事態はついに動き出す
新学期が始まり、幾日かが過ぎた。ログインでは相変わらず動きはなく、待機が続いていた。依頼はそれなりにこなしているが、まだ本命の『新種』の創造主には出会えていない。
「どうしたんだ、怜央」
「あぁ、創か」
斉藤 創。俺の級友だ。
分かりきったことだが、こうやって整理しないと区別がつかないほどに“ログイン”での生活が自分の中に浸透していたのだ。
「どうした怜央。なんか浮かない顔してるぞ?」
「いや、ちょっと……な」
“ログイン”世界でのことを話したところで創にはわからない。そう思えば何も言えるはずがなかった。
「なんだその濁し方は。もしかして佐奈ちゃんと何かあったのか?」
怜央は本当に何を言われているのかわからなかった。そもそもなんで創が佐奈と自分が知り合いと知っているんだとか、それ以前に創は佐奈を知っているのかなどなど、多くの疑問が浮かんだが、その疑問が口から出る前に創から答えが返ってきた。
「あのデートの後、二人は付き合ってるんだろ? 絵里栖えりすが言ってたぞ?」
「…………あぁ」
怜央はたっぷり十秒以上考えてやっと思い出した。
そう、佐奈とは現実世界では創の紹介で会ったのだと。そうすると、絵里栖って言うのはもう一人いた子の名前かとか、その時の子とまだ連絡をとっているのかなど、どうでもいい事を考えた。
「それは……ないな」
そもそも付き合っているという事実すらない。佐奈も夏休み中ログインしていたからきっとその絵里栖とはほとんど遊んでいないのだろう。だから絵里栖という子もそう勘違いしたのだ。
「じゃあ、“ログイン”での『新種』の問題解決に目途が立たないか?」
今度は何も考えられなかった。創は答えが返ってこないことに首を捻っているが、それを気にする余裕も今の怜央にはない。
その衝撃から回復するのに三十秒以上要した。
「なんで、お前が……」
「ん? あぁ、そう言えばお前に話した事はなかったな。俺も“ログイン”をやってるんだ」
創は当たり前の事の様に言った。
「実は俺、城で騎士見習いやっててさ。この間お前のギルドに迎えに行った騎士の一人が俺だったんだ。まぁ、運転してたのはお前が乗った方じゃないけどな」
「いつからやってたんだ?」
「初めからだよ。開始期間の一番初めからだ」
こんな偶然があるのだろうか。こんな身近に“ログイン”をやっている人が三人もいるなんて。いや、正確には二人だ。怜央はしのぶにもらった特例なのだから。
「それで、もう一度聞き直すが、『新種』はどうなった?」
創が事情を知っているのなら何も気にする必要はない。怜央は質問に応じた。
「まだまだ何も分かってないような状態だ。魔法で『新種』を作ってるって話は聞いたか?」
「あぁ。向こうでは懐疑的な意見を占めてる状態だけどな」
「そうなのか?」
それは初めて聞く話だった。リードはこちらの意見に肯定的で何も疑わずに信じてくれている。しかしどうもそれが全体の意見というわけではないようだ。
「そうだな。リードさんが一人で必死にかばってるって印象だ。もちろん俺は肯定できるけど、魔法も使えないし見習いじゃ発言権がない」
「そうだったのか……」
そうなるとこのままではリードの立場が危うくなる。リードはそんなものを気にする人間には見えないが、リードさんにはずぶの素人である自分たちを一から鍛えてもらった恩がある。これも本人は気にするなというだろうが、怜央としてはそういうわけにはいかなかった。
「『新種』の件はこっちじゃ当たりを付けて網を張ってるけど、まだどこにもかかった様子はないな。『新種』は何匹か討伐したけど、『新種』の創造主の痕跡はない」
急がなければならない。気持ちが急いたところで何も変わらないのだが、それでも急がなければいけない。その焦燥感が怜央をさいなんでいく。
「そうか……」
現実的に考えて怜央に出来る事はあまりにも少ない。今回の作戦でさえ、しのぶが考えたことであり、怜央が考えたことではない。実質怜央に出来る事は、依頼を受け、『新種』を少しでも減らしていくことだけないのだ。
焦るな。自分の出来ることを考えろ。
怜央は自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせ、自分に今できることを考える。一朝一夕でどうにかなることなどほとんどないのだと怜央はこのゲームで嫌というほど実感していた。
「なぁ創、お前も訓練してるのか?」
「ん? あぁ、慣れない早起きをして毎日素振りを百回。ランニングを十キロぐらいかな」
それは怜央と同じような練習メニューだった。正直創が鍛えているイメージはなかったが、それだけやっていれば自分と同じくらいだろう。怜央はそう考えた
「じゃあ、俺と一緒にやらないか? 素振りよりは意味があるだろ?」
「まぁ、確かに。リードさんも基本ができたら誰かと手合わせをしろと言われてたし、丁度良いな」
「じゃ、決まりだ。明日からな」
“ログイン”の世界にまた一人知り合いが増え、事態は少しずつ流れていく。
次の日は約束通りに怜央と創は共に手合わせをしていた。
「踏み込みがあまい!」
「ぐっ!」
竹刀が強く体を打ち付けたため、口からうめき声が漏れた。
「もう一本! せいっ!」
「握りが弱い!」
「いっ!」
竹刀が弾かれ、手首を打たれて蹲った。
怜央と創の朝の訓練。それは怜央が創に指導する。そんな日々になるはずだった。
「怜央、お前、もうちょっと頑張らないとだめじゃないか?」
しかし現実は厳しかった。怜央は創に手も足も出なかったのだ。
「お前、なんでそんなに強いんだ? 剣道なんてやったことないだろ?」
「そうだな。でも俺は夏休み中は訓練尽くしだったからな。お前よりは頑張ったつもりだ」
それでも怜央には納得がいかなかった。そもそも怜央も夏休み中訓練尽くしだったのだ。それだけでは理由にならなかった。
「俺だってそうだ。そもそも俺は基礎が既に出来てたんだ。一からやったお前とは違うはずなんだ」
「じゃあ、お前は一日中訓練したのか?」
「は?」
「俺は夏休み中ずっと訓練していたんだ。一緒にされたら困る」
怜央が訓練をしていたのはせいぜい一日五時間程度だ。それを創は一日中を表現した。本当にずっとやっていたわけではないだろうが、それでも口ぶりから言って十時間以上はかたい。
そんな毎日を考えるだけで怜央は戦慄した。そしてそれをこなして来たであろう創にも。
「さすがにそれは尊敬するよ……」
怜央は思わずそう呟いてその場にへたり込んだ。
「そうか? まぁ確かに最初の頃は辛かったけど、慣れるとそうでもないしな」
創は本当に何とも思っていないらしい。その姿に怜央は完全に敗北を感じる。
「俺だってそれなりに自信はあったんだ。昔から鍛えてるって自負もあったしな」
「でもブランクありだろ?」
「まぁ、確かにそうなんだけどな……」
それでも怜央は心のどこかで負けを認めたくなかった。自分は努力を重ねてきた。その自負が認めることを拒んでいるのだ。
「一応俺は師範代と互角に……」
そこまで延々と愚痴をこぼしている時に、怜央は道場に通っていた頃にいた師範代に言われたことを思い出した。
「……なぁ、もう一回手合わせしてくれるか?」
「ん? いいけど?」
怜央は了承を得ると立ち上がり、構えをとった。その構えは同じようであり、実は今までとは違う。
創が構えると怜央はゆっくりと呼吸をした。
「悪いな創。今回ばかりは負けない」
「なに……言ってるんだ?」
怜央はそれに答えず、一度切先を下げる。まさにその瞬間だった。怜央はいとも簡単に創の胴を打ち付けたのだ。
「ぐっ!」
創はその痛みにその場に蹲った。
「良し。これで痛みわけだな」
怜央はそう言って満足そうに竹刀を片づけ始めた。
「お前、今の動き一体何なんだ? 一瞬消えなかったか?」
そんなわけがない。人が消えるわけがないのだ。それは創も分かっているはずだ。怜央はその反応こそを待っていた。久しぶりだったので出来るかどうかは微妙だったが、成功して良かったと胸をなでおろす。
「消えたわけじゃない。隙をついたんだ」
怜央は得意顔で語る。
「昔剣道習ってた時に師範代に言われたんだ。人間と動物は違うって」
「なんだ、ばれたのか」
その言葉を聞いて創はつまらなさそうに言った。
そう、実は創は決して強いわけではなかったのだ。ただ怜央が実力を出し切れていなかっただけなのだ。
怜央が最近訓練していたのは『新種』の討伐方法だった。そうなると怜央は動物の討伐にこそ真価を発揮する。しかしその手法は人間には通用しない。何故なら動物は相手の動きを予測して動かないからだ。いや、正確には相手の手の内を考えて行動しないということだ。そうなると、動物と同じように対処しては人相手に負けるのは道理。怜央はそれを思い出し、実行したのだ。
「でも、それは消えた理由じゃないよな?」
「消えたわけじゃない。さっきも言った様にお前に隙をついたんだ」
「だから、それがどういうことなんだ?」
同じことを言われて少しイラッと来たのか、創は顔をしかめた。
「いいか。人はタイミングというものを知らず知らずの内に考えて行動してるんだ。それを読んでわざと外して攻撃したんだ。そうすると、動けなくなったり、消えたり見えるらしい」
「なるほどな。あ~あ、短い勝利だったなぁ」
その一言に怜央は声をあげて笑った。大切な事を思い出させてくれた友人に対して感謝を込めて。
怜央と佐奈が拠点に到着すると、しのぶは既に待っていた。
「遅いよ二人とも。来たよ」
しのぶはそう言って一枚の紙をひらひらと振る。それが何であるのか、怜央にはすぐに察しがついた。
「ついに来たのか?」
それはどこかの村から届いた書状だった。つまり、網を張っていた場所に新たに『新種』が見つかったのだ。
「その通り。丈と縁寿は既に向かったよ。僕たちも急ごう」
怜央と佐奈は同時に頷き、村の外に向かう。そしてすぐにログアウトし、予め決められていた座標にログインし直す。最初にログインしたのは怜央。続いてしのぶ、佐奈がログインしてきた。
「それで、どこで合流するんだ?」
「この村の長の家だよ。まずはそこに向かおう」
しのぶは既に来た事があったのか、迷わず歩きだした。怜央、佐奈はその後ろに従い進んでいく。そして、ある一軒に辿り着いた。
しのぶがノックをすると、扉が開けられ、中に案内される。そこには既に丈と縁寿が待っていた。
「これで全員ですね?」
扉を開けた人が確認するように問いかけた。どうやら彼がここの長の様だ。
「はい」
代表して怜央が答える。既にそれが恒例化しているので、誰も何も言わない。
「では、現状をお伝えします」
長はそう前置きをして話しだした。
「先だって話があった通り、近くの遺跡に見張りを立てていると、『新種』と思しき生き物を確認しました。数は一匹。『新種』かどうかは確実とは言えませんが……」
「危険にわざわざ近づくこともありません。それだけで十分です」
そもそも確かな情報を得られるとは最初から思っていない。要はそれらしい情報さえあればよかったのだ。この方法でさえ確実とは言えないのだから。
「村に今のところ実害はありません。『新種』らしきものは今日も確認されています。分かっている事は以上です。そしてこれが遺跡の見取り図です」
そう言って長は話を終える。言わなければならない事は終わったということなのだろう。
「これからどうする? 『新種』は一匹みたいだけど」
怜央は皆の意見を求める様に、誰に聞くでもなく言った。
「二つに分けるべきだろうね。本当に『新種』なら、狙われるのはこの村だから」
「その通りなんだよ? ここが次の餌場になるかもだよ」
そう言われた瞬間、怜央の背筋に何かが這い上がる様なぞくっとした感覚が貫いた。
縁寿が言った事は絵空事でも何でもない。明日にも、いや今この瞬間にも起こるかもしれない現実なのだ。ここにいる長も、来る途中で見た村人たちも『新種』の餌になって死ぬかもしれないのだ。
「じゃあ、縁寿ちゃんと丈はここを守ってくれ」
丈の持つ銃は遠距離で攻撃できるという利点は、直接殴ることしか出来ない『新種』に対しては大きなアドバンテージになる。銃を撃つ時の轟音も相手を警戒させるうえで役に立つはずだった。
更に縁寿は魔法を使うことができる。それも守るという意味では大事な要素だった。
「確かに適任なんだよ? 丈君もそれで良い?」
「うん」
二人の了承を得ると、怜央は総括して発言する。
「縁寿ちゃんと丈はここの守護を。佐奈、しのぶ、俺は『新種』の確認をする」
しのぶの意見を聞いていないが、そもそも怜央と佐奈は近距離攻撃しか出来ない。よってしのぶは怜央たちについてこなければバランスが悪くなるのだ。
「了解」
皆もそれがわかっているのか、声をそろえて答える。俺も少しはリーダーらしくなってきたなと自画自賛しながら『新種』探索の準備を始めた。




