「 瞬間 」
飛行機の到着時刻は決まっているのに、それでも1分1秒でも彼に早く会いたくて、抱きしめてもらいたくて到着予定時刻よりも6時間も早く成田空港の到着ロビーへ向かっていた。
あと4時間……あと3時間……刻一刻と“その時”が近づいている。
待つことが苦手な私も、全く苦にならない時間の流れがそこにあった。
ふと気付くと、急に辺りが騒がしくなっていた。
見ると、報道陣らしき団体が集まってきている。
空港スタッフの動きが慌ただしい。
「……墜落したんだって……」
後ろで声が聞こえた。
「え?」
嫌な胸騒ぎ。
悪い予感。
まさか……何便も飛んでるんだし……でも……。
空港内の喧騒から、成田へ到着する飛行機だということは容易に判断出来た。
そして…“その時”がやってきてしまった。
事実を聞かされた瞬間の時。
墜落したのは彼を乗せた便。
アメリカ・J・F・ケネディ空港から飛び立った、紛れもなく、彼を乗せた飛行機だった。
太平洋上空で爆発炎上。
乗客・乗員全員生存確認なし。
原因不明。
情報としては、このくらいだったけれど、もう、これで十分すぎるほど。
これ以上は聞きたいない!
出発ロビーでその事実を知った私は、そのまま、どのように到着ロビーへ辿り着いたのかもわからなかったけれど、気づくと、到着ゲートに張られたロープを掴んでいた。
たぶん、彼が一瞬のうちに命を絶ったのは、私が、彼が到着ゲートから変わらない笑顔で出てくることを、心躍らせながら想像していた時だったはず。
有り得ないよ、こんなこと。
空港内の慌ただしさとは裏腹に、無事に到着した飛行機からの乗降者の人々の流れが途絶えることがない。
出迎えの人達からは「よかった」の声が聞こえてくる。
「よくないよ!」と叫びたかったあの瞬間。
事実を知っても、まだ、あのゲートから彼の姿が現れることを信じて、その日の最終到着便まで、その場所に居続けた。
頭の中では、様々な情景が想い駆け巡っている。
あんなに彼を愛していたのに……日本にいる時は、少しの時間でも一緒にいたかったのに、強がりばかりを言っていたことや我儘を言って困らせたこと……そんなことばかりが強く。
時間や季節を無視してバラバラに思い起こされる思い出も、一瞬のうちにバラバラに散った。
彼がアメリカへ経つ前、成田空港の出発ロビーで私を抱きしめ、こう言ってくれた。
「帰ってきたら結婚しよう」
あれから2年。
その言葉を信じていたから、あの抱きしめられた感触が今もはっきりと残っているから、彼との未来を夢見ることが出来ていたから、こんな私でも2年も待つことが出来たのだから。
そして、もう一度、まだ喧騒の出発ロビーへと。
そして人目も憚らずに叫んだ。
「ここで、結婚しようっていったじゃない!」
「瞬間」/ 了