「君と夕立と」
突然の夕立に駅まで走った。
仕事帰り。
「失礼!」といって、隣にいる君の腕に手をまわした。
そうでもしないと、おいて行かれてしまいそうだったから。
同じ職場で、いつも一緒にいる君だけれど、どこかバリアを外さない君。
とはいっても、まったく寄せ付けてくれないバリアでもなく、「ワタシのこと嫌いなの?」と聞くと、「あのね!嫌いだったら一緒に仕事なんかしてないし!」と叱られる始末。
それでも、やっぱり見えない“何か”のバリアを感じる。
私まで緊張して、上手く話せない時もある。
「あんなに意識されると、何も話せないよ」
そんなことを友達にも相談している始末。
“意識”といっても、どのような意識なのかも、まったく判らない。
ただの男女の意識?
職場の仲間意識?
それとも……恋愛モード意識?
いずれにしても、いい年して面倒だ!
ある日、いつも相談にのってもらっている友達に言われた。
「そんなに気にしてるってことはさ、アイツのこと好きなんじゃないの?」
友達がそんなことを言うものだから、今度は私が変な意識を持ってしまった。
それからが大変。
いつもは、君のそのバリアを外そうと懸命に歩み寄っていた私が、君に歩み寄れなくなってしまった。
電話も、「これから電話していい?」とメールをしてから。
メールも雑談的なメールを打つことも躊躇われる。
仕事帰りにプライベートで食事誘うなんて、それこそ出来ない。
そんな私に、君は「この頃、どうしたの?」なんて聞いてくるけれど、「原因はアナタよ!」とも言えず、愛想笑いで返すのが精一杯。
「これって、中学生くらいの時に味わったことある?」
よりによって……!
それもこれも、君と友達のせい!
と、人のせいにしては、自分の感情を否定しまくっていた、去年の夏。
あれから一年。
相変わらず、君と私の関係は進展もなければ後転もないまま。
変わったといえば……やっぱりない。
急に降り出した雨の中、一緒に走って、ふたり、びしょびしょになりながら駅へ着いた。
つかまっていた腕から手を外そうとした時、何気に見上げた場所には、君の笑顔があった。
走った後の鼓動とは別の鼓動が全身を覆っていた。
慌てて目をそらそうとしたけれど、君の視線から動けない。
ふたりとも、しばらく黙ったまま。
やっと君からの視線が外れ、君の隣で、夕立の後、赤く染まった空を見上げた。
そして、口にした言葉は……。
「今年は逢えるかな」
君が隣にいた、七夕の日。
~ 了 ~