翻訳して使用される。機械語で作ることは原理上可能であるが、手順が複雑すぎるのだ。


「二週間くらいだったかな。むしろデバックの方が大変だったりするんだよ?」


「確かにこの世界を作るときは既存の言語じゃ不便だったから、自分で機械語から作成したけど」


「あ、だから良くわからなかったんだね? 納得だよ。しのぶ君が作っちゃった言語だったんだね?」


「あの……言語がこちらのものではなくなっています。翻訳できないものは仕方がないですが、できるだけこちらの言語でお願いします」


 二人の会話は気づけば確かにこちらの言葉になっていた。しかし正直な話、怜央は言葉が理解できても意味がわかっていなかった。万里奈が聞いても同じだろうと怜央は思った。


「ごめん。少し話に集中しすぎたみたいだ。あ、そうだ。万里奈にこれを渡しておかないと」


 しのぶは大事なことを思い出したように何かを取り出し、万里奈に手渡した。


「これは?」


 それはただの紐のように見えた。しかし、紐は銀色に輝いているのにもかかわらず、金属で出来ているとは思えないほど滑らかに形を変えていた。


「出来ればずっと腕に着けておいて。ゴッドがいつ攻めてくるかもわからないし」


 その一言にその場の空気が変わったと怜央は感じた。実際怜央自身もその名前を聞いた瞬間に無意識のうちに右手に力を入れていた。


「着けてはおきますけど、攻めてくるってどういう事ですか?」


 万里奈は自分の左腕に器用にその銀色の紐を結びながら聞いた。


「僕たちが『新種』の対処をしていると知ったからだよ」


 それは説明する気があるのかないのか微妙な答えだったが、怜央には理解できた。


「それってつまり、『新種』の作成を邪魔されたくないから、俺たちを攻撃するってことか?」


 つまりはそういう事だ。


 『新種』の創造してまでゴッドにはやりたいことがある。しかしそれを怜央たちは邪魔をする。向こうとしてみればいい迷惑だ。それならば邪魔なものを消しておこうと考えるのは短絡的だがない話ではなかった。


「でも、なんで万里奈なの? 僕たちを狙うのはわかるけど」


 丈としては万里奈が狙われるかもしれないという可能性のほうが不可解らしい。


「だから可能性の話。備えあれば憂いなしっていうから」


 しのぶはこうやっていろいろな可能性を考えて一つ一つ心配事を減らしていく性格なのだろうと怜央はなんとなく考えた。


「じゃあ、万里奈に外出をさせるのも危ないんじゃないか?」


「そう思ってのあの紐だよ。あれを切ると僕のところに報告が来る」


 なるほど、そういう意図だったのかと今更ながらに紐の意味を知る。


「でも、出来るだけ危険は避けるべきじゃない?」


 いくら危険を知らせる方法があるとはいえ、わざわざ危険に飛び込む必要はない。回避できるものは回避すべきだと怜央も思った。


「じゃあ、今日は俺が行ってくるよ。たまには万里奈を労っても罰は当たらないだろうし」


「一人じゃ危ないだろうから、私も行くよ」


 怜央の提案に佐奈がすぐに乗っかる。そうなると万里奈も断りづらかったのか、奥に行き、少しして戻ってきた。そしてかばんと何かが書かれた紙を差し出した。


「これを今日はお願いします」


「わかった」


 怜央はそれを受け取ると、早速外に出る。佐奈はそれが当たり前であるように怜央の隣にすぐに並んだ。


「買い物ってどこでするのかな?」


「え?」


 出発してすぐに発せられた佐奈の素朴な疑問に怜央はすぐに答えられなかった。なぜなら怜央も知らなかったのだ。


 すぐに戻るのもばつが悪いなと思っていると、メモの文字が目に入った。そこにはしっかりとどこで何を買えばいいのかが地図付きで書かれていた。


「万里奈に見透かされていたみたいだ」


 怜央は苦笑いを浮かべながら佐奈にその紙を見せた。


「はは。だね」


 二人はまず地図で近いところからめぐっていくことにした。


 買い物は順調だった。小さな子供ではないのだから地図と買うものがわかっていれば迷うことなどない。しかし、途中でちょっとした出来事に遭遇していた。


「なんかいっぱい果物みたいなのあるんだね」


 今買いに来ているのはおそらく果物を専門に扱う店だ。おそらくというのは形状がそう見えるから。本当にこの店がどういう店なのかは怜央にはわからなかった。


「余分なものは買わないからな? お金はあるけど味がわからないんだから」


 前に一度だけ好奇心に任せてよくわからないものを食べてみたことがあるのだが、そのときは苦すぎてその場でのた打ち回っていた。後で聞いた話ではそれは食べるものではなく、虫除けに使う果実だったらしい。それから怜央はこの世界で冒険するのはやめようと心に決めていた。


「怜央君は冒険心が足りないなぁ」


 その冒険心で身を滅ぼしかけたのだとは怜央は口が裂けてもいえない。


「兄ちゃん、少しは男の度量ってものを彼女に見せてやったらどうだ?」


 なぜこういう店の人は総じてこんな反応なのだろうと怜央は半ば本気で考えた。世界をまたいでも通用するこの法則は何なのだろうと。


「俺、度量ないので」


 怜央は“彼女”という部分を否定も肯定もせずに答えた。どちらに転んでもろくな事にならないと知っていたからだ。


「彼女に見える?」


 代わりに佐奈が反応する。


「むしろ違うのか?」


 店主は冷やかしではなかったのか、本気で困った顔で怜央の方を見た。


「ち……がう?」


 怜央は肯定も否定も出来なかった。否定しようとしたのだが、どうしても否定がしっくりこなかったのだ。


「うん。多分違うね」


 佐奈も同じように答える。その答えこそが二人の微妙な関係を表していた。


 常に一緒にいるが、どちらかが告白したわけではない。しかし、否定するほどお互い悪く思っていない。そんな微妙な関係。


「そ……そうか」


 それ以上話すと藪蛇になると思ったのか、店主はその話題を早々に切り上げ、注文を聞いてきた。まさにその瞬間だった。


「あ、あれ!」


 先に気づいたのは佐奈だった。佐奈の指差したほうを見れば、そこには小さな男の子がいた。


 その光景を見た瞬間、怜央は考える前に走り出した。その男の子の目の前には犬のような生物が今にも飛び掛りそうな格好でいたのだ。


 周りは何をしているんだと思いながら、怜央は上着を脱ぎ、左腕に巻きつける。これならば噛み付かれても大怪我にはなりにくい。


 怜央はすぐに男の子の元にたどり着いた。幸いにも犬のようなものは男の子に飛び掛ることなく、うなり声を上げているだけだった。


「ガウッ! ガウッ!」


 怜央はすぐに大声で犬の鳴きまねをする。現実世界の犬は自分より声の大きなものを恐れる習性がある。犬が互いに吠え合うのはどちらが強いのかを争っているのだ。


 しかし、ここは現実世界ではない。犬のようなものはあくまで様なものであり、声を出した瞬間、飛び掛ってきた。


 しかし、怜央は引かなかった。犬のような生物は柴犬ぐらいの大きさしかない。『新種』と戦ってきた怜央からすれば恐れるようなものではないのだ。


 怜央はカウンターで飛び掛ってきた犬のようなものの口の中に上着を巻いた左腕を突き出した。狙い通り怜央の腕は犬のようなものの口の中に吸い込まれるように差し込まれた。犬のようなものはまるで壁に当たったゴムボールのように元来た方向に吹き飛んでいく。そしてすぐにどこかに逃げていった。


「ふぅ…… さすがに緊張するな」


 牙にでも引っかかったのか、怜央の上着はところどころ裂けていた。しかし、怜央はそんなことは気にはしない。


「大丈夫か?」


 怜央はすぐに震えている男の子に声をかけた。


「っ!」


 しかし、男の子は何も言わずあわてて走っていく。怜央は一瞬あっけに取られたが、すぐに肩をすくめた。


 怜央は上着を肩にかけると、佐奈のいるほうに戻った。


「すごいな兄ちゃん。騎士かなんかか」


 それほど褒めることじゃないだろうと思いながら、怜央は答える。


「いや、ギルド『ディメンジョン』のメンバーだ」


「あぁ、今『新種』の対処をしてるギルドか。そりゃ強いわけだ」


 こんなところまで話が広がっているのかと怜央は驚いた。これほど話が広がっているという事はすなわち、それほど期待が大きいことを示しているからだ。


「あんたらには期待してるよ。ほら、これも持っていきな。あの子供を助けてくれた礼も込めてな」


 店主はそう言って怜央たちが買うもの以外のものを袋に入れる。


「大したことしてないですよ」


 怜央は本気でそう思っていた。あんな動物を撃退することなど造作もないこと。文字通り片手であしらえる程度のものだったのだから。


 しかし、店主はそれを謙遜と受け取ったようだ。


「何言ってる。現に誰も助けに入らなかっただろ? あんたは凄いことをしたんだよ」


『お前は確かにいろいろなことを人並みに器用にこなす。そして自分の望んだ結果をすべて手に入れてきた。それが特別なことなのだと、幸運なことのだとなぜ気づかない?』


 店主の言葉を聞いて、なぜか怜央は師範代の言葉を思い出した。そして唐突に理解した。師範代が言っていたのはこういう事なのだと。


「怜央君、何かいいことでもあった?」


 怜央は悩みの一つが解決し、知らず知らずのうちに笑っていたようだった。しかしわかっていてなお顔を引き締めなおすつもりはなかった。


「人一人救えたからな」


 分相応とはこういう事なのだと怜央は理解しながら、ここで立ち止まらないようにするのが努力なのだと思い、慢心する気はなかった。

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