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ログイン(仮)  作者: 江藤 乱世
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ログイン(仮)の世界の話 その1

 現在は午前九時。怜央と佐奈は図書館にいた。昨日遭遇した大ムカデが存在できるのかどうかを調べるためだ。


「でもなんで図書館なの?」


 この時代、インターネットにいくらでも情報がいくらでも手に入る。いちいち図書館で調べ物をする利点は少ない。


 その事は怜央も理解している。だからこそわざわざ図書館で調べ物をしようとしているのだ。


「ネットの情報は氾濫してるからな。情報を精査するのが面倒だろ? その点図書館は既に分けてくれてるから今回の場合は便利だ」


「でも、ネットでもすぐに有史以来の最大の昆虫出てきたよ?」


「は?」


 佐奈は怜央に見える様に携帯電話をつきだした。その画面には『メガネウラ』という巨大なトンボの様な生物のイラストが表示されていた。


 怜央が見たと判断したのか、携帯電話を手元に戻し、操作していく。


「地球上にもこんな生物いたんだね。うわ、七十センチだって。こんなの空飛べるのかな」


「……とりあえず立ってないでどこかに座ろう」


 さすがに入口では邪魔になると思い、怜央は近くに空いていた席を示し、そこに移動した。ばつが悪いので話を逸らそうとしているわけでもある。


「それで、メガ……なんだっけ? そいつが地球上で存在した最大昆虫?」


「みたい。でも現在じゃ存在出来ないみたいだよ? 昔は酸素濃度がもっと高かったから存在出来たみたい」


 昔は自然が多かったのだから酸素濃度が高い事は怜央にも想像できた。しかしそれが何故巨大化に繋がるのかがわからなかった。


「でもそれじゃああの大ムカデが存在出来たかどうかはちょっとわからないな」


「だね。せっかくだから本も探そっか」


 佐奈はインターネットで充分だと思っているのか、本を探す気はあまりないらしい。


 仕方がないので怜央は佐奈にそのままインターネットでの検索を任せ、自分だけで本を探すことにした。


 探せばいくらでも本はあるものだなと思いながら、とりあえず読めそうな三冊を持って席に戻る。佐奈は四苦八苦しながら携帯電話片手に調べていた。


「佐奈、どうだ?」


「えっと…… いろんな事が書いてあるんだけど、何が必要なのか分かりにくくて……」


 案の定佐奈は情報の量に辟易しているようだ。それはそうだと怜央は思う。その情報を精査するのが面倒なので、わざわざまとめられている本を探しに来たのだから。


「まぁとりあえず、これ読み終わるまでもう少し調べててくれる?」


「いいけど……」


 佐奈は渋々といった反応をしたが、怜央はそれをあえて無視して集めてきた本を読み始めた。


 それから十数分、無言な時間が続く。怜央はその間に自分なりに内容をかみ砕き、飲み込んでいく。


「やっぱり、あの大ムカデは無理だ」


「どうして?」


 完全に調べ物に興味を失い、適当に選んだ本を読んでいた佐奈は顔をあげた。


「生物は体が大きければそれだけ栄養が必要だし、酸素も必要なのは分かるよね?」


「まぁ、それくらいには……」


「で、昆虫は外骨格で気門で呼吸しているっていうのは?」


「……ごめん、そこまでは知らない」


 なんとなくそれは伝わらないような気がしたので、怜央はそこから説明していくことにした。


 昆虫は体の表面にある気門と呼ばれる場所から空気を取り入れ、気管と呼ばれる管を通し、血管内に酸素を取り入れている。それが昆虫の呼吸方法だ。


 さて、ここで数学の話をしよう。生物を巨大にするという事は、長さが大きくなるということだ。つまり、元々の大きさと巨大な生物は相似な図形の関係にある。相似な図形の面積比は相似比の二乗に比例する。対して体積比は相似比の三乗に比例する。そこまで考えた時、一つ考えられる事がある。面積比が大きくなれば、当然気門も増す。しかし同時に体積も増す。


 怜央が言った通り、体積が増せば酸素消費量が増える。そして体積の増加に対して気門の増加は小さい。そうなると維持そのものが難しくなるのだ。『メガネウラ』という生物が遥か昔に地球上に生存できたのは、ただ酸素濃度が現在より高かったからだ。


 そんな説明をする怜央だったが、佐奈はきょとんとしていて、内容をほとんど理解していないようだった。


「つまり、あの大ムカデは存在出来ないってこと」


 理論はさておき、伝わりやすいように怜央はそう締めくくった。とりあえず結論だけは伝わればいいと思ったのだ。


「じゃあ、あの大ムカデはなんだったの?」


「わからない」


 結局わかったのは大ムカデは自然界では存在出来ないという事だけだった。


 進化しようと絶対に生き残れないはずの種。それが存在するのはゲームだからかそれとも――――


 ここで考えようとこれ以上の答えは出そうにない。そう思った怜央は席から立ち上がった。


「これからどうするの?」


「ここで調べる事が出来るのは多分ここまでが限界だ」


 そう言って怜央はたち上がり、机の上に散らばった本を集め始める。


「今日しのぶから何か大事な話がある様だし、タイミングからしてあの巨大生物に関することかもしれない。それに期待しよう」


「だね」


 佐奈の同意を取り付けると、本を元の位置に戻しに行く。この後の時間を佐奈とどう過ごそうかと考えながら。




 午後になり、怜央も佐奈も拠点にログインした。正確には村にはログインできないので、近くにログインした後の移動だったわけだが。


 拠点にはまだ丈も縁寿もしのぶもおらず、万里奈がゆったりと本を読んでいるだけだった。


「他の人達は?」


「今日はまだ誰も。何か飲みますか?」


「あ、お願い。中身は任せるよ」


「私も」


 二人はそのまま席には着かず、万里奈の用意の手伝いをする。そして三人分用意すると、三人で席についた


「昨日の依頼、ご苦労様でした。どうでしたか?」


 依頼については既にしのぶから報告されているはずだが、それでも色々な話が聞きたいのか、万里奈は楽しそうに問いかけてきた。


「大変だったよ? 新種と思われる生物が二種類もでたの」


「そうでしたね。確か大ムカデと巨大蟻だとか。どんな姿なのかも絵で見せてもらいましたし、その名前でよろしくお願いします」


 この世界にムカデや蟻といった名前の生物は存在しない。よってそんな言葉も存在しない。それなのにムカデや蟻と言った言葉が通じるのは事前にしのぶが伝えたからだろう。大ムカデや巨大蟻の時だけ言葉が片言になるのは仕方がないことだと怜央は納得した。


「やっぱりあの生物も新種だったのか?」


「はい」


 もっともその答えは怜央も想像できていた。そもそもあんな生物がこの世界にいたのなら、人間は繁栄できなかったはずだからだ。


「これで確認された新種は五種類になりました」


 五種類?


 怜央はその万里奈の言葉に首を捻った。怜央たちが知っているのは大ムカデと巨大蟻の二種類。それ以外で既に三種類も目撃されているということだ。その想像もできない脅威に肝を冷やした。


「名前の付いている新種はその内二種類です。それも私達『ディメンジョン』が付けた名前が採用されました。それがあの『大ムカデ』と『巨大蟻』です」


 万里奈としてはそれが本題だったのか、嬉しそうに告げた。


 あの名前がそのまま採用されたかと思うと、怜央としては喜んでいいのか恥ずかしがればいいのか複雑な心境だった。


「なんか……安直だね」


 佐奈はその名前に思わず率直な感想を漏らす。それは怜央も同意見だった。


「安直…… 確かにそちらの世界からするとそうかもしれませんね。でも、あまり名前を捻っても仕方がありませんし、こちらとしては新鮮な響きです」


 英語の響きが格好良く感じる様なものだろうかと怜央は納得する。


 その時、やっと丈と縁寿、そしてしのぶが到着した。


 三人も万里奈に飲み物を用意してもらうと、思い思いの席についた。これからしのぶの大事な話があるはずなのだ。しかし、しのぶはいつものようにフォーアームを操作し始め、何も話しだそうとはしなかった。


「しのぶ、俺たちを呼び集めておいてそれはないんじゃないか?」


「ん? あぁ、そう言えばそういう話だったね。忘れていたよ」


 しのぶは本気で忘れていたのか、少し慌てた様子でフォーアームを閉じた。


 呆れてものも言えないとはこのことだろうかと怜央は思う。自分で約束しておいて忘れるとは怜央には考えられなかった。


「じゃあ、少し僕の話に付き合ってもらうよ」


 初めからそのつもりだったので、皆は聞く姿勢になる。しかし万里奈だけは何の事だかわからず、首を捻った。


「万里奈にはわからないだろうから、まずは見てもらおう」


 そう言うとしのぶは右手のひらを受ける様な形でみんなに見える様、前に伸ばした。そしてあの一言を口にする。


「ムカッ!」


 その一言に呼応し、フォーアームが起動し、


「着火!」


 その一言で手のひらに炎が灯り、


「ファイア!」


 そして一瞬で燃え上がり、そして消えてなくなった。


 二度目とはいえ、その現象に驚かずにはいられなかった。何もないところに炎が燃え上がり、燃え広がるという現象は絶対に現実では見られない現象なのだから。


 この現象に万里奈はどんな反応をするのだろうかと怜央は万里奈の方をちらりと見る。しかしそこにいたのは驚いた万里奈ではなく、困ったように宙を見ている万里奈だった。


「どうかしたのか?」


 思わず怜央は問いかける。その予想とは違う反応に問わずにはいられなかったのだ。


「いえ、何かこの辺りから……」


 万里奈も良くわかっていないのか、困った表情のまま答えた。しのぶはそんな万里奈の様子をじっと見ていたが、何も言わずに話し始めた。


「今のがみんなが疑問に思っている現象だよ。もっとも、縁寿は分かっているのかもしれないけど」


 その言葉に思わず怜央は縁寿を見た。他の人も同じように縁寿を見ている。


「なんとなくは……だよ? ただ新種については微妙かも」


 縁寿はいつもの可愛らしい笑みでそうみんなの視線に答えた。


「まぁ、まずは僕の方から」


 そう前置きをしてしのぶは語る。


「この話を語るには少し昔話が必要かな。実はこのゲームは元々ゲーム目的で作られたわけじゃないんだ」


それは怜央には初耳の話だった。そもそもこの世界がゲームの目的で作られたのでないとすれば一体何の目的だったのか。それが怜央には思いつかなかった。


「このゲームは……違うね。この世界は元々一人の女性の手で作られていたんだよ。別にその女性に目的があったわけじゃない。ただ作ろうと思った。その程度だったって聞いている」


 聞いている? つまり知り合いだったのか? そんな疑問が怜央の中に浮かんだが、話の腰を折りかねなかったので黙っていた。


「世界の作り方はシンプルだった。既存の物理現象、分かっている宇宙を作るための理論エネルギー、その他この世界を形作るためのプログラムを作成し、後は勝手に世界が出来るのを待つ。そんなプログラムだった」


 つまり、その女性は全宇宙を再現しようとしたという事かと怜央は納得する。それがいかに困難であるかはこの際無視した。


「だけど問題があった。そんなプログラムを恒久的に動かせる設備も電力も確保出来なかったんだ。だからその女性は色々な研究機関に協力を求めた。物理学、生物学、心理学、薬学、化学などなど、『世界』がもう一つあれば色々な実験をし、データを集められる学問全てに。だけどそれだけでは足りず、ついにはゲーム会社にも話を持ちかけた。そういった人たちが資金を出し合って作りだしたのが、この世界の雛型だよ」


 怜央にはまだこの話の肝がわからなかった。さっきの現象と今のしのぶの話。それがどう繋がるのか、想像が出来なかったのだ。それでも黙ってしのぶの話を聞く。恐らくは意味があるものなのだろうと信じて。


「だけど一つ問題が生じた。他の学問にせよなんにせよ、この世界に干渉できなければ意味がない。だけどその女性のプログラムに隙はなく、何も手出しが出来なかったんだ。だから僕が急遽、あるプログラムを付け足した。それこそが僕たちが利用している『ログイン』プログラム。だけどそのプログラムには問題があった」


「問題?」


 思わずといった様子で丈が言葉を発した。しかしそのことに気分を害した様子もなく、しのぶは続きを話しだす。


「僕たちの世界にもこの世界にも『質量保存の法則』と『エネルギーの保存則』というものがあるのは知っているよね?」


 怜央はその法則は知っていた。質量保存の法則は閉じられた系の中では質量は変わらないといった法則だ。当たり前と言えば当たり前だ。限られた箱の中で質量が増えたり減ったりするわけがない。おもちゃ箱の中のおもちゃが勝手に増えたり減ったりしないのと同じだ。


 対してエネルギー保存の法則は、閉じられた系の中でのエネルギーの総和は変わらないといった法則だ。こちらはイメージしいにくいが、エネルギーは移り変わるだけで減らない。食べないと動けないし、動かなければ使われなかったエネルギーは脂肪として体に蓄積する。そんなイメージだろうか。


「後者の方がより強固な法則だけど、どちらにせよ誰かがこの世界に『ログイン』するたびに世界のエネルギーは増加し、『ログアウト』する度にエネルギーが減少する。少量とはいえそれは世界にとっては問題だった。だから、その出入りを管理するプログラムが必要だったんだよ。正確には物質の出入りだけどね。それは前に話したよね?」


 確かにそんな話を怜央は聞いた事があった。しかしその時は確かこの世界の者が外に出ないようにするためのファイアーウォールの様なものだという説明だった。でも質量の出入りを管理するのなら結局エネルギーも管理していることになるのかと納得する。何故ならエネルギーは質量に、質量はエネルギーに変換ができるからだ。それを利用したのが原子力と呼ばれるものなのだが、とりあえず置いておく。ここで重要なのは質量が生まれればそれは同時にエネルギーも増加したといえるということなのだから。


「確かに聞いたけど、それがさっきのこととどう関係してくるんだ?」


 丈は未だどう繋がるのかがわからないのか、少し焦れたように先を急かした。実は怜央も分かっていないのだが、それは口に出さなかった。


「つまり、この世界は質量やエネルギーが増減しやすい状態にあるってことだよ」


 その説明でも丈にはわからなかったのか、眉を寄せた。実を言えばやはり怜央も分かっていない。恐らく佐奈もだろうと怜央は勝手に思った。


「その質量の出入りを監視するプログラムには問題があるんだ」


 分からないと見てとったのか、しのぶはしっかり説明してくれる。みんなも話をしっかり聞いていて、たまに相槌を打っている。


「僕らがこの世界に『ログイン』出来ている以上、この世界に質量を送り込むことはできるし、エネルギーを送り込むこともできる。当然本来登録されたものしか通過できないようにしてあるんだけど、通過出来る以上穴があるんだ」


 怜央の中では『ログイン』プログラムが関所の様なもので、そして通れる人には通行書が渡されていて、それがなければ通過出来ない。しかし、通行書は偽造も出来るので、不正に通過する事が出来る。そんなイメージが怜央の中に出来上がっていた。そんな怜央のイメージは間違っていなかった。


「つまり、不正アクセスってことか?」


 丈がしのぶの説明を一言で要約する。その言葉にしのぶは頷いた。


「僕はそれを利用し、外からエネルギーを無理矢理持ってきてそれを炎にして放出していたのがさっきの現象だよ。個人的には『魔法』と呼びたいところだけどね」


 魔法にしては電気的で化学的だなとは思ったが、この世界では確かに不思議な現象だなと怜央は難しい事を考えることを放棄し、そういう事が出来るんだなと納得することで落ち着いた。

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