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ログイン(仮)  作者: 江藤 乱世
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届かない助言

 怜央が向かったのか古びた日本家屋だった。その建物に我が物顔で入っていく怜央。そして辿り着いたのは少し大きな空間だった。


 床は畳が敷き詰められ、壁には数本の木刀。そして、その部屋の奥には二本の刀と二本の脇差。その前には一人の初老の男性が座っていた。


 ここは剣道場。かつて怜央が通っていた道場だった。


「久しぶりといったところか」


 初老の男性は立ち上がり、怜央と目線を合わせた。


「それ嫌みだろ。俺が辞めたこと根に持ってるのか?」


 怜央は呆れたように肩をすくめる。言われる様な気がしていただけに、呆れはひとしおだった。


「根には持ってない。ただ、不可解なだけだ。なぜもう一度ここに来たのかが」


 その一言に、怜央は少し昔のことを思い出す。


 怜央は期待された少年だった。剣術の腕前はこの道場において目の前にいる師範代と対等に戦えるほどの腕前。しかし怜央はいくら賞賛されても嬉しくなかった。何故なら怜央はそれほど努力して強くなったわけではなかったからだ。人並みには努力したが、猛特訓をしたわけではない。


 才能。


 まさにその一言に尽きる。しかしそれゆえに、飽きるのが早かったのだ。


「自分の未熟さを思い知った。もう一度鍛え直したい。早朝だけでいいから、ここを貸してくれませんか? お願いします」


 さっきの気さくとは打って変わって、怜央は礼儀正しく深々と頭を下げた。


「……何があった? 詳しく説明してくれ」


 その態度にただならぬものを感じたのか、師範代はその場に座り直し、怜央に座る様に手で勧めた。


 怜央は勧められるままに座ると、師範代には理解できないと思いながらもログイン世界での事を話した。


 『新種』のこと。それにログイン世界が脅かされていること。


 『新種』は人が創っていること。それを止める立場にいること。


 師範代はただ静かに怜央の話を聞いていた。そして聞き終わると、一つの質問をした。


「何故そこまでして救う? 所詮ゲームだろう?」


「違う。最初は俺もそう思ってた。だけどあの世界は、ここではない世界なんだ。行けば分かる。あれはリアルなんじゃない。本当なんだ」


「……そうか」


 そういって師範代は目を閉じた。これは熟考している時にする癖だった。


 しばらくの沈黙。


 そして師範代は目を開いた。


「ここを貸すのは問題ない。しかし、お前はこれ以上強くなれない」


「どうして!?」


 師範代の予想外の答えに怜央は声を荒げた。


「剣の道は一朝一夕でどうにかなるものではない。それにお前が望んでいるものはそんなものではないはずだ」


 まるでこちらの心を見透かすかのように師範代は目線を細めた。


「お前は何を焦る? 見たところ腕前はそれほど衰えていないように見えるが?」


 怜央はその核心を突く一言に何も言えなかった。


 自分は何かに焦っている。それを分かっていながらどうすればいいのかがわからず、更に焦りを感じるという悪循環。故に怜央は出来ることから始めようとしているのだ。


「……俺は、何も出来ないんだ」


 人生の先輩として、良く知る大人として、尊敬する人物として、怜央は師範代に自分でもわからない心の内を話す。


「剣の腕には自信があった。どうにでもなる。そう思っていたんだ」


 ぽつぽつと、自分で整理もせず思いつくままに話す。


「俺には何もできなかった。ゴッドを前にしても突き進むことも止めることもできず、ただその場で剣を構えていることしかできなかったんだ」


 心からの言葉。本当の悩み。しかし、師範代はそれを一笑に付した。


「馬鹿な事を。お前は神にでもなったつもりか?」


「馬鹿ってなんだ! 俺は本気で……!」


「本気だったら尚の事馬鹿だ」


 怜央の反論を一瞬で切り捨てる。その静かな言葉に声を荒げている自分が恥ずかしくなり、一呼吸置いて頭を冷やした。


「相変わらずその気持ちの切り替えが早いな」


「そんなこといいから何故俺がバカなんだ」


 何故そんな事が分からなないんだと言いたげに師範代はため息をついた。それに少し苛立ちを感じたが、今度は我慢して次の言葉を待った。


「お前は多くを望みすぎなんだ。人には分相応というものがある。人は己の力量に合ったことしか出来ないんだ」


「それじゃあ、努力は無意味って言いたいのか!?」


「そうじゃない。その努力も含めての分相応だ。お前は自分の力を超えたことを望みすぎなんだ」


 人には分相応というものがある。それは決して人を貶める言葉ではない。分相応とは身分や能力に見合ったことなのだから。


 例え話をしよう。


 ある高校生の少年がいたとする。その少年はゲームが大好きで、家ではほとんど勉強をしていない。運動もほとんどせず、一日の大半は学校か家で過ごしている。そんな彼が大学に行くのは分相応かどうか。


 答えは『わからない』だ。なぜなら彼は勉強を全くしていないわけではないからだ。この場合は『大学に行く』が分相応のかどうかはわからない。


 対してこの少年がオリンピックに出るのはどうか。答えは完全に『不可能』だ。毎日の練習の積み重ねにより肉体を作り上げなければならないからだ。よってこれは『分相応ではない』という話になる。


 では師範代は怜央が一体何を分相応以上に望んでいると思ったのだろうか。


「お前は確かにいろいろなことを人並みに器用にこなす。そして自分の望んだ結果をすべて手に入れてきた。それが特別なことなのだと、幸運なことのだとなぜ気づかない?」


「それは、どういう……?」


 怜央には本当に師範代が何を言っているのかわからなかった。


 自分は今まで自分の思ったままに生きてきただけ。それを顧みたことなど一度もなかったし、反省したこともなかった。


 人は人、自分は自分。


 その考えが今、怜央の弱点になっていた。


「言ってもわからないのならいくら言葉を重ねてもわからないよ」


 そういって師範代は立ち上がった。


「早朝の使用は認める。ただし、私の言葉を良く考えてみるんだな」


 そういって師範代はその場からいなくなった。怜央はそれからしばらく、その場から動けなかった。

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