謎が謎を呼ぶ
次の日、怜央たち『ディメンジョン』は全員で城に報告に来ていた。
「なるほど、ゴッドと名乗る人物ですか……」
リードは報告を聞き終え、何か考え事をしているのか、意識が言葉に向いていなかった。
「似顔絵なら後で書くよ」
もう既に顔をはっきり覚えてないなと怜央はその言葉を聞いてぼんやりと思った。怜央はまだ昨日のことを引きずっているのだ。
「人物がわかったのはなかなかの収穫ですね。少なくとも警戒を発する事は出来るからね」
リードはどこか安心した様だった。正体がわからないよりはやはりわかった方が対処もできるということだろうか。
「でも多分もう大きな動きはないだろうね」
しのぶは相変わらずフォーアームをいじりながら言った。
「確かに。相手にこちらの手の内はばれたでしょうからね。何かほかの対策を考えないと」
「じゃあ、この先どうするの?」
「とりあえずはそのための作戦会議といこうか」
リードの仕切りで会議という名の話し合いは始まった。しかし、その話の腰を怜央がいきなり折る。
「その前に、このお城に俺たちと同じこの腕輪を付けているやつがいるはずです。そいつも参加させませんか?」
「同じ腕輪? ……あぁ、フォーアームをつけた彼か。もしかして知り合いか?」
言い換えたのは大きなお世話だったのかと頭の隅で考えた。
「はい」
「そうか。ならこの場にいた方が役に立ちそうだ。今呼ぶよ」
リードはすぐに近くの兵士に声をかけて呼びに行かせた。
それから数分後、鎧を着ていない人物が現れた。
「なんか俺に用か?」
そこにいたのは現実世界では見慣れた、このログイン世界では初めて会う創だった。
「ツィヴァイン、本当に知り合いだったんだね」
「ツィ……? なんだって?」
その聞き慣れない発音に怜央は思わず創の顔を見た。創は怜央の反応をどう受け取ったのか創は恥ずかしそうに目を逸らした。
「ん? 君は違う名前なのか?」
「いや、実は本当は創って言うんです。ただ、この世界に合わせた方がいいかなぁと」
確かに創が名乗っていたのは現実的に発音できてこの世界で通用するものの様な気がした。
「そんな気遣い無用だよ。まぁ、今更変えられても皆が混乱するだからこの場だけハジメという名でいこうか」
そうリードは締めくくって創を一つの席に案内し、話を元に戻した。
「さて、話を戻すとゴッドと名乗る人物だけど、そちらはこちらに任せてほしい。君たちは『新種』の討伐に力を入れてくれ」
「それに問題はないですけど、本当にそれだけで良いんですか?」
怜央が聞いているのはもう少し出来る事があるのではないかということだ。
リードはしっかりとその意味を読みとり答える。
「それ以上に出来る事はないからね。もう少し事態が動いたら違うんだろうけど」
「それでも何か……」
「焦っても仕方がないよ」
それでも何かないのか。怜央はそう思い、日頃は使わない頭をフル回転させる。しかし、そう簡単に名案が浮かぶわけもない。
「なぁ、こっちから仕掛けることはできないのか?」
その時、丈は手をあげ、思案顔で言った。
「仕掛けるとは?」
「相手の目的は『新種』の製造であり、それを使った何か目的があるって考えでいいよな?」
その意見に全員が頷く。
「目的はどうあれ、『新種』の製造は欠かせない。だったら、目的に適した生物を考えるべきじゃないか?」
「なるほどなるほど。それはいいかもだよ」
丈の言っている事がいまいちわからずにいると、縁寿には伝わったのか、しきりに頷いた。そして説明を受け継ぐ。
「相手はまだ操るのは完璧じゃないって言ったんだよね? だったら、相手の目的は『新種』をどうにかして完璧に操って使うこと。そういう事じゃないかな?」
「あぁ、なるほどね。つまり、操りやすい生物を探せばいいってことか」
しのぶも得心がいったのか、フォーアームをいじる手を止め、真剣に考え出した。
さすがにここまで説明されれば怜央もわかった。
要するに相手は何か目的を持って『新種』を創造している。その場合、その『新種』を操れた方が都合がいい。そして『新種』は現実世界にいる生物を参考にしている。つまり、現実世界で生物を調べ、操りやすい生物を見つくろい、その生物が活動するに適した環境で網を張ろうというのだ。
「君たちだけで得心しているところ悪いけど、こちらにもわかるように説明してくれるかな?」
さすがのリードも今の会話にはついてこられなかったようだ。
当たり前といえば当たり前。リードには現実世界の知識が全くないのだから。
万里奈も同じように現実世界の知識はほぼないのだが、そういう場合はわからないまま抱えて後日隙があったら聞くというスタンスなので、今回も聞いているだけで何も聞こうとなしなかった。しかし聞けるとなれば話は別で、既に目を輝かせながら待っていた。
「『新種』が僕たちの世界にいる生物を参考にしている事は話したよね?」
「それは聞いたよ」
「どこの生物もそうだけど、環境に大きく左右されるものでしょ? アムクだってそろそろ冬眠時期なんじゃない?」
アムクとはどんな生物なのだろうとは思ったが、ここでは重要ではないので怜央は聞き流した。
「なるほど。魔法でいくら再現しようと生態までは変えられない。それで、君たちはもう当たりがついているのかい?」
「僕は生物には詳しくないから無理だけど、縁寿なら分かるんじゃない?」
「恐らく今からは哺乳類だよ?」
縁寿はしのぶの疑問に即答した。しかし、その答えに怜央は納得できなかった。
「ちょっと待て。魔法で生態なんてどうにでもできるんじゃないか?」
魔法とはプログラムであり、全てを作りだす事が出来るはずだ。怜央はそう思っている。そもそもこの世界で会った大ムカデ、巨大蟻、女郎蜘蛛もそのままではなく、どこか異形だった。つまり、それは魔法で誰かがいじったのだと怜央は思っていた。
「それがそうもいかないんだよ。怜央は魔法をちょっと勘違いしているね。それじゃあ、まずは魔法の講義から始めようか」
そう言ってしのぶは席から立ち上がる。代りにリードが席に座った。
「まずこの国の歴史からかな」
思わず怜央は万里奈を見た。それは怜央だけではなく、丈、佐奈、縁寿も同じように万里奈を見ている。万里奈はそれにどう反応すればいいのかがわからなかったのか、ただはにかんだ。
「この国の王族にはある伝承がある。その昔、この王族の祖先は戦争が起こるたびに奇跡を起こし、救ってきたってね。その技術をこの国では魔法と呼ぶんだよ」
リードがすぐに魔法を信じたのはそんな伝承があったからなのかと怜央は納得する。それと同時に万里奈が不思議なことに馴染みやすいのもそういう背景があったのかもしれないのかと思った。
「でもその伝承には裏話がありまして、魔法を使った方々は何故か短命で、ある時から後世に伝わらなくなり、その技術は失われてしまいました。既に魔法が一体何を示していたのか、私達にも分からないのが現実です」
万里奈の話し方は、魔法は不思議な力ではなく何かの科学的な技術の様な話し方だった。しのぶが使う様な魔法が存在していたとは思っていないようだった。
「魔法ってしのぶ君が使うものとは違うの?」
佐奈も怜央と同じような事を思ったのか、不思議そうに聞いた。
「分かりません。昔は魔法に見せかけた物と思っていましたが、しのぶ様を見ていると本当にあったのではとも思えるので」
「まぁ、今回はそれはいいんだよ。問題はその伝承で出てくるのが、“火を起こした”“音を遠くまで伝えた”“雨を降らした”などの単調な現象だったってことだよ」
しのぶはそう言いながら後ろにあった黒板にその言葉を書き込んだ。
ここから魔法の講義が始まると思った怜央は黙って話を聞くことにした。
「僕の使ったのは“炎を出す魔法”と丈と縁寿は見てないかもしれないけど、“物体加速魔法”の二つ。これも単調な魔法だね」
“物体加速魔法”だけを書き足しながらしのぶは説明を続ける。
「それがあの時の魔法か?」
怜央は思わず口を挟む。あの時の閃光の正体が今なら分かるからだ。
「そういうことになるね」
「“物体加速魔法”…… 名前から察するに何かを高速飛行させたのかな?」
縁寿は何かを察した顔で問いかける。
「僕の持っているナイフを投げてその後、魔法で加速させたんだよ」
実は怜央の見た閃光はナイフを音速を超え加速させ、光速に近づけた結果、大気摩擦により発光したものだった。
「今思えば僕、コントロール悪いんだよね。怜央に当たらなくて良かったよ」
「脱線はそのくらいにして、本題に戻ってくれないか?」
「あぁ、そうだね」
リードの呆れたような指摘にしのぶは思い出したように話を元に戻す。怜央はそれより気付かないうちに命の危機に瀕していた事を問い詰めようと思ったが、話が逸れてしまい、文句を言う事が出来なかった。
「今の“物体加速魔法”を例にあげよう。この魔法はあの持っていたナイフに外部から持ってきた運動エネルギーを注ぎ込んで無理矢理加速させる魔法なんだ。当然注ぎ込むエネルギー量は適当だし、あのナイフ用に組み上げた魔法だから、他のものにはすぐに転用はできない」
「つまり、やってる事は“外部エネルギーを物体に注ぎ込むこと”だっけってこと? 確かに単純かもだよ」
「それで、生物を創り出すのはどう違うんだ?」
ここまではなんとなくわかっていたため、馬鹿にされている様な気がして怜央は怒りをぶつける様に言った。
「なんとなく私も察したよ。生物は、そんな単調にできていないってことだね?」
答えたのはしのぶではなく、リードだった。
「なるほどな。人で言えば生きているだけで様々な化学反応や生態活動がある。それも全てが分かってるわけじゃない」
続いて丈が追加で説明する。そこまで聞けばさすがに怜央にも分かった。
魔法は人間が作り出す現象だ。逆を言えば分からないものは創りだせない。つまりわからない生態、現象は再現できないのだ。いくら昆虫とはいえ、それら全てを再現するなど人の身では不可能だと怜央には思えた。
「じゃあ、なんで大ムカデや巨大蟻は再現出来てるんだ? その理論だと不可能なはずだろ?」
怜央は言葉を強め、そう反論した。なぜ自分がそんな反論をしているのか、何故いらいらしているのかもわからず。
「だから異形なんだよ。今ある知識だけで創りだそうとしているから」
しのぶのその正確な反論に、怜央はぐうの音も出なかった。しかし、怜央はいらいらした気持ちが抑えられず、更に反論を重ねる。
「じゃあなんで『新種』はこの世界に存在出来るんだ!?」
分かっている。存在出来るかどうか試行錯誤を繰り返すだけでいい。それがわかっていても怜央は口にしていた。
「……怜央君はお疲れの様だ。ハジメ、外に案内しなさい」
「分かりました。ほら怜央、行くぞ」
「なんで俺が……!」
「邪魔」
更に熱くなる怜央だったが、しのぶの冷徹な一言に冷静さを取り戻し、皆の視線に気づいた。
縁寿は呆れたような、丈は疲れたような、佐奈は不安そうな視線で怜央を見ていた。
「……っ!」
怜央は何も言わず部屋を後にする。その後ろを創がつき従った。
部屋を出て扉を閉めると、すぐに創が口を開いた。
「どうしたんだ怜央。お前らしくもない」
「……俺は何やってるんだろうな」
怜央は近くの壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込んだ。
「分かってる。俺がなんで怒ってるかわからないんだろ?」
「だな」
創のその淡泊な反応に怜央は落ち着きを完全に取り戻した。
「俺は自分に腹を立ててるんだ」
「そうか。ずいぶんと自虐的だ。お前、そんな奴だったか?」
「わからない。ただ俺は何をやってるんだろうなって」
それはそう言ったきり黙ってしまう。
怜央は焦っているのだ。今日の議論で自分は全く有益な情報も渡せず、案も出すことができなかった。昨日は昨日で全く何もできず、手をこまねいていることしかできなかった。
初めのうちは良かったのだ。まだ不慣れだからと、仕方がないとあきらめることもできた。しかしこの世界に徐々に慣れ、知識も蓄えてきたとき、自分にできることの少なさに気づいてしまったのだ。自分が思っているよりも世界は大きく、自分が発する言葉や行動はこれほどまでに世界に影響しないものなのかと絶望してしまったのだ。
実際は違う。怜央は普通の学生では出来ないことを今尚遂行しようとしているし、しっかりとこなしている。しかし怜央はそれがすごいことだと理解できないのだ。当たり前のように全てを語るしのぶや縁寿こそが異常なのだと。比べる相手が悪すぎるのだ。
しのぶや縁寿にも出来ないことはあり、その中で怜央にしか出来ないことも当然のようにある。怜央がその事実に気づかぬ限り、悩みが解消することはない。




