「 武士の血を継ぐ者 」
≪こちらの作品は、本城沙衣に帰属致します。無断転記は固くお断りさせて戴きます。≫
夕べの夜半から降り続いていた雪も朝方にはやんだようだ。
庭にある松の木や置き石の上は、まだ何者にも汚されていない雪で飾られている。
まだ夜も明けきれぬ早朝。
耳に入ってくるものは、時折吹く強い風が、その雪華を舞わせている“さらさら”という音の静寂の み。
大きく吸った息から、純潔の匂いがする空気が五感を刺激した。
袴の帯を左右に強く引き、まだ少し残っていた緩んでいた気を締めた。
二尺四分五寸。
手にしたその真剣は、今は亡き父から譲り受けた「御魂」ともよばれる霊器。
雪上の上に姿勢を落とし、静かに眼を閉じ呼吸を整える。
目の前にある迎え撃つ巻き藁だけを脳裏に焼き付けた。
自分を取り巻く全ての音や匂い、酷寒、時間の流れさえも脳裏からそれらの存在が消えた……その瞬間!
“カッ”と閉じた眼を見開き、立ち上がると、時間の流れも超越した速さで腰の鞘から剣を抜き、剣先を天に向けた。
巻き藁に向かって剣を斜めに振り落とす。
あの純潔な匂いのする空気さえ斬り裂いた。
暫く、居合い型を保ったまま、“ずずっ”とずれ落ちるような音に耳を傾けていた。
積もったばかりの真っ白な雪の上に、斜めの斬り跡を残す巻き藁の上部が転がったのが視界に入った。
ゆっくりと身を起こし、剣を鞘に納め、再び眼を閉じた。
あの純潔な匂いの空気に混ざり、少しの藁の匂いと青竹の独特の強い匂いが共存している。
目に見えないほどの細かい藁くずが舞っている。
そして、再び、大きく息を吸い、少しその息をとめ、再び、その息を一気に吐いた。
静かに目を開いた……。
真っ白な穢れない雪上に無残に転がっている巻き藁を、ただ冷静に見ていた。
……チチチ…チチ・・・チチチ…
障子の外からの雀の鳴き声で目が覚めた。
夢……?
真剣使いの名士と呼ばれていた父は、夜な夜な、血のついた真剣の手入れを入念にしていた。
幼いながらも、その剣と父が人を殺めてきたことは認識出来ていた。
「絶対に父のようにはならない!」
そう誓った筈。
それでも、父が入念に手入れしていた真剣をこの手に持ち、青竹が芯となった巻き藁を一刀で斬り落とした自分……その一刀を誇らしく満足な気持ちでいた自分と出逢ってしまった。
夢の中でさえ。
やはり、父の血を引く武士の運命を避けることが出来ないと悟った瞬間だった。
~武士の血を継ぐ者 / 了~